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ハイライト

昨今の新型コロナウイルスの感染拡大により,人々の社会的活動が大きく変化する状況において,企業も新たな価値観に基づく事業・サービスの展開が求められる。日立はこれまで,企業間にまたがるデータ連携による価値創造,ならびにそれを実現する技術について検討を重ねてきた。今回,KDDI株式会社,積水ハウス株式会社と検証を重ねた転居手続き簡略化に続き,異業種データのコラボレーションによる新たな価値創造を模索するためのコンソーシアム設立を起案し,参画した。これらの活動を通じて,「ニュー・ノーマル(新常態)」を見据えたテーマの検討・サービスの創出を推進している。

本稿では,情報連携検討を進める過程で創出された価値創造の事例と,それを実現するための企業間情報連携基盤の概要,ならびにそのベース技術であるブロックチェーンのエンタープライズ適用に向けたアプローチについて紹介する。

目次

執筆者紹介

蒲生 弘郷Gamo Hirosato

蒲生 弘郷 / Gamo Hirosato

齊藤 紳一郎Saito Shinichiro

齊藤 紳一郎 / Saito Shinichiro

  • 日立製作所 営業統括本部 社会プラットフォーム営業統括本部 第二営業本部 第一営業部 所属
  • 現在,エンタープライズ領域におけるブロックチェーンのビジネス適用の検討に従事
  • 一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム理事
  • BlockchainGIG#6

小池 泰輔Koike Daisuke

小池 泰輔 / Koike Daisuke

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 社会システム事業部 デジタルソリューション推進部 所属
  • 現在,ブロックチェーンを活用した企業間情報連携基盤の設計開発に従事

木下 雅文Kinoshita Masafumi

木下 雅文 / Kinoshita Masafumi

  • 日立製作所 研究開発グループ デジタルテクノロジーイノベーションセンタ コネクティビティ研究部 所属
  • 現在,ブロックチェーン,グローバルIoTプラットフォームの研究開発に従事
  • 博士(情報科学)
  • 電子情報通信学会会員
  • 情報処理学会会員

正村 雄介Shomura Yusuke

正村 雄介 / Shomura Yusuke

  • 日立製作所 研究開発グループ デジタルテクノロジーイノベーションセンタ コネクティビティ研究部 所属
  • 現在,IoT,ブロックチェーンの研究開発に従事
  • 博士(工学)

1. はじめに

図1|データ利活用における企業の理想と課題 図1|データ利活用における企業の理想と課題 自社データの整備は進んでいるものの,オープンイノベーションを起こすには足りない要素が多い。

ビジネスにおけるデータ利活用が活発化し,新たな企業価値や競争力を生み出すべく,多くの企業でデジタルトランスフォーメーション専門部署が設置され検討が活発化している1)。一方で,顧客ニーズが多様化し,一企業のデータやリソースだけでの価値創造は困難を極めていることから,企業間の垣根を越え社内外のデータやリソースを連携していくオープンイノベーションの発想が必要となる(図1参照)。しかし,自社保有データの整理,他社リソースの洗い出し,それらの保有企業へのコンタクトという難易度の高いプロセスが存在する。また,企業間での情報連携における安全性の担保やシステム間連携方式など考慮すべき点が多い。

これに対し日立は,オープンイノベーションに向けたビジネスアイデアの議論を加速する企業コンソーシアムの設立を起案し参画した2)。企業間での情報連携をAPI(Application Programming Interface)経由でセキュアかつ簡易に利用できる基盤技術を開発し,2020年度下半期からコンソーシアムへ提供することで,活動拡大に貢献していく予定である。

2. 企業間情報連携による価値創造事例

2.1 KDDI,積水ハウスと協創した賃貸契約の利便性向上

図2|賃貸物件内覧での検証 図2|賃貸物件内覧での検証 本人確認業務をキャリア会社のKYC情報を活用することで効率化する。スマートロックを活用すればスマートフォン端末から物件の予約が可能となり,不動産会社の職員が同伴しなくて済む「セルフ内覧」が実現可能である。

企業間情報連携による価値創造事例として,転居情報を活用した損害保険や固定通信,電気,ガスなどの契約手続きのワンストップ提供ビジネスがある。

従来の不動産業界における賃貸物件の契約では,引っ越し先を探すユーザーは街の店舗を訪問し,担当者立ち合いの下で内見を実施している。店舗窓口にて本人確認後,入居申込手続きをしており,顧客にも不動産会社にも非常に手間が大きく,繁忙期には業務の圧迫や接客の機会損失が発生する。このプロセスを効率化できれば,繁忙期の接客件数の向上や業務の省力化が見込める。

