日立評論

社会イノベーションに求められる人財の力と生き方

志と自立の心で切り開く社会・企業・自身の未来

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日立評論

執筆者紹介

迫田 雷蔵

  • 株式会社日立アカデミー
  • 取締役社長
  • 1983年日立製作所入社。電力,デジタルメディア,情報部門の人事業務を担当後,2000年から本社にて処遇制度改革を推進。2005年米国駐在,Hitachi Data SystemsでHR部門Vice President(〜2009年)。2012年本社グローバルタレントマネジメント部長,2014年中国・アジア人財本部長,2016年人事勤労本部長,2017年日立総合経営研修所取締役社長。2019年4月に日立アカデミーが設立され,初代社長に就任。

目次

世界の潮流に先んじる社会イノベーション事業の本質

日立の出発点は「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という創業時から続く社会貢献の理念にある。それを自分たちの事業ドメインとして再定義したものが現在の社会イノベーション事業と言える。これは,利潤の最大化を追求する株主資本主義や金融資本主義に代わり,SDGsやSociety 5.0,ESG投資など,社会課題の解決に向けて舵を切っている近年の社会の動きと符合するものである。

社会イノベーション事業が本格的にスタートを切ったのは,リーマンショックの余波が影を落としていた時期で,当初は概念そのものがなかなか理解されない状況だったが,今では多くの人に期待されるところとなり,この事業が世界的な社会の潮流を先取りしていたことを実感する。

このような社会の課題解決に向けた動きが広がる中,海外で頻繁に見聞きするようになった言葉が「パーパス(purpose)」だ。これは日本語で「目的」ないし「存在意義」と訳され,株主資本主義からの脱却を志向する世界的な経営トレンドで掲げられるキーワードであると同時に,ミレニアル世代の社会起業家らが非常に重んじるコンセプトでもある。従来の「目的」なき利益追求を反省し,企業活動においても目的や存在意義を重んじることが持続的成長のカギと見なされるようになっている。

日立アカデミーが提供する選抜者研修でも「パーパス・ドリブン・リーダーシップ」の強化を狙いとしているが,私はそこでパーパスを「志」と訳している。思うに志とは,「社会が求めること」,「会社がやるべきこと」,「本人がやりたいこと」の三つが重なり合う部分ではないだろうか。そのような本物の志こそ,困難に耐え抜き,物事をやり抜く力となる。事実,パーパスには「やり抜く決意」といった意味合いも含まれている。

コロナ禍の以前から人々の間には,行き過ぎた株主資本主義やグローバル化のマイナスの影響,AIに代表されるテクノロジーの進化など,社会の急速な変化に対し,より根源的不安が蔓延しているように感じていた。パーパスを重視する経営の流れは,このように先行きの見えない不安な時代に,人間の主体性や意志の力に注目する新しい兆候である。同時に,社会貢献への志を出発点とする社会イノベーション事業の理念とも軌を一にするものであると言えよう。

一方,企業としては,当然のことながら,利益も併せて追求していかなければ社会貢献を続けていくことはできない。日立の2021中期経営計画では「社会価値・環境価値・経済価値」の三つを同時に向上すると宣言しているが,それによって初めて持続可能で,より大きなインパクトをもたらす「事業」として社会を革新していける。ここにNPOではなく企業体である日立が社会イノベーションをリードしていく意義がある。

DXを実現する現場の知×デジタル技術

もう一つ社会の潮流を語るうえで欠かせないのがDX(デジタルトランスフォーメーション)である。世間ではDXをIT化やデジタル化と変わらない意味で用いる向きもあるが,本来のDXとは,デジタル技術を使ってビジネスや産業構造そのものを変えるという,より大きな概念である。社会のあらゆる基盤がデジタル技術によって支えられている今,その活用なくして将来社会の展望は開けない。社会イノベーション事業を実現する手段として,日立アカデミーではDXをビジネスモデル,プロダクト,プロセス,業務改革の四点に分類して整理している。

ここで明らかになるのは,DXの実現には,世間でも言われるようにAI技術者やデータサイエンティストなどが欠かせないのはもちろん,それ以上に「課題を定義できる」人財が重要となるということだ。課題を定義するためには豊富な業務知識や現場の知見が不可欠であり,これは日立の強みとするところである。多様な業種の工場や現場に設置した機器から得た膨大なデータをAIなどを活用して解析・統合し,その結果をリアルタイムでフィードバックする。そうしたサイバーフィジカルシステム(CPS)の構築を通じ,リアルの課題をデジタル技術で解決していくことが今後の日立の命題となる。躍進するITベンチャー企業などにもそう真似できない領域だ。

現在,日立ではデータサイエンティストなどDXエキスパートの育成と並行し,今年から日立グループの全社員に向けて「デジタルリテラシーエクササイズ」というプログラムを開始し,デジタル対応力の底上げを図っている。デジタル技術やDXで何ができるのか,今,顧客が抱える課題はデジタル技術で解決できるのか,それを各自で判断できるように基礎的な素養を身に付けてもらうのが狙いだ。それを最先端のIT部門につなげて連携を図りながら,リアルとデジタル両方の知見を持つ日立の強みを最大限に発揮したDXを実現していく。

