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COVER STORY:TRENDS

IoTを基盤に進むモノづくり革新

データの見える化と活用,共生の思想が製造業を変える

ハイライト

世界中でIoT,ビッグデータ解析,AIなどのデジタル技術による製造分野の革新が始まっている。モノづくりのあり方を一変させる新たな動きを,企業はどのように捉え,対応していくべきなのだろうか。経済産業研究所の岩本晃一上席研究員,日立製作所生産イノベーションセンタの野中洋一主管研究長に聞く。

目次

岩本 晃一
独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
1981年京都大学卒業,1983年京都大学大学院(電子工学)修了後,通商産業省入省。在上海日本国総領事館領事,国立研究開発法人産業技術総合研究所つくばセンター次長,内閣官房参事官などを経て,2015年11月から現職。現在,第4次産業革命時代のIoT,AIなどのデジタルビジネスに関する社会科学研究を行っている。2014年から一橋大学国際企業戦略研究科(ICS)のMBAプログラムにてゲスト講師。香川県生まれ。
主な著書:主著『インダストリー4.0』(日刊工業新聞社,2015年),共著『ビジネスパーソンのための人工知能』(東洋経済新報社,2016年),共著『中小企業がIoTをやってみた』(日刊工業新聞社,2017年)。

角本世界各国でIoT(Internet of Things)の導入による製造分野のデジタル化,モノづくり改革が加速しています。それらの動きの発端となったのがドイツのIndustrie4.0ですが,その背景やねらいについて,書籍やウェブサイトのコラムなどでIndustrie4.0に関する多くの情報を発信されている岩本さんから解説いただけますか。

岩本ドイツは2011年頃から国内でIndustrie4.0に関する議論を開始し,その成果を2013年4月にコンセプトレポート※)として発表しました。ドイツが国を挙げてIndustrie4.0に取り組み始めたのは,3つの複合的な要因によります。1つは,1989年の東西統一の後に「欧州の病人」と呼ばれたほど低迷した経済が,シュレーダー改革などによって「独り勝ち」と言われるほど成功したものの,改革が飽和に達し,さらなる改革の必要性が高まってきたことです。ドイツが経済失速すればユーロ経済圏は大変な事態になります。

一方,産業界では,ほとんどの領域で生産現場の機械化や自動化が進んでおり,生産性の向上が頭打ちになっています。その壁を越える手段として,IoTへの期待が高まったことが2つ目の要因です。また,ドイツの経済成長は中国への自動車輸出に牽(けん)引されてきたものですが,その伸びも鈍化しています。Industrie4.0のコンセプトに基づく機械系設備やシステムが,次なる輸出製品の主力として期待されたことが3つ目の要因です。

角本日本では,ドイツの動きを受けて次第にIndustrie4.0への関心が高まりましたが,日立はいち早くIndustrie4.0やIoTに注目し,標準化活動も推進してきましたね。

野中多種多様な生産機器やシステムをネットワークでつなぎ,最適に運用するためには,標準化が不可欠です。IEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)では,主要各国が参加して次世代の工場のあるべき姿と技術要件を検討するプロジェクトを2014年に立ち上げ,標準化の指針を2015年10月にホワイトペーパー「Factory of the future」として示しました。その中には,日立が提案した,インフラシステムのセキュリティ要件「H-ARC」と「共生自律分散システム」のコンセプトが採択されています。

共生自律分散は,これまで鉄道や鉄鋼など世界のさまざまな産業分野で実績を上げてきた自律分散のコンセプトを発展させたもので,複数の自律システムを連携・協調させてビジネスエコシステムを構築し,全体として持続的成長をめざすという考え方です。個別の企業内やバリューチェーン内での最適化を社会全体の最適化へ拡大することによって,限られたリソースを有効活用し,社会の持続的な発展を実現するというコンセプトは,多くの賛同を得て,「共生」がこのホワイトペーパーの重要なキーワードとなりました。

また,共生の考え方に端を発したシェアリングエコノミーの発想を生かし,生産設備の利用権を必要なときに必要な時間だけ企業間で融通し合うことで,柔軟かつ高稼働率な生産体制を可能にする生産システム「クラウドマニュファクチャリング」も,クラウドソーシングのプラットフォームとして採択されました。

※)
Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE4.0, Final report of the Industrie4.0 Working Group (April 2013)

