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COVER STORY:TRENDS

地球環境問題への対応力が問われる時代

持続可能性でとらえるパラダイムシフト

ハイライト

地球環境をめぐる国際的な取り組みが,新たなステージに入った。

環境問題が重要な社会課題として国際社会に認識されて久しいが,近年,その解決に欠かせないとして,企業の存在が改めてクローズアップされている。地球環境へ多大な影響を与える企業には環境負荷の低減だけでなく,さらに課題解決への積極的な貢献が期待されている。そして企業自身にとっても,単にリスクへの対応を迫られるだけでなく,むしろ,環境問題をはじめとする社会課題への取り組みが新たな事業機会となり得る。

こうしたパラダイムシフトにあたり,押さえておかなければならないポイントとは何か──。

目次

地球環境問題への対応が新たなステージに

2015年9月に「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が国連で採択された。これは,国連に加盟するすべての国が2015年から2030年までに,貧困や飢餓の撲滅,エネルギー,気候変動,平和な社会の促進など,持続可能な開発のための諸目標を達成すべく力を尽くすことを宣言するものである。

そのアジェンダの中核を成すのが,「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」だ。17の目標には,環境への取り組みを推進することでその解決につながる多くの項目が掲げられている(図1参照)。

図1│SDGs(持続可能な開発目標)2030年までの国際社会共通の目標として掲げられたSGDsは,環境への取り組みを推進することで解決につながる項目を含んでいる。

例えば,目標13の気候変動への対応をはじめ,水に関する目標6,エネルギーに関する目標7,インフラ・産業・イノベーションに関する目標9,都市に関する目標11,消費と生産に関する目標12,海洋と海洋資源に関する目標14,陸生態系に関する目標15など,実に多岐にわたる。その背景には,地球温暖化の進行に伴う世界各地での異常気象の頻発,資源の枯渇や生物多様性の減少など,環境問題の深刻化がある。もはや環境問題の解決なくして,持続可能な社会は築き得ないということの表れと言えるだろう。

このSDGsに先立つMDGs(ミレニアム開発目標)は,途上国・新興国の貧困・健康・環境などの改善が主な目的で,国連によるこれらの国々への支援という側面を強く持っていた。一方,SDGsは先進国を含めた普遍的な目標と見なすことができる。さらに特徴的なのは,それぞれのゴール達成において,各国政府やNGO(非政府組織)・NPO(非営利団体)だけではなく,「企業の果たす役割の重要性」が強調された点にある。

SDGs採択に際し,国連事務総長(当時)の潘基文氏は,「企業はSDGsを達成する上で重要なパートナーである。企業はそれぞれの中核的な事業を通じて,これに貢献することができる。私たちはすべての企業に対し,その業務が与える影響を評価し,意欲的な目標を設定し,その結果を透明な形で周知するよう要請する」と述べている。

環境問題は企業にとっての「リスク」には違いない。しかしここへ来て,環境問題という社会課題の解決が「事業機会」になり得る,という認識も急速に広まりつつある。すでに多くのグローバル企業の取り組みも始まっている。SDGsの採択に合わせて,再生エネルギー利用をはじめ,医療・ヘルスケア分野,食料安全保障,水マネジメントなどへの貢献に積極的にコミットする企業も出てきている。

こうした動きの背景にあるのは,社会課題を重視した姿勢を打ち出し,イニシアティブを握ってパートナリングを強化していくことが,新たな競争軸となるという考え方だ。つまり,社会課題への対応力が企業のイノベーションの原動力となり,競争力を左右する時代に突入したととらえられるのである。

以上の国際的な動向を踏まえて,日本政府は,2016年5月に安倍晋三首相を本部長に,全国務大臣を構成員とする「SDGs推進本部」を発足させた。同推進本部幹事会において決定された「SDGs実施指針」(2016年10月18日)では,「わが国は,SDGs実施における世界のロールモデルとなることを目指し,国内実施,国際協力の両面において,世界を,誰一人取り残されることのない持続可能なものに変革するための取組を進めていくことを目指す」としている。

東京大学政策ビジョン研究センター教授
谷口 武俊氏

2016年10月に開催したHitachi Social Innovation Forum 2016 TOKYOにおけるパネルディスカッション「激変する環境問題が企業経営に迫るパラダイムシフト」でも,環境問題解決に向けた議論が展開された。登壇者の一人である東京大学政策ビジョン研究センター教授の谷口武俊氏は,企業の環境対応にパラダイムシフトが起こりつつあると指摘したうえで,現在の状況を「国際機関や各国政府,ビジネス界,NGO・NPO,ベンチャーなどが知恵を出してつながることでさまざまな試みが動き出しており,今後それをいかにスケールアップするかを考え始めた段階にあるのではないか」という見解を語った。

