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COVER STORY:ISSUES1

サービスを起点として広がるデジタルトランスフォーメーション

新たなサービスの概念と,顧客と共にめざす価値創造

ハイライト

デジタルトランスフォーメーションが企業経営の重要なキーワードとなっている中,すでに多くの企業が取り組みを始めているが,変革を成功させるには技術起点ではなく課題解決型のサービス創出が重要であり,最新のサービスロジックが手がかりになると,北陸先端科学技術大学院大学の小坂満隆名誉教授は説く。

デジタル時代のサービスイノベーションに必要な考え方とは。デジタルソリューションビジネスをグローバル展開していくうえでカギとなるものは何か。サービスイノベーション研究の第一人者である小坂名誉教授に,日立製作所システム&サービスビジネス統括本部の赤津雅晴CTOが聞く。

目次

デジタル技術に対する期待の変化

小坂 満隆 北陸先端科学技術大学院大学 名誉教授 復旦大学 コンピュータサイエンス学部 客員教授小坂 満隆
北陸先端科学技術大学院大学 名誉教授
復旦大学
コンピュータサイエンス学部 客員教授
1977年日立製作所入社,システム開発研究所長などを経て,2008年北陸先端科学技術大学院大学着任,知識科学研究科長などを歴任。工学博士。電気学会フェロー,計測自動制御学会フェロー,サービス学会などの会員。

赤津 予測不能なビジネス環境の変化が企業に大きな影響を及ぼす中で,デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)への期待が高まっています。DXについては説明するまでもないと思いますが,経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」では,「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し,データとデジタル技術を活用して,顧客や社会のニーズを基に,製品やサービス,ビジネスモデルを変革するとともに,業務そのものや,組織,プロセス,企業文化・風土を変革し,競争上の優位性を確立すること」とされています。デジタル技術によってビジネスや企業組織の在り方が根本的に変われば,社会全体の変革にもつながると期待されています。小坂先生はサービスイノベーションや知識科学をご専門としておられますが,DXが注目される背景についてはどのようにお考えでしょうか。

小坂 ITによるビジネスの変革は,ご存知のようにこれまで何度も起きてきました。基幹系業務システムのコンピュータ化に始まり,オフィスオートメーションによる効率化,パーソナルコンピュータとインターネットの普及によるビジネスや生活の革新もありました。そして現在は,ほとんどの人がスマートフォンを所有し,クラウドコンピューティングが当たり前のものとなっています。IoT(Internet of Things)によってセンサーをはじめとするさまざまなモノからデータが集められるようになり,そのデータを分析するAI(Artificial Intelligence)技術も飛躍的に発展しています。このように,次の大きな変革が起きる技術的条件がそろってきたことに加え,社会の変化によって既存の社会システムやビジネスモデルに課題が生じていることなどがDXへの期待につながっているのでしょう。

赤津 これまでのIT活用は処理の自動化,業務効率や生産性の向上といったことが目的の中心でした。DXはそうした変革とは質的に異なり,いかに新しい価値を創造するかが問われていると感じます。

小坂 そうですね。私は十数年前からサービスイノベーションについて研究してきましたが,「サービス」とは顧客あるいは社会に対して「価値」を提供することです。ではその「価値」とは何かというと,個人や社会がめざすこと,実現したいことを叶えるものや,抱えている課題を解決することであると定義できます。
そうした視点から見ると,IT活用の目的が変化してきたのは,個人や社会にとっての課題が変化したためであると言えます。これまでの経済中心の社会では,コスト削減などの利益に直結することが主たる課題であり価値でした。それが21世紀になって少子高齢化や気候変動などの問題が顕在化すると,経済価値だけを追い求めても人間の幸せにはつながらないことが明らかになってきたのです。健康寿命の延伸や地域の活性化,働き方改革,ESG(Environment,Social,Governance)経営やSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)といったことが新たな課題となり,それらの解決という価値創出がデジタル技術に期待されているのだと思います。

DXで塗り替わるグローバルビジネスの勢力図

赤津 そうした変化に結びつく流れをつくったのはGAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)に代表される巨大IT企業ですが,これからのDXはどのような企業が牽(けん)引していくことになると思われますか。

