日立評論

マテリアルズインフォマティクスを適用した材料開発ソリューションと今後の展望

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ハイライト

従来,研究者の勘や経験,膨大な実験回数で築かれてきた材料開発を,多様な材料データから材料開発の指針を見いだすマテリアルズインフォマティクス(MI)という手法が大きく変えようとしている。国内外で素材産業の研究開発部門がMI導入を本格的に進めており,新規市場形成および成長が進行している。

日立は,グローバルな材料開発競争の激化を見越し,MIを用いた材料開発の導入をめざす民間の素材産業に対して,MIを適用した「材料開発ソリューション」を2017年11月から提供開始している。本稿では,その現状と今後このソリューションに期待される展望を述べる。

目次

執筆者紹介

森田 秀和Morita Hidekazu

森田 秀和 / Morita Hidekazu

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 公共システム事業部 デジタルソリューション推進部 所属
  • 現在,産官学連携のデジタルソリューションの開発・デリバリに従事

1. はじめに

材料開発のグローバルな競争が激化し,より短期間・低コストでの材料開発が課題となっている。この課題に対し,日立は多様な材料データから材料開発の指針を見いだすマテリアルズインフォマティクス(MI:Materials Informatics)を適用した材料開発ソリューション1)を素材産業向けに提供中である。材料開発ソリューションでは,データベース,機械学習,AI(Artificial Intelligence)などを活用し,効率的な材料選定および性能検証を実現する短期間・低コストでの材料開発を支援している。本ソリューションを提供開始しておよそ2年半が経過し,ソリューションの現状と今後市場から期待される展望を述べる。

2. 材料開発ソリューション

図1|材料開発ソリューションのサービス 図1|材料開発ソリューションのサービス 材料データ分析支援サービス,材料データ分析環境提供サービスが主なサービス内容である。材料データ分析支援サービスを用いて効果検証後,材料データ分析環境提供サービスを利用する顧客が多い。

素材産業にとって材料開発は企業競争力の源泉である。近年は国際的にも開発競争が激化しており,より短期間・低コストでの材料開発が,企業のみならず国を挙げた重要な課題となっている。

これまでの材料開発は,専門家の知見・経験や理論に基づき実験を繰り返す手法が一般的であった。しかし,専門家の知見・経験や理論を企業内で共有する仕組みづくりが十分でないことや,実験を繰り返すたびに期間やコストが膨らむことが大きな課題として存在していた。

また,近年,データベース,機械学習,AIなどを使用し,多様な材料データから材料開発の指針を見いだすMIが注目されているが,その活用にはMIを用いてデータ分析するデータサイエンティストの育成や,多様なデータ資産を管理・解析できるデータ解析基盤の構築に大きな投資が必要であることから,手軽に取り組むことができないことも課題の一つとなっている。

そこで日立は,これらの課題を解決するためにMIを適用した材料開発ソリューションを2017年11月から提供開始した2)。現在では,化学メーカーのR&D(Research and Development)部門を中心に24件31事例の導入実績(2019年12月時点)2),3)を有している。材料開発ソリューションの特長は以下の3点である。

  1. MIを適用した材料開発を本格導入する前に,PoC(Proof of Concept)で効果検証が可能
  2. 本格導入に向けたデータ解析基盤のプロトタイプ開発およびスモールスタートが可能
  3. 本格導入時にはスモールスタートからのスケールアップが可能

上記の流れで本格導入を行うため,パートナー企業はMIを用いた材料開発にデジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)する投資対効果の最大化が可能である。以下にPoCを行うための主なサービスメニューについて述べる(図1参照)。

2.1 材料データ分析支援サービス

図2|材料データ分析支援サービス 図2|材料データ分析支援サービス MI(Materials Informatics)を用いた材料開発に必要な「過去の実験結果の分析」および「実験計画の候補作成」を日立のMI専門家が代行して行う。

材料データ分析支援サービスは,日立がNDA(Non-disclosure Agreement:秘密保持契約)の下に各種材料データを預かり4),データベース,機械学習,AIなどを活用してデータ分析を代行し,分析結果をレポートするサービスである。MIを適用した材料開発において,何から手をつけたらよいかが分からない,データ分析できるデータサイエンティストを育成したい,日立とオープンなイノベーションパートナーとして取り組みたいなどの企業ニーズに応えている。サービス内容は以下のとおりである(図2参照)。

材料データ分析支援サービスでは,材料分野に特有の学術論文および特許といった文献データ,化学構造式データ,電子顕微鏡画像や放射光実験データ,加工時の圧力や温度センサーのデータなどの情報(材料パラメータ)を使用する。それらをMIを用いたデータ分析技術を有する材料特性予測プログラム「OEPP(Optimal Experiment Planning Program)」を用いて,材料特性を予測可能にする。ここで用いられるOEPPは過去の豊富な実績から確立されており,特長は以下の3点である。

