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COVER STORY:CONCEPT

デジタルで変わる仕事,変わらない価値

次世代のワーク・ライフ・バランスを考える

ハイライト

デジタライゼーションの進展によって産業構造やビジネスモデルが変化する中,人口減少による社会構造の変化に直面する日本企業では,持続的成長の実現に向けた知的生産性の向上が急務となっている。こうした中で求められる新たな人財像とは,知的生産性向上を実現する働き方とは。日立グループの情報・通信システム事業を率いる柴原節男執行役専務に,株式会社日立コンサルティングの八尋俊英社長が話を聞いた。

目次

デジタルで進む均質化,差異化のポイントは「人」

柴原 節男

柴原 節男
日立製作所 執行役専務 サービス&プラットフォームビジネスユニット CEO 兼 システム&サービスビジネス統括本部 CTrO 兼 日立ヴァンタラ社 取締役会長
1982年日立製作所入社,2007年情報・通信グループ 公共システム事業部長,2013年情報・通信システムグループ 情報・通信システム社 スマート情報システム統括本部長,2017年 執行役常務 システム&サービスビジネス統括本部 CTrO 兼 株式会社 日立ソリューションズ代表取締役 取締役社長,2018年より現職。

八尋 今日の産業界では,単純な働き手不足から高度人財の獲得競争まで含め,さまざまな人財に関わる課題が表面化しています。また,政府が進める働き方改革とともに,AI(Artificial Intelligence)やロボットなどのデジタル技術の活用による労働力・スキル不足の解消への期待も高まり,「人財」や「働き方」というキーワードがかつてないほど注目されていると感じます。人口減少局面でも日本社会が成長を続けるには,働き方を変えて知的生産性を向上させることが不可欠です。昨今,クラウドコンピューティングやIoT(Internet of Things)を活用した新しいサービスが次々と登場していますが,担い手の中心はベンチャー企業などの少数精鋭の小さな組織で,その生産性の高さは大企業から見ると脅威にも思えます。このように様変わりする現在のビジネス環境について,柴原さんはどのようにお考えでしょうか。

柴原 IT,特にデータ利活用の分野では,さまざまなOSS(Open Source Software)やクラウドサービスを利用すれば自前で計算資源などを持たなくても済み,少人数で新しいサービスの開発やビジネスを行うことも可能になっています。ベンチャー企業が力を発揮している要因としては,そうした環境変化も大きいでしょう。これらの新たなプレーヤーと競合する場合もありますが,日立としての基本的なスタンスは,できるだけお互いの持ち味を生かしながらWin-Winの協創関係を築いていこうとしています。特にベンチャーならではの常にアグレッシブに挑戦し続ける姿勢やワクワク感のある職場づくりは積極的に取り入れていきたいと思っています。例えば,北米の最先端ITを国内事業にいち早く活用するとともに,最新技術情報の調査・収集,ベンチャー企業コミュニティとの関係強化などを図ることを目的に,2007年からシリコンバレーで新規事業推進活動を続けており,多くの米国スタートアップ企業と連携した新規事業の立ち上げを支援しています。また2017年5月には,世界トップレベルのグローバル・ベンチャーキャピタル/アクセラレーターとして,革新的なスタートアップ企業を支援・育成している米国Plug and Play社と戦略的パートナーシップ契約を締結し,シリコンバレーにある日立の「金融イノベーションラボ」において,FinTech分野のスタートアップ企業と連携しながら,新たな金融サービスの開発に取り組んでいます。

一方で,日立を含めたITベンダーが担うサービス・システム開発では,大勢のエンジニアを投入しなければできない顧客案件が多くあり,その状況下でも,ビジネスプロセスや働き方の見直しによって生産性は向上できると考えています。例えば,テレワークやRPA(Robotic Process Automation),AIなど,これまでシステム化があまり進んでこなかった間接業務の領域にデジタル技術を適用することにより,効率化や省力化が可能になります。それによって人間でなければできない創造的な仕事に注力でき,知的生産性が高まっていくものと期待しています。