IoT活用のカギとなるデータ流通の促進へ

野中 洋一
日立製作所 研究開発グループ 生産イノベーションセンタ 主管研究長
1992年日立製作所入社,生産技術研究所においてオフラインティーチング技術,生産制御技術の研究開発に従事。マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て,2015年より現職。現在,スマートマニュファクチャリング向けのインタフェース開発,国際標準化に関する調査・提案活動を推進。工学博士。専門分野はサプライチェーンマネジメント,生産制御,デジタルエンジニアリング。
IEC System Evaluation Group 7 International Expert,日本機械学会生産システム部門長などを兼務。

角本日本でIoTが注目され始めたのは,岩本さんのご著書『インダストリー4.0』も火付け役の一つになったのではないかと思いますが,注目された背景についてはどのようにお考えでしょうか。

岩本やはり,単にドイツが新しいことを始めたというだけでは,ここまで注目されなかったでしょう。日本の産業界も,ドイツと同様に製造現場の自動化をやり尽くし,次のステップを模索していた。そこに,IoTがブレークスルーとなり,巨大な市場が生まれる可能性を直感したことが背景にあると考えられます。

角本日本政府も,超スマート社会の実現をめざしてSociety5.0の取り組みを進める中で,産業の未来の姿として,IoTを基盤に人と機械が協働する「Connected Industries」というコンセプトを打ち出し,デジタライゼーションを推進していますね。

岩本政府は,IoT,ビッグデータ解析,AI(Artificial Intelligence)などのデジタル技術による第4次産業革命を成長戦略の柱の一つに位置づけています。政策面では,それを後押しするための基盤づくりや課題解決に力を入れており,IoT技術のカギとなるデータの活用や流通を促進するために,個人データ保護と利用促進に関する環境整備を進めています。また,セキュリティ対策や標準化活動などについても,政府が主導して検討を進めています。

角本日立の取り組みはいかがでしょうか。

野中Society5.0に関しては,さまざまな企業が実現に向けて動いている中で,日立は特にサイバー空間のデータ流通と利活用の促進に力を入れています。そのために,データオーナーシップの考え方に基づいたシステムアーキテクチャなどについて,さまざまな企業と一緒に検討しています。Connected Industriesに関しては,日立のクラウドマニュファクチャリングの考え方と近いことから,コンセプト策定に関わる議論にも参加しています。

また,2015年の日独首脳会談で,両国間での製造業におけるIoT/Industrie4.0の協力推進に合意したことを受け,連携プロジェクトを続けてきました。3か月に1回ほどのペースで日独の代表が集まり,スマートマニュファクチャリングにおける標準化と,IoTのセキュリティの2点を中心に議論する場を設けています。私は前者に関わってきましたが,標準規格だけでなく,それが実際にどう使われるのか,ユースケースを両国で出し合い,IoTの普及を促進するようなケーススタディの発信に力を入れています。

中堅・中小企業への普及が国の競争力を左右する

角本モノづくりのデジタル化では,大手製造メーカーの取り組みに注目が集まりがちですが,中小企業での導入効果も大きいと思われます。岩本さんは「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会」を2016年4月から開催しておられますね。どのようなお考えで始められたのですか。

岩本日本もドイツも,企業総数の99.7%が中小企業という,中小企業の国です。そこにIoTがどれだけ導入できるかは,今後,国の競争力の根幹に関わる問題になります。しかし,私が講演などで中小企業の方々に成功事例を紹介しても,技術や自社へのメリットがよく分からないと言われることが多くありました。中小企業のIoT導入を進めるには,それらを分かるように示すことが不可欠だと考え,研究会を立ち上げました。

研究会では,モデル企業のケーススタディを積み上げる手法を採用しています。1年間モデル企業のIoT導入過程を見ながら議論,検討を重ね,最終的にIoT投資の効果測定を行います。その試行錯誤のプロセスをウェブサイトや書籍などで公開することで,中小企業の社長の方々に,IoT導入を自社の現実の問題として捉えていただくことをねらいとしています。

角本確かに,未知のものへの投資の判断は難しいですから,ケーススタディを積み上げていくことが大切なのかもしれません。日立のお客様は大手企業が中心ですが,中小企業でも活用していただけるコンセプトやソリューションはありますね。

