間接資材の通信販売におけるパイオニアとして目覚ましい成長を続ける株式会社MonotaROは,さらなる顧客サービス向上のため,在庫能力と出荷能力の拡大を目的に笠間DCを新設した。そのプロジェクトの核となる物流システムの刷新に携わった日立の2人の関係者に話を聞いた。
権守 直彦
日立製作所 社会イノベーション事業推進本部 事業創生推進本部 事業開発本部 本部長
近年,物流業界は大きな課題に直面している。その背景には,ここ数年の劇的な環境変化がある。
「一つは,物流分野において特に著しい人手不足という問題が挙げられます。もう一つは,eコマース(Electronic Commerce)の急速な拡大です。欲しい物を欲しいときに手に入れたいというニーズの高まりとともに,短時間に大量の商品を出荷する能力を求められるなど,物流の現場は極めて切実な状況を呈しています。しかも,一般消費者向けばかりでなく,BtoB(Business to Business)においても同様の傾向が出てきました。」
そう語るのは,社会イノベーション事業としてバリューチェーンを革新するロジスティクスサービスの取り組みを主導してきた権守直彦(日立製作所 社会イノベーション事業推進本部 事業創生推進本部 事業開発本部 本部長)である。物流の現場では従来以上にスピードが求められる一方で,人手不足が加わるといった板ばさみの状況が深刻化しており,これらの課題を解決するロジスティクス革新が急務となっている。そういった状況の中で,日立は,ロボティクスやIoT(Internet of Things),AI(Artificial Intelligence)などの最新技術を駆使し,ロジスティクスサービスの高度化に取り組んでいる。株式会社MonotaRO(以下,「モノタロウ」と記す。)が新設した笠間ディストリビューションセンター(以下,「DC」と記す。)における協創事例は,その代表的なものである(図1参照)。
図1|笠間ディストリビューションセンター9万m2以上の広大な敷地に平屋建てで建設されており,2017年5月に本格稼働を開始した。
2000年にBtoBの通販サイトを立ち上げ,急成長を続けてきたモノタロウが扱うのは,間接資材が中心である。具体的には,ネジやボルトなどの部品,ドリル,ハンマーなどの工具,手袋や梱包用品などといった工場や作業現場で使用される資材で,こうした間接資材は商品の種類が膨大であるため,企業などの購買部門では,必要な物を購入するのに効率の面で課題があった。その非効率な資材調達ネットワークに変革をもたらしたのが,モノタロウなのである。
同社の強みは,取り扱いアイテム1,300万点に及ぶ品ぞろえに加え,必要なモノを手間なく探すことのできる高度な検索性を備えたWebサイトを構築している点だ。Webサイト利用者の検索・注文履歴を解析するデータマーケティングにより,ユーザーごとに推奨商品や送付するメールマガジンの内容を変えるなどして,高いリピート率を実現している。そして最大の強みは,顧客へのサービス利便性のため,当日出荷をめざす物流戦略を貫いてきたことだろう。その結果,現在の登録ユーザー数は全国で250万件超に達しているという。
多種多様な商品をできるだけ早くユーザーに届けるには,物流拠点が要となる。モノタロウは,1日当たりの出荷能力約3万件を有する主要拠点として尼崎DC(兵庫県)を2014年4月に稼働させた。そして,その稼働後まもなく,在庫保有能力の一層の増強を目的に,東日本地域に新しい拠点の建設を計画した。
東日本をカバーする新DCは,茨城県笠間市に設けられることになった。高速道路などの交通アクセスがよく,商品の仕入れやユーザーへの配送がしやすいほか,地盤が強固なため,BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の観点から災害に強いこともその理由である。そして選定にあたって最も重要視されたのが,広大な土地を確保できるかどうかであった。なぜなら,在庫能力の拡大のほか,物流の整流化などによるオペレーションのさらなる効率化という新しい試みを計画していたからである。日立は,尼崎DCの出荷能力倍増を目標とし,笠間DC建設の初期段階から参画した。