同教授は,環境問題対応のパラダイムシフトとして次の3つを挙げる。

第一は,SDGsの企業行動指針に見られるような,「包括的で持続可能な経済成長とイノベーションによる社会転換」。第二は,「ビジネス界によるボトムアップイニシアティブ」の展開が始まってきたこと。そして第三のパラダイムシフトとして,「環境を重視した投資行動」が活発化し,それが社会全体の価値につながるという考え方が広まり始めていると指摘した。同教授の見解は,環境問題解決と企業の経済活動がリンクし始め,今後,よりいっそう大きな変革のときが訪れることを予感させるものである。

クローズアップされる非財務的な価値

中でも近年のESG投資への注目の高まりは,「環境を重視した投資行動」の浸透の現れと言える。ESGとは,Environmental, Social and Governance(環境,社会,企業統治)の頭文字を取った概念で,通常の財務情報に加えて,これら3つの観点(非財務情報)を考慮した投資手法がESG投資と呼ばれる。

ESGは,リーマンショック以後,従来の四半期の業績をベースとした短期投資への反省から生まれてきた経緯がある。欧米を中心に広まり,今や機関投資家の間で共通した世界的なトレンドだ。日本でも,2015年9月,年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国連のPRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)への署名を発表したことで,ESG投資への注目度が一挙に高まっている。

PRI とは,2006年に国連環境計画(UNEP)と国連グローバルコンパクトが策定し,各国の金融業界に向けて提唱したイニシアティブである。投資の意思決定プロセスや株式所有方針の決定の際,ESGの視点を反映させるべきとしている。PRIには世界各国の多くの機関投資家や資金運用会社,コンサルティング企業などが署名。約130兆円を運用する世界最大規模の機関投資家として知られるGPIFがPRIに署名したことは,ESG投資がGPIFの投資原則にかなうものと判断したことを示しており,そのインパクトは大きい。

なおGPIFは,「投資先企業におけるESGを適切に考慮することは,『(年金の)被保険者のために中長期的な投資リターンの拡大を図る』ための基礎となる『企業価値の向上や持続的成長』に資するものと考えている」と述べている(GPIFプレスリリース,2015年9月28日)。

このような機関投資家によるESG重視の流れは,投資される企業の側の変革をいっそう加速させることになるだろう。実際,多くのグローバル企業が「統合報告書」において,財務情報とESGの考え方を連動させて説明し始めている。

地球温暖化への対応

図2│各国別の温室効果ガス排出シェア(2010年時点)世界全体の温室効果ガス排出量のうち,米中2か国で世界の35%以上を排出している。

地球環境問題のうち,「気候変動」(地球温暖化)への対応に関する動きも,ここ数年で加速している。2015年12月に開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)では,2020年以降の地球温暖化対策の国際ルール「パリ協定」が採択され,当初の想定よりも早く,2016年11月4日に発効した。パリ協定は,温暖化による気温上昇を工業化以前と比べて2℃を下回り1.5℃をめざすこと,長期的な排出量と除去量の均衡をめざすことを締約各国が努力すると明記。その目標が意欲的であるばかりでなく,温室効果ガス排出量で第一位の中国,第二位の米国を含む主要排出国が批准して発効したものであることから,実効性への期待が高い(図2参照)。

その背景には気候変動への危機感の高まりがある。数千人もの専門家が参加するIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は,2013年から2014年にかけて「第5次評価報告書」を公表し,「1951〜2010年の世界平均地上気温において観測された気温上昇の半分以上は,GHG(温室効果ガス)濃度の人為的増加とその他の人為起源強制力の組み合わせによって引き起こされた可能性が極めて高い」と結論づけている。これは,「第4次評価報告書」の「可能性が非常に高い」という表現より一段強調されたものだ。

第5次評価報告書は,このまま気温が上昇を続けた場合のリスクとして,「海面水位上昇」,「インフラ機能停止」,「健康被害」,「食料不足・水不足」など,きわめて深刻な問題を挙げ,このような気候変動による深刻な影響を抑え,リスクを低減することの重要性を訴えている。そして,工業化前と比べて気温上昇を2℃未満に抑えるためには,2050年までに2010年と比べて全世界の温室効果ガス排出量を40〜70%削減し,2100年には排出水準をほぼゼロか,それ以下にする必要があるという内容を盛り込んだ(図3参照)。

