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COVER STORY:ACTIVITIES

官民連携で水の安全・強靭・持続をめざす

戸田市上下水道事業包括委託

ハイライト

先進国を中心に,社会インフラ運営のあり方が転換期を迎えている。施設の老朽化,維持管理を担う人材の不足やその費用削減など多くの課題に直面する中で,民間の技術やノウハウを活用する動きが,交通,上下水道などさまざまな分野で広がっている。

日立製作所が代表となる共同企業体は,埼玉県戸田市の上下水道事業包括委託を受託し,5年間にわたる契約期間が2016年4月にスタートした。開始から1年余りを経過した現在,包括委託に移行した背景や意義,これまでの効果などについて,市担当職員と日立のプロジェクトマネージャーに聞いた。

目次

上下水道分野で進む官民連携の動き

近年,社会インフラの持続性や強度への関心が急速に高まっている。日本国内では,高度経済成長期を中心に整備された施設や設備の老朽化が進行しており,その維持管理を担ってきた熟練技術者も不足しつつある。社会インフラに投じられる予算が縮減傾向にあり,大規模な自然災害も相次ぐ中,一方では人々の暮らしを支える基盤としての機能を十全に維持していかなければならない。

こうした諸問題に対して,国や自治体が抱える社会インフラに民間の力を活用するという官民連携(PPP:Public Private Partnership)の動きが加速している。それは上下水道分野も例外ではなく,2013年に厚生労働省が発表し,安全・強靭・持続を謳う「新水道ビジョン」では官民連携の推進が方針として示された。また,国土交通省が2014年に策定した「新下水道ビジョン」でも,技術やノウハウを持つ民間企業の役割は,自治体の業務を補完するものと位置づけられている。

社会イノベーション事業の一環として水環境ソリューションの開発・提供を推進する日立は,上下水道分野での官民連携にも意欲的に取り組んでいる。その代表的な事例といえるのが,埼玉県戸田市における上下水道事業の包括委託である。

包括委託に舵を切った戸田市の構想

図1│戸田市内の主な上下水道施設東京都内へのアクセスが良く,荒川沿いをはじめ自然に恵まれた戸田市。「信頼される上下水道」の実現をめざしている。

牧野 孝憲 氏
戸田市 上下水道部 水道施設課 技師

黒津 健之
日立製作所 水ビジネスユニット 水事業部 サービス事業推進部 主任技師

まず,戸田市の上下水道事業の概要を見ておこう。水道事業は,給水人口がおよそ13万8,000人(2017年6月現在),水道普及率100%,水源は埼玉県企業局から受水する県水と地下水で構成されており,市は浄水場3か所,深井戸10か所などの施設を稼働させている。また,下水道事業については,普及率約90%で,ポンプ場2か所,雨水排水施設11か所で処理している(図1参照)。

2014年に策定された「戸田市水道ビジョン2014(改訂版)」は,国の方針と同様に安全・強靭・持続の3つを目標としている。一方,下水道ビジョンは,「安心,安全,快適を支える下水道の成熟化」を目標に,戸田市の下水道の「持続」,「進化」を基本方針としている。

こうしたビジョンの下,戸田市上下水道部は市民生活に不可欠なインフラである上下水道を持続させ,将来にわたりサービスを提供していくために,より効率的な事業運営を模索していた。その中で,業務を個別に民間委託する形では効果が限定的という判断に至り,業務を一括して委託する「包括委託」という方法が浮上した。当初検討されていた業務委託は課単位であったが,2015年6月には,上下水道部全体として検討プロジェクトに取り組むことになる。

検討の主な議題は,委託する業務の範囲であった。水道施設課,下水道施設課,上下水道経営課のそれぞれから選抜された若手を中心とする検討プロジェクトチームの一員である牧野孝憲氏(戸田市 上下水道部 水道施設課 技師)は,そのときの様子をこう語る。

「例えば,水道施設と下水道施設では実施している点検内容が微妙に違っており,その擦り合わせに時間を費やしました。また,委託範囲を広げることでスケールメリットが出てくる反面,コストが上がるわけですから,バランスを考慮しながら業務の絞り込みをしていったのです。メンバーが若手中心だったこともあって,お互いに他の課の業務内容を深く知ることができたのも思わぬ効果でした。」

