次世代を切り開く破壊的技術の創生
日本では,少子高齢化や産業構造変化に伴って成長・拡大時代からポスト成長(非成長・非拡大)時代へのパラダイムシフトが起こりつつあり,日本の持続可能性の向上が大きな社会課題となっている。
今回,社会モデルを基に起こりえる多様な未来シナリオ間の分岐構造と分岐の要因を示す「政策提言AI」を開発し,京都大学の有識者と協力して2050年の日本の持続可能性について解析を行った。その結果,将来の日本には,都市集中シナリオと地方分散シナリオの2つの可能性があり,2つのシナリオの分岐が今から10年程度後に起こることが描き出された。
日本では,少子高齢化や産業構造の変化に伴って,成長・拡大時代からポスト成長(非成長・非拡大)時代へのパラダイムシフトが起きつつある。日本の高齢者人口および高齢化率がピークに達する2050年に向けて,(1)人口や出生率,(2)財政や社会保障,(3)都市や地域,(4)環境や資源,などの持続可能性や,(5)雇用の維持,(6)格差の解消,およびそこで生きる人間の(7)幸福,(8)健康の維持・増進が大きな社会課題となる。
これらの社会課題は,国連が掲げている,経済発展に伴う環境・社会問題の解決を世界共通のアジェンダとした持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)や,第5期科学技術基本計画において示された,サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより人間中心の社会の実現をめざすSociety 5.0の社会課題に通じるものである。
このような社会課題を見据え,京都大学こころの未来研究センター広井教授らを中心とする研究グループは,持続可能な日本の未来の実現に向けた研究を進めている。日立京大ラボはこの研究に参画し,日立京大ラボのAI(Artificial Intelligence:人工知能)技術をこの政策提言に活用することを試みた。本稿では,このAIを用いたシミュレーション技術について概説する。AI技術を用いて得られた政策提言の詳細内容については既報1)を参照されたい。
上述の社会課題に対処するためには,戦略的な政策立案とその政策を適切な時期に実行することが求められる。そのために,いつ,どの社会要因が変化した場合,どのような社会状態に至るかという,現在から未来に至るまでの一連の社会状態の変化を示した,未来シナリオを複数想定して比較検討するアプローチをとった。しかしながら,有識者が思い描ける未来シナリオの数には限りがあり,それらの限られたシナリオの中で政策の内容や実行時期を考えざるをえない面があった。一方,2050年という遠く曖昧な未来について検討するには,現在の社会に流通しているビッグデータを帰納的に解析するだけでは不十分であると考えられる。曖昧な未来をモデル化するには,AIよりもむしろ人が考えた曖昧さを含むモデルを曖昧なまま計算機上に構築し,曖昧なところはAIシミュレーション技術でいくつものパターンを自ら作り出す,というアプローチをとった。
図1|政策提言の3ステージ一般的な政策提言プロセスは,(1)情報収集ステージ(解くべき問題の設定と,その問題に関連する情報を収集する),(2)選択肢検討ステージ(シナリオを列挙し,シナリオの関係性や要因を検討する),(3)戦略選択ステージ(シナリオを吟味し,政策を考案する)の3ステージから構成される。本稿では,人が(1),(3)を,AIが(2)をそれぞれ担当し,人とAIの協働により政策を提言する。
一般的に政策提言プロセスは,図1に示した3つのステージから構成される2)。
最初の「情報収集ステージ」では,解くべき問題の設定と,その問題に関する情報の収集および情報の体系化を行い因果連関モデルの形にまとめる。続いて,「選択肢検討ステージ」では,因果連関モデルを基にAIシミュレーション技術を用いながら起こりうる多様な未来シナリオを描出して列挙する。そして,未来シナリオ間の関係性を時系列的に解析し,シナリオが分岐していく様子やそれらの分岐が発生する順序を明らかにするとともに,分岐の要因を明らかにする。最後に,「戦略選択ステージ」では得られた複数の未来シナリオを吟味し,ありたき社会像と照らし合わせて合致する未来シナリオを選択し,その未来シナリオを実現するための政策提言へとつなげる。
