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Experts' Insights:社会イノベーションをめぐる考察ビジネスエコシステムを構築し,DXで変革を加速するライトエコノミーから始まる価値創造

2020年6月10日

執筆者紹介

八尋 俊英

  • 株式会社日立コンサルティング
    代表取締役 取締役社長
  • IT分野の投資銀行業務を学んだ日本長期信用銀行を最初に,ソニー株式会社を経て経済産業省に社会人中途採用1期生として入省。商務情報政策局情報経済課企画官,情報処理振興課長,大臣官房参事官(新需要開拓担当)兼 新規産業室長を経て2010年退官。その後シャープ株式会社のクラウド活用新サービスなどに従事,新設されたクラウド技術開発本部長,研究開発本部副本部長を経て2012年退社。日立コンサルティング取締役を経て2014年より現職。

目次

なぜ,「ビジネスエコシステム」の構築が必要か

まさに今,人類は新型コロナウイルス感染拡大という未曾有の脅威の只中にある。これまでの人類だけの発展を考えた経済社会システムは,最近のSDGsなどの動きで緩やかには修正されつつあったが,限界に達した地球のエコシステムから真摯なアラートを投げつけられたかのようだ。

しかしながら緊急事態宣言下に入っても,人々の努力もあり金融や物流などの経済活動が止まっているわけでははない。ネットで支払い宅配サービスを通じて玄関先まで商品を届けてもらうこともできるところが,100年前のスペイン風邪とは異なる。さらにアフターパンデミックの未来社会ではソーシャルディスタンスを意識したビジネスや教育現場の様相が時間軸を飛び越えるかのような勢いで進むのではないだろうか。

その最大の理由は,今や社会基盤としてコンピュータネットワークがグローバルに整備され,私たちの経済活動を下支えしているからにほかならない。過去20年間を振り返ってみても,IT基盤の整備と進展に比例して,労働者一人当たりの生産性は飛躍的に伸びてきた。それは,欧米に比べて労働生産性が低いと言われる日本も例外ではない。

一方,周知の通り,ITを巧みに活用したプレーヤーにより,新たなビジネスモデルが生み出され,市場の急激なパワーシフトが起こっている。2019年にインターネット広告費がテレビ広告費を抜いたことはその端的な例だろう。各動画配信サービスが人気を集め,視聴機器もテレビからスマートフォンへ移行しつつある。マスメディア中心の平成から,パーソナルメディアが主となる令和へ――,市場は大きく変化した。今後,市場のカギを握るのは最終決定権のあるユーザーであり,既存企業が生き残れるかどうかは,ユーザーから得た情報の収集・分析を通じて,いかにトレンドを取り込めるかにかかっている。

さらにSDGsやESG投資に代表される社会課題解決に向けたグローバルな動きも,シェアリングエコノミーなどのビジネスの新たな潮流を生みつつある。

私は日立コンサルティングの取締役社長に就任した2014年以降,その潮流を見据えてデジタル化の定着と事業・社会価値の創出をめざし,DX(Digital Transformation)による企業変革支援を軸に,「ビジネスエコシステム」の構築に取り組んできた。

ビジネスエコシステムとは,まさにビジネスにおける「生態系」を意味する。ある製品やサービスを提供するにあたり,ユーザーを含めた複数の主体により構成される社会ネットワークのことであり,常に動的に変化する。ビジネスエコシステムの構築により,モノ売りからサービス化への流れを加速させ,顧客となる企業にデジタルエコノミーへの戦略転換を促し,新たな価値創造につなげることを我々の使命としたのである。

ベンチャーとの協創を緒に

さてそうした中,日立コンサルティングでは,ユーザーとの接点を持ち,ビジネスエコシステムを構築して新たな価値を創出するために,積極的にベンチャー企業との協創に取り組んでいる。

その一例が,今年3月に実施した,博報堂グループの株式会社Spontenaとの資本業務提携である。Spontenaは,人手不足やコスト削減などの顧客課題をチャットボットの活用で解決するサービスを提供しており,独自の自然言語処理エンジンをはじめ,会話サービス開発に不可欠な自然言語処理技術,UI/UX(User Interface/User Experience)のノウハウを武器に国内においてさまざまな産業分野への導入実績を持つベンチャーだ。

Spontenaのサービスを導入すれば,ユーザーはLINE※1)アプリを使って,荷物の配送依頼や企業への問い合わせなどを,コールセンターを介することなく,自動で行うことができる。当社は,提携に先駆けて,Spontenaのファーストユーザーとして勤怠管理や交通費の精算をLINE上で行うなど,PoC(Proof of Concept:実証実験)に参加し,効果を検証したうえで提携に臨んだ。単に出資するだけでなく,当社の社員がSpontenaのチーフデジタルオフィサー(CDO)に就任することで,DXコンサルティング部を新たに創設し,今後はDXコンサルティング事業を展開していく予定だ。

