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社会インフラを支える基幹系ユーティリティ・プロダクト

安全性とライフサイクルコスト低減に寄与するコネクテッドクレーン・ホイスト

ハイライト

昨今,IoTの進展によりすべてのモノと人がつながるデジタル世界が形成され,データアナリティクスやAIが活躍する第四次産業革命に向けたビジネスの変革が始まっている。人々のニーズが「モノ」から「コト」へシフトする中,製造業を取り巻く環境も変化しつつある。

工場などで使用される天井クレーンにおいては,従来,熟練者が経験と勘によって複数のKPIを考慮しつつオペレーションを行っていたが,今後はサイバー空間とフィジカル空間を融合させたCPSのアプローチを用いることで,AIがオペレーションスキルを自動的に獲得し,人のオペレーションを支援することが可能となる。本稿では,天井クレーンに関する日立の取り組みとして,AIを活用した独自技術や安全・安心の実現,ライフサイクルコスト低減に向けたデジタルソリューション技術について紹介する。

目次

執筆者紹介

川尻 栄作Kawajiri Eisaku

  • 株式会社日立プラントメカニクス 開発統括センタ 所属
  • 現在,クレーンの開発に従事
  • 一般社団法人日本クレーン協会オブザーバ
  • 一般社団法人日本機械工業連合会委員

久恒 一修Hisatsune Kazunobu

  • 株式会社日立産機システム 事業統括本部 省力システム事業部 ホイスト設計部 所属
  • 現在,ホイスト・モートルブロック(電気チェーンブロック)・クレーンサドルの設計取りまとめに従事

1. はじめに

図1|クラブトロリ式天井クレーンとホイスト式天井クレーンクラブトロリ式天井クレーンおよびホイスト式天井クレーンの形状を示す。

工場内などで重量物を運搬するクレーンは,鉄鋼,自動車,電力,ごみ処理など,多くの分野で活用されている。フォークリフトやコンベヤによる地上での運搬には制約も多いが,クレーンの場合は建屋の広い空間を最大限利用して重量物を運搬することが可能である。最も一般的に使用されているクレーンに天井クレーンがあり,クラブトロリ式とホイスト式に分類される(図1参照)。クラブトロリ式はクラブフレームに巻上装置および横行装置を備えており,クレーンガーダの2本のレールの上をクラブトロリが横行する。これに対し,ホイスト式は巻上装置に電気ホイスト(電動機,減速装置,ドラムなどを小形にまとめ,一つのケーシングに収めた巻上機)を使用して横行するものである。

現在,こうしたクレーンやホイストのオペレーションの現場では,熟練技術者・操作者の減少に起因するクレーン搬送時の吊荷による挟まれ,玉掛不良による吊荷の落下などが発生しており,クレーンに関連する死亡事故の70%以上を占めるなど,その対策が急務となっている1)。一方,会社の業績向上・成長に結びつく生産性向上の要求も高まっている。そこで,日立が取り組んでいるクレーンの安全に関するAI(Artificial Intelligence)・画像処理技術,クレーン制御装置の心臓部であるインバータの故障を未然に防ぐ予兆診断技術,ホイストの操作における事故防止技術を紹介する。また,クレーン据付時のトルクをデジタル管理することで品質を向上し,ロスコストを最小化することで生産性向上に貢献するシステムについても紹介する。

2. 日立天井クレーン

2.1 安全運転支援機能

日本においては,2018年2月,労働災害の低減および安心して健康的に働くことができる職場の実現に向けて,厚生労働省が第13次労働災害防止計画を策定した。クレーンに対しても,本計画の推進および技術革新に対応するべく,信頼性の高い自動制御装置によって機械などを監視・制御する安全方策の普及が求められている。また,クレーン作業の熟練技術者が減少しつつあり,技能の伝承や労働力不足も問題となっている。現在,株式会社日立プラントメカニクスが開発中の安全運転支援機能※1)では,天井クレーンに搭載したカメラを用いて作業者の位置を検知し,LIDAR※2)(Laser Imaging Detection and Ranging)を用いて算出した吊荷対象物の形状を基に,AIを活用した独自の画像処理技術を用いて,作業者と吊荷までの距離や危険度を自動的に判断する。これにより,巻き上げ運転時に人が吊荷から一定以上離れたことを確認できるほか,クレーン走行経路上に人を検知すると減速・停止や音声アナウンスを行い,吊荷との衝突事故防止を図ることができる。また,吊荷対象物の高さや振れた角度を測定することで天井クレーン振れ止め制御機能を向上し,さらには,LIDARによって生成した地上設備の立体的な3D電子地図をリアルタイムに更新することで,タクトタイムを短縮し,生産性向上・クレーンのオペレーションの最適化を実現する。図2にシステム構成図,表1に天井クレーンの仕様を示す。

