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日立は,「IoT(Internet of Things)時代のイノベーションパートナー」となるべく,顧客やパートナー企業と課題を共有し,デジタル技術を活用してイノベーションを協創する社会イノベーション事業を経営計画の中心に置いている1)。社会イノベーション事業は,制御・運用技術であるOT(Operational Technology),ITおよびプロダクト・システムを組み合わせたトータルソリューションの提供により,社会や顧客が直面しているさまざまな課題を解決することをめざすものである。その要となるLumadaには,顧客協創・パートナー協創を通じて培った日立の知見が蓄積されており,さまざまなソリューションの提供を可能にしている2)

目次

執筆者紹介

水本 大介Mizumoto Daisuke

  • 日立製作所 知的財産本部 知財戦略企画部 所属
  • 現在,日立製作所全体の知財戦略立案業務に従事

永井 立紀Nagai Tachiki

  • 日立製作所 知的財産本部 知財戦略企画部 所属
  • 現在,日立製作所全体の知財戦略立案業務に従事

1. はじめに

日立は,「IoT(Internet of Things)時代のイノベーションパートナー」となるべく,顧客やパートナー企業と課題を共有し,デジタル技術を活用してイノベーションを協創する社会イノベーション事業を経営計画の中心に置いている1)。社会イノベーション事業は,制御・運用技術であるOT(Operational Technology),ITおよびプロダクト・システムを組み合わせたトータルソリューションの提供により,社会や顧客が直面しているさまざまな課題を解決することをめざすものである。その要となるLumadaには,顧客協創・パートナー協創を通じて培った日立の知見が蓄積されており,さまざまなソリューションの提供を可能にしている2)

日立が取り組む社会イノベーション事業は,プロダクトを中心とした事業と,デジタルソリューション事業に大別できる。それぞれにおける知財活動の概要を図1に示す。

プロダクト事業は,技術的に優れた機器やシステムを顧客に提供するものであり,知財戦略は,主に「競争戦略(Competition)」である。すなわち,知財の役割は,競合企業に対する競争力強化・維持である。主な知財活動は,差別化ポイント保護のための特許権を中心とした知財権の取得,および参入障壁としての知財権の事業への活用である。主な知財の対象は,特許権,意匠権および商標権などの知的財産権である。近年は,大学との共同研究の活発化を視野に産学連携を支援する活動も推進している。

一方,デジタルソリューション事業は,Lumadaをコアにデータを収集・抽出・分析することでイノベーションを創出し,新たな価値を提供するものであり,知財戦略は「協創戦略(Collaboration)」が鍵となる。すなわち,知財の役割は主に,顧客やパートナーとのパートナーシップ促進とエコシステム構築である。主な知財活動は,コア技術のBGIP(Background Intellectual Property)の確保,ビジネスモデルやビジネス契約の設計,知財を活用したパートナーシップ促進支援などである。知財の対象は,特許などの知的財産権,著作権,営業秘密に限らず,情報,データといった新たな情報財などであり,知的財産の範囲は従来よりも格段に広がっている。

また,プロダクト事業・デジタルソリューション事業双方に共通する新たな知財活動へのチャレンジとして,産学連携,政府連携,国際標準化・ルール形成,制度提言・意見発信なども積極的に行っている。

以下,プロダクト事業における知財活動,デジタルソリューション事業における知財活動,新たな知財活動へのチャレンジのそれぞれについて紹介する。

図1|日立の社会イノベーション事業における知財活動プロダクト事業とデジタルソリューション事業における知財活動の概要を示す。

2. プロダクト事業における知財活動

日立グループのプロダクト事業は,鉄道車両,昇降機,サーバ・ストレージなどの情報通信システム,粒子線治療システムなどのメディカル・ヘルスケア機器,空気圧縮機・変圧器などの産業機器,自動車機器,家電製品など,広範な製品群を擁している。

