1. デジタルトランスフォーメーションの概念
デジタルトランスフォーメーション(DX)とは「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念である1)。この概念は,データ通信,記録,処理といった基本的なIT活用だけでなく,特に,データの分析・活用技術(IT)と現場を動かす制御技術(OT:Operational Technology)とを密接に組み合わせ,従来にない価値を創出することが本質となる。
2. DXを加速する日立のIoT基盤:Lumada
日立には,長年磨き続けてきたOTとITの蓄積があり,これらを駆使した社会インフラ,企業・産業システムの豊富なソリューション実績を持つ。日立では,これらのDXソリューション事例(ユースケース)を幅広い業種に汎用的に使えるよう「ソリューションコア」として抽出し,ひな型化している。このソリューションコアの適用により,顧客にデジタルソリューションを迅速に提供する。これを実現するのが日立のIoT(Internet of Things)基盤「Lumada」である。図1にLumadaのアーキテクチャを示す。このアーキテクチャを基盤としてソリューションコアが形成される。
以下に,研究開発グループで取り組み,提供しているソリューションコアを紹介する。
- (1) 生産効率化:Optimized Factory
- 日立は,部品調達,生産,販売,物流,据付,運用,保守までのサプライチェーン全体状況をIoTによってリアルタイムに把握・分析し,将来起こりうる問題を予測し,未然防止策の立案を自動化する技術をLumada Optimized Factoryとしてソリューション化し,社内外の先端顧客に提供している。生産現場の監視動画を用い量産品の不良を防止するリアルタイム異常検知,製造装置のセンシング情報,標準作業時間,歩留まり変動を人工知能(AI:Artificial Intelligence)が逐次学習し,適切な対策を打ち出す高精度生産予測システムおよび数万拠点の大規模・企業間連携サプライチェーンの在庫オペレーション自動化などが挙げられる。
- (2) 設備保全:Predictive Maintenance
- 日立は,MRI(Magnetic Resonance Imaging)などの先端医療機器や発電設備など重要装置・機器の稼働率向上を目的に,稼働データから故障の前兆を捉える技術を開発している。普段の正常な状態をAIに学習させて監視データと比較することで,保守員が気付きにくい軽微な異常を検出し,故障に至る前の対処を可能とする。これにより,交換部品の削減,保守作業の簡素化や短縮など保守作業の効率化に寄与できる2)。
- (3) 社会の安全・安心:Public Safety
- 日立では,監視カメラや入退室管理システムなどの各種フィジカルセキュリティシステムのデータを一元的に収集・蓄積・分析する統合プラットフォームを開発し,安全・安心な社会の実現に向け,防犯,防災や警備業務を効率化するソリューションを提供している。人の顔写真や服装・手荷物などの手がかり情報を基に,大型施設内での迷子や不審者を監視カメラ映像から発見し,移動ルートの高速検索や,モバイル端末による人物捜索支援を行うことができる。施設内のセキュリティ向上をより少ない捜索作業で実現でき,関連顧客へのサービス向上に貢献している3)。
図1|Lumadaアーキテクチャコンポーザブルなサブシステム(エッジ,アナリティクス,スタジオ,コア)とそれを支えるファウンドリで構成し,各コンポーネントは実績ある日立技術を中心に,OSS(Open Source Software)などパートナー技術も活用する。顧客の環境に合わせて,各コンポーネントを自由に組み合わせて構築,提供することが可能である。
3. DXを支える革新技術
ここでは,研究開発グループで開発しているデジタルトランスフォーメーションを支える革新技術について紹介する。
- (1) AI
- AI開発は,専門家の知識をモデル化し適用する最適化・演繹(えき)推論から始まり,データから特徴量を抽出する帰納型の機械学習に進んできた。今後,日立はこれらを融合させ,演繹・帰納融合型の新たなAIを生み出していく。IT活用の観点からは,フィジカル空間とサイバー空間の融合によって既存システムをより知的に進化・融合させていくことが重要であり,これを実現するキー技術がAIである。本稿の後続論文で詳細を解説する。