※1)
国土交通省が進めている先進安全自動車の基本理念と同様に運転手の意思を尊重し,運転手の安全運転を支援するもの。
※2)
反射光から対象の距離や方向を測定する装置。

表1|天井クレーンの仕様天井クレーンの基本仕様および安全運転支援機能・インバータ故障予兆診断機能の仕様を示す。

図2|安全運転支援機能のシステム構成図クレーンに搭載したカメラとLIDARから取得したデータを基に,AIを活用した独自の画像認識技術で作業者と吊荷対象物までの距離などから危険度を算出し,減速・停止や音声アナウンスを行うことで事故の防止に貢献する。

2.2 インバータ故障予兆診断機能

図3|インバータブロック図(IGBT部)インバータの基本構成を示す。

クレーンには,モータを可変速に駆動させる制御装置としてインバータが用いられている。しかし,インバータ駆動部のIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor:絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)のパワーサイクル寿命によって突然故障が発生するケースが多く,修理を行うまでクレーンが使用できなくなることで,操業に悪影響を与えることが課題であった。また,予備のインバータを購入していた場合でも,構成部品である電解コンデンサなどの経年劣化により,いざというときに正常に動作しないことも問題となっていた。そこで今回,IGBT劣化時のVCE電圧(コレクタ−エミッタ間電圧)の変化に相当する部分に着目し,新品のインバータの場合と経年劣化したインバータの場合の差分を計測し,独自のシミュレーションを行うことで寿命予測を可能にする。これにより,インバータのIGBTの故障予兆診断が可能になり,クレーンの安定稼働に加え,IGBTが故障する前の最適なタイミングでインバータを交換することにより,突然の故障による機会損失をなくし,ライフサイクルコスト低減をねらう。図3にIGBT部のインバータブロック図を示す。

3. ホイストの安全機能向上

前述のとおり,従来,クレーン・ホイスト作業における搬送時の吊荷による挟まれ,玉掛不良による吊荷の落下に起因する災害がクレーンによる死亡事故の70%以上を占め,問題となっていた。今回,荷振れ抑制機能,地切り操作補助機能によって安全性を向上させた,SuperV4インバータホイストを2017年9月に発売したので紹介する。

3.1 荷振れ抑制機能(標準搭載)

図4|荷振れ抑制のイメージ図自動追いノッチ制御により, 搬送中および停止後の荷振れ量をさらに低減する。

図5|荷振れ抑制シミュレーションの結果インバータホイストでは,荷振れ制御なしの場合,2秒間の加減速制御を行う。一方,荷振れ抑制あり(従来設計,改良設計)の場合は,自動追いノッチ機能により荷振れ量が低減する反面,荷振れ抑制なしの場合に対し停止距離が大きくなる。
改良設計では設計パラメータを変更することで,停止距離の低減を図っている。

日立プラントメカニクス製天井クレーンに搭載の振れ止め制御機能のFF(Feed-forward)制御を技術提携によって改良し,ホイスト専用の荷振れ抑制機能を開発した。

吊荷搬送において,搬送開始時・停止時は吊荷の慣性により荷振れが発生するが,吊荷の振れ方によって操作者が後追い操作(追いノッチ操作)を行うことで,荷振れを抑制することができる。ただし,この操作は熟練を要し,未習熟者には対応が困難であった。しかし,今回搭載の荷振れ抑制機能を用いることで,自動追いノッチ操作機能により未習熟者でも荷振れを抑制できるほか,作業時間の短縮を図ることができる。図4に荷振れ抑制機能の概念を,図5に荷振れ抑制シミュレーションの結果を示す。荷振れ抑制機能の主な特徴は,以下のとおりである。

  1. 振り子長さ(ホイストと吊荷までの距離)と入力された搬送速度指令により荷振れを起こさない搬送速度を算出し,指令を行うFF制御を採用した。そのため,FB(Feed-back)制御で使用する荷振れ観測のためのセンサー,カメラなどが不要である。
  2. 自動追いノッチ制御により,搬送中および停止後の荷振れ量を日立インバータホイスト(荷振れ抑制制御なし)との比較で1/4以下に低減する。
  3. 速度指令値追従性能の設計改良により,荷振れ抑制制御系の応答性を向上させ,改良前に対し,停止操作後の荷の行き過ぎ(停止距離差)を低減する。

3.2 地切り操作補助機能(標準搭載)

図6|地切り操作補助機能イメージ図日立インバータホイストは,地切り動作を検出すると自動的に巻上動作を停止させ,玉掛状態の確認を促すことで安全性を向上する。

地切りとは巻上により荷を地面(床上)から離す動作であり,地切りした後,地面から10〜20 cmの高さで巻き上げを停止し,荷の振れや傾きがないかなど全般的な安定を確認した後,安全な高さまで巻上して搬送を開始することが定められている。