これらのプロダクト事業の知財活動の中心となるのが「知財マスタプラン3)」である。事業(製品)の特性はそれぞれ異なるため,各事業の特性に応じてカスタマイズした知財戦略を策定しており,主要製品約20テーマがその対象となっている。策定された知財戦略を通じて製品のポジションをアップし,プロダクト事業の競争力強化をめざしている(図2参照)。

知財マスタプランのポイントは,事業戦略と一体化した知財戦略を策定・実行することで,事業に対し知財による押し上げ効果を働かせ,事業ポジションを向上させることである。事業と一体化した知財活動には,事業状況に応じて,産学連携,政府連携,国際標準化・ルール形成などのオープンイノベーションに関するものも含まれ,近年はデジタル化・オープン化の流れを受けてこれらの活動が活発化している。

その活動成果の一例に,粒子線治療システムに関する国立大学法人北海道大学と日立の産学連携がある。これは,日立のスキャニング照射技術と北海道大学発の動体追跡放射線治療技術を融合した移動性臓器対応スキャニング照射技術の実用化に関するものである。同大学と日立はこの産学連携における知財の重要性を共有し,共同出願したコア発明は公益社団法人発明協会2017年度全国発明表彰 恩賜発明賞(最高賞)を受賞した。これは,日立としては約20年ぶりの快挙となった4)。この産学連携活動の詳細については,本号掲載の論文「粒子線治療装置開発における産学連携と知財の創生」を参照されたい。

図2|知財を通じたプロダクト事業の競争力強化事業と一体化した知財戦略を策定し,特許ポジションおよび事業ポジションを向上する。

3. デジタルソリューション事業における知財活動

日立のデジタルソリューション事業では,「IoT時代のイノベーションパートナー」となることを掲げ,Lumadaをコアにデータを収集・抽出・分析してイノベーションを創出し,顧客に新たな価値を提供することをめざしている2)

データの収集・抽出・分析の各過程ではさまざまな知財が発生する。例えば,顧客のデータを人工知能(AI:Artificial Intelligence)で分析してソリューションを提供する場合には,生データ,学習用データ,学習済みモデル,AI生成物などのさまざまな知的財産が発生する。顧客のデータやこれを分析することで得られるさまざまな知的財産をどのように取り扱うかがデジタルソリューション事業の鍵となる。

具体的には,創出されたソリューションに化体する知的財産の帰属や利用条件については顧客の事情も考慮したうえで知財戦略を策定する必要があるほか,戦略実行に際しては,顧客との契約の条件交渉,データの管理と取り扱い,成果物の提供方法,第三者への情報開示の方法など,事業全般を考慮して慎重に取り決める必要がある。

これに関する日立の基本的な方針は,顧客の知財を尊重するとともに,データ利活用促進に向けて柔軟な取り決めを行い,顧客とWin-Winの関係を構築可能な知財の枠組みを提案するということである。このような関係をいかにして構築できるかがデジタルソリューション事業の成否を分けると言っても過言ではない(図3参照)。

日立の知財部門はこれまでさまざまな協創プロジェクトに参画し,2017年度は約300件の協創契約に関わってきた。また,AI・ロボット・自動運転などの新たなテクノロジーの出現や,欧州のGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)に代表される新たな規則・規制への対応も進めてきた。これにより,顧客と日立がWin-Winの関係を構築するとともに,新たな規則・規制にも円滑に対応できるよう活動を進めているところである。

ここで,デジタルソリューション事業の成否を分けるデータの利活用と保護に関する国内外の動向を概観してみると,デジタル化の流れを受けてデータの重要性は社会・経済・産業においてますます大きくなっているにもかかわらず,データの取り扱いに関する制度・政策は,国内外を問わず確立されているとは言い難い状況である。こうした中,データの利活用・保護の在り方を探る各種審議体が政府主導で設置され,産学官連携による議論が進められてきた。日立は,それらの審議体に委員として参画してきたほか,政府発行のガイドライン案に対して意見書を発行するなど,政府主導の取り組みに協力して事例提供や意見発信を積極的に行ってきた。これらのデータの取り扱いに関する制度・政策策定に向けた産学官連携やそれを踏まえた各種施策は,デジタルソリューション事業を推進するうえで欠かせないものと言える。これらの動きの詳細については,本号掲載の論文「データとAIがもたらす第四次産業革命」を参照されたい。