小坂 IT活用の目的の変化は,グローバルビジネスの勢力図を大きく塗り替えてきました。「フォーチュン500」という世界中の企業の総収益ランキングがありますね。その中からエレクトロニクス・IT関連企業のトップ10を抜き出し,その変遷を追ってみると,2000年から2005年頃までは2位のIBMを筆頭にHPや富士通,NECなどのハードウェアを主力とする第1カテゴリーの企業がランクインしていました。ITプラス産業機器を手がける第2カテゴリーの企業も,1位のGEをはじめ,シーメンス,日立が上位に入っています。ところが2010年になるとIBMが6位に下がり,2015年にはApple,Amazon,鴻海などがトップ10に入っています。2018年になるとAppleが1位,Amazonが3位,Alphabetが6位,HUAWEIもランクインしていますが,IBMやHPはトップ10から落ちてしまいました。一方,第2カテゴリーのGE,シーメンス,日立は共にずっとランクインを続けています。やはりITだけではなく社会基盤を支えている企業は,時代が変わっても社会から求められる存在であると言えるでしょう。

赤津 そう考えると,ポストGAFAは第2カテゴリーの企業かもしれないということですか。

小坂 DXはIoTやAI,各種センサー,あるいは5G(5th Generation)などのモノとモノをつなぐ技術によってCPS(Cyber Physical System)を構築し,新しいサービスと価値を創造していくことであると言えます。例えば自動運転や農作業の自動化,スマートマニュファクチャリングなど,モノを起点としたCPSにおいては,プロダクトを持つ企業に強みがあるのは確かでしょう。ただ,その強みを発揮できるかどうかは,ビジネス戦略によると思います。プロダクトアウト,技術オリエンテッドの発想では,先ほど言った課題の変化に対応できません。SDGsをはじめとする社会課題を技術でどう解決していくのか,人類の幸せにどう貢献していくのかという視点から考えることがカギになると思います。

SDLがサービス創出の手がかりに

赤津 雅晴 日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部 CTO赤津 雅晴
日立製作所
システム&サービスビジネス統括本部 CTO
1987年日立製作所入社,システム開発研究所情報サービス研究センタ長,スマート情報システム統括本部戦略企画本部長,研究開発グループ技術戦略室長,技師長などを経て,現職。工学博士。横断型基幹科学技術推進協議会理事,電気学会フェロー,日本工学アカデミー,サービス学会などの会員。

赤津 日本政府が提唱するSociety 5.0では,めざす未来の社会像として,人間中心の超スマート社会というビジョンを掲げています。そうしたビジョンや社会課題に対して,「こういう製品を売ろう」ではなく,「どのような価値,すなわちサービスを提供できるのか」を起点に事業戦略を考えることが,DXの時代にはますます重要になっているということですね。

小坂 20世紀のマーケティング理論では,モノとサービスを別々に捉え,サービスには固有のロジックがあるという考え方を基本としてきました。21世紀になると,モノからコトへという価値の転換が進む中でモノとサービスとの融合が進み,両者を区別せずに経済活動を捉えるSDL(Service-dominant Logic)という概念が出てきました。SDLでは,すべての経済活動をサービスとして捉えるため,モノもサービスの一形態と見なします。

また,モノを経済活動の基本単位とする考え方では,モノの価値は提供側である企業が主体となって決めることが前提となります。しかし,どんなによい製品でも,それを使いこなせない人にとってみれば価値はありませんから,価値とは本来,提供側ではなく利用側が決めるものであると言えます。そのためSDLでは,価値は顧客が製品やサービスを利用する過程で生み出されるもの,すなわち企業と顧客が協創するものであると考えます。

DXの目的が顧客や社会にとっての課題を解決することであるならば,こうしたモノとサービスの一体化,価値協創というSDLの基本的な考え方は大きな手がかりとなるでしょう。価値協創は,提供者と利用者の間だけで行われるものとは限りません。SDGsの目標のように,一企業だけでは解決できない課題も増えている中で,さまざまなパートナーやステークホルダーと協力しながら,新しいサービスやビジネスを創造していくという世界が広がっていくと思われます。日立の言う「協創」と,意味するところは同じですね。

赤津 そのためには,知の統合と言いますか,多様な知をシンセシスしていくようなアプローチが重要になります。そうしたことをうまくコーディネートできる人財の育成も課題になります。

小坂 価値協創で大切なのは,業種や立場を越えて価値観を共有する人たちのコミュニティをつくることです。いわゆる業界団体では範囲が狭いので,さまざまな異なる分野の知が横断的につながるような場とすることが理想です。その中で知をコーディネートできる人財というのは,簡単には育成できないかもしれません。ある程度の経験を積むことは必要でしょうね。また,私の専門分野である知識科学は,知の創造・蓄積・活用・体系化のメカニズムを分野横断的に研究する学問ですから,その知見は役に立つのではないかと思います。