万一この動作を怠り,地切り後に停止させることなく搬送高さまで巻上を行うと,荷崩れを起こし,吊荷の落下事故につながる危険性がある。そこで,地切り状態を検出すると,自動的に巻上動作を一旦停止させ,玉掛状態の確認を促すことで安全性の向上を図る。図6に地切り操作補助機能イメージ図を示す。主な特徴は,以下のとおりである。

  1. 低速(定格速度の1/10)で巻上し,吊荷の負荷を受ける地切り直後のモータ回転速度低下を検出し,地切りと判断すると床上から約10 cmで自動的に停止する。
  2. 定格荷重の10%以上の吊荷で地切り検出が可能である。
  3. 安全確認時間(標準設定は3秒)以上無操作の場合,再度巻上動作を許可する。

4. クレーン据付・取付ボルトのトルク管理システム

図7|トルク管理システムの運用イメージトルク管理の作業手順を示す。

現在,クレーンの据付作業現場はグローバル化が進んでおり,作業者の多様化に伴い,データ活用による効率化が求められている。一方,団塊の世代の退職により熟練者不足や後継者不足の問題も浮き彫りとなっている。そこで,クレーン据付・取付ボルトのトルク管理システムを京都機械工具株式会社と共同で開発した。開発した主な機能は,以下のとおりである。

  1. ボルトなどの締付トルクのデジタル表示
  2. ボルトの緩み・締め忘れ防止
  3. 属人化作業の定量化
  4. 作業記録のPCやサーバ上でのデータ管理
  5. トレーサビリティ

これによって品質管理を改善し,ロスコストの最小化による生産性向上に貢献可能なシステムを構築した。

クレーン据付・取付ボルトのトルク管理システムを導入にするに当たっては,作業者および現場監督者の効率向上・負荷低減を目的としたシステム構築をめざした。このため,事前に現場監督者にヒアリングを行い,現場作業フローの確認を実施した結果,今までチェックシートを出力して行っていた締付確認作業,および事務所に設置したPC上のフォーマットへの確認結果の入力作業を,タブレットによって一元管理することが可能であると判明し,図7に示すトルク管理システムの原案となった。作業の手順は,以下のとおりである。

  1. 部品表システムから出力されたCSV(Comma-separated Values)を表計算ソフトウェアに取り込む。取り込み完了と同時にトルクの上下限値がセットされる。
  2. 作成したCSV出力データをタブレットに取り込む。
  3. タブレットPC上の作業者用画面を選択し,作業者に締付作業の指示を行う。作業指示と同時にタブレットPCから工具に締付トルクの上下限値が送信される。
  4. 工具で該当ボルトを締め付ける。
  5. 締付作業ごとに工具からタブレットPCに締付情報が送信され,トルク値が上下限内に入っていれば残本数が減算される。
  6. 締付作業終了時にタブレットPCの画面を管理者用に切り替え,残本数がゼロになっている項目をタッチし,確認ボタンを押すことで,画面上の合否欄に「OK」の文字列とともに確認日が表示される。
  7. 事務所に戻り,タブレットPCからCSVデータを出力する。
  8. PC上にデータを取り込み,作業結果を確認する。

また,今回のシステムでは,複数の作業員が現場で同時に作業を行っても,現場監督者が一元管理することが可能となっている。

5. おわりに

図8|Lumadaを活用した製造現場改革のイメージサイバー空間において,顧客から求められるKPI(Key Performance Indicator)に対する最適解をAIの強化学習とシミュレーションを用いて導き出し,フィジカル空間で最適解によるオペレーションを実現する。

日本では,政府が掲げる人間中心の超スマート社会Society 5.0の実現に向けてデジタル化が進んでいる。あらゆる「モノ」がインターネットに接続する社会では,セキュリティを確保しつつ,従来の個別最適化から全体最適化へ移行することが求められている。こうしたシステムの事例として,現在,サイバー空間とフィジカル空間を融合させたCPS(Cyber Physical System)のアプローチを用いて顧客の課題を解決する取り組みが進められている2)。この取り組みでは,サイバー空間において顧客から求められるKPI(Key Performance Indicator)に対する最適解をAIの強化学習とシミュレーションを用いて導き出し,フィジカル空間で最適解によるオペレーションを実現する。さらにフィジカル空間で得られたデータを再度サイバー空間に戻し,強化学習することで,常にブラッシュアップされた全体最適を求める仕組みを実現する。Society 5.0の実現に向けた取り組みの一つとして,日立は,デジタルイノベーションを加速するソリューション「Lumada」を提供している(図8参照)。今後,さまざまな顧客との協創を通じて,これらの技術をクレーンと連携するオペレーションの支援に活用し,Lumadaソリューションの一つとして提供することをめざしていく。

参考文献など

1)
一般社団法人日本クレーン協会:クレーンの災害事例
2)
寺本やえみ,外:業務現場シミュレーションを用いた強化学習による意思決定支援,シミュレーション,Vol.37,No.4,pp.248-254(2018.12)
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