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COVER STORY:ACTIVITIES1

オープンイノベーションを成功に導くデジタル時代の知財戦略

社外ネットワークづくりがカギを握る

ハイライト

モノづくりのための特許戦略が中心であった知財戦略が,IPランドスケープの活用に代表されるように事業成長を促すものとして大きく変わりつつある。その背景として,デジタル化に伴い業種間の垣根が低くなり,事業環境や顧客・パートナーとの関係性が多様化・複雑化してきたこと,さらにオープンイノベーションの過程で特許権以外の知財の重要性も増してきたことなどが挙げられる。

日立は,プロダクト事業において知財マスタプランを事業ごとに策定・実行するなど,いち早く事業戦略に知財を活用してきたほか,デジタルソリューション事業においては,顧客協創とイノベーションを加速するべく,顧客やパートナー企業との連携促進やエコシステムの構築につながる知財活動を進めている。

長年にわたり製造業やICT業界の知財コンサルティングに携わってきたKIT虎ノ門大学院客員教授ならびにデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社シニアヴァイスプレジデントである小林誠氏を迎え,企業経営における知財戦略の位置づけの変化とIoT時代の知財戦略,知財活動の領域拡大について語り合う。

目次

企業の事業戦略の一部となってきた知財戦略

小林 誠
KIT虎ノ門大学院客員教授・デロイト トーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社 シニアヴァイスプレジデント

小林一昨年,日本経済新聞に「知財分析 経営の中枢に」という記事が掲載されたことを機に,IP(Intellectual Property:知的財産)ランドスケープへの注目が高まっています。もともと知財部門では,特許情報をマップに落とし込んで可視化する特許マップという情報解析がなされてきました。しかし,知財部門は知財情報しか活用しない一方で,経営トップ層が策定する事業戦略には知財情報が生かされることが少なく,いわば情報の断絶が生じていました。これに対し,イノベーションによる事業拡大を目的としたIPランドスケープが,知財戦略と事業戦略をつなぐものとして活用されるようになりました。これを実践している企業の一つが日立だと捉えているのですが,実際にはどのように知財情報や知財戦略を事業戦略に生かしているのでしょうか。

前田日立は,2013年頃から知財のマスタプランを事業ごとに策定する取り組みを始めました。事業戦略に基づき,知財情報を分析して知財戦略を策定し,事業マスタプランに沿って知財マスタプランをアドオンすることで,特許権などの知財権取得と他社知財権のクリアランスを通じて競争力を強化するとともに事業リスクを低減する活動を実施してきました。この結果,例えば北海道大学との産学連携による「動体追跡粒子線がん治療装置」の発明が社外表彰を受けるなど,成果を上げています。

小林事業戦略の上流と言いますか,最初の段階から知財情報がしっかり入っているということですね。

松尾ただし,われわれの言う知財マスタプランは,事業戦略と知財情報に基づいて知財活動の目標を設定したうえで,現状とのギャップ分析を行い,具体的な計画をまとめるというものです。IPランドスケープはもっと事業戦略の初期段階から入っていくものですね。

小林そうです。とはいえ,従来は製品の企画や開発が進んでからようやく知財情報が活用されるのが普通で,一般に知財の入るフェーズが遅かったように思います。

前田そういう意味では,最近,社外とのコラボレーションによってソリューションをつくる顧客協創の案件が増えており,そうしたデジタルソリューション事業では,事業計画がアジャイルに変わる状況にあるため,その策定段階から知財が関与していく形になってきています。そこでは競争力強化というより,さまざまなお客様やパートナー企業との連携促進,エコシステムの構築を主な目的として知財戦略を構築しています。

小林市場や世の中が変わるスピードが加速し,アジャイル型の開発が求められているにもかかわらず,それが実現できないメーカーも少なくありません。日立の場合,アジャイル型への転換に向けて,知財部門はどのようなことをしてこられたのですか。

前田知財部門が事業の上流から関与するという言い方もできますが,逆に事業部門が上流から知財戦略に関与してきたという側面もあると思います。知財戦略も事業戦略の一部なので,実は事業部門の当事者課題です。従来は研究開発部門や工場の技術者を対象にした知財活動が多かったのですが,現在は,フロント部門にも知財活動への関与を働きかけています。社外との窓口となるフロントの営業部門の関与なくして,お客様の利益に配慮した知財戦略は策定できないからです。