こうした動きの背景には,我々がチャットボットなど,ユーザーが気軽に使えるライトエコノミーのツールを理解すると同時に,デザイン思考的なアプローチができ,日立グループの一員として社会インフラなどの重厚長大な事業にも通じているという独自性がある。つまり,ベンチャーと既存のレガシー企業を含めた新たなビジネスエコシステムの構築が可能であり,ライトエコノミーの導入を起点に,レガシー企業の基幹システムの革新や業務変革を促すことができるというわけだ。こうした取り組みは,レガシー企業はもちろんのこと,地方自治体などにおいても,働き方改革や組織改革,人事マネジメントなどに貢献し得るとして,グループ内でも期待の声が挙がっている。

すでに我々は,ブロックチェーン技術を持つベンチャーと大手銀行が連携した,少額決済のための商用決済プラットフォーム構築を支援したり,飲料メーカーにおいて需要変動に迅速に対応した生産計画にAI(Artificial Intelligence)を導入する際,RPA(Robotic Process Automation)の国内ベンチャーと手を結んでPoCを実施し,コスト圧縮に貢献したりするなど,レガシー企業とベンチャーをつなぐさまざまな取り組みを重ねている。

また,健康情報分析のベンチャー,株式会社レグラルと我々が事業開発を進めた健康リスク予測サービス「マイリスク※2)」は,日立製作所がライセンス契約を結び事業化に参画することで,福利厚生サービス会社などを通じてさまざまな企業への展開が始まっている。契約人数に応じたレベニューシェアを採用している点も,システムの迅速な導入を可能にしており,ライトエコノミーならではの特長と言える。

※1)
LINEは,LINE株式会社の登録商標である。
※2)
マイリスクは,株式会社レグラルの商標である。

レガシー企業の危機感と意識の変容

こうした地道な取り組みからも分かるように,当社がめざすのは日本の企業の困り事にDXで応えていくことにある。特に私が取締役社長に就任した頃,日本の企業はデジタル化が圧倒的に遅れており,DXの必要性から説き,IT計画を作成して実際に試すところまで顧客に寄り添う必要があった。

一方で従来のような課題解決型の取り組みだけでなく,今後はより価値創造に軸足を置くことが重要だと考えている。そうした意識づけの結果,数年前まではDXに向けた基幹システムの最適化などのビジネスコンサルティングが収益の大半を占めていたが,現在では,先述したようにベンチャーとの協創などを通じて,デジタル技術による新事業・サービスの創出をするという,イノベーションコンサルティングが一つの柱に育つに至った。日立の強みであるエンタープライズの基幹システムの革新と,スマホアプリで収集されるユーザーのデータ活用やカスタマーバリューチェーン構築の支援の両方を手がけていることが我々の独自性につながっている。ベンチャーとレガシー企業とのエコシステムにしても,その両輪がなければ構築はできない。

実際,こうした取り組みを通じてレガシー企業の意識も変化してきている。数年前までビジネスエコシステム自体がなかなか理解されなかったが,その重要性を理解する経営者は多い。また,ベンチャーと新規ビジネスを立ち上げる場合,レガシー企業では特に調達や法務などが障害となるが,社内ルールを柔軟に変えるなどして奮闘するキーパーソンが組織に必ず存在する。我々コンサルタントも双方の緩衝材になるとともに,将来を見据えたグランドデザインを示すことで,エコシステム全体でビジョンを共有できるように腐心している。

その好例が,私がアドバイザーを務めた中部電力株式会社の事例だ。中部電力では,2019年4月に事業創造本部を設立して,ビジネスエコシステムを構築することである種の脱電力をめざしている。電力会社が脱電力とは奇異に感じるかもしれないが,これからの電力会社の役割を,「単に電力の供給だけに置くのではなく,経済発展の基盤となること」とミッションの再定義を行った結果だ。そして,既存の電力ネットワークと顧客接点を活用して,ヘルスケアなどの生活サービス事業を創出していくという。

自動車会社も同様に,MaaS(Mobility as a Service)への移行が進む中,もはや自動車だけを売っていたのでは立ち行かなくなる。我々は100年に一度の大改革を進める自動車産業に,日立建機株式会社が実績を積んできた建設機械の管理・保全のサポートサービス「Global e-Service」を汎用化する経験を積んだり,つながる車両のセキュリティ基盤など,日本発のインダストリーインパクトを創出すべくコネクテッドカーへの加速に力を入れている。

こうした流れを加速させていくためには,今後はさらに基幹システムまで含めたデータの収集と分析,そしてDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼ある自由なデータ流通)が重要になると考えている。

日立コンサルティングのめざす姿日立コンサルティングのめざす姿社会インフラの実績とITによる総合力を備える日立グループのコンサルティングファームとして,領域を超えた協創により,社会イノベーションを実現する。