「尼崎DCでの取扱数量や伸び率などから,要件定義などのエンジニアリングを行ったうえで,具体的なシステム構成の提案から実際のシステム構築まで,一貫作業を担いました。また,マテリアルハンドリング機器レイアウトを考慮したセンターの建屋設計・施工管理は株式会社日立建設設計,センター内のLAN(Local Area Network)工事は株式会社日立システムズが実施するなど,グループ全体でこのプロジェクトに取り組んだのです。」(権守)
プロジェクトでは,目標の生産性を達成するため,画期的な物流改革を行うことにした。第一には,上下搬送をなくした物流の整流化だ。日本の物流センターは,土地代が高いことから複数階にまたがるものが多い。一方,笠間DCのプロジェクトは,東京ドーム2個分となる約2万7,000坪(約9万400 m2)の広大な土地に約1万7,000坪(約5万6,192 m2)の物流センターを建設するというもの。その巨大な施設を平屋建てにしたのは,上下搬送をなくした効率的なオペレーションを実現するためであった(図2参照)。
第二に,自動化・省力化の推進である。その際,商品の入庫から注文品の出荷に至るまでの作業工程のうち,大幅な改善が見込めるピッキングと呼ばれる工程がポイントとなった。尼崎DCでは,タブレット端末を備えたピッキングカートシステムを活用しており,ピッキング作業者が表示されたロケーションや商品名,数量,外観写真を見ながら,効率的かつ正確に,最短経路をたどりながら棚の商品をピッキングする仕組みである。このピッキング作業者が歩く時間は,1日の作業時間のおよそ半分以上に及んでいるため,この「歩く時間」を短縮することで,生産性の向上を図ることを考えたのである。
森綱 康二
日立製作所 インダストリアルプロダクツビジネスユニット 機械システム事業部 ロジスティクスシステム部 部長
自動化・省力化の核となったのは,日立の小型・低床式無人搬送車Racrew(ラックル)である。Racrewは,データの指示に従って自律走行し,必要な棚を持ち上げて搬送するロボットで,笠間DCのピッキング工程では,商品の入っている棚を作業者の前まで運ぶことで,ピッキング作業を効率化するとともに作業者の負担を軽減する(図3参照)。このような無人搬送車を活用しなくても,マテリアルハンドリング機器の一つである自動倉庫を導入し,同じようにパレットやバケットをピッキング作業者の場所まで運ぶことが可能であるが,その2つには大きな違いがある。笠間DCにおける各種設備の設計に携わった森綱康二(日立製作所 インダストリアルプロダクツビジネスユニット 機械システム事業部 ロジスティクスシステム部 部長)が次のように説明する。
「Racrewの特長は分散システムである点です。笠間DCでは,154台のRacrewによってオペレーションの効率化を図っているため,1台が故障しても他のRacrewが作業を補うことができます。一方,固定設備である自動倉庫の場合は,いったんクレーンが1台故障すればそのレーンは作業再開まで時間を要してしまいます。こうした物流システムの継続運営の点に加え,棚間口サイズの変更や在庫量の増大に容易に対応できるなど,拡張性・柔軟性に優れている点もRacrewの大きな特長と言えるでしょう。」
図3|小型・低床式無人搬送車RacrewRacrewは,中頻度品が配置されたボリュームゾーンエリアで154台が稼働しており(2017年10月現在),その動きはWCS(Warehouse Control System)によって管理されている。
eコマース企業は,とりわけ物流の対応力が求められる。実店舗に比べて取り扱う商品が多種多様で,メディアの紹介などによって特定の商品への注文が殺到してしまうこともしばしばあるからだ。そうした需要の変化に対応するため,モノタロウが物流センターの能力増強が必要とみなせば,Racrewの台数を増やすことで対応できる。
「とはいえ,150台以上のRacrewを1つの物流センターに導入するのは,私たちにとっても初めての事例でした。Racrewは,複数台でも互いが干渉せずに最も適した経路を走行しますが,154台を搬送制御することは,通常のようなコントローラ一式だけでは計算機のハードウェア能力などの制約から難しくなります。そこで,Racrewが搬送するエリアをブロックに分割し,複数のコントローラで個別に制御することにしました。ただし,複数のブロックにまたがって走行することも必要であったため,コントローラの連携も考慮したシステムとしています。」(森綱)