日立アカデミーが考えるDXの課題 日立アカデミーが考えるDXの課題

世界標準の人財マネジメントへ

社会イノベーション事業でグローバルに戦っていくためには,人財マネジメントも世界標準に対応させていかなければならない。日立は早い段階からこうした認識を持ち,社会イノベーション事業が本格化して間もなく,2011年からその改革に着手した。

輸出型の産業であれば,現地の製造現場や販売会社に日本のやり方を移植するだけでも通用したが,社会イノベーション事業はそれとまったく異なり,世界各地の地域・市場に精通するリーダーと,グローバルに展開する事業全体を統括できるグローバルリーダーが,市場と事業の数だけ必要なのだ。それに対応するためには,グループ内のシステム・データベースを統一して人財の見える化を図り,人財を徹底的に活用することが求められた。加えて,グローバルに広がる多様な人財を現地法人やグループ会社それぞれに異なる,約1千通りものマネジメントシステムで統括することは不可能であり,基本的なシステムを全世界で統一することによるメリットは計り知れない。

こうして始まった人財マネジメント改革では,当初から従来の日本方式ではなく,グローバルに適用可能な世界標準に基づき制度設計する方針であった。これにより,10年近い歳月を掛けて実現した成果が日立の「ジョブ型人財マネジメント」である。これはコロナ禍のテレワーク推進においても,世間から注目を集めたことでご存知の読者も多いだろう。

ジョブ型は自立した人生を歩むこと

もとよりジョブ型の雇用形態は欧米諸国のみならずアジアにおいてもスタンダードである。むしろ日本のメンバーシップ型が特殊で,高度経済成長期固有の事情に合わせて作られた制度であるため,他の国では通用しない。過去の日本的経営を象徴するメンバーシップ型は共同体的結束に基づく安心・安定のイメージも強く,そこからジョブ型へ移行することを不安視する声や抵抗の声もしばしば聞かれる。しかし,それはジョブ型の本質や実態が知られていないからであり,初歩的な誤解や思い込みも少なくないように感じる。

ジョブ型は長期雇用そのものを否定するものではないし,新卒や長期で働く社員がいても構わない。問題なのは「就社」と言われるように,新卒一括採用と終身雇用制度だけで組織が固められ,流動性を失い排他的になってしまうことだ。企業や職場が生き生きと活気を保つためには,経営環境や事業に合わせ,新卒や中途採用,国籍,ジェンダーに関係なく多様な人財が行き交う状態が望ましいのではないだろうか。

また,一般的には長期雇用のメンバーシップ型の社員の方が会社に対する帰属意識やロイヤルティが高いという先入観があるが,実態は必ずしもそうではなく,日立グループの従業員意識調査でも海外のグループ社員より日本人社員の方がエンゲージメントスコアが低い。

いちばん問題だと思うのは個人の「自立(ないし自律)」が不十分ということだ。自分のキャリアを磨いていこうとする意識より,キャリアそのものを会社に委ねる傾向が強い。そのような自立心の低さがエンゲージメントや生産性にも影響しているのではないか。海外の社員は概してキャリアを自分自身で築いていく意識が高く,特にマネージャー層は自分の権限を広げるためジョブリストにない仕事も果敢に取りに行こうとする。「ジョブ型は決まった仕事しかしない」というイメージもまた思い込みなのである。

人生で何をしたいのか,そのためには何が必要でどんな能力やスキルを磨いていくべきか。それを明確にして具体的な行動につなげていくことこそジョブ型の本質である。自分の人生は自分のものであり,自らキャリアを磨いてチャンスをつかみとっていかなければならない。そして会社の方も積極的な投資によってそれを全力で支援していく。

もちろん,これまで日本企業が培ってきた「人を大切にする」文化は絶やしてはならない。だが,それは同朋意識で全員を守ることでは決してなく,社員が自分の思い描く人生を全うできるよう的確にサポートして育成していくことだと思う。社員一人ひとりが力を発揮できれば,組織も強くなり,それが両者にとっての幸福となる。

このように長い年月を掛けて改革を重ねてきたからこそ,日立は今回のコロナ禍でも積極的なテレワーク導入に踏み切れた。だが,バーチャル空間を主として連携しながらグローバルに戦っていくためには,それを補完する具体策が早急に必要だ。またこの度,スイスの重電大手ABB社のパワーグリッド事業を買収し,「日立ABBパワーグリッド社」が設立された。本格的なグローバル対応には人財マネジメントシステムと同様,教育システムの改革も急務である。日立は社会イノベーション事業の拡大に向けて,その推進力となる人財の育成とマネジメントをさらに進化させていく所存だ。

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