上記課題の改善のため,日立はKDDI株式会社,積水ハウス株式会社と共同で施策を検討し,2019年に実証実験を実施した3)。KDDIの持つ通信契約時の本人確認情報を顧客本人の同意の下,KDDIの携帯電話などのサービスブランドであるau※)の顧客情報と賃貸契約情報をセキュアに連携することで,賃貸物件内覧申込,入居申込手続きの情報入力,本人確認業務の簡素化が可能であることを確認した(図2参照)。

さらに,入居時に必要となる損害保険,電気,ガス,通信といったライフラインの申込手続きも,従来では引っ越しするユーザーが各サービス会社に連絡し,そのつど本人情報を伝える必要があったが,賃貸契約情報を連携することで簡略化できる可能性がある。

この構想に基づき,KDDI,積水ハウス,日立は新たな参画企業として損害保険,ガス会社を募り,不動産賃貸契約だけでなく,転居の際に発生する家財保険や生活インフラサービスにおける手続きの簡素化の共同検証を開始した4)

※)
auは,KDDI株式会社の登録商標である。

2.2 5G基地局拡大を支援する情報連携

図3|5G基地局拡大支援の概要 図3|5G基地局拡大支援の概要 オーナー情報を保有している不動産会社が本人許諾の下に通信会社に情報を連携する,もしくは交渉業務を代行することで基地局拡大業務の効率化が見込める。

日立が独自に可能性を模索している新たな事例として,不動産会社などと通信会社の情報連携による5G(5th Generation)基地局拡大業務支援がある。

国内通信事業各社は,2020年春より5Gサービスの商用化を,2023年度末までに通信事業4社合計で9万台超の基地局設置を計画している5)。基地局の設置には,設置用地に関する建築物件調査・建築許諾取得の難航,基地局設置工事の遅延などにより,多くの時間とコストが発生することが課題となっている。さらに,5Gで利用する基地局のセル半径は,電波特性の制約から既存の通信システムより非常に狭くなることもあり,エリア展開をしていくにはさらに多くの基地局設置が必要となる6)

従来,通信事業社は建物やオーナーの情報などは得られない状態で設置物件の調査を実施していたため,多大な時間と労力がかかっていたが,不動産業者と通信事業社間で,オーナー許諾の取れた不動産情報を連携することで,基地局設置業務の効率化,手続きの短縮化が見込める(図3参照)。5Gの早期普及は,政府の掲げる人間中心の超スマート社会Society 5.07)を実現するための喫緊の課題であり,日立は企業間情報連携基盤を通じて5Gの普及に貢献する。

3. 企業間情報連携基盤を実現する技術

3.1 企業間情報連携における課題

前章で述べた価値創造を実現するには,企業が容易に参加でき,安全・安心に情報連携する仕組みが必要となる。以下,情報連携における課題を示す。

  1. 複数の企業間におけるセキュアなデータ流通
    企業間で機微な情報を扱うためには,流通の過程でデータが改ざんされていないこと,不正アクセス防止,正規にアクセスしたときの透過性を備えたセキュアなデータ流通が大前提となる。特に,参加企業が増えた場合,N対Nの企業間でも担保されることが必須となる。
  2. プライバシー保護や個人情報保護法への準拠
    個人のプライバシーを保護するための暗号・匿名化とともに,個人情報保護法,GDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)などのデータ保護関連法令準拠に必要な,参照,削除,許諾や所有権の管理などの機能が必須となる。
  3. 企業が迅速に参加・コラボレーションできる接続性
    ビジネスを拡大させるためには,新規に参加する企業の技術的ハードルなどの敷居を下げ,迅速にコラボレーションを開始できる仕組み(接続性)が必要となる。
  4. 企業やサービスの増加に柔軟に対応できるスケーラビリティ
    参加企業やサービスが増大した際に,企業,データ,処理量などに応じてシステムのリソースを柔軟に拡張できるスケーラビリティが要求される。

以降では,各課題を解決する企業間情報連携基盤のアーキテクチャと実現方式について説明する。

3.2 企業間情報連携基盤の特徴

図4|企業間情報連携基盤の概要 図4|企業間情報連携基盤の概要 各ユーザーに対しAPIとブロックチェーン,オフチェーンを含むユーザー領域を提供する。

企業間情報連携基盤は,図4に示すとおり,データ流通のためのブロックチェーン基盤,個人情報や契約情報を格納するデータベース群(オフチェーン),および各企業をつなぐWebAPIを含んで構成する。その特徴を以下に示す。