アジア太平洋地域のサービスイノベーション

赤津 現在,ドイツの学術出版社であるSpringerから,小坂先生の監修の下,復旦大学の先生方と『Service/Business innovation using ICT in the Asia-Pacific』と題した書籍の出版を計画されていますね。日立からは私が参画して,Lumadaを中心とする日立の取り組みについて執筆する予定ですが,アジア太平洋地域におけるイノベーションに注目された意図を教えていただけますか。

小坂 テクノロジーというものは万国共通で,国によって機能や性能に違いはありません。一方,サービスは価値提供ですから,その国や地域の人々が暮らしている環境,宗教や文化,社会体制といったものに大きく依存します。当然,アジアと欧米では求められるサービスも違います。そこで,アジアではデジタル技術の活用についてどう考えて,どんな事例が成功しているのかをグローバルに発信していく必要があると考え,協力関係にある復旦大学の先生方とSpringerからケーススタディを出版する取り組みを続けてきました。

最初は製造業のサービス化をテーマとし,中国,日本,オーストラリアのさまざまなケースを集めた『Manufacturing Servitization in the Asia-Pacific』を2015年にリリースしました。この電子版が注目を集めたことから,第二弾として2019年末に『Entrepreneurship in the Asia-Pacific : Case Studies』を出しました。そして現在,第三弾のケーススタディに取り組んでいるところです。内容はまさに今日のテーマであるDXやサービスイノベーションの話と深く関わるもので,先端的なサービスケースを集めています。

赤津 同じアジアで共通する部分もあると思いますが,日本と中国や東南アジア諸国の間でも,サービスモデルには違いがありますよね。

小坂 はい。日本では,金融でも交通でも,すでに巨大なインフラが確立されており,どうアップデートして次の世代に渡していくかが課題です。一方,中国や東南アジア諸国では,既存のインフラがないために,今あるテクノロジーでまったく新しいソリューションを創出することができます。

例えば今回のケーススタディでは,もともと中国で不要になったスマートフォンを買い取って修理し,中古品として販売するリサイクル事業を手がけてきた企業が,新事業としてゴミのリサイクル事業を開始した例を取り上げています。中国では日本のようにゴミを分別して収集するシステムが整っていないため,デジタル技術を活用して効率的なリサイクルを実現することをめざしています。

また,マレーシアの総合物流企業PKTでは,自動車のロジスティクスを手がけてきた経験を生かして自動車アフターマーケットのeコマース事業を立ち上げようとしています。それぞれの国の実情に根ざした価値の創造をめざすサービスイノベーションの事例からは,アイデアやアプローチなど学べる部分があると思います。

DXでめざす世界を一緒に考える

赤津 日立は今,社会イノベーション事業のグローバル展開に力を入れていますが,地域に合わせた価値提供をうまく進めるにはどうすればよいと思われますか。

小坂 やはり地域のニーズをよく知る方々とのパートナーシップが重要です。ビジョンを共有できる仲間づくり,変革に積極的な経営者との連携がカギになるでしょう。

その一方で,先ほども言ったようにプラットフォームとなるテクノロジーは万国共通ですから,Lumadaのようなしっかりとした技術体系を持っていることは,大きな強みとなるはずです。協創のフレームワーク,成功例などの知識ベース,デジタル技術基盤,製品プラットフォームが一体となることで,サービスイノベーションが促進されることが期待できます。この共通基盤となるLumadaをいかに活用して,地域ごとに異なる価値を創造するか,知恵の発揮しどころになると思います。

赤津 日立は昔から,お客様と一緒にソリューションを創り上げていくテーラーメイドの開発を強みとしてきました。LumadaもIoT時代になって急につくったものではなく,顧客協創を長年続ける中で蓄積してきたさまざまな知見を時代に合わせて整理し,体系的にまとめたものです。培ってきた強みを生かしつつ,Lumadaによって協創のスピードアップを図ることで,海外展開を加速できればと考えています。

小坂 国内で信頼を積み上げてきたように,海外でも成功例を増やしていくことでビジネスが広がっていくはずです。

先ほど紹介したPKTの社長は,Facebookでフォロワーの方々と活発に意見交換しながらビジネスのアイデアやビジョンを練っているそうです。技術を持つ側と課題を持つ側がアイデアを出し合う場や,知識創造,価値協創を促進するためのコミュニティづくりが,海外でも必要かもしれません。

ビジネスや社会の在り方を大きく変えるDXでは,どのようなビジョンの下で技術を活用するかが重要になります。これからの社会における価値や幸せとは何か,その実現に向けてDXで世界をどう変えていくのかを,プロダクトやITのベンダーだけでなく,エンドユーザーである生活者も含めて一緒に考える時代になっていると思います。

