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快適な「まち」の移動を実現するモビリティ

人流解析技術を用いたビル内移動の最適化シミュレーション

ハイライト

日立は,大規模化・複合化が進む都市圏において,ビル内の円滑な移動に貢献するため,「人流解析技術を用いたビル内移動の最適化シミュレーション」を開発した。

従来培ってきた人流解析の基盤技術とエレベーターの運行技術を組み合わせたものである。

本稿ではこの技術と活用例を紹介する。

目次

執筆者紹介

星野 孝道Hoshino Takamichi

  • 日立製作所 ビルシステムビジネスユニット グローバル昇降機事業部 グローバル開発本部 エレベーター開発部 所属
  • 現在,エレベーター製品のソフトウェア開発に従事

藤原 正康Fujiwara Masayasu

  • 日立製作所 研究開発グループ 機械イノベーションセンタ 輸送システム研究部 所属
  • 現在,人流解析技術の研究開発に従事

羽鳥 貴大Hatori Takahiro

  • 日立製作所 ビルシステムビジネスユニット グローバル昇降機事業部 グローバル開発本部 エレベーター開発部 所属
  • 現在,エレベーター製品のソフトウェア開発に従事

小町 章Omachi Akira

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ 製品デザイン部 所属
  • 現在,昇降機製品のデザインに従事

近藤 靖郎Kondou Yasurou

  • 株式会社日立ビルシステム グローバル経営戦略統括本部 経営戦略本部 経営戦略部 所属
  • 現在,昇降機製品の企画に従事

1. はじめに

都市の高度利用に伴う街区の大型化や動線の複雑化が進んでいる。加えて防犯意識の高まりからセキュリティを強化する目的で動線が分断されるなど,日常生活における利用者の移動を妨げる「新たなバリア」の顕在化も進んでいる。そうしたバリアを取り除き,利用者が意識せず自由に,そして円滑に移動できるためのハードウェア・ソフトウェア・サービスの確立が必要となっている。

このような中,エレベーター利用者には,エレベーターの待ち時間,乗り場での行列やかご内の満員状態,朝の出勤時の乗り場ボタン操作などに対して,「イライラする」,「面倒である」といった潜在的な不満を持つことがあり,解消すべき課題となっている。

日立製作所ビルシステムビジネスユニットと株式会社日立ビルシステムでは,製品やサービスを通じ利用者にさらなる安全,安心,快適を提供するための事業コンセプト「あなたを思いやること,心地よくすること HUMAN FRIENDLY」を策定した。昇降機においては,2015年9月にコンセプトデザインモデル「HF-1」を発表1)した。また,「新たなバリア」や潜在的な不満の解消のため,2016年に行き先階予約システムによる群管理エレベーター「FIBEE」を発売2)した。さらに,社会イノベーション事業に取り組んでいる日立は,ここまで紹介した製品のデザインや機能の開発から,新しい着眼点として「人流解析技術」による人の流れをスムーズにするための研究を推進している。

こうした実績や研究の積み重ねから,これまでエレベーターとエスカレーターを一つの移動単位として捉えてきたが,ビルのエントランスから自分のオフィスのデスクに着くまでのビル内の移動全体を円滑にするソリューションの提供,つまり,人が意識せずとも円滑に目的地まで移動できることに貢献するのが,日立の「人流解析技術」の活用である。

本稿では,ビルのエントランスから入って,セキュリティゲートの通過,乗り場での整列,乗り場ボタン操作,エレベーターの乗り降りなど,エレベーター仕様と各種ビル内設備によるビル内動線への影響について,分かりやすく3D(3次元)アニメーションを確認しながら評価・検討できる「人流解析技術を用いたビル内移動の最適化シミュレーション」を紹介する。

2. 人流解析技術の特長

2.1 システム構成

ビル内移動の人流解析を実現するシステム構成を図1に示す。

この技術は,利用者とエレベーターや列車といった輸送手段との相互の影響を考慮して,人の流れを解析できることが最大の特長となっている。入力データとしては,エレベーターの運行データ,ビルの構造を示す建築レイアウトデータ,エレベーターやエスカレーター,セキュリティゲートなどのビル設備データ,およびどこからどこまで何人の利用者が移動するかを表す人の移動データが必要である。また,列車と連動させてシミュレーションを行う場合には,さらに列車運行データが必要となる。