そのうえで,実際の運用前には巨大な倉庫を借りて,出荷傾向やアイテムの数,伸び率などの前提状況を想定したシミュレーションを繰り返し,どのようなレイアウトで何台配置するかなど,動作確認を入念に行った。
図4|ピッキングオペレーションの効率化 Racrewが稼働するエリア(上)の外側には入出庫ステーション(下)が配置されており,作業者はほとんど歩くことなく入出庫作業を行うことができる。IoTやAI技術の応用により,さらなるオペレーションの効率化も検討されている。
笠間DCは,2017年3月に入荷をスタートさせ,5月から本格稼働を開始した。Racrewは,幅135 m×奥行200 mのエリアに置かれた商品棚の下に潜り込み,縦横に走り回って,保管ロケーションと入出庫ステーションの間を行き来する。このようにしてピッキングオペレーションの大幅な効率化が実現した結果,目標としている生産性を達成した(図4参照)。1日に154台のRacrewが走行している距離がおよそ1,300 kmという実績からも,いかに「歩く時間」が短縮されたか分かるだろう。
今後,日立はモノタロウとの協創をさらに進めていく予定で,笠間DCの増強に関する提案を始めている。その一つは,IoTとの連携ができるRacrewの特長を生かした内容だ。
「IoTによって収集・蓄積した運用データを分析することで,出荷頻度の高い商品を積む商品棚を最適に配置する計画を立案・実行し,全体の搬送効率を向上させることを検討しています。例えば,出荷前日の夜間にRacrewが商品棚を最適な配置にしておくといったことです。また,デジタルソリューションを導入して,作業者個人の生産性などを考慮した最適配置を実現するなど,一層の効率化を図ることも考えています。さらには,設備の稼働管理としてAI技術を活用し,マテリアルハンドリング機器の故障を予兆・検知する技術も開発中です。」(権守)
日立は,今回のモノタロウとの協創実績を基に,拡大するeコマース対応の物流センターや大規模センター向けに,Racrewを中心とした物流センターの高度化サービスを広く提案していく考えだ。また,中小規模の物流センターに対しても,Racrew導入の標準モデルテンプレートを作成し,その組み合わせにより容易に導入可能な仕組みづくりに取り組んでいくという。
こうしたロボットなどの活用による高度化サービスは,深刻化する人手不足への対策としてだけでなく,企業が働き方改革を推し進める中,長時間労働の是正やワークライフバランスの実現といった社会課題に対しても,少なからず効果を発揮するに違いない。物流センターの高度化サービスはもちろん,サプライチェーン全体の最適化サービスにも取り組みながら,日立はロジスティクス革新を推進していく。
西尾 浩紀 氏
株式会社MonotaRO 笠間ディストリビューションセンター センター長
(稼働開始当時)
2017年5月に本格稼働を開始したモノタロウの笠間DCは,現状では,能力値2万オーダーだが,将来的には在庫点数35万点,4万オーダーをめざすという。同DCの西尾浩紀センター長は,モノタロウとして2番目となる旗艦物流センター建設のプロジェクトを責任者として取り仕切ってきた。
「私たちのモットーは,お客様に当社のサービスの利便性を感じていただくことです。その利便性の第一は,センターからのお届けの納期であるのはいうまでもありません。同時に,納期の厳守は当社の信頼にも大きく関わってくることになります。そうしたことから,このたび笠間DCを新たに開設し,在庫保有能力と出荷能力の拡大を通して,利便性の向上や信頼性の確保をめざしました。
今回,初めて日立の無人搬送車Racrewを導入した結果,ピッキングオペレーションが大幅に効率化し,従来のピッキングの約3倍の生産性を達成しています。自動化の推進による省力化・省人化で,お客様の注文に基づいてRacrewが商品を目の前に運んでくれるため,ピッキング作業者の歩行がほぼゼロになりました。加えて,人為的な作業ミスが削減されたことも大きな効果でした。
笠間DCのプロジェクトでは,Racrewのほか,コンベヤ,ピッキングした商品を集約する高速バッファ装置などの大掛かりな機械装置を一気に導入することになったため,たくさんの苦労がありました。しかし,日立のバックアップのおかげで,大きなトラブルもなく,スムーズに立ち上げることができました。今後,さらに出荷能力を増強する計画もあり,引き続き日立のエンジニアリング力に期待しています。」(西尾氏)