松尾アジャイルの観点で言えば,北米の企業の中には知財リスクがあるのを知りながら,あえて事業を進めている企業もあるように思います。このとき,知財部門がOSS(Open Source Software)化や法改正のためのロビー活動を通じたエコシステムづくりに積極的に関わり,リスクを下げることによって事業をアジャイルに推進しやすい環境を構築しているように見受けられます。われわれの業務も,これまでは特許ライセンス契約が主でしたが,事業契約への関与のほか,徐々にエコシステムづくりやロビー活動に関わることも多くなっています。

小林OSS団体に加盟するときはもちろん,エコシステムやオープンイノベーションの文脈で事業契約する際にも,確かに知財の機能は欠かせませんね。

前田以前は,既存のコミュニティに加盟する際,コミュニティが定める規約のリスクやメリットの分析,必要な手続きの調査などをしていましたが,最近はコミュニティを立ち上げる際にコミュニティの規約を知財の視点から検討して,他のコミュニティメンバーと共に作成する仕事も増えています。

小林昨年のMicrosoft※1)の加盟で話題となった,Linux※2)特許に関する企業コンソーシアムであるOIN(Open Invention Network)では,OSSの適用領域をFinTechのような分野にまで拡大しています。そんな中で,今後,OSSに対してはどのように向き合っていくのでしょう。

前田知財のオープン化やOSS化に対する姿勢は業界によって温度差があるように思います。ソフトウェアから始まってオープン化がいち早く進んできたIT業界に対し,OT (Operational Technology)の業界は個別の会社が持つノウハウがまだまだ残っていますが,近年は工場のオペレーションも「見える化」され,オープン化の流れが加速しています。日立はITもOTも有する企業ですが,どこからオープン化するのか,何を最後までクローズにするのかという見極めは,日立の社会イノベーション事業にとっても重要なカギになると考えています。

協創の観点から見たIoT時代の知財力

松尾 聡
日立製作所 知的財産本部 知財プラットフォーム部 部長

小林そのIoT時代を象徴する先進企業としてGAFA(Google※3),Apple※4),Facebook※5),Amazon※6))をはじめとするプラットフォーマーが注目されています。しかし,彼らのようなプラットフォーマーになるのは簡単ではありません。そうした中で,日立のLumadaには新たな可能性を感じています。Lumadaを活用することで生まれてくる新しいデータ,あるいはそこから創出されてくる新たな知財に関する課題については,どのようにお考えでしょうか。

前田特に重要な課題として捉えていることの一つに,お客様からお預かりするデータの適切な取り扱いがあります。協創相手として信頼されるベースの構築のため,データの取り扱いに関するリスクは知財戦略としてカバーする必要があると考えています。同時に日立の事業拡大に必要な権利を持ち得る関係性をお客様と構築していくことも大きな課題です。デジタルソリューション事業においては協創の過程でさまざまな知財が発生するため,われわれの役割もより重要になってきています。

小林協創という点では,オープンイノベーションの重要性が叫ばれているにもかかわらず,現在,スタートアップやベンチャーと大手企業との間で十分な信頼関係が築かれていないという声も聞かれますね。

松尾そうですね。OSS化したプラットフォームの環境では,参入しようとするベンチャーが開発するソフトウェアもOSS化しなければならないため,結果的にベンチャーのノウハウが詰まったソフトウェアをプラットフォーマーが自由に自社事業のために使えるようになってしまうことがあります。このため,最近,ベンチャーによっては既存のプラットフォームに反発する動きが起きているという話もあります。一方で,プラットフォーマーなどの長年の成果物をOSS化したものを利用する形で,ベンチャーは自社ソフトを構成する場合が多いので,プラットフォーマー側にも言い分があります。日立としても,ベンチャーとのパートナリングの構築や,パートナリングを通したエコシステムづくりの際には,ベンチャー側の利益にも配慮したバランスのとれた仕組みづくりが必要だと考えています。

小林そこは信頼関係が重要ですね。足りない部分を補い合ってビジネスを成長させるには,お互いに尊重し合うことが必要になります。

ここ数年の急速なIoTの進展とともに,IT系企業とOT系企業の事業領域が近づいていますが,その両方を持つ日立としては,IT企業の戦略をどのように取り込んでいますか。