シミュレーションモデルは,エレベーターの運行モデル,利用者行動モデル,および列車運行モデルを備え,入力データに基づいてエレベーターや列車の動きと,それに応じた利用者の乗り降りの状況を再現できる構成である。出力データとしては,乗り場での利用者の混雑度と滞留人数,待ち時間と待ち人数,通過時間と通過人数を出力することが可能である。

こうしたシステム構成により,人の移動をモデル化することが可能になり,エレベーターの乗り降りや乗り場の混雑,駅での列車の乗り降りやホーム・階段の混雑,イベント会場における荷物検査場の通過など,街のさまざまなシーンにおける人の流れを解析することができる(図2参照)。

図1|ビル内移動に関する人流解析技術を実現するシステム構成利用者と輸送手段の相互の影響を考慮して人の流れを解析することが可能である。

図2|人流解析技術のさまざまな活用シーンの一例人の移動をモデル化し,さまざまなシーンにおける人の流れを解析することが可能である。

2.2 ビル内の人の移動のモデル化

次に,ビル内の人の移動のモデル化に必要な条件の設定手順について述べる。

設定手順は,大きく分けて3つのステップから構成される。初めに,建築図面などを参考に,各階のレイアウトおよびフロア寸法や高さを設定する(建築レイアウトの設定)。次にエレベーター,エスカレーター,セキュリティゲート,自動ドアなどの各種ビル内設備を配置し,それぞれの仕様を設定する(ビル設備の設定)。そしてエントランスや居室の出入り口を設定し,どこからどこへ何人が移動するかという人数を設定する(人の移動の設定)。これらの手順で入力された情報によって,人の移動モデルと,日立独自のエレベーター運行モデルが融合したシミュレーションモデルにより,エレベーター利用を含めた,ビル内移動に関するシミュレーション技術を構築した(図3参照)。

具体的には,ビルのエントランスから入場して,エスカレーターで昇り,セキュリティゲートを通過した後,乗り場ボタンを押してエレベーターを呼び寄せ,エレベーターに乗車し,目的階にてエレベーターから降車してオフィスまで移動する,といった「エントランスからオフィスまでの移動」を再現できる。その結果,ビル内の人の移動,混雑,エレベーターの移動を可視化するとともに,ビル内の動線計画の解析・評価を実現した。

図3|シミュレーションに必要な設定手順大きく分けて3つのステップでビル内動線のモデル化が可能である。

2.3 影響度合いの可視化

図4|シミュレーション画面の構成エレベーターとビル内各種設備との連携について,分かりやすい3D(3次元)アニメーションを確認しながら評価・検討を可能とする。

シミュレーション画面は,人の移動の表示画面とエレベーター運行状況表示画面,各種評価指標を表示する画面から構成される(図4参照)。人の移動の表示画面は,エレベーターの動きと連動した人の流れを,3次元で俯瞰(ふかん)して表示することができる。さらに,各エレベーターの運行状況および乗車人数や,いつ到着するかを知らせる到着予報灯,どの乗り場でエレベーターを呼ぶボタンが押されたか,目的階がどこかを表示することができる。また,評価指標として,例えば乗り場でエレベーター待ちのために並んでいる人の合計人数や,エレベーターの待ち時間の割合を表示することができる。

このように,人の移動から評価指標までの情報を一度に同じ画面に表示することができ,また時間の進み具合とともに各画面が連携して動作する。それにより,エレベーターの運行状況と人の移動,評価指標との関係を直感的に把握することができる画面構成となっている。

3. 人流解析技術の活用例

これまでは,エレベーターシミュレーションにより,エレベーターに乗る直前から降りた直後の移動だけを評価の対象としてきたが,近年,ビル内設備との連動の評価を求められるケースが増え対応に取り組んでいる。例えば,行き先階予約システムと連動するセキュリティゲートは,通常,エレベーターの乗り場から離れた位置に設置されることが多く,乗り遅れが発生しないように反応時間や歩行時間など,より多くの検証が必要で検討に時間を要していた。しかし,人流解析技術を用いることで,さまざまな条件についてより多くの検証が容易になっている。次に具体的な活用例を説明する。

