ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

大西 隆

大西 隆
豊橋技術科学大学学長,東京大学名誉教授
1980年東京大学工学系研究科博士課程を修了(都市工学専攻),工学博士。長岡技術科学大学助教授,アジア工科大学院助教授,MIT(マサチューセッツ工科大学)客員研究員,東京大学工学部助教授などを経て,1995 年から2013年3月東京大学大学院工学系研究科教授,および同先端科学技術研究センター教授,2013年5月東京大学名誉教授,2013年4月から2014年3月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授。2011年10月から2017年9月日本学術会議会長。2014年4月から豊橋技術科学大学学長,2015年から2年間,一般社団法人国立大学協会副会長,現同理事。2011年10月から2017年9月,内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員。専門分野は,国土計画,都市計画。日本都市計画学会元会長,日本計画行政学会元会長。

筆者が研究テーマとしてきたことの一つに,テレワークという分野がある。始めた頃には,この用語はまだ存在せず,テレコミューティングという用語を使っていた。その後,より平易な言葉であるテレワークが代表的な用語になっていった。意味するところは,時間や場所にこだわらずに働くことであり,そのためにはICT(Information and Communication Technology)を活用することも必須となる。

筆者が関心を持ったのは,在宅勤務を含むテレワークによって次第に通勤が不要となれば,あるいは,少なくとも毎日通勤する必要がなくなれば,「職場〜住宅」の関係が希薄になり,企業オフィスや住宅の立地選択に自由度が増して,「職場」を中心に住宅地が広がり,通勤経路を重要な交通動線としてきた都市の構造が変わるかもしれないと考えたからである。

それから四半世紀が過ぎ,テレワークの概念は普及し,全国紙などにも周知の用語として使われるまでになった。しかし「痛勤」と揶揄(やゆ)されるラッシュや長時間通勤の実態は,多少は緩和されてきたとはいえ,未だ過去のものとはなっていない。そのうえ,テレワークの実態調査を行っていると,テレワークが長時間労働や深夜労働を生んでいる面があることさえ浮かび上がってくる。このため,ある時期から,テレワークを都市構造,ICT活用,企業の合理的な働き方という観点から取り上げるだけでは不十分となり,健全な労働という観点,すなわちテレワークが働く者の就労状況を改善するのか,という点が重視されるようになった。例えば,テレワークで在宅勤務が可能となった場合に,削減された通勤時間が働く者のために有効に使われているのか? あるいは,育児や介護などと労働の両立を図る手段として有効に使われているのか? といったテレワークの効果が問われるようになったのである。いくらICTを駆使したテレワークが行われても,それが深夜にも働くことにつながったり,雇用者による過度な勤務時間管理に結びつくのであれば,テレワークは進化した働き方とはいえない。

こうしたテレワーク研究の経験は,種々の新しい技術を都市基盤や活動に導入する際に重要な視点を与えてくれるように思う。Society 5.0では,従来であれば切断されていた時空間が,時間,距離,さらには個人を超えてインターネットによって相互につながる。便利な社会であるが,一方で,こうした手段が人々の管理はもとより,行動の誘導に使われたり,感情や意識の操作に使われる可能性もある。悪意の有無は別としても,ネット社会は優位に立つ者の影響力を格段に強める可能性を持つ。人も物もインターネットで結びつけば,しかも位置情報などがそうであるように,自覚なしに結びつけられてしまえば,その情報を掌握する立場にある者がいつの間にかさまざまな優位性を持つことになる。もちろん,全ての情報が環境情報として把握されれば,例えば自動運転が安全に行える可能性が高まり交通事故が激減するといった社会的メリットが生じる。こうしたメリットを求めて,IoTやビッグデータという概念が受容されている。しかし,メリットを生むばかりではない使われ方にも道が開かれるという認識も社会で共有されるべきであろう。

したがって,新しい技術,特に,好むと好まざるにかかわらず不特定多数が組み込まれるIoT(Internet of Things)やビッグデータの技術については,その社会的影響を十分に考慮したうえで導入することが必要となる。しかし,問題は,それぞれの技術がどういう使い方をされ得るのか,予めその全貌を把握することは難しいことである。インターネットが登場したときに,ウィルスやハッキングがこれほどまでに蔓延するという警鐘は鳴らされなかったのではないか。そう考えると,新技術において不測の事態=技術の悪用が起こった場合に,どの程度の社会的損失が起こり得るのかという「ストレステスト」や,さらにその回避法を予め検討しておくことが不可欠である。そのためには,技術の発達や応用を期待感とともに見守るだけではなく,より広角な視野でその欠陥や悪用の可能性を予見する専門家を絶えず育て,技術が善用されるよう方向づけを強めることが必要である。AIや自動運転など,我々の日常生活を変えるような技術が普及する時代が近づいているだけに,これらの技術を使いこなす知恵を普及させるための研究開発も疎かにすべきではない。