八尋 俊英

八尋 俊英
株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長
IT分野の投資銀行業務を学んだ長銀を最初に,ソニーを経て経済産業省に社会人中途採用1期生として入省。商務情報政策局情報経済課企画官,情報処理振興課長,大臣官房参事官(新需要開拓担当)兼 新規産業室長を経て2010年退官。その後シャープのクラウド活用新サービスなどに従事,新設されたクラウド技術開発本部長,研究開発本部副本部長を経て2012年退社。日立コンサルティング取締役を経て2014年より現職。

八尋 デジタル化の進展は仕事の効率化に寄与しますが,ビジネスにおける均質化を進めるという側面もありますね。あふれる情報やオープンソースのテクノロジーを使えば,誰でも,どんな企業でも一定レベルのことができる。それは裏を返せば,企業の差異化が図りにくくなることを意味します。では,どこで差がつくのかというと,組織を構成する一人ひとりの力をもっと引き出し,コミュニケーションを促進し,組織全体としてのパフォーマンスを最大化できるかどうかです。われわれのところにも,「光トポグラフィと最先端の脳科学を使って脳の潜在能力を引き出せないか」,「壁の色を可変にしてコミュニケーションを促進できないか」といった,細かなところまで踏み込んだ実験的な取り組みのご相談を頂くことが増えています。デジタル技術が浸透する中で,人にしかできない部分をいかに高めるか,暗黙知の共有やチームワーク,いわゆる現場力のようなものをいかに引き出すかが課題になっていると感じます。

柴原 ビジネス環境の変化に伴い,おっしゃるように,これまでとは異なる能力と,それを引き出す取り組みが必要になっていますね。日立が力を入れている社会イノベーション事業は,お客様やパートナーとの協創により進めていくものですから,お客様とビジョンを共有する能力,本質的な課題を見つけ出す能力,自分の専門外の領域にも踏み込んでデジタル技術による価値創出のポイントを見つけ出せる能力などに長けた人財が必要になっています。そうした中で日立の人事部門も変わり始めており,人財データ分析の専門部署を立ち上げ,HR(Human Resource)系のさまざまなデータを分析して採用や育成,人財配置などに活用する,いわゆるHRテックの取り組みを始めています。ピープルアナリティクス(人財データ分析)を取り入れた採用活動や,従業員一人ひとりの生産性や配置・配属に対する満足度を可視化する,生産性/配置・配属サーベイの開発など,日立の人財強化の取り組みは他企業の皆様からも注目されています。

求められる人財の変化にダイバーシティで対応する

八尋 スポーツの分野ではデータ分析をチームづくりに生かすことも行われていますが,科学的な視点からのスタッフィングも,今後データが蓄積されていくと可能になるでしょう。モノからコトへ,機能から経験へと,ビジネスにおける提供価値が変わるとともに,必要な人財も変化しています。マネジメント側としては,その変化にしっかり対応することが課題になりますね。

柴原 特に日立では,課題解決型から価値創出型への人財シフトが必要です。ただ個人的な考えを言えば,バランスが大切だと思います。ビジネス全体がサービスにシフトしている一方で,社会イノベーションには,そのサービスを支える技術や製品も欠かせません。モノの領域も大切にするという,日立のような企業の社会的責任を果たすための人財も必要です。

八尋 確かにそうですね。「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という日立の理念は,時代が変わっても輝き続けるものとして共感される方が多く,就職先としても協創パートナーとしても日立に魅力を感じる方は世界中におられます。そうしたことを,もっとうまくアピールできるような人財も必要ではないかと思います。これからの時代は製品だけでなく,製品を軸に新しい価値をどう創造し,共感を広げていくかがますます問われるようになっていくでしょう。そのためにわれわれも,周りを巻き込んで共感を醸成できるような人財の発掘をめざして採用などで試行錯誤していますが,このような人財の獲得は,今後の人財ポートフォリオにおける重要なテーマの一つになるかもしれません。

