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ハイライト

世界各地で相次ぐ自然災害やテロの脅威を背景に,停電への備えを含む電力の安定供給は,住民の安全やセキュリティの面からも各国共通の社会課題となっています。

地球温暖化対策として再生可能エネルギーの導入が進む中,諸課題への有望なソリューションと目されているマイクログリッド--。しかし,その構築・運用にはさまざまなノウハウが求められます。

日立は現在,専門知識を備えたチームを新たに創設し,多くの顧客と対話を重ねながら,エネルギー関連の先進地域である北米マイクログリッド市場の開拓に挑戦しています。

ここでは,エネルギー分野で豊富な経験を持つAlireza Aramが米国市場における最新動向をレポートします。

目次

執筆者紹介

Alireza Aram

  • Sr. Vice President & General Manager, Energy Solutions Division, Hitachi America, Ltd.
  • 日立シニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーとして,北米のエネルギーソリューションを担当。送電,配電,分散型エネルギー資源などエネルギー分野で20年以上に及ぶビジネス経験を持つ。
  • 日立に入社する以前は,ABB,Areva T&D,Alstom Gridで上級管理職を歴任し,アジア,南北アメリカ,ヨーロッパで特に活躍した。ドイツ・アーヘン工科大学で電気工学の修士号を取得している。

1|市場の状況

変革の最中にある米国の電力業界において,数あるDER(Distributed Energy Resource:分散型エネルギー源)ソリューションの一つがマイクログリッドである。電力業界は,しばしば市場の独占状態を生み出してきた集中型システムから,分散型システムへとシフトしつつある。筆者が米国の顧客との会合を重ねていくうちに感じているのは,エネルギー流通に対する顧客の期待が目に見えて,かつ急速に変わりつつあるということだ。新しい技術と,それを支える規制の変化によって,エネルギーの供給,管理,コストをめぐる選択肢と自由度が増えてきているからである。しかも,全国で大小規模の公益事業者から話を聞いてみると,その反応は電気通信業の場合とよく似ている。将来を見越して転換に備える事業者もあれば,その変化を押し留め遅らせようと抵抗している事業者もあるということである。

2|マイクログリッド

マイクログリッドは,今日の市場で入手できるDERソリューションとしては最も洗練されたものだ。その定義は国によって異なるが,米国ではエネルギー省によってこう定義されている。

「明確に定義でき,グリッドという形で一元的に管理できる事業体として機能する電気系統の中で,負荷と分散型エネルギー資源(DER)を相互に接続したグループ。マイクログリッドは,グリッドに接続した状態でも分離モードでも動作するように,グリッドとの接続と切り離しが可能である。」

マイクログリッド方式のDERは一般的に,太陽光発電システム,CHP(Combined Heat and Power:熱・電気複合)ユニット,高性能バッテリー,建造物における負荷コントロールで構成される。これらのシステムを能動的に管理するのが,発電動作特性や負荷の変化に対応できるマイクログリッドコントローラである。マイクログリッドは,平常時には一般電力網と並列で動作するが,停電の発生時には主電力網から独立して動作する機能(分離モード)を備える。テクノロジーへの依存が進む中,ひとたび停電が起きた場合の耐性は,社会のあらゆる部分で極端に低下している。その一方,米国ではインフラの老朽化と,インターネット上および物理的な脅威が原因で,停電が起きやすくなっているという現状もある。

こうした理由で,停電が起きた場合に電力グリッドから切れ目なく「分離」できる機能が,マイクログリッドと他のDERソリューションを比較検討する際に大きな決定要因となっている。そのほか,マイクログリッドではエネルギーコストの安定,炭素排出量の削減といったメリットも大きい。

3|マイクログリッドの市場

図1に見るとおり,マイクログリッドは世界的な傾向であり,累積収益(マイクログリッドの総資産値を算出)は2024年までに1,648億ドルに達すると予測されている。特に顕著なのがアジア太平洋地域で,世界のマイクログリッド総収益のうち41.3%を占める。北米は,全世界市場の32.5%を占める見込みである。

図1│世界市場の地域別に見たマイクログリッドの総発電容量と総収益:2015年〜2024年

Navigantの調査データによると,米国で2015年までに設置されたマイクログリッドの発電容量は1,000 MWをやや上回る程度だという。2015年1月から2016年6月までに,71か所のマイクログリッドが設置され(約592 MW),その収益は17億米ドルと予測されている。

米国におけるマイクログリッドの配備状況をGTM Researchが分析し,各地域の密度と,発電源を図示したのが図2である。

図2│各国別の温室効果ガス排出シェア

地理的な要因としては,公益料金の高騰,奨励金制度,停電の起きやすさが挙げられる。過去1年間に顧客との間で重ねてきた対話から考えると,顧客がマイクログリッドを検討する最大の動機として突出しているのは,エネルギー回復力である。エネルギー回復力に関する評価は顧客によって異なり,地元公益事業の業績,悪天候など電力網が障害を受ける脆弱性,各業界の社会的役割といった要因によって決定される。

