日立評論

長寿社会の新たな生き方と社会を探る協創の実践

人生100年時代へ向けたオープンイノベーション2.0

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日立評論

執筆者紹介

秋山 弘子

  • 東京大学名誉教授
    高齢社会総合研究機構客員教授
  • 専門はジェロントロジー(老年学)。イリノイ大学でPh.D(心理学)取得,米国のNational Institute on Aging フェロー,ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授,東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学),高齢社会総合研究機構特任教授,日本学術会議副会長などを歴任後に2020年5月から現職。人生100年時代におけるより新しい生き方と社会のあり方を追求。

目次

人生100年時代をどう捉えるか

自分を自らデザインし刻む自分を自らデザインし刻む現代の私たちは,個々人の能力を最大限に生かし,自分らしい人生を形づくっていけるという新たな時代を生きている。

今,私たちは「人生100年時代」の新しい生き方と社会のあり方を模索する大きな転換期にいる。

日本では,織田信長の生きた戦国時代から第二次世界大戦が終わる頃まで,数百年にわたって人生は50年だと考えられてきた。ところが20世紀後半から寿命は延び続け,今や人生100年と言われる時代に入った。ともすると年金や認知症といった高齢化に伴う新たな問題に関心が集まりがちだが,人生の時間が「倍」になるのであるから,これを一つのパラダイムシフトと捉え,これまでになかった多くの「新しい可能性」にこそ目を向け,追求していくべきではないだろうか。

人生100年の長寿社会への移行には,「個人」,「社会」,「産業」という三つの課題がある。

第一の「個人」の課題とは,人生100年をどのように生きるかという生き方をめぐる問いだ。人生が50年だった時代には,男は学校を出たら就職をして定年まで働き,女は25歳までに結婚をして子どもを産み育てるという画一的な人生コースがあり,この道から外れるのは容易なことではなかった。しかしそのような社会的圧力も弱まり,自分の人生を自ら設計して舵取りしながら生きる時代になってきた。100年もあれば,生涯に複数のキャリアを持つ二毛作・三毛作の人生も可能であろう。そうした生き方はまだモデルが確立されておらず,不安や戸惑いも生じやすいが,私に言わせれば,ひと昔前には想像もつかなかった素晴らしい自由である。健康を維持しながら,個々人の能力を最大限に生かし,自分らしい人生を形づくっていけることは現代の私たちに与えられた大きなチャンスであり,チャレンジだと思う。

第二の「社会」の課題とは,以上のような新しい生き方に調和する社会のあり方をいかに築いていくかである。例えば,自分の人生を自ら設計して生きていくためには,生涯学び続けることも必要となるが,若者に照準を合わせた現行の教育制度では社会人が大学などで学び直すことは,他の先進国と比べてまだハードルが高い。また終身雇用や年功序列といった現行の雇用制度も,定年まで勤め上げて退職金を得ることで青年期の働きが報われる仕組みであり,新しいキャリアに挑戦する際のブレーキにもなりかねない。

このようなズレが生じているのは,現在の社会基盤の大半が,若者が多く高齢者が社会全体の5%ほどしかいないピラミッド型人口だった時代に築かれたものだからだ。これは教育や雇用,医療といった制度面に限らず,交通システムや住まいといったインフラ面でも同様で,例えば信号機一つとっても,若者の歩行速度に合わせているため,75歳以上の女性の半分は時間内に横断歩道を渡り切ることができない。こうした不具合を一つひとつ見直し,長寿社会対応の社会基盤に移し替えていくことが急務となっている。

そして第三の「産業」の課題とは,上述した「個人」と「社会」の課題を巧みに解決するモノ・サービス・システムをいかに生み出していくかだ。高齢化はグローバルな共通現象であり,最近ではアフリカでも始まったと言われる通り,多少のタイムラグはあるものの必ずどの国も直面する課題である。特にアジアの高齢者は世界の約6割を占めるが,中国や東南アジアでは高度経済成長期と高齢化が同時に押し寄せているため,高齢化対策にはなかなか手が回っていない。首尾よく成功例を取り入れようと,先行する日本や韓国,シンガポールなどの動向を注視している。日本が長寿社会のフロントランナーとして世界に先駆けてこの課題の解決法を提案できれば,その先に待ち受けるグローバル市場は非常に大きい。

ジェロントロジーの先行研究とNew Map of Life

私は長年,社会心理学の立場からジェロントロジー(Gerontology:老年学)を研究してきた。ジェロントロジーとは,古代ローマの哲学者キケロが説いた「ジェロン(gerōn:老人)」というギリシア語に由来するが,哲学としてだけではなく,科学として取り組まれたのは1900年代に入ってからのことだ。