図3|デジタルソリューション事業を加速する知財活動デジタルソリューション事業におけるBGIPとFGIPの考え方を示す。

4. 新たな知財活動へのチャレンジ

近年,日本から発信している新しい社会コンセプトとしてSociety 5.0がある。Society 5.0は,(1)狩猟社会,(2)農耕社会,(3)工業社会,(4)情報社会に続く5番目の社会として位置づけられ,「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する,人間中心の社会」であると定義されている5)。この社会の実現は,国際連合が定めるSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)6)の達成にもつながる。

これらを受けて,一般社団法人日本経済団体連合会では「Society 5.0の実現に向け,SDGsを国際競争力向上に向けた切り口と捉えて」取り組みを開始している7)。また,日立もこれらの動きに合わせ,社会イノベーション事業を通じて新たな経済・社会・環境価値を創出することで社会課題を解決し,Society 5.0の実現およびSDGsの達成に貢献することをめざしている8)

Society 5.0の実現およびSDGsの達成に向けて重要なことは,データを介してさまざまなサービス・産業がつながり,より大きく多様なイノベーションが起きることである。これによって一つの分野内では達成できない規模の効率改善や高度化が可能となり,社会課題の解決につながる9)。これらの社会課題の解決は一企業が単独で実施できるものではなく,さまざまなステークホルダーとの連携が必要になるほか,社会的な基盤やルールの整備・普及が欠かせない。

そのため,日立の社会イノベーション事業でも,さまざまなステークホルダー,例えば顧客・パートナー企業,大学,スタートアップ企業,政府機関などとの連携が進められている。また,新たなルールの整備・普及には,新たな事業戦略が求められることに加えて,これと連動する国際標準化・ルール形成戦略も必須となる。これを知財の観点から俯瞰(ふかん)すると,知財制度の枠組み提案や知財のオープン化施策などによる国際標準化・ルール形成戦略も駆使した,いわば知財を中心としたエコシステム構築へのチャレンジと言うこともできる(図4参照)。

これを実現することは容易ではないが,その一つの試みとして,研究開発グループの技術戦略室に設置されたチーフアーキテクト室と,知的財産本部に設置された国際標準化推進室が連携し,国際標準化・ルール形成に向けた新たな活動にもチャレンジしている。

図4|新たな知財活動へのチャレンジ知財を活用したエコシステム構築の過程を示す。

5. おわりに

日立の2021中期経営計画では,社会イノベーション事業を担うグローバルリーダーをめざし,各地域でイノベーションによる成長が見込まれる分野のソリューションに注力していくことを掲げている10)。将来の社会を見据えたとき,豊かで快適な暮らしを実現するには,「モノ」の豊かさにとどまらず,どれだけの価値を提供できるか,すなわち社会や顧客の課題解決に向けたソリューションを創出できるかが鍵となると思われる。知財の側面からは,プロダクトであれ,プラットフォームであれ,ソリューションであれ,知的財産を創出し,それをオープンに活用することによって,顧客・パートナーへの価値提供を図り,エコシステム形成をリードしていきたいと考えている。

最終的なゴールは,知財を中心としたエコシステムを通じて,社会や顧客の課題解決に向けた「ソリューション」を世界中の人々に多く利用してもらうことである。また,そこで生まれる新たな課題に対して,「IPドリブンイノベーション」を興し,ソリューションを次々に生み出していく,そんなポジティブな循環が持続的になされるような知財活動をしていきたいと考えている。

このような新たな知財活動のチャレンジは,国内外を問わず,グローバル先進企業でも手探りの状態が続く未踏の領域と思われる。果敢にチャレンジし,成功と失敗を繰り返す中で知見を蓄積して,日立はSociety 5.0の実現およびSDGsの達成という究極のゴールをめざしていく。

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