- (2) センシング
- センサーで取得した現場データを有価な現場情報に変換し,IT空間で現場の課題を分析し,その結果に基づいて現場の制御を行うことで,新たな価値を創出するデジタルセンシングシステムを開発している。例えば,工場内の配管振動をセンサーで取得して解析することで,配管に接続された設備の稼働状態を確認することができる。さまざまな機器・設備のデータ収集・解析と制御を組み合わせ,さまざまな社会のニーズに応えるIoTの新価値を創出していく4)。
- (3) 解析主導設計
- 異なる役割を担う複数の装置・設備で構成される社会インフラシステムの,全体性能を予測するマルチフィデリティ全体統合解析技術を開発している。要求される性能予測の精度に応じて解析モデルを任意に選択し組み合わせることで,システム全体を一括解析するものである。開発技術を空調機のCOP(Coefficient of Performance)予測に適用し,従来約2.5日を要していた解析時間を約10分まで短縮するとともに,COP変化の予測誤差を従来の約3%から1%以内にまで改善できることを確認した5)。
- (4) 信頼性設計
- 実稼働情報から装置や設備の使用環境,作用荷重や構造信頼性を明らかにし,信頼性設計の高度化に活用する技術を開発している。故障確率と故障による負担コストを乗じて得られる故障リスクを信頼性の指標に採用すると,信頼性を経済性の観点から評価できる。また,機械システム全体の設計から運用・保守までの製品ライフサイクル全体を対象とした高信頼化が可能となる。風力発電システムの実稼働情報をオンライン収集し,故障リスクを分析するアナリティクス基盤の稼働を2016年に開始した6)。
- (5) 共生自律分散
- 現場の機器や設備の最適化だけでなく,経営層まで含めて情報を共有・分析し,企業や会社全体の最適化,さらには関連する社外も含めたバリューチェーン全体での最適化や価値創造を実現していく「共生自律分散」コンセプトを深化させている。異なるシステムをつなぎ,価値を共有するプラットフォームの構築を進めることで,社会インフラ・産業システムのさらなる高度化を実現できる7)。
4. 顧客協創
技術革新においては,不確実性の時代の複雑な社会課題を顧客やビジネスパートナーと共に探求することが不可欠である。そのため,巻頭で紹介したように,日立の最新技術を活用し,顧客と共同でプロトタイピングを行う5つのオープンラボを横浜研究所に開設した。共同開発を進める場として活用いただきたい。
5. おわりに
本稿では,デジタルトランスフォーメーションを加速する技術開発の一端を紹介した。
日立は,IoTプラットフォームLumadaを活用し,顧客に最適なソリューションを迅速に提供する。テクノロジーイノベーションセンタは,その要となる革新技術を,日立グループの技術基盤として先行開発していく。
参考文献など
- 1)
- Erik Stolterman, et al.: INFORMATION TECHNOLOGY AND THE GOOD LIFE, Umea University (2004)
- 2)
- 森津俊之,外:社会インフラの持続的な提供を支えるO&Mサービス,日立評論,95,4,298-301(2013.4)
- 3)
- 畠山真哉,外:利便性,機能性,拡張性を備えたPSS統合プラットフォーム,日立産業ソリューションズ技報,Vol.2,p.8-13(2017.1)
- 4)
- 大島俊,外:現場を「見える化」するデジタルセンシング,日立評論,98,7-8,503-506(2016.7)
- 5)
- 製品システム全体の性能を予測するマルチフィデリティ全体統合解析技術,日立評論,99,1,p.127(2017.1)
- 6)
- 竹田憲生,外:実稼働情報を信頼性設計・保守に活用するIoT時代のアナリティクス,日立評論,98,7-8,507-511(2016.7)
- 7)
- 共生自律分散プラットフォームで制御と情報の融合を加速,日立評論,98,3,158-160(2016.3)