当初は医学分野から始まり,老化のメカニズムの解明や生活習慣病の克服など,いかに寿命を延ばすかに目標が置かれていた。それが1970年代を過ぎる頃には急速に寿命が延び,80歳に届くまでになる。一見,目標は達成されたかに見えたが,その内実は寝たきりの人も多く,健康でもすることがなく無為に過ごしている老人が大半で,それが社会問題にもなっていった。

この頃からジェロントロジーの目標は,寿命という命の「量」を増やすことから,いかに健康を維持して豊かに生きるかという生命の「質」(Quality of Life)を高めることに置き換わる。その実現には社会全体で取り組むべき課題も多く予見されたため,必然的に工学,経済学, 教育学,心理学といった多分野との連携が進み,今日の学際的なジェロントロジーが確立したのである。

このような変革期にあった1987年に米国の老年医学者ジョン・ローウェと社会学者ロバート・カーンが「Human Aging:Usual and Successful」という論文を『サイエンス』誌に発表し,大きな注目を浴びた。それまでは米国でも,高齢者はロッキングチェアに揺られて余生を過ごし,心も体も虚弱して社会から遠ざかっていくようなネガティブなイメージを持たれていたが,それに対し,サクセスフルな歳の取り方とは,「病気や障がいがない」,「身体能力や認知機能を維持している」,「人生に積極的に関与している(社会貢献も含め,生きがいを持って最後まで社会に参加する)」という三つの条件を満たした生き方であると提唱し,快活でポジティブな高齢者像を打ち立てた。この論文が反響を呼び,学術的にもその実現が大きなテーマとなったのである。その後,マッカーサー財団による巨額の投資で進められた研究成果が一冊の本にまとめられ,それが一種の国民運動にまで広がり,現在のアクティブシニアという理想像が形成されたのである。

そして再びジェロントロジーの潮流が変わったのは昨年2019年。これまでの議論は主に高齢期のQoL向上に向けられていたが,先述の通り人生100年時代は誰にとっても新しい社会だ。その人生をどう生きるか,見通しを立てるための「New Map of Life(新しい人生の地図)」の必要性が提唱されるようになり,米国で最も権威ある医学アカデミーが,その指針策定や制度設計に取り組み始めている。

サクセスフルエイジングを実現するためにも,これからは健康や生活資金,孤独など,高齢期に顕在化しがちな問題に対し,生まれた時から生涯をかけて取り組む必要性があるだろう。歳を取ってから慌てて対処しようとしても遅いのである。社会制度にしても,高齢者に対してその場しのぎの福祉政策を施すのではなく,新しい社会の仕組みそのものを考えなければならない。先行するジェロントロジーの研究成果は,これらの課題に対処し,New Map of Lifeを作るうえでも役立つだろう。

新しい社会のあり方を創るリビングラボ

これまで見てきたように,長寿社会の課題は明確で世界共通である。そのような中で求められているのは解決策とアクションだ。

私が所属する東京大学高齢社会総合研究機構は,「課題の解決」を目的に設置された研究機関である。研究室の中だけで研究するのではなく,現場に赴き,地域の課題を住民や自治体,企業などのステークホルダーと共に解決する社会実験,アクションリサーチ(実践と研究)を行ってきた。具体的には千葉県柏市と福井県,高齢化が進む首都圏と地方,二つのまちで長寿社会のまちづくりプロジェクトを進めてきており,柏市では生涯現役をめざした「セカンドライフの就労プロジェクト」や,その成果に基づく国への政策提言なども行った。

このような中で強く実感したのは,「市民の力」の大きさだ。生活者ははっきりと課題を認識しており,暮らしの夢も持っている。どのようにそれらの課題を解決し,暮らしの夢を叶えるのか,素晴らしいアイデアを出せる人も数多くいる。

対して大学や企業の研究者・開発者の中には,先端技術をさらに先鋭化することが目的で,それを使う生活者やその暮らしには興味を持っていないように見える人も少なくない。そのような研究のあり方に疑問を感じ,もっと生活者の力を生かせないものかと考えていた頃,欧州で出会ったのが「リビングラボ」である。

リビングラボとは,1980年代後半に米国マサチューセッツ工科大学で開発され,欧州で発達した生活者起点のオープンイノベーション手法だ。住民やユーザーを主体に,産官学に民を加えた四つのマルチステークホルダーの協働によって,ビジョンの設定から,課題の特定,ソリューションのためのアイデア創出,プロトタイプの作成やPoC(Proof of Concept:概念実証),事業化まで一気通貫で行うもので,住民は「テストベッド」と「ユーザー協創」の二つの役割を担う。