米国の幾つかの州でマイクログリッドの導入が進んでいるのは,現在の州の政策の多くが,こうしたエネルギー回復力に支えられているからにほかならない。

現在,州レベルで政策を支えている当初からの要因はエネルギー回復力に違いないので,規制当局ではマイクログリッドが社会にもたらすメリットについて,考え方を拡大し始めている。公益事業に利用できる一連のDERソリューションの一つとして,次のような目標達成に利用できることが明白になってきたからである。

  1. 再生可能エネルギーの高い普及率に起因する安定性の問題を受けやすい配電事業をサポートする。
  2. 需要が増大している地域に,NWA(Non-Wires Alternative)を提供する。
  3. 資本増強計画を延期する,あるいは支援する。

4|顧客

図3│マイクログリッドの顧客割合

顧客によるマイクログリッドの利用形態はさまざまであり,都市部や軍事基地でミッションクリティカルな機能に電力を供給する場合もあれば,環境に配慮した,信頼性の高いエネルギーを大学や営利製造施設に供給する場合もある(図3参照)。

日立が実施するマイクログリッドプロジェクトはいずれも,コンサルティングに基づく設計プロセスで始まり,最終的なシステムが各顧客の目標を,優先度順に達成できるように,日立の設計チームが反復的な設計プロセスを支援している。

4.1|商用/産業用

C&I(商用/産業用)はこれまで,最も弾みが付かない分野であった。投資対効果に関するバリュープロポジションの点で難があり,顧客側でも評価が遅々として進まなかったためである。だが,PPA(Power Purchase Agreements:電力購入契約)を利用する新しいベンダービジネスモデルによって,顧客が設備投資を必要とせずに導入できるようになり,C&Iでも導入が進み始めている。

顧客の実現性評価を何回となく実施する中で,わかったことがある。停電が長引いてもマイクログリッドであれば信頼性の高い電力供給をできる。一方,バックアップ発電は燃料の調達に左右され,極端な悪天候の場合にはその燃料の供給が困難になる場合もある。それが,北米のC&I顧客にとっては重要な検討材料だという事実である。

4.2|大学/研究機関

年間の発電容量と収益の点で,北米がどの国よりもリードしているのが,大学/研究機関の顧客セグメントである。総発電容量は,2015年が219.7 MWで,2024年までには年間およそ1.2 GWにまで成長する見込みで,年間収益は同じく2024年までに42億ドルに達すると予測されている。

中でも各種大学,総合大学のキャンパスは電力と暖房の負荷が高いことから,マイクログリッド導入の魅力的な候補と言える。さらに,大学施設は独自の電力・暖房インフラを備えている場合が多く,公共電力を利用する相互接続ポイントが少ないため,マイクログリッド導入のプロジェクトも円滑かつ低予算で進めやすいという特長がある。大学の顧客が日立のチームに説明したところでは,一般電力網の停電中に電力の供給を維持することが,授業料を負担している保護者の多くにとって重要なのだという。また,マイクログリッドを導入すれば,多くの大学が掲げる意欲的な持続可能性の目標も達成しやすくなり,マイクログリッドを研究や教育の現場に活用することも重要な課題であるという。

4.3|コミュニティ

州がマイクログリッドプログラムを後援することで,コミュニティがエネルギー回復力の目標を達成できる現実的なソリューションとして,マイクログリッドへの関心が高まっている。

コミュニティにおけるマイクログリッドで重視されるのは,激しい悪天候の後で重要施設のエネルギー回復を保証することである。米国東部ではハリケーンや猛吹雪の強度と発生頻度が高まっており,何日間も電力が不通になる事態が起きている(図4参照)。日立が長年にわたり事業活動を続けてきた地域の多くでも同様である。中には,住民の避難が難しい場所もある。マイクログリッドの備えがあれば,住民が避難先で生活する間も,警察や消防,医療,医薬品,避難施設,ガソリン,食糧などを引き続き利用できることになる。重要な市政サービスを維持するためにマイクログリッドの導入を検討している市町村も多い。顧客が市町村の単位になれば,複数の関係者や利用者(病院,役所,消防署,食料品店など)が関わるコミュニティのマイクログリッドよりも話が単純になる。こうしたマイクログリッドは,技術的に見ても,ビジネスモデルや財政の観点で見ても困難を極めるが,各種の障壁撤廃を決定する州も増え始めている。たとえば,ニューヨーク州のNew York Prize Programは,83のコミュニティに対してマイクログリッドの設計と実現性研究に資金を提供している。日立は,これらのうち12件で資金提供を受けており,2016年6月と7月には,パートナーコミュニティに実現性研究の結果を報告した。

図4│悪天候によって起きた大規模な停電

4.4|軍事

米国陸軍は,SPIDERS(Smart Power Infrastructure Demonstration for Energy Reliability and Security)と呼ぶ計画を進めており,一般電力網の喪失や攻撃という事態が発生した場合にミッションクリティカルな施設に電力を供給するために,マイクログリッドの導入を検討している。

