原子力分野における日立の取り組み
日立GEニュークリア・エナジー株式会社は,初期投資リスクの低減,長期的な安定電源の確保,放射性廃棄物の有害度低減の実現を原子力ビジョンとして掲げており,これらを実現する新型炉として,小型軽水炉BWRX-300,軽水冷却高速炉RBWR,小型液体金属冷却高速炉PRISMの,三つの新型炉を開発中である。BWRX-300は徹底的な簡素化による安全性と経済性の両立,RBWRは実績豊富な軽水冷却技術による高速炉の実現,PRISMは革新的技術の採用による高い固有安全性と経済性の両立という特長を有する。今後,グローバルなエネルギー問題への解決策を提供するため技術開発を実施し,これら三つの炉型を早期に実用化していく予定である。
図1|日立の原子力ビジョンと開発戦略BWR建設経験と燃料サイクル技術を基に,初期投資リスク低減,長期的な安定電源,放射能有害度低減を実現する新型炉を国際的なオープンイノベーションを通じて共同開発している。
日立GEニュークリア・エナジー株式会社(以下,「日立GE」と記す。)では,BWR(Boiling Water Reactor:沸騰水型軽水炉)建設経験と燃料サイクル技術を基に,小型化・簡素化により安全性と経済性の両立をめざした次世代小型軽水炉BWRX-300,実績豊富な軽水冷却技術を用いた高速炉RBWR(Resource-renewable BWR:資源再利用型BWR),固有安全性を有する金属燃料を採用した小型液体金属冷却高速炉PRISM(Power Reactor Innovative Small Module:革新的小型モジュール原子炉)の三つの炉型について,オープンイノベーションを活用した国際共同開発を進めている(図1参照)。
本稿では,これら三つの炉型の特長や実用化に向けた技術開発について述べる。
安全でクリーンな原子力発電が今後の世界市場で競争力を高めるには,資本費を低減するとともに,ガスコンバインドサイクル発電(火力発電)など他の電源と同等以下の発電コストを実現し,資本リスクを低減する必要がある。こうした中,経済性が高い小型原子炉のニーズが高まっており,日立GEは米国のGE Hitachi Nuclear Energy(以下,「GEH」と記す。)社と協調し,高度な安全性を維持したうえで経済性を向上した,次世代小型軽水炉の日米共同開発を進めている。
図2|次世代小型軽水炉BWRX-300の概略図と主な仕様次世代小型軽水炉BWRX-300は,簡素かつ小型の原子炉格納容器を持ち,それを地下に埋設することでテロなどを含む外的事象への耐性も強化している。安全系は,動作に交流電源を必要としない静的安全系で構成される。
BWRX-300の概念図と主な仕様を図2に示す。BWRX-300は,電気出力300 MWe級の小型BWRである。BWRは,原子炉で発生した蒸気を直接タービンに送るシンプルな直接サイクル型の原子炉である。初期型BWR(BWR-2〜6)では再循環ループを原子炉圧力容器の外に設けていたが,ABWR(Advanced BWR)で原子炉直付けの再循環ポンプを採用して簡素化したのに続き,SBWR(Simplified BWR)・ESBWR(Economic SBWR)では自然循環のみで炉心を冷却できる方式とした。BWRX-300は,このようなBWR開発の歴史の中で10番目に開発されたことから,ローマ数字で10を意味する「X」を用いて「BWRX」と名付けられた。BWRX-300では,プラントシステムのさらなる簡素化を目的として,原子炉一次冷却材圧力バウンダリの信頼性を高め,原子炉で想定される主要な事故であるLOCA(Loss of Coolant Accident:冷却材喪失事故)の発生確率を徹底的に低減する革新的な概念を採用した。この結果,安全性を高めつつ,非常用炉心冷却系ポンプなどの大型機器を削減するとともに,原子炉建屋および原子炉格納容器を大幅に小型化し,出力当たりの原子炉建屋物量を大型原子炉の半分程度に削減できる見通しである。プラントシステムの簡素化は機器点数削減による信頼性の向上や,廃炉時の廃棄物量の低減にもつながる。原子炉系のほとんどの機器に実績のある技術を採用することで,開発リスクおよび許認可リスクを最小化し,早期の市場投入をねらう。主要な開発項目は,原子炉一次冷却材圧力バウンダリの高信頼化技術である。