赤津 デジタル技術でより良い未来を拓いていくために,知の融合や創造に取り組みながら,ビジネスや社会の革新を牽引していきます。本日はありがとうございました。

(2020年3月10日開催)

Case StudyオーストラリアクラウドBIMによるデジタルトラッキング 建築部材の再利用とライフサイクル全体での環境負荷軽減を実現

オーストラリアでは,GDP(Gross Domestic Product)の13%を担う建設業界が,温室効果ガス排出量の最大33%,総資材消費量の約40%,そして総廃棄物量の40%を占めている。内装設備やエンジニアリングサービス,ファサードシステム,さらには一部の構造部材のような取り外し可能な部材を閉じたループの中で循環させることができれば,温室効果ガス,資材消費量,廃棄物を削減し,高付加価値を新たに創出する,実行可能な代替案となる可能性がある。

しかし,建設業界の第四次産業革命(Industrie 4.0)は歩みが遅く,建築構造や建物ライフサイクルマネジメントのデジタル化やDXは十分に進んでいない。サプライチェーンマネジメントや強度モニタリングの効率化を図るため,IoTタグやIoTデバイスを使用して建築部材をトラッキングする新技術を取り入れることは,非常に大きなポテンシャルがある。

南オーストラリア大学とアラップ社の合同プロジェクトチームは,ARUP Global Research Challenge Project 2017の一環として,業界パートナー企業の協力を得て建築部材の再利用という課題に取り組んだ。このチームでは,クラウドベースの情報管理プラットフォーム上でRFID(Radio Frequency Identification)とBIM(Building Information Modelling)を組み合わせて,サイバー空間とフィジカル空間の融合を図ることによって,建築部材をトラッキングする仕組みを開発した。

建築部材の製造時に,各部材にRFIDタグを付けることで,部材のデータを再利用のためにリポジトリ化できる。これによって,建物の解体や部品の取り外しを行うときに,元の仕様書に照らして部品の評価を行ったり,保守変更履歴を確認したり,さらには建築業者にとって必要となる可能性のある施工図などの情報を参照したりすることできる。この時点でRFIDチップ自体に保持できる情報量はそう多くないが,クラウドベースのデータ管理プラットフォームと接続すれば,実世界のオブジェクトとつながりを維持しながらデータを別の場所に容易に保存できる。

もう一つの重要な技術は,BIMシステムである。BIMとは,三次元デジタルオブジェクトから必要な情報にリンクさせ,建築士やエンジニアが設計プロセスの中で同じ情報を利用できるようにしたものである。デジタルオブジェクトと実際のモノを結びつけ,これらをデータ共有システムにリンクさせれば,物理的な建築部材と,それに対応する(BIM上の)仮想データの間で,サイバー空間とフィジカル空間のデータ交換が実現する。設計や建築に携わる多くの人が同時に同じデータを見て,その情報に基づいて意思決定を行うことができる。例えば設計者は,ある部材が再利用可能かどうか,再利用部材かどうかを,クラウドプラットフォームを通じて調べ,その部材の建設プロジェクトでの利用に対する適合性を,新しい部材と比べて評価することができる。これにより,部材を同じ建物または別の建物で,そのライフサイクル全体を通じて何度も再生,再利用,交換することが可能になる。

クラウドBIMモデル

BIMシステム

プロジェクトのPoC(Proof of Concept:概念実証)は,新たに建設された大規模病院の一部を利用して実施した。また,C2C(cradle to cradle:完全循環型)商品ではなく,メーカーによる所有権の保持やプロダクトスチュワードシップ,サービスとしての提供によって実現されるPSS(Product-Service System:製品サービスシステム)の可能性について,はめ込みガラスシステムのローカルサプライヤであるConstruction Glazing社の協力を得て予備調査を行った。

Dr. Ke Xing

Dr. Ke Xing 南オーストラリア大学 STEMアカデミックユニット(UniSA-STEM) プログラムディレクター

  • 南オーストラリア大学 STEMアカデミックユニット(UniSA-STEM) プログラムディレクター

Dr. David Ness

Dr. David Ness 南オーストラリア大学 STEMアカデミックユニット(UniSA-STEM) 非常勤教授

  • 南オーストラリア大学 STEMアカデミックユニット(UniSA-STEM) 非常勤教授

Case StudyマレーシアPKTのDXの取り組み

サステナブルな企業が時代に合わせて変化していくように,PKT Logistics Group Sdn. Bhd.(PKT)のビジネスの根底にはトランスフォーメーションがある。