柴原 競争から協創の時代へという変革の中で,内部で人財を育てることはもちろん大切ですが,おっしゃるような新しいチャレンジや,大きな変革を成し遂げるには,外部の優れた人財を取り込んでいくことがカギになると思います。私が会長を務める日立ヴァンタラ社は,ストレージ製造・販売を手掛けてきた日立データシステムズ社と,ビッグデータアナリティクスソフトウェアの開発・提供を行ってきたペンタホ社を統合して2017年に発足し,プロダクト,OT(Operational Technology)とITを融合したデジタルソリューション事業をグローバルに展開しています。日立全体がIoT時代に向けて大きく舵を切る,その先駆けとして事業ポートフォリオの変革に踏み込んだわけですが,そのために人事も刷新して,各分野のトップにはグローバル有力企業から専門家をスカウトしました。皆さん,優秀な人ばかりで,よくうちに来てくれたというのが正直な感想なのですが(笑),多くはやはり日立の企業理念に共感したことがきっかけだったようです。日立はITだけでなくインフラも手掛けていますから,その社会イノベーション事業という土俵に乗れば,何か広く社会に貢献するビジネスができるのではないかと期待されているのです。われわれの理念や,その上に築いてきたバリューが欧米の人たちにも通じているのは嬉しいことですが,その期待を裏切らないように,スピード感をもってビジネスを進めなければと気を引き締めているところです。このように,外部の人財が入ることで,われわれを含め今までいた者も刺激を受けて,変革が促進される効果もあります。日立創業の精神の一つである「開拓者精神」の下に,グローバル化とオープン化を通してダイバーシティ経営を推進することが,新しい人財の獲得には欠かせないと考えています。

一人ひとりのミッションを軸に人・企業・社会がつながるエコシステムへ

八尋 デジタライゼーションの進展は,ビジネスモデルの変化も促進しています。その中で日立が技術の蓄積という優位性を生かした価値提供を実現していくためには,マインドセットの変革が不可欠です。働き方においても,企業と働く人それぞれでマインドセットを変えていく必要があるのではないでしょうか。

柴原 労働人口の減少に伴い,今後は高齢になっても働き続ける社会になるでしょう。労働市場や労働環境を変えていくことだけでなく,一人ひとりが人生をどう送りたいのかという視点から働き方を見つめ直すときが来ているのかもしれません。仕事の生産性は,デジタル化だけでなく,本人のやる気や達成感にも左右されると思います。仕事以外に楽しいことがあるから,仕事をがんばれるということもあるでしょうね。

八尋 冒頭でおっしゃっていたRPA,あるいはAIの活用によって,人間が知的創造力を発揮できるようになることへの期待も大きいですが,仕事の生産性は単に時間的ゆとりをつくるだけで上がるとは限らないですね。むしろ人がAIと向き合うことで人生をもっとデザインできる力を持ちつつあるともいえます。

柴原 そう思います。「幸福学」の第一人者で幸福学と経営学の融合についても研究されている慶應義塾大学の前野隆司教授がおっしゃっていたのですが,幸せを感じている人の生産性は,そうでない人に比べてとても高いそうです。そして,幸せに仕事をしている人には,「やってみよう」(自己実現と成長),「ありがとう」(つながりと感謝),「何とかなるさ」(前向きと楽観),「自分らしく」(独立とマイペース)という4つの共通因子があるとのことです。日立でも日々の挨拶を通じて人と人とのつながりを強化するべく,情報・通信システム分野の事業所を中心に社員同士の挨拶を奨励する「お・あ・し・す運動」※)を行っています。実はそうした基本的なことが,コストカットでなくアウトプットの拡大による生産性向上につながるのではないかと思っています。

また,便利な道具ができると,人手よりも簡単に作業ができるために一人がこなす仕事の量が増え,以前よりも逆に働く時間が長くなってしまうということが,これまでにもしばしば起こってきました。人間にとってどちらが幸せなのか。働く喜びや充実感はどちらが大きいのか。これは現代社会の本質に関わる重要な問いです。働き方改革と言っても,仕事の面だけ考えていたのでは生産性は上がらないでしょう。働く本人がワーク・ライフ・バランスについてしっかり考えることと,それを実現できる社会になることが重要で,そういう意味で社会のマインドセットも必要かもしれません。

八尋 ライフから見たワークのあり方を考えるということですね。学生時代から,将来の仕事や人生設計について自分で深く考えている人は少ないと思いますし,リカレント教育も含めて,学び直しや人生のやり直しが容易な社会,あるいはライフの部分を充実できるような社会に変わっていくことも大切です。どうしても仕事中心に人生を考えてしまうことが,長時間労働の一因になっているのかもしれないのですから。