包括委託という方針と併せて,発注者が人員配置や管理方法などを詳細に定める「仕様発注」から,発注者が求める水準のみを示す「性能発注」に変更することが決まった。一般に,性能発注は受託者の自由裁量の範囲が広く,民間による創意工夫が発揮されやすいといわれている。その後,民間企業の技術やノウハウに期待した上下水道部は,公募型プロポーザル方式で事業者の選定を開始した。

図2│日立製作所・第一環境・日立プラントサービス共同企業体JVを構成する3社それぞれの技術・ノウハウを生かした体制で業務を遂行している。

この公募に対し,日立製作所,第一環境株式会社,株式会社日立プラントサービスの3社で構成されるJV(Joint Venture:共同事業体)が応募する(図2参照)。このプロジェクトに開始当初から携わっている黒津健之(日立製作所 水ビジネスユニット 水事業部 サービス事業推進部 主任技師)は,その背景を次のように説明する。

「日立グループは,水環境ソリューションの提供やアフターサービスに加え,持続可能な水道をめざしてPFI(Private Finance Initiative)などの事業を幅広く手がけていますが,その実績を生かして,この包括委託においても戸田市のニーズに応えられると考えました。また,当社が持つIoT(Internet of Things)技術を上下水道分野で実証したいという思いもあります。応募にあたっては,市民サービスの向上や持続的な事業運営に資するさまざまな提案を盛り込みました。」

応募事業者の提案内容は,戸田市上下水道部の部長を委員長に,学識経験者や市民代表を含む7人で構成される選定委員会によって審査された。その結果,業務遂行能力のほか,民間のノウハウ,包括委託のメリットを生かした点などが評価され,日立製作所を代表とするJVが受託事業者に決定し,2016年1月に業務委託契約が締結された。

水道ビジョン・下水道ビジョンを具現化するさまざまな効果

そして,2016年4月から5年間にわたる上下水道事業包括委託がスタートした。上下水道事業の包括委託としては国内最大規模(当時)であり,庁舎1か所,浄水場3か所,深井戸10か所,水質監視局4か所,ポンプ場2か所,雨水排水施設11か所を対象としている。包括委託の内容は48業務に及び,上下水道の窓口業務と施設運転管理業務の2つに大別される。以前から個別に民間委託されていた施設の運転管理業務や窓口業務に加え,下水道施設課が所管していた排水設備工事の申請受付や現地の竣工検査業務などが追加された。

3社によるJVには,各社それぞれの技術・ノウハウを生かす体制が敷かれている。業務をサポートする業務統括責任者として選任された3名をはじめ,総括責任者の下,総勢50名以上の現場体制でスタートした。窓口業務に関わるメンバーは上下水道部が置かれている新曽南庁舎に,施設運転管理業務に関わるメンバーは西部浄水場,新曽ポンプ場,下戸田ポンプ場にそれぞれ配置された(図3参照)。

図3│施設への人員配置 委託内容の48業務を確実に遂行するため,庁舎をはじめ,浄水場,ポンプ場に適切な人員を配置している。 西部浄水場 新曽ポンプ場

大島 崇希 氏
戸田市 上下水道部 下水道施設課 主事

関 令央 氏
戸田市 上下水道部 下水道施設課 主事

包括委託の開始からおよそ1年を経て,その効果が徐々に現われている。一つは,提案された新しい技術の導入による効果だ。運転管理の効率化を図るため,タブレット端末を用いた保守点検のほか,スマートフォンによる検針サポートを導入したことで,検針のチェックや運転操作がいつ,誰によって行われたのかがデータとして残るようになった。こうしたデータを蓄積する仕組みを構築したことは,上下水道部も大いに評価している。

今回の包括委託では,戸田市が20億円と見積もっていた5年間の運営経費は17億円に削減された。そのほかの大きな効果として,水道料金担当である大島崇希氏(戸田市 上下水道部 上下水道経営課 主事)は業務間の連携が図られたことを挙げ,その理由を次のように強調する。

