来るべき人生100年時代においては,少子高齢化,単身高齢者世帯増加といった背景の中,生活課題は多様化しており,特に高齢化社会の問題を解決するためには,高齢者がさまざまな不安から解放され,健康で生き生きとした自立的生活を送れるように支援することが必要である。そのためには,高齢者の生活状態(インサイト)を的確に把握し,得られた情報から最適なサービスを提供することが解決の一つとなると考える。
2019年6月に提供を開始した単身高齢者向け見守りサービス「ドシテル」はその第一弾であり,インサイトを蓄積する手段の一つとしてユーザーの拡大を進めている。本稿では,生活者のセンシングデータを利用した見守りサービス「ドシテル」の開発の経緯とそのサービス内容を紹介する。
2020年には65歳以上の約5人に1人が1人で暮らす単身世帯となることが予測されている1)。高齢者自身にとっては突然の体調不良やケガ・事故への不安が1人で暮らしているほど大きく,他方,離れて暮らす家族にとってはその当人以上に心配の種でもある。高齢者が住み慣れた場所でいつまでも元気に暮らせる,また離れて暮らす家族も安心して見守れる,そのような見守りサービスの実現をめざし,日立グローバルライフソリューションズ株式会社(以下,「日立GLS」と記す。)は,生活者のセンシングデータを活用した単身高齢者向け見守りサービス「ドシテル」を開発した。
本稿では,「ドシテル」の機能とセンシングデータの活用による生活者のQoL(Quality of Life)向上への取り組みについて述べる。
開発当初,見守られる側である70歳代以上の単身で暮らす高齢者数名,また離れて暮らす単身の親がいる息子・娘世代数名(40歳代後半〜50歳代)を対象にインタビューを実施した。
その結果,息子・娘世代の多くは,「今は元気だけど離れて暮らしているので心配」,「気になったときにすぐ様子を知りたい」,「定期的に電話をしているが,忙しく時間がとれないこともある」と回答したのに対し,単身で暮らす高齢者は「子どもの迷惑になりたくない」,「自由気ままに暮らしたい」,「カメラなどで見張られるのは嫌だ」,「まだ元気だから見守りなどは必要ない」と,相反するものがあった。この両者の感情のギャップがあるがゆえ,対策できずにいる現状がある。
このインタビューから息子・娘世代(見守る方)は,単なる心配だけではなく,裏側に「後ろめたさ」や「罪悪感」に似た感情があることが分かった。こうした感情に加えて,親側が持つネガティブイメージを和らげ受け入れてもらうにはどうしたらよいかを検討した結果,現在の様子をいつでも知ることができ,かつプライバシーに配慮しながら暮らしぶりがイメージできるもの,そのような「さりげなく寄り添える見守り」の実現をめざした。
そこでわれわれが考案したのが,高齢者の活動量を測定する活動センサーを使った見守りとその解析システムである。活動量に応じ想定される動きを解析し,アバターによるアニメーションを表示する。実際の人体や部屋の様子の画像ではないので,プライバシーにも配慮した見守りサ−ビスである。
単身高齢者の部屋の壁に設置する活動センサー※1)は,1分に1回の高頻度で在室状況や活動量※2)を検知※3)し,無線LAN(Local Area Network)ルータを通じて,サーバに情報を蓄積する(図1参照)。離れて暮らす家族は,専用のスマートフォンアプリ※4)を通じて,単身高齢者の現在の様子をいつでも確認できる(図2参照)。活動量の多さ・少なさを検知しているので,例えば,部屋を移動したりすると活動量「多」として歩行するアバターが表示され,逆にソファに座ってテレビを視聴していると,活動量「少」として座った状態のアバターが表示され,「じっとしている」のが分かる。これが当サービスの特長の一つである。映像を使わないのでプライバシーにも配慮することができ,また検知した情報を蓄積するサーバは外部からの不正アクセス防止の対策を実施し,厳密なセキュリティ管理を行う。
活動センサーが検知した単身高齢者の情報をサーバに蓄積しており,離れて暮らす家族は専用のスマートフォンアプリを通じて,生活リズム・活動量・睡眠時間※5)の履歴を簡単に確認できる(図3左参照)。これらの履歴から,活動状態の変化に気付ける。変化を感じた際には,電話や訪問により状態を確認することができるので,家族が単身高齢者にこれまで以上に寄り添えるようになる。