DX時代の人財育成と知の事業化

当然のことながら,我々のミッションを実現するためには,業務改革ができる従来の課題解決型の人財に加えて,事業企画ができるサービス創造型の人財が不可欠となる。後者は,2〜3人という少人数でビジョンを作成し,数行の言葉で簡潔に事業を説明できる能力に加え,簡単なAI解析や試作ソフトをつくってアジャイル開発ができるようなプログラミング能力を備えていることが望ましい。そのために東京大学エクステンション株式会社のデータサイエンススクールに社員を派遣するなど,教育にも力を注いでいる。

また当社ではディレクターに昇格する際は,ビジネスエコシステムに関する論文を書いてもらい,審査を通じて人財の見極めを行っている。キャリアを振り返りながら,自らが手がけてきた分野に関して,どのようなビジネスエコシステムを構築すべきか論じさせるのである。例えば,MaaSの実現のためには,自動車会社のミッションを再定義し,どのようなイノベーションパートナーとエコシステムを築いていくべきなのか,その中でどのような新しいサービスや産業をつくり出していくことができるのか,また自分はどのような役割を果たすことができるのかを論じてもらい,そのうえで私と議論する。

議論のためには,対象となる企業の中期経営計画を読み解き,経営者の考えを理解しておく必要がある。また,その業界にどのようなトレンドがあるのか,海外の動きまで含めてベンチマークを明確にしなければならない。場合によってはまったく違う業界の動きをウォッチする必要もあるだろう。そのため,複数のプロジェクトを経験するよう,社内の人財の流動性を高めるとともに,業務報告書に他部署との連携を明記させるなど,タコツボ化しないための工夫もしている。

大学との連携も重要な取り組みの一つだ。当社では,東京大学生産技術研究所のデザインアカデミーにリーダー層を派遣するとともに,慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)とロボットとの共生に向けた倫理的課題と解決策,DFFTの実現に向けたトラストサービス基盤などに関する共同研究や兼務人財派遣を実施している。さらに東京工業大学イノベーション科学系(MOT)と連携して,客員研究員の派遣,サテライトオフィスの設置,ビジネスエコシステムデザインワークショップや討論会の開催などの交流・協創を計画している。

こうした取り組みにより,当社の人財にはインダストリーインパクトをもたらす企業変革を手がけていってほしいと考える。その積み重ねを通して,やがてはソーシャルインパクトを起こすコンサルファームとなることをめざしたい。

日本型イノベーションをいかに実現するか

過去30年ほど,日本経済および日本企業は総じて低迷し,特にITビジネスに関してはGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)に代表されるプラットフォーマーに席巻されてきた。一方で,SDGs やESG投資に象徴される社会課題解決を軸とした昨今のビジネスの潮流に,日本の優位性を見る向きもある。

いずれにせよ,これまで当社が日本企業の困り事の解決に焦点を当ててきたように,私自身は日本企業にさまざまな可能性を感じている。実際,IT産業にしても,主要な日本のメーカーの大半が外資系会社との戦いに屈することなく,生き残っている。若い世代を中心に,ライトエコノミーに通じる経営者やプログラマーも増えてきている。そういった意味で,シリコンバレーとは違う,日本企業ならではイノベーションを起こせると信じている。

ベンチャーとレガシー企業の協創,異なる業態との協創など,単にシリコンバレーをまねるのではなく,まずは国内での新たなエコシステムを構築することがいとぐちになると考える。また,新たな価値を創造する中核となるような人財,いわゆるイノベーターが十数名規模の小規模ベンチャーを創設できるか,そういう人財をいかに多く輩出するかに日本の命運がかかっている。そうしたイノベーターの多くは,現状はレガシー企業に存在していると考えられるが,小さな事業であっても経営者としての経験を積み,新たなサービスや産業,価値を生み出していければ,日本が沈むことはないだろう。

歴史を振り返ってみると,ちょうど今から100年ほど前,第一次大戦前後という激動の時代に,日立をはじめとする日本のレガシー企業が多数創設された。小平浪平は東京電燈(現 東京電力ホールディングス株式会社)などを経て日立製作所を創業し,現パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助も大阪電燈(現 関西電力株式会社)を経た後に松下電器を創業した。世界が大きく変わりつつある現代においても,若い世代を中心にマインドは大きく変わってきており,流動性が高まっていることは期待できる点である。彼ら・彼女らは,幼い頃からデジタル機器に囲まれて育ったデジタルネイティブであるだけでなく,近年の震災やメガ台風などの自然災害を経験する中で,社会課題解決の必要性を肌身で感じている世代でもある。今回の新型コロナウイルスという脅威を克服する中で,DXがより加速し,さらなるマインドの変容が起こっていくに違いない。

今後,日本の人口が大きく増えることはないし,市場が限られる以上,売上を大きく伸ばすことも難しい。しかし,さまざまなイノベーターたちと共に新たなビジネスエコシステムを築くことで活路を見いだせるはずだ。今後,優れたベンチャーとのアライアンスが核となることは間違いないだろう。

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