  1. 無機材料・有機材料を問わず,パートナー企業が蓄積した材料実験データから材料特性を高精度に予測できる予測モデルを作成可能
  2. 材料特性の目標値を与えると目標に最も近い条件・実現値を改善しうる未探索条件を探査し,パートナー企業が望む実験条件候補を提示可能
  3. 目標物性の材料が生成可能と思われる化合物や実験条件の候補を効率的に生成・提示可能

材料特性が目標性能を達成できる可能性が高い候補に限定して実験的に検証することで,パートナー企業の実験の回数や所要時間,および材料開発にかかる時間とコストの削減を実現している。

2.2 材料データ分析環境提供サービス

材料データ分析環境提供サービスは,パートナー企業が多様な材料データをデータベース,機械学習,AIなどを使用して多角的に分析し,分析結果を三次元で可視化可能なデータ分析環境を利用できるサービスである。主体的にMIを適用した効率的な材料開発を進めたい,データサイエンティスト育成にかかるコストを圧縮したい,日立とのオープンイノベーションの枠組みでプラットフォームの一部として連携したいなどの企業ニーズに応えている。材料データ分析環境提供サービスは以下の点でパートナー企業から高い評価を得ている。

  1. クラウド(SaaS:Software as a Service)で利用できるためシステム導入にかかる期間とコストが削減可能
  2. クラウドにつながる環境とWebブラウザがあればデータ分析環境を利用できる手軽さ
  3. 材料データ分析支援サービスで開発した,パートナー企業の課題に適した機械学習プログラムおよび予測モデルを本環境上で利用可能
  4. Webブラウザ上で可視化機能を用いて材料特性の変化や知見を効率的に見いだすことが可能となり,データサイエンティスト間の円滑な情報共有に貢献
  5. 研究内容やデータ様式に合わせて環境をカスタマイズ可能

材料データ分析環境のトップ画面を図3に示す。直感的な操作でシステムが使えるように,ユーザーインタフェースを工夫した。材料データ分析環境を用いた可視化は地理空間情報システム(GIS:Geographic Information System)を活用して可能にした。GISは,一般的に地図情報などの広域の空間に分布するデータや図形を管理するために用いられているソフトウェアである。その画面のスクリーンショットを示す(図4参照)。ここで画面上に表示されている点一つひとつが多次元データであり,GISで画面上に表示するために多次元データを三次元データに次元圧縮を行っている。画面上でマウスによってクリックした点の多次元データを表示する属性値ダイアログなどのユーザーインタフェースを備えており,データサイエンティストは数値や化学構造式でデータを直感的に把握できるようになっている。

図3|材料データ分析環境 図3|材料データ分析環境 直感的な操作でシステムが使えるように,ユーザーインタフェースを工夫した。実際の画面と操作イメージは以下のURL(Uniform Resource Locator)で動画として公開している(https://youtu.be/AT6mSW9dm6A)。

図4|材料データ分析環境を用いた可視化 図4|材料データ分析環境を用いた可視化 分析結果(高次元データ)を目的変数の値の高低が視覚的に把握・理解しやすいように可視化可能である。

3. 今後の展望

材料開発ソリューションはパートナー企業とのオープンな協創により,素材分野における新たなイノベーション創生を加速するためのソリューションとして,今後もMI関連サービスを拡充・強化することで,パートナー企業の競争力向上に貢献していく。2020年度はパートナー企業から特に要望の強い以下の機能のエンハンスを中心に開発を推進していく予定である。

  1. 材料特性の目標値を与えると目標に最も近い条件・実現値を改善しうる未探索条件を探査し,パートナー企業が望む実験条件候補を提示する技術を強化するとともに,データ分析環境上で可視化機能を実装する。
  2. 論文や特許に対する文献データに対して,テキストマイニングを用いた予測モデルの構築技術を強化し,データ分析環境に実装する。
  3. 電子顕微鏡画像などの画像データに対し,CNN※)を中心とした画像解析を用いた予測モデルの構築技術を強化し,データ分析環境に実装する。
※)
Convolutional Neural Network(畳み込みニューラルネットワーク)の略で,AIが画像分析を行うための学習手法の一つ。

4. おわりに

2015年に国際連合で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)に代表されるように,社会の持続的発展に向けた課題解決のための活動が各国に求められ,日本では,政府が提唱するSociety 5.0の実現に向けた取り組みが進められている。その状況下で,材料開発ソリューションは素材分野を通じてQoL(Quality of Life)が高く,持続可能な人間中心の社会の実現にも貢献していく。そのためには,よりシームレスに材料データの収集・統合・分析・可視化を行えるデータ解析基盤の開発が必要である。今後も,パートナー企業のより早く,より抑えたコストでの材料開発を実現する課題に対し,先進的なMIを用いたデータ分析技術とMIに適したデータ管理技術を融合し,それらをクラウド基盤上で提供する仕組みを開発していくことで,パートナー企業の課題を解決し,社会のQoL向上に努めていく。

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