  1. ブロックチェーンによるセキュアなデータ流通
    ブロックチェーンは,複数のノード間ですべてが取引データを共有し相互に合意を形成し承認することで,セキュアなデータ共有を実現する技術である8)。日立は,課題であったN対Nでの企業間におけるセキュアなデータ流通を実現するために,ブロックチェーンを採用した。企業間情報連携基盤では,ある企業から提供されたデータを他企業へ連携する際に,取引情報をブロックチェーンに記録する。また,ブロックチェーンをベースに,データの公開範囲や,公開したくない企業などを,後述するオフチェーンと連携し秘匿化したうえでデータを流通させることも可能である。さらに,ブロックチェーンの耐改ざん性と透明性は,確固たるエビデンスに基づいた公正な精算処理を可能にしている。
  2. プライバシー保護と個人情報保護法に準拠したオフチェーンデータ管理
    ブロックチェーンは,前述の耐改ざん性を備えるが,一度書き込んだ情報を消去できない特徴も持つ。これは,ブロックチェーン単体では,個人情報保護法やGDPRで求められている,本人の請求に応じて消去する要件9)に対応できないということである。また,情報開示先の企業であっても,機微なデータは暗号化・秘匿化が必要である。そこで,企業間情報連携基盤では,オフチェーンに暗号化・秘匿化した機微なデータを格納し,ブロックチェーン上ではその格納先だけを管理することで,上記の問題をクリアしている。
  3. ブロックチェーンを意識させないデータ連携API
    企業間情報連携基盤では,データ流通やサービスをブロックチェーン上のコード(スマートコントラクト)とオフチェーンの機能を組み合わせて実現している。しかし,参加企業にとってブロックチェーンを前提にした接続やサービス開発は技術的ハードルが高く,ビジネスをスケールさせるための妨げとなる10)。そこで,企業間情報連携基盤ではデータ連携APIを提供しており,利用者は規定されたインタフェースに従ってAPIを実行することで,ブロックチェーンを意識せずにセキュアな情報連携を容易に利用することが可能となる。
  4. コンテナ技術をベースとした柔軟性の高いサーバレスアーキテクチャ
    多くの企業やサービスを取り込む企業間での情報連携においては,高いスケーラビリティを持った柔軟なアーキテクチャが必要となる。企業間情報連携基盤では,ブロックチェーンノードの構築をはじめとした核心部分にはコンテナ技術を採用し,サーバレス化したアーキテクチャを実現している。仮想化技術を用いたサーバレス化は簡単かつ素早くシステムをスケールアウトでき,協賛企業増加やサービス拡張にリアルタイムに対応できる。従来のオンプレミス技術に対してノード・インフラ構築のコスト低減が可能であり,協賛企業のサービス利用コストを抑制することにも寄与する。また本技術の活用により,各企業に割り当てるリソースはセットで管理でき,迅速なサービス展開が可能となった。

4. おわりに

今回の事例のように,データ連携は企業をまたがる新たなサービスを創出する可能性を秘めており,これまでの活動の枠組みでビジネスの具体化に成功している。ブロックチェーンを活用する実稼働エンタープライズシステムも日本においては事例が少なく,多くの企業を巻き込んだこの取り組みは技術的にも先進事例となり得る。この活動は企業間情報連携推進コンソーシアムを通じ拡大予定であり,2020年度下半期を目途に企業間情報連携サービスの本格稼働を見据えている。企業間情報連携の取り組みに賛同している企業は2020年3月時点でも保険,ガス,電力,警備,広告業界など多岐にわたる。今後も日立は本技術を基に,社会インフラを担う協賛企業のイノベーションパートナーとしてビジネスに貢献し,本活動を拡大させていく予定である。

参考文献など

1)
独立行政法人情報処理推進機構,デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割のあり方に関する調査〜報告書本編〜(2019.5)(PDF形式、4.6Mバイト)
2)
異業種データの相互補完やサービス連携で,経済の発展と社会課題の解決を目指す企業間情報連携推進コンソーシアム「NEXCHAIN(ネクスチェーン)」会員企業の募集を開始(2020.6)(PDF形式、590kバイト)
3)
日立ニュースリリース,積水ハウス,KDDI,日立 企業間情報連携基盤の実現に向け協創を開始(2019.3)
4)
日立ニュースリリース,賃貸契約を効率化する企業間情報連携基盤の商用化に向け協創を加速(2019.9)
5)
PWCレポート,5Gを成功に導くスモールセル革命(2019.8)(PDF形式、996kバイト)
6)
総務省,第5世代移動通信システムの導入のための特定基地局の開設に関する指針案について(2018.11)(PDF形式、2.2Mバイト)
7)
内閣府,第5期科学技術基本計画(2016.1)(PDF形式、514kバイト)
8)
M. Crosby et al.: BlockChain Technology: Beyond Bitcoin, Applied Innovation Review, Issue No.2 (6-10), 71 (2016.6)
9)
ROBOTEER,矛盾するブロックチェーンとGDPR...「削除不可能性」を巡り欧州フィンテック界が混乱(2018.6)
10)
独立行政法人情報処理推進機構,非金融分野におけるブロックチェーンの活用動向調査報告書(概要版)(2019.12)(PDF形式、1.6Mバイト)
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