「以前は,給水装置工事と排水設備工事について,おのおのの部署が別々の場所で受付事務を実施していましたが,包括委託後は受託者の提案により一体の受付窓口へと移行しました。その結果,市民を含めた利用者サービスが向上したばかりか,業務従事者間での給排水業務のシェアが可能になり,受託者の技術力も向上しています。また,受付時間外に市民の方から水道の使用開始や料金の問い合わせなどの連絡を受けた場合,以前は後日の再連絡をお願いするメッセージをアナウンスするにとどまっていましたが,現在は窓口と浄水場の担当者が連携することで,営業時間内に近い応答が可能になっています。」

また,下水道施設を担当する関令央氏(戸田市 上下水道部 下水道施設課 主事)は,一体管理のメリットをこう語る。

「市内には,下水道施設としてポンプ場が2つ,雨水排水施設が11か所ありますが,それぞれで個別に委託契約を行っていました。本来は雨が降った場所によって動かさなければならないポンプ場が変わり,監視が必要な場所も違ってきます。それが一体管理になったことで各施設の連携が可能になったのです。さらに,雨水排水施設の修繕でも,劣化状況を全施設で比較できるようになったため,優先して修繕すべき施設を判断しやすくなりました。」

この点について,牧野氏は次のように補足する。

「設備が故障する前に対応できるようになったことのメリットはとても大きいと思います。上下水道設備の不具合は,市民の皆さんの暮らしに直接的な影響を及ぼしかねません。今まで以上に施設を安定的に運用できるようになったので,施設管理を担当する者として非常に助かっています。」

日常的な維持管理の品質に関連するこれらの効果は,水道ビジョンの「安全」や「持続」に貢献するものだ。さらに,「強靭」に資する危機管理面での効果もある。

「包括委託による指揮命令系統一元化は,災害・事故時の緊急対応の迅速化につながります。2016年10月には,戸田市と当JVの間で災害時協定を締結しました。災害時には,給水活動の支援,上下水道施設の復旧や被害の拡大防止に対応するなど,地域貢献も果たしていきたいと考えています。」(黒津)

連携の新たなステージも視野に,共に未来へ

包括委託を開始して以降,戸田市上下水道部と3社によるJVは,互いが持つ情報を随時共有することで信頼関係を深めている。毎月の定例会議では,JV側の浄水場担当,ポンプ場担当,窓口担当が直近の1か月に発生・発見した事柄などをそれぞれ報告したうえで,上下水道部の職員と意見を交換する(図4参照)。その内容は,点検実施の予定報告,検針業務における新型ハンディターミナル導入などの事務的な連絡から,浄水場の騒音への市民からの問い合わせに迅速に対応して感謝されたといったことまで,実に多岐にわたる。また,定例会議の終了後,日立の研究者が上下水道に関わる新技術の紹介に訪れることもあるという。料金徴収や検針といったサービス業務でも密接に協力しており,上下水道料金の口座振替推進キャンペーンでは,市職員とともにJV3社のスタッフが街頭に立ち,直接市民にアピールしていた(図5参照)。

図4│定例会議の様子 戸田市上下水道部とJV構成員3社は,毎月開催する定例会議などの場で常に情報の共有を図っている。取材当日は,会議終了後に日立の研究者が浄水場の運転管理支援に関する新技術を紹介していた。

図5│口座振替推進キャンペーン 市職員とJV構成員3社のスタッフが,口座振替の手続き用紙とともに戸田市内の深井戸の水を用いたペットボトル水「戸田の水来(みらい)」を市民に配布した。

2016年7月,牧野氏らプロジェクトチームは,包括委託による性能発注の効果を検証・評価するためのモニタリング・マニュアルを完成させた。そして戸田市上下水道部では,現在の包括委託の先を見据えた議論も始めている。具体的には,法改正を受けての業務用空調の点検や,将来的には水道,下水道の管路の維持管理など,業務内容の変更・追加の検討である。こうした戸田市の一連の取り組みは,先進的な事例として,上下水道事業で同様の課題を抱える他の自治体からも注目を集めているという。

上下水道が,私たちの命に関わる重要な社会インフラであることはいうまでもない。日立は,施設の運転管理・保守管理の効率化や高度化はもちろん,持続可能な上下水道事業の実現に貢献すべく,官民連携を新たなステージへと展開させていく。

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