近年の大型炉建設においては,長期間にわたる建設工事が建設費の増加を招き,建設リスク増加の要因の一つとなっている。BWRX-300では,モジュール化率を向上させた工場完成型一体据付建設手法による建設リスクの低減といった小型炉特有のメリットを追求するほか,周辺機器や工法には先進的な一般産業技術を積極的に採用し,建設工期の短縮や費用の低減を図る。
安全性や社会的受容性の観点から,新たなメリットも検討する予定である。一例として,出力規模を抑えることで炉内の放射性物質の量そのものを減少させつつ,静的安全系採用による電源不要の長期冷却などの特長を生かして,EPZ(Emergency Planning Zone:緊急時計画区域)縮小について検討する計画がある。
BWRX-300のプラントコンセプトを実現するため,以下に示す技術開発を実施する計画である。
今後,2020年度内を目標に概念設計を完了させる。その後は米国での先行安全審査,実証試験,サイト選定を進め,2030年頃に北米での初号機運転開始をめざす。また,並行して国内,欧米諸国のプロジェクトに参画し,BWRX-300の市場開拓を進めていく。
RBWRは,資源の有効利用と使用済み燃料の環境負荷低減に寄与することを意図した炉である。燃料棒を密に配置するとともに,原子炉内で冷却水が沸騰するBWRの特長を活用し,冷却水との衝突による中性子の減速を抑制してエネルギーを従来BWRよりも高めることで,使用済み燃料に含まれ,放射能が長期間減衰しない要因となっているプルトニウムやマイナーアクチニドなどの超ウラン元素(TRU:Trans-uranium)を燃料として再利用することを可能とする。
RBWRの概要を図3に示す1)。炉心部はTRU燃焼に最適な構成に変更するものの,炉心以外のタービン系や安全システムなどには商用実績のある現行のBWR技術を適用する。一般的に,RBWRのように高いエネルギーの中性子を利用してTRU燃焼を図る原子炉の課題の一つは,出力上昇時に冷却材中のボイド(気泡)率が増加することにより炉の出力が下がる,フィードバック効果(負のボイド反応度係数)が働きにくくなることである。RBWRはTRUを上下2領域に扁(へん)平に配置し,出力上昇時に冷却材中のボイド率が増加したときの中性子漏れを増やすことで負のボイド反応度係数を実現する。このような原子炉内の挙動を詳細に評価するため,日立は日英米の研究機関と連携して炉心解析手法の高度化と適用性確認に取り組んでいる2),3),4)。
RBWRにおいては社会的な要請に応えつつ,燃料サイクル技術開発の進展に合わせて段階的に開発を進めていく計画である。そのため,稠(ちゅう)密燃料を現行BWRに適用し,プルトニウムを柔軟な計画で利用できるRBWRの開発に着手した。図4にRBWRの導入コンセプトを示す。四角格子RBWRは,既設BWRの燃料集合体,制御棒など,取り替えや追加が容易なコンポーネントの交換・設置のみで実現する。また,現在の再処理およびMOX(Mixed Oxide)燃料製造技術の利用を想定している。四角格子RBWRにより,プルトニウムを消費しつつも,使用済み燃料中に残されるプルトニウムの核分裂性同位体の割合を従来プルサーマル方式よりも高め,将来のリサイクル利用を容易にして資源の有効利用に寄与する。このように,軽水炉での稠密燃料や高いエネルギーの中性子利用を段階的に実証することで早期実用化し,燃料サイクルの推進に寄与しつつ,再処理や燃料製造技術などの進展に合わせて資源持続性に優れた六角格子RBWRを実用化していくねらいである。