パリ協定は,このIPCCの最新の知見を踏まえたものである。各国が提出した温室効果ガスの自主削減目標は,中国は2030年までにGDP当たりのCO2排出量を60〜65%(2005年比),米国は2025年に26〜28%(2005年比),EUは2030年に少なくとも40%(1990年比),日本は2030年度に26%(2013年度比)というものだが,それを上回る削減に向けた取り組みも始まっている。欧州委員会は,2050年に80〜95%(1990年比)の削減目標を掲げる「2050 low-carbon economy」を発表。また,日本政府は,2016年5月に閣議決定した「地球温暖化対策計画」において,2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減をめざす長期目標を盛り込んでいる。

図3│2000〜2100年の温室効果ガス排出経路第5次評価報告書では,人為起源の温室効果ガス排出量に応じたRCP(Representative Concentration Pathways:代表的濃度経路)シナリオを示している。排出を抑制する追加努力のない「ベースライン」シナリオに対して,社会経済発展や気候政策などの違いから,非常に高い温室効果ガス排出となるシナリオ(RCP8.5),2つの中間的シナリオ(RCP6.0とRCP4.5),そして厳しい緩和シナリオ(RCP2.6)の4つである。将来の気温上昇を2℃以下に抑えるのはRCP2.6に対応している。

企業がめざすべき環境経営のあり方

経済産業省環境経済室長
服部 桂治氏

株式会社ブリヂストン
CSR・環境戦略企画推進部長
稲継 明宏氏

2016年12月に発表された日本の2015年度の温室効果ガス排出量(速報値)は,13億2,100万トン(CO2換算)である。前年度の総排出量と比べて,3.0%の減少,2005年度の総排出量と比べると5.2%の減少となっている。排出量が減少した要因としては,「電力消費量の減少や電力の排出原単位の改善に伴う電力由来のCO2排出量の減少により,エネルギー起源のCO2排出量が減少したこと」,「産業部門や運輸部門におけるエネルギー起源のCO2排出量が減少したこと」などが挙げられている。この削減は,革新的な技術開発や輸送の効率化など,まさに企業の不断の努力による貢献が大きいと言える。

政府も,長期目標達成に向けた国内企業の貢献に着目している。その理由は,日本企業が海外で製品を販売したり,技術を移転したりするなどグローバルに事業が広がる中で,すでに現地のCO2排出量低減に貢献している点にある。今後,日本企業の省エネ製品やソリューションが長期間,使用されることで,そうしたCO2排出量低減効果が累積されることにもなる。

経済産業省環境経済室長の服部桂治氏は,前述のパネルディスカッションで日本企業の活動に期待を寄せる一方で,これからの企業に求められる姿勢を次のように語った。

「イノベーションを生み出し,未来を先取りするような強靭な意志や力強さに加えて,状況を見ながら臨機応変に変わっていくような,しなやかさも必要だと思う。また,企業が長期目標をつくるとすれば,事業活動が縮小するようなアプローチではなく,ビジネスが栄えるような,希望につながるような戦略をぜひつくっていただきたい。」

これまで見てきたように,環境問題解決における企業への期待は非常に大きい。その企業に求められるのは,社会課題を重視した姿勢であり,パートナリングを強化していく取り組みにある。それこそが,イノベーションの源泉であり,競争力につながることは間違いない。中でも日本企業,とりわけ製造業には,技術革新による公害問題の克服,省エネルギーの経験から一日の長があると言えるだろう。

前述のパネルディスカッションでは,企業の立場から,株式会社ブリヂストンCSR・環境戦略企画推進部長の稲継明宏氏が,同グループの2050年に向けた環境長期目標を紹介した。そこで挙げられたのは,世界最大のタイヤ会社・ゴム会社として,自然との共生,資源の有効活用,CO2排出量削減に向けた目標を設定し,「技術イノベーション」と「ビジネスイノベーション」を促進している事例などであった。日立グループもまた,2050年をめざした環境長期目標を2016年9月に定め,挑戦を始めたところだ。

世界のビジネス界に対してサステイナビリティを推進する非営利団体BSR(Business for Social Responsibility)のアーロン・クレーマー会長兼CEOは,日立の経営トップとの対話の中で,「日立は事業そのものと企業哲学がすでに,21世紀の世界が企業に求めることに即しているという幸運と強みがある」とコメントしている。

持続可能な未来を実現するには,グローバルに活動する企業の貢献が欠かせない。企業自身にも相応の強い使命感が求められる時代なのである。

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