前田オープン化に関して,どのような動きをすればオープンコミュニティが広がっていくか,広がっていった結果がどのように自社に返ってくるのかなど,IT業界にはさまざまな知見が蓄積されています。IT系企業が公表する情報から彼らの戦略を解釈することが重要だと思っています。

松尾GAFAがAI(Artificial Intelligence:人工知能)や機械学習のOSS化を言いながらも,同時にその分野で特許をどんどん取得しているのはどのような戦略なのかが気になっています。今後,そうした分野の特許がどのような役割を果たしていくのか。例えば事業の優位確保のためだとすると,われわれも学べる点は大いにありますね。

社内外で拡大する知財活動の領域

前田 三奈
日立製作所 知的財産本部 知財第三部 部長

小林知財戦略としては,社外とのネットワークも重要だと思います。営業秘密などの企業秘密が数多くある中で,新たな知見や情報の獲得には社外ネットワークの活用が不可欠だからです。知財情報は外部に出しにくいものですが,最近では積極的に発信するケースも増えています。日立は,法律事務所や特許事務所はもちろん,一般社団法人知的財産協会などでの接点を含めて,国内外の専門家や企業とのネットワークを築いていると思いますが,対外的にはどのような取り組みをされているのでしょうか。

松尾一つは,制度やルールに関わる社外での意見発信やロビー活動です。業界のオピニオンリーダーとして政府審議会などから意見を求められる場合,日立単独だけではなく,ロビー団体と歩調を合わせて提言する場合もあります。そのほか,グローバルに拡大するプラットフォーマーを意識してEU(欧州連合)がGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)を推進しており,日本でも不正競争防止法の改正によるデータ保護の動きがありましたが,こうした場合にはオープンイノベーション推進の立場から意見を発信したりもしています。

前田先述の不正競争防止法の改正や,経済産業省によるAI・データの利用に関する契約ガイドライン策定の際には,日立が直面した課題などの事例を踏まえて社外の方と議論する機会もありました。こうした議論を通じて,データを提供する側・データを利用する側双方の立場や懸念事項が分かってきて,日立がお客様と協創する際に生かせる発見も多くありました。

小林デジタル化の進展によってモノづくりからコトづくり,所有から利用へと世の中が動く中,知財活動の領域は拡大しています。一方で,会社組織に横串を刺す社内における知財の機能も見逃せないと思います。研究開発や製造部門とのつながりばかりでなく,事業部門や新規事業の企画のほか,人事や法務部門などともつながりが強くなっていく可能性があるのではないでしょうか。

前田おっしゃるとおりです。実際,法務や調達部門との距離が以前にも増して近くなったほか,教育面とインセンティブ設計の面で人財部門との関わりも多くなっています。

松尾知財部門には社内外との調整業務も多いことから,議論のファシリテーションスキルをもつ人財も多く,知財業務で培った能力を別の場で生かす活動も進めているところです。知財担当者は,物事を整理する能力や調整・分析能力に長けているので,そういう点で求められる人財を育成できるように思います。

小林私自身も知財の経験やノウハウなどを生かせる場面が多いと感じています。特許権を保有していても,ライセンスなどによってビジネスで活用するのは別の企業であったりする場合など,知財はまさにシェアリングエコノミーの世界を先取りしてきたと言えるのではないでしょうか。また,さまざまな思惑と条件が絡み合う中で,譲れる部分と譲れない部分を交渉して最終的な落としどころを考える,非常に戦略的な要素もあります。今後世の中がさらに複雑化していく中で,知財の経験やノウハウ,知財人財の重要性がさらに高まっていくと思います。

前田私たちも社会イノベーション事業の成長を支えながら,新たな知財活動にチャレンジしていきたいと思います。本日はありがとうございました。

※1)
Microsoftは,米国Microsoft Corporationの米国およびその他の国における登録商標または商標である。
※2)
Linuxは,Linus Torvalds氏の日本およびその他の国における登録商標あるいは商標である。
※3)
Googleは,Google LLCの商標または登録商標である。
※4)
Appleは,米国および他の国々で登録されたApple Inc.の商標である。
※5)
Facebookは,Facebook,Inc.の商標または登録商標である。
※6)
Amazonは,米国その他の諸国における,Amazon.com,Inc.またはその関連会社の商標である。
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