野中共生自律分散のコンセプトに基づくクラウドマニュファクチャリングは,大手も中小も含めて皆でリソースを持ち寄り,モノづくりをしていこうというものです。そのコンセプトを2年ほど前から発信してきましたが,中小企業の方々からのアプローチは多いとは言えません。ただ,国内の中小企業の多い自治体との共同プロジェクトに参画し,クラウドマニュファクチャリングのコンセプトを含め,地域の中小企業全体でIoT活用による連携強化を進められないか,一緒に検討しています。

誰もが働きやすい製造現場をつくる

角本 喜紀
[司会]
日立製作所 産業・流通ビジネスユニット
企画本部 研究開発技術部 部長

角本日本のモノづくりの強みは,製造現場にあると言われています。IoTなどのデジタル化で日本のモノづくりはどう変わると思われますか。

岩本先日,大手製造メーカーで,IoT導入によって生産性30%向上をめざす取り組みについてのお話をうかがいました。そのメーカーでは,世界中に散らばる多くの工場をつなぎ,全工場の生産ラインの稼働状況を日本のマザー工場で一元的に把握・管理できるようにすることで,カイゼンスピードの高速化,高いレベルでの保全,細かい単位でのカイゼン,リスク管理などが可能になるといいます。また,ある工場で成果を上げた独自の改善策や知見を,世界中の工場で共有できるようになり,世界中で一気に改善が進められるようになります。こうした変革は他の分野にも広がっていくでしょう。

そのメーカーのIoT導入の基本コンセプトは,主役が人であることです。IoTは現場を見える化するツールであり,見えたデータを活用して判断し,改善するのは人間にしかできないことです。このように,熟練作業員の能力をコアにしながらシステム全体を構成するという考え方が,現在の製造業におけるIoT導入の基本になると思われます。ただ,今後,熟練作業員が減少していくことを考えると,過去のデータを学習して人間の判断を助けるなど,AIの活用も必要になるでしょう。現在のIoTシステムの構成や要件を考える際には,そうした将来の姿も視野に入れておくことが大切です。

野中多拠点の生産ラインの一元管理といったことは,これまでも半導体製造分野などで行われてきましたが,そうした従来の取り組みと,今日のデジタル化の違いは,おっしゃるように人との関わり方だと思います。人と機械の協調・協働をより高いレベルで実現することをめざして,日立はIndustrie4.0やConnected Industriesの検討の場において,スーパーバリアフリーというコンセプトを提唱しています。超少子高齢化が進む中で,高齢者や経験の浅い人でも働きやすい,安全・安心な現場がますます求められます。誰もが働きやすい工場,誰もが働きやすい社会を実現していくことが, IoT活用における私たちのビジョンの一つです。

その中で,岩本さんがおっしゃったデータの共有と活用は重要な要素です。特定の工場だけではなく,他の拠点でも知見やノウハウを有効活用する横方向の活用と,次世代以降に匠の技術を継承していく縦方向の活用という2つの軸で,人と機械の関わりを深めていくことが,モノづくり革新のポイントとなるでしょう。日立はIoTプラットフォームLumadaを活用した製造業ソリューションの一つとして,熟練技能・ノウハウのデジタルカプセル化による技能伝承をお客様とともに進めています。技能の数値化などによって,短期間での技能習得や作業の標準化,レベル向上を図ることで,品質と生産性の向上やグローバルでの人材育成の強化に貢献していきたいと考えています。

角本IoTによって,人やモノ,設備や業務環境,生産状況や在庫などのデータが見える化できるようになると,製造現場の革新だけでなく,AIなどで分析を加えて業務改善や経営の意思決定の迅速化も可能になりますね。

野中現場のデータを経営戦略に直結させられることも,デジタル技術の活用として期待される点です。また,IoT活用として設備の故障予知も注目されていますが,実は製造現場で発生する問題の件数として多いのは,人によるオペレーションエラーなのです。ケアレスミスに起因する,重大インシデントに近い事象は日本でもドイツでも増えていると聞いています。そのような,実際の製造現場の課題に応えることにも取り組まなければならないと感じています。

岩本IoTで人間の作業ミスをカバーするだけでも,生産性は大幅に向上するでしょう。製造メーカーの方々は,止まらない生産ラインを実現できるだけでも飛躍的な生産性向上が実現できるとよくおっしゃっています。御社には,そうした現場の実態に即したIoTソリューションの開発も期待しています。

角本IoTをはじめとするデジタル技術によって人とモノ,システムをつなぐことで,さまざまな面からモノづくりの革新に貢献してまいります。本日はありがとうございました。

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