建物全体の移動を評価し改善するためには,設置計画についてさまざまな条件の仮説を立てる。例えばエレベーターの台数増加,エレベーターのかご面積拡大,エレベーターの配置変更,行き先階予約システムの採用といったものである。特に,新規の設置計画時に,こうした仮説を立て,再調整するというサイクルを繰り返す必要がある。人流解析技術を活用することで影響度合いを可視化し,こうしたサイクルを素早く回すことが可能になり,迅速な設置計画の立案に貢献することができる(図5参照)。

具体的な一例として,乗り場前に設置されたセキュリティゲートとエレベーターとの連動有無について評価した結果について紹介する。左側に通常のセキュリティゲート,右側に行き先階予約システム導入後のセキュリティゲートを示す(図6参照)。

従来の方式ではゲート付近での混雑が激しいのに対して,行き先階予約システム導入後は,通過する際に行き先階を登録して行き先別に振り分けられるので混雑が緩和されていることが分かる。さらに,エレベーター待ち時間を示すグラフより,行き先階予約システムでは,平均待ち時間が約30%改善されていることが分かる。このように,エレベーターの設置スペースを増やすことなく,待ち時間低減効果を容易に確認できる。

ここまでは設置計画での活用について述べてきたが,運用時サービスでもまた,活用可能である。例えば,最初のステップは,ビルの現地情報としてエレベーターの運行データを計測し,計測されたデータと人流解析技術を合わせて,現状の課題の可視化を図る。さらに次のステップとして,課題を解決するために,ビル設備運用の変更の有効性を人流解析技術により評価することで,その効果を関係者で共有することができる。

図5|今後の人流解析技術を活用したビル設備設置計画の提案サイクル人流解析技術の活用により,仮説・解析・見える化・再調整をすばやく回すことで,迅速な設置計画の立案が可能である。

図6|行き先階予約システムとセキュリティゲート連動の効果実際には事前に確認することが困難なビル内設備変更や運用変更による人の移動への影響度合いを3Dアニメーションで分かりやすく見える化する。ただし,効果は使用状況により変動する可能性がある。

4. 人流解析技術の今後の展開

日立とメンテナンス契約を結んだ昇降機は遠隔で常に稼働状態を監視されており,エレベーターの運行データが収集可能となる。昇降機や空調などのビル内の各種設備と連携する人流解析プラットフォームの活用により,エレベーターの運行データと,自動ドアや監視カメラ,入退出管理システムなどのセンシングデータとともに,人流解析技術を用いることで,ビルの計画段階から運用段階まで,顧客と協創してより快適な空間の提供とサービス向上に貢献できる(図7参照)。

また,今後,EMIEW3などのロボットとの連携や,ビルに関わる多種多様なデジタルデータを人工知能とIoT(Internet of Things)技術を活用することで,エレベーター制御の進化にとどまらず,新しい試みに対する付加価値の効果を直感的に理解しやすい形で見える化できるため,納得感ならびに期待感をすべての顧客層に持ってもらえると期待している。

図7|人流解析プラットフォーム活用による新たなソリューションビルに関わる多種多様なデジタルデータを収集し,人工知能などの最新デジタル技術により,「顧客の顧客」などすべての顧客層に対するサービス向上に貢献する。

5. おわりに

本稿では,エレベーターを利用した人流解析技術を用いたビル内移動の最適化シミュレーションと活用例について述べた。本シミュレーション技術はビル内の人のモデル化,影響度合いの可視化を特長とし,複雑なビル内の動線や複合化したビル用途を解析・評価し,ビル内の円滑な人の移動に貢献する(図8参照)。

さらに日立は「HUMAN FRIENDLY」をコンセプトに,空間的な広がりを考慮した快適なモビリティサービスの実現をめざし,安全・安心・快適な都市空間の創造に貢献するソリューションを提供していく。

図8|大規模なオフィスビルを想定したシミュレーション日立では駅での人流解析も実施している。将来的にはそれらをつなげることにより,さらに円滑な移動を実現し,魅力ある「まちづくり」に貢献し,新たな付加価値の提供が可能である。

参考文献など

1)
甲川友佳子,外:昇降機製品・サービスの基本コンセプトとコンセプトモデルHF-1,日立評論,98,12,694〜697(2016.12)
2)
星野孝道,外:ビル内の円滑な移動をサポートする行き先階予約システム,日立評論,98,12,698〜701(2016.12)
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