柴原 日立ソリューションズの社長時代に,残業時間の削減などに取り組んでいた中で,家で隠れて残業していた社員がおり,ご家族が心配して会社に相談してこられたことがありました。本人は社会人としての責任感から,家に仕事を持って帰り不眠不休で仕事をしていて,上司もそれを看過していたのです。このことをきっかけに,従業員の働き方についてご家族からの相談を受ける窓口を設けました。働き方改革の中でも特に,長時間労働の問題は大きいと思います。仕事量が変わらないのに労働時間だけ減らされても苦しくなるばかりですから,やらなくていい仕事をやらなくて済むようにすることや,皆で協力して無駄な会議時間を減らすことなど,総合的に取り組まなければなりません。長時間労働の一番の問題点は,健康を阻害することです。それについてもやはり一人ひとりが自覚しなければなりませんし,周囲ともコミュニケーションをとって,苦しいときには負担を分け合えるような環境をつくらなければなりません。そう考えると,働き方改革には,広範囲で多角的な取り組みが必要なのだと感じます。

八尋 人生において仕事も含めて個人の生きがいやテーマを持つことによって,社外のさまざまな活動で得た人とのつながりや新しい視点が,仕事にも生きて好循環を生み出すという,人と人のエコシステムに参加できるのだと思います。これからはそれぞれが自己のミッションや軸を持ち主体的に社内外の活動をしていくことが大事になりますし,企業側もそういった活動を支援・活用していくことで組織・事業の活性化につながるのではないかとわれわれも考えています。

※)
日立製作所の情報・通信システム事業部門が2016年7月から続けている,挨拶を奨励する職場コミュニケーション運動。「お・あ・し・す」は「おはようございます・お疲れさまです」,「ありがとうございます」,「しつれいします」,「すみません・申し訳ありません」の頭文字から成る。

働き方を通じた社会イノベーションをめざして

八尋 働き方改革については,日立だけでなく多くのお客様も悩んでいらっしゃいます。日立は,自身もデジタルトランスフォーメーションを進めて仕事や働き方を変え,人事の分野でも改革を行っていますが,それと同時に,各種のデジタルソリューションでお客様の働き方改革を支援して,社会を変え,Society 5.0を実現していくことも期待されていると思います。

柴原 HRテックや各種の働き方改革ソリューションもそうですが,やはり多様な分野でデータ利活用を進めることが,働き方改革に結びつきます。例えば,市場動向や製品の使われ方などのデータを分析し,効果的な投資を行うことによって,仕事量を減らしながら利益率を高めることも可能です。そうしたことは国際競争力を高めるうえでも有効でしょう。

Society 5.0は,データを軸にさまざまなサービスをつなぐことで付加価値を創出していく社会ですね。そうした社会における,新しい働き方を考えたとき,個人的には地方の創生や活性化につなげていきたいという思いもあります。柏の葉スマートシティのような開発プロジェクトで,幸福度や健康の視点から街と人と仕事の新しいあり方を示すような街づくりができれば,地方が抱える問題にも応えられるはずです。

八尋 例えば,日立のIoTプラットフォームLumada上で物流や商流をつなげることで効率化や省力化を図り,テレワークなども活用しながら健康に働ける街。日立グループ全体として,これは実証してみたいですね。

日立のお客様やパートナーの多くは,広く社会を支えるインフラに関わる企業です。そうしたところと一緒に働き方改革に取り組むことで,従業員の方々が幸福に,健康になり,インフラサービスの質がさらに高まれば言うことはありません。幸せに元気に働く人が増えると,社会保障費の抑制につながり日本の財政問題にも貢献できる,まさに社会イノベーションです。

柴原 時代や環境によってビジネスで求められる価値は変化し,企業はその創出をめざして常に変わっていく必要があります。でも,どんなに時代が変わっても変わらない基本的な価値は,人間の幸福や健康ではないでしょうか。働き方改革はその変わらない価値を守るために変わっていくことではないかと思います。日立グループ全体で,協創による働き方改革を通じた社会イノベーションを実現してまいりましょう。

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