最初の情報収集ステージと最後の戦略選択ステージは人が,両者の間の選択肢検討ステージはAIが行う。このように,人とAIが協働して政策提言を行う構成になっている。以下では各ステージの手順を詳細に説明する。
情報収集ステージでは,まず,何を解きたいのか,何を明らかにしたいのかという問題の設定を行う。ここでは,「2050年の日本の持続可能性の確保」と設定した。次に,この問題に関する知見をもった複数の有識者を招き,いわゆるワークショップの形で社会の因果関係の洗い出しを行った。具体的には,日本社会の現在や未来において重要と思われる,GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)や出生率,失業率,健康寿命などの社会の状況を表現するキーワード(社会指標)を列挙した。そして,それらのキーワードをクラスタリングし,類似しているキーワードを整理したあと,キーワードどうしの因果関係を付加した(図2参照)。このようにしてできた因果連関モデルは,特に遠い未来の予測に用いるには不確実な面が大きいため,不確実性をパラメータとして含むモデルを作った。具体的には,因果の強度やタイムラグといったパラメータと,それらパラメータの分散といったメタパラメータを設定する。その結果,図3に示すような因果連関に関する定量モデルができあがった。薄い線が正の因果関係,濃い線が負の因果関係を示しており,社会指標の数は149,因果関係の数は333になった。
図2|社会因果関係の洗い出し初めに有識者を招き,ワークショップ形式で社会の状況を表現するキーワード(社会指標)を列挙する。次に,それらのキーワードをクラスタリングして,重複したキーワードを削除したり,似通ったキーワードを統合・整理したりする。最後に,キーワードどうしの因果関係を付与する。
図3|因果連関モデルキーワード(社会指標)どうしの因果関係をグラフ構造で表現し,因果連関モデルを作成する。今回作成したモデルは,日本社会全体を対象にしたマクロモデルで,キーワードの数は149,因果連関の数は333になった。
選択肢検討ステージでは,情報収集ステージで作成した因果連関モデルを使って,ダイナミックな変化をAIシミュレーションを使って計算させる。時間が経過していく中で149の社会指標が相互に影響を及ぼしながら変化していき,また,メタパラメータのばらつきの度合いに応じて多数の未来シナリオが生成されていく。すなわち,未来の日本がさまざまに分かれていく,いわゆるパラレルワールドが生成される。2018年から2052年の35年間で,そうした未来シナリオは約2万通りに分岐した。その様子を23の代表的なシナリオについて示したのが図4である。開発したAI技術の特徴は以下のとおりである。
図4|代表シナリオ2018年を起点として未来シナリオが分岐していく様子を図で表現した。重要な分岐点としては,8年から10年後に都市集中シナリオと地方分散シナリオが分かれ再び交わることがない分岐点(分岐点A),17年から20年後に地方分散シナリオから財政・環境持続不能シナリオが分かれていく分岐点(分岐点B)の2つが挙げられる。
最終ステージである戦略選択ステージでは,選択肢検討ステージで作成した未来シナリオから,代表的な未来シナリオを選んで人(有識者)が解釈して意味づけする。ここでは,149の社会指標のうち,人口,財政,地域,環境・資源といった社会的なパフォーマンスと,雇用,格差,幸福,健康といった住民の満足度の8つの観点に関わる指標を選び出し,分析した(表1参照)。
分析結果とそれに基づく政策提言は以下のとおりである。詳細は関連記事1)を参照されたい。
表1|シナリオ解釈結果2052年における各シナリオグループの社会指標を人口,財政,地域,環境・資源,雇用,格差,健康,幸福の8つの観点で評価した。2018年と比較し,数値が向上・好転している指標を○,低下・悪化している指標を×,変化が少ないものを△で表現した。
本稿では,2050年の日本社会の持続可能性といった曖昧で大きな課題に対し,人(有識者)の深い知見や考察に基づくモデル化と,機械(AI)による網羅的な未来シナリオの列挙および未来シナリオ間の関係性の解析の組み合わせによって解く手法について述べた。
今後は,国や地方自治体,民間からの意見を広く集め,AIを活用して多様な未来シナリオを描き出すことで,政策形成や社会構想に役立てていきたい。