不在や静止状態が一定時間継続した場合などには,家族に異変を通知する機能も備えている。前の晩から朝になっても一度もリビング(活動センサーが設置されている部屋)へ入室していない場合はスマートフォンに通知する(図3右参照)。通信先は1人の高齢者(見守られる方)に対し,最大5人まで登録が可能なため,夫婦や兄弟など家族みんなで見守ることができる。また,無線LANルータをレンタルにて通信費用込みで提供する(2019年6月現在)。それにより,インターネット環境がないことが多い高齢者の導入負担も低減すると同時に,通信環境の不具合やセキュリティ面においてもサービス品質の維持を図ることができる。
2019年2月より,地域や対象者を限定した先行サービスを実施した。そこで機能確認を目的としたユーザー十数名より声を聞いた。
まず高齢者にとっての「見守りサービス」への抵抗感についてである。「当初,『見守り』について親は不安に感じていたが,アバター表示を見てこれならプライバシーも心配ない」という声があり,不安が解消されていることが分かった。一方,見守る側,子世帯からは「通勤時などふと気になったときにスマートフォンで確認できる即時性」や「生活リズムから親の暮らしぶりが分かり安心感を得ている」という声もあった。
また,在宅状況が分かるので電話をするタイミングが分かる点も評価されている。一部のユーザーには,同居している人もいるが,仕事で不在になる「日中独居」という利用シーンでも同様の不安解消につながっているという成果が出ている。
「ドシテル」のセンシングデータは家の中での「直接行動に基づく」,「点ではない線」という言わば生活データである。引きこもりがちなのか,外出が多いのか,早起きなのか,夜更かしなのか。生活リズムを週,月,年単位で見える化できる「ドシテル」の機能を使うことで,将来介護が必要になったときに個人に適した在宅介護サービスや認知症予防へつなげていけないかと考える。また,他社見守りサービスの補完や,孤独死対策,地域包括ケアサービスなど社会課題解決に生活データの活用を展開していく。
さらに,センシングにより取得した生活データをスマートライフサービスプラットフォームに蓄積することで(図4参照),プロダクト事業においては蓄積された解析データをコネクテッド家電※6)などの新商品開発に生かすことができる。家電という生活者とのタッチポイントにより,生活に密着した家事や食生活のサポートから新たな付加価値を提案していく。
サービス事業においては,お客さまの生活課題を解決するような新たなスマートライフサービス開発に生かす。
加えて,ビジネスパートナーとの連携による事業領域拡大も視野に入れていく。取得した解析データは介護業界,住宅業界,保険業界,また家事代行や食品宅配サービスなど生活者を取り巻く課題を解決する業界,サービスと相互利用しながら,新たな家庭向けサービスを開発していくことで,ビジネス協創に発展させていく。
図4|日立スマートライフサービスプラットフォームの概要図生活者宅のセンシングにより取得した生活データをスマートライフサービスプラットフォームに蓄積することで,新商品開発や新たなサービス開発に生かし,ビジネス協創し発展させていくことを示す。
日立GLSの見守りコンセプト「さりげない見守り」は,いつでも見守る方が寄り添えるサービスの提供である。一方,一人で暮らす親にとってはメール一文,短時間の電話でも嬉しいものであるが,日々忙しい子世代にとっては,それが分かっていてもできない現状がある。離れて暮らす子が日常の生活の中で親を想ったときに心の中に発する言葉「どうしてるかな?」からつけたサービスの名称が「ドシテル」である。この「ドシテル」が親子のコミュニケーションのきっかけとなることを望んでいる。
これからも,直接お客さまに近いところで常に耳を傾け,魅力ある機能を拡充し,継続的かつより付加価値の高いサービスを提供していく所存である。
今後は,「ドシテル」のサービスで得た経験を生かし,お客さまひとりひとりの感情に寄り添いながら,生活課題を解決するスマートライフ事業のビジネス基盤構築を進めていく。