従来のバックアップ発電機に,太陽光発電とエネルギー貯蔵を統合して多様なエネルギー源をまとめて提供し,長期的なソリューションを実現したうえで,従来型のバックアップ発電機よりもカーボンフットプリントを低減できるというのが,マイクログリッドの特徴の一つである。これまでにすでに,実証プロジェクトが幾つか実施されている。

4.5|公益事業

公益事業については,会合も開き,ご意見も頂いた。公益事業者は,インフラおよび運用リソースとして,また新しい収益源候補としてもマイクログリッドの役割を模索しており,日立にとっては顧客候補であると同時に,競合となる可能性も秘めている。インフラリソースとしてのマイクログリッドは,公益配電事業が現在直面している多くの運用目標を達成し,課題を解決する可能性がある。規制対象になっていない企業を伴う公益事業者の中には,すでにマイクログリッドビジネスに参入し,既存の顧客にサービスを提供しているケースも現れている。

公益事業のマイクログリッドプロジェクトとしては,San Diego Gas and ElectricのBorrego Springs Microgrid,Duke EnergyのMount Holly Microgrid,National GridのPotsdam Microgridなどが挙げられる。

5|ビジネスモデル

図5│米国におけるマイクログリッドの利用ケース

マイクログリッドのプロジェクトは複雑であり,技術選定,財務問題の解決,各地域の条例や規制,公益事業の要件,顧客の調達ポリシーなどに関して高度な専門知識が必要になる。

日立は,マイクログリッドプロジェクトの完成形を米国の市場に提供するために,マイクログリッドプロジェクトの開発,エンジニアリング,財務,設計,運用などあらゆる点について専門知識を備えたチームを,日立アメリカ(HAL)のESD(Energy Solutions Division:エネルギーソリューション部門)に創設した。

マイクログリッドが現在,米国で実際に利用されているケースを図5に示す。

C&Iをはじめとする顧客セグメントがベンダーによる「microgrid as a service」を求めるようになり,長期的には,電力購入契約という形態が増えるものと予測されている。市場競争を優位に進めるために,日立はPPAモデルに類似したビジネスモデルとして,電気および熱エネルギーも含むESA(Energy Services Agreement:エネルギーサービス契約)というモデルを策定した。ESAは,プロジェクトオーナー(特別目的事業体)と顧客の間で交わされるエネルギーおよびサービスの契約である。SPEには,1件以上の投資家が資金を投入し,投資家は日立ESDのエンジニアリング,建築,運用サービスを契約する。

日立ESDでは現在,自己資金によるプロジェクトに関心を示している顧客が4者いる。

また,30以上あるプロジェクト候補の保有者は,マイクログリッド・アズ・ア・サービス方式のESAモデルを希望している。たとえば,ニューヨーク州とカナダ・オンタリオ州のコミュニティと市当局の顧客は,システムを購入できるほど潤沢な資金を保有してはいないが,マイクログリッドによって地域の重要な目標を達成できると考えている。また,ある大学顧客の場合,資金は用意できるが,エネルギーインフラに注ぎ込むくらいなら施設の改築に回したいと考えている。ある製造業顧客は,エネルギーがビジネスにとって「中核的」ではないため,発電施設に資本を投入したくはないが,マイクログリッドの持つエネルギー回復力は魅力的だという。

マイクログリッドからは,社会的な革新と共同を実現する新しい場が生まれている。たとえば,ニューヨーク州のCommunity Microgrid Projectでは,低所得者,高齢者,身体障がい者の大規模なコミュニティが,悪天候の際に安全な避難施設を提供される。このコミュニティでは,マイクログリッドが重要な施設と住居の電力をまかなうからである。また同地域では,エネルギー効率,再生可能エネルギー,持続可能性といった目標の達成に低所得層の市民も参加できることになる。コミュニティマイクログリッドについてこのような目標が設けられたのは,コミュニティ,公益事業,大学,州政府から20以上のステークホルダーが関与した結果である。これも,日立が北米市場で現在実施しているプロジェクトの一例である。

6|おわりに

マイクログリッドは,エネルギーの安全性と回復力を強化するとともに,カーボンフットプリントを削減し,多くの場合エネルギーコストも全体的に低減する。社会的なメリットも大きい。米国全土で,自然災害やテロなど,国民の安全とセキュリティを脅かす事態が発生したときにコミュニティレベルで回復を図る努力が進んでいる。

日立アメリカのエネルギーソリューション部門は,マイクログリッドの完成形を提供し,耐用期間が終わるまでシステムの運用と維持に当たるワンストップのサービスプロバイダーとして,北米のマイクログリッド市場を積極的に開拓している。マイクログリッドの市場はまだ成立途上にあり,今後10年間で大きく成長するものと予測されている。日立がこの業界で主導的な立場に立つ大きいチャンスと言えるだろう。

今後,実稼働するマイクログリッドが増えていけば,日立として,新しいOT/ITテクノロジーを導入して,市場をいっそう最適化・活性化する機会を拡大していきたいと考える。

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