図5|標準的な原子炉モジュールの概念図PRISMでは,標準的には2基の原子炉モジュールと1基のタービン設備により1組のパワーブロックが構成される。
図6|RVACSの概念図RVACSは安全容器の外側から空気の自然循環によって炉心崩壊熱を除去するシステムであり,異常時においても外部電源と運転操作を必要とせずに炉心を冷却できる受動的安全系設備である。
軽水炉による原子力発電が実用化された一方,将来の資源持続性の観点から,燃料となる核分裂性物質を消費しながら生成する高速炉技術は燃料組成の柔軟性が高く,各国で開発が進められている。PRISMの最初の設計は1980年代にGeneral Electric(GE)社により行われ,現在はGEH社により開発が継続されている。事故時に長期間の炉心冷却能力が必要な崩壊熱除去系に採用されている重要な技術である受動的安全系設備 RVACS(Reactor Vessel Auxiliary Cooling System:原子炉容器補助冷却システム)は,電源および運転操作を必要とせず,金属燃料を採用することで高い固有安全性・信頼性を有し,初期投資を抑制できる小型モジュールナトリウム冷却高速炉を実現している。単一の原子炉モジュールの電気出力は標準で311 MWe※)であり,設置する原子炉モジュールの数によって柔軟な発電プラント構成を可能としている。図5に原子炉モジュールの概念図を示す。日立GEは2018年12月に経済産業省により策定された高速炉開発ロードマップの高速炉導入方針に従い,経済性と安全性を兼ね備えたPRISMを2040年代に日本へ導入することを目標としている。
RVACSは,格納容器の外側から空気の自然循環によって炉心崩壊熱を除去するシステムである。図6にRVACSの概念を示す。空気はスタックから原子炉建屋内に引き込まれ,格納容器を冷却した後に加熱された空気が放出される。RVACSは外部電源を必要としない受動的なシステムであり,異常時に炉内ナトリウム温度が上昇し,炉容器内壁側に高温ナトリウムがオーバーフローすると,高温ナトリウムの温度に応じて除熱量が増大する。このため,RVACSの起動に運転員による操作は不要である。
PRISMで採用されている金属燃料(U-Pu-Zr三元系合金燃料)の物理的・化学的特性上の特長は,高燃料密度,高熱伝導度,低比熱,高熱膨張率,冷却材であるナトリウムとの良好な共存性である。このため,高い増殖性,高次アクチニド生成抑制・燃焼特性,冷却材・燃料温度上昇に伴う負の反応度特性を有するほか,燃料ピン内の温度分布が平坦である,酸化物燃料と比較して定常および異常時の温度が低い,炉心に蓄えられている熱エネルギーが少ないなど,多くの経済性・安全性上の利点がある。過去に米国の実験炉EBR-II(Experimental Breeder Reactor II)において事故時を模擬した試験が行われた際にも,金属燃料の安全上の利点により,安全設備に頼らず異常状態が収束する結果が得られている。
今後の導入・開発計画としては,国内導入のフィージビリティスタディとして,開発元のGEH社と協力し,2020年から2021年にかけて国内導入時に想定される規制要件への適合性検討および導入シナリオ,技術的特長であるRVACSと金属燃料の安全性について検討し,2023年までに実証試験計画の立案を実施する。その後,実証試験,詳細設計,許認可を経て2040年代の導入をめざしていく。
日立GEは,初期投資リスクの低減,長期的な安定電源の確保,放射性廃棄物の有害度低減を実現するため,BWRX-300,RBWR,PRISMの三つの新型炉について,オープンイノベーションを活用した国際共同開発を進めている。今後も,原子力政策の反映,ユーザー意見の取り込みなど,社会的受容性を高め,クリーンエネルギーへの投資喚起を念頭に技術開発を実施し,これらの炉型を早期に実用化していく予定である。