リビングラボの基本型リビングラボの基本型リビングラボは,住民(生活者・当事者)と「協創」するイノベーションの場である。

リビングラボの実践と,生活者との協創価値

2017年,日本型のリビングラボを実践しようと立ち上げたのが,鎌倉リビングラボである。ここでは「企業課題」,「行政課題」,「住民課題」という三つのテーマで活動している。中でもイノベーションにおける住民の価値を改めて実感したのは「住民課題」をテーマにした活動だった。

鎌倉市は,柏市や日本の多くの地域と同様,高度経済成長期に開発された住宅地において住民の高齢化が進んでいる。特に鎌倉リビングラボが拠点を構える今泉台地区は高齢化率が50%を超え,まちの持続性をはじめ高齢社会の課題が凝縮した地域である。

その中でも住民が感じる一番の課題は何か。住民を主体に議論を重ねていくと,「若い人が暮らしたいと思うまちにしたい」という切実な思いが一致した。その解決法の一つとして「テレワークの理想的なまちを作ろう」という案が浮上し,「使っていない応接間をホームオフィスにしよう」,「空き店舗を設備が充実したサテライトオフィスにしよう」といった具体的なアイデアも出てきた。これを実現する参画者を企業に募ると,オフィス家具を手掛けるイトーキのほか,ダイワハウスやIT企業3社から手が挙がり,実際にホームオフィス用家具の試作などが住民と協働で進められた。

住民にとって,このように企業が自分たちの課題に関心を持ってくれることは新鮮な驚きで,実際にアイデアが形となっていくことや,地域の課題解決に向けて歩みを進めている実感は,大きな自信となりエンパワーメントにつながった。

とりわけ興味深かったのは,ソリューションを創出する中で住民たちから「ニーズの連鎖」が起こったことだ。「平日に父親が家にいるなら,こんな物もまちに欲しい」,「だったら,こんなことも実現できるのではないか」――。誰もが感じていながら声にしなかったニーズが顕在化されることで,地域の暮らしを豊かにするための具体的なイメージとアイデアが次々と住民たちの中から姿を現したのだ。

このようなニーズの連鎖はイノベーションの宝庫である。企業や大学の連携だけでは生まれない,住民と協創する利点の一つだ。地域それぞれの生活実感から生まれるニーズを充足させることは,人間一人ひとりのハピネスやウェルビーイングの実現をめざすSociety 5.0の観点からも理想的な姿と言えないだろうか。

企業はもっとイノベーションにおける生活者のポテンシャルを正しく認識する必要があるだろう。企業や行政の中には,自らも生活者であるにも関わらず,生活者との協働はリスクが高く,面倒で非効率なものと避けようとする人たちもいるが,当事者を入れずに行うイノベーションには限界がある。

社会課題は複雑で,どんなに小さな課題でも実際に解決しようとすれば一つの学問分野,あるいは一つの企業の力だけでは解決できないものが多い。オープンイノベーションが浸透して久しいが,従来のように企業と企業,産学の連携に留まらず,産官学民,多様なステークホルダーが目的を軸にエコシステム(生態系)を形成し,それぞれに異なる強みを生かしながら課題に挑んでいくことが今後一層重要となるだろう。欧州ではこのような協働形態を「オープンイノベーション2.0」と呼んでいる。

最終的にモノやサービス,システムを生み,社会に実装するうえで重要な役割を担うのは企業である。これからは生活者や行政を巻き込み,すべての協創プロセスに関与していくことが求められるだろう。

世界共通課題への挑戦

先に紹介した鎌倉リビングラボでは,スウェーデンのリビングラボと国際連携を図り,先進国に共通する「健康・就労・住まい・移動手段・孤独」という五つの課題について,国を越えて解決法を議論している。これまでは文化や社会制度が異なることは成功事例を導入する際の障壁とも捉えられていたが,異なる背景を持つからこそ,異なる視点から多様なアプローチを発想することができる。それらを互いに持ち寄り多角的に議論していくことが,課題の解決につながっていくものと信じている。

これは長寿社会の課題にとどまらず,世界各国に共通するグローバルな課題についても同様である。個人や社会全体のQoLの向上,ウェルビーイングの実現と,地球環境のサステナビリティを両立するためには,もはや国や企業が個別に取り組む猶予はない。互いを「競争」相手としてではなく,異なる文化や強みを生かして共に解決策を生み出す「協創」のパートナーとして認識し,マルチステークホルダーとの連携や国を越えた広域な協働によって地球全体で取り組んでいかなければならない。

その中で日本は長寿社会の課題はもちろん,環境問題や平和の問題についてもリーダーシップを取ることが強く期待されている。それは古来より自然と共生し「和」や寛容を重んじる文化を持つことが日本の強みだと広く認識されているためだ。日立にはその期待に応え,協働をリードし日本発のイノベーションを起こしていくことを期待したい。

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