PKTは1974年,マレーシアで通関サービスを提供する家族経営の会社として創業を開始した。

1996年にPKTの一員となったグループ最高経営責任者兼マネージングディレクター,Dato’ Michael Tioの主導の下,PKTは運送業から海上輸送,貨物輸送,倉庫管理,在庫管理,低温物流へとサービスを拡大した。

Tioのビジネス変革の取り組みによって,PKTはここ何年もの間,数々の経済危機を乗り越えてきた。その危機の一つが2008年の世界金融危機である。

PKTは2008年,事業継続対策の一環としてVision 60:40というビジョンを打ち出し,不況の影響を受けやすい自動車物流から,日用消費財,食品・飲料,教育といった不況に強い分野に新たに参入した。

PKTでDXの機運が熟したのは,マレーシアの消費者の間でオンラインショッピングの人気が高まった2010年代中頃である。PKTは卓越した物流ソリューションとネットワークを生かし,オンライン市場で事業を展開している企業に商取引ソリューションを提供することにより,さらに消費者市場に身近な企業となった。

2017年には,国内外の顧客にサービスを提供するPKT E-Commerce Sdn. Bhd.(PKT E-Commerce)を通じてEC(Electronic Commerce)事業に乗り出した。

PKT E-Commerceは,運送や倉庫のような物流サービスに限らず,商品の調達や取り引き,適切な許可・記録の申請や手続き,マレーシアのECプラットフォームへの販売者登録,バルク品の小分け再包装,梱包済み商品の円滑な配送に至るまで,さまざまな付加価値を提供している。

こうした経験はPKTにECサプライチェーン管理に関する有益な知見をもたらし,今後の事業の方向性を定めるうえでの一助となった。

自動車部品ECへの参入

PKTは2018年,PKT E-Commerceでの経験を生かし,Baturu Information Technology Co. Ltd.との共同出資でECのスタートアップベンチャー,Sparke Autoparts Sdn. Bhd.(以下Sparke)を設立し,さらに消費者に近い領域へと事業を拡げた。Sparkeは自動車部品の専門商社で,乗用車および商用車のアフターマーケット向けに調達,供給,取り引き,点検・修理サービスをO2O(Offline-to-Online)で提供している。

マレーシアの乗用車および商用車の自動車部品の市場規模は,現在約200億RM(マレーシアリンギット)と推定され,国内市場で販売されている部品は国内製造品または海外からの輸入品である。

この業界を悩ます最大の問題は,マレーシア市場で取り引きされている全自動車部品のうち最大30%が偽造品または模倣品であることだ。非常に細分化された市場で,あまりにも多くの業者(販売業者,輸入業者,再販業者など)がひしめき合う中,マレーシア全体で12万か所を超える自動車修理工場にとって,信頼できる供給元から純正部品を手頃な価格で調達することはますます難しくなっている。

こうした課題に応えるため,Sparkeは,部品の検索から見積り,支払い,配送に至るまで,すべての自動車部品取り引きサービスをプラットフォーム内で完結する,マレーシアで初めての完全統合型B2B(Business to Business)サービスプラットフォームを提供している。

PKT E-CommerceとSparkeを通じてECに参入し,実社会の問題をテクノロジーで解決するのが,PKTが実践するDXの方法である。テクノロジーは,時代の変化に順応し,成功するサステナブルなビジネスを作り上げるために思いのままに操ることができるツールであると,我々は確信している。

Dato' Michael Tio

Dato' Michael Tio PKT Logistics Group Sdn. Bhd. グループチーフエグゼクティブ兼マネージングディレクター

  • PKT Logistics Group Sdn. Bhd. グループチーフエグゼクティブ兼マネージングディレクター

Case Study中国新たな段階に入った中国のDX

中国におけるDXの取り組みは,新たなフェーズに入っている。その特徴を二つのキーワードで言い表すなら,「インテリジェント」と「+(プラス)」になるだろう。すなわち,デバイス,システム,企業,業界,都市などのさらなるインテリジェント化と競争力強化を,新しいデジタルテクノロジーの活用によって推進することである。例えば,中国の中央政府は2015年に「中国製造2025(Made in China 2025)」という計画を発表した。これは言わば「インテリジェントな製造」に関する計画である。次世代情報通信,先進CNC(Computerized Numerical Control:コンピュータ数値制御)工作機械とロボット,航空宇宙設備,高性能医療機器など,全部で10の重点分野が挙げられている。また同じ年に,「インターネット+」という戦略計画も掲げられた。これは,例えば「インターネット+農業」,「インターネット+医療」などのように,先進テクノロジーによって産業エコロジーの変革をめざす計画である。近年,中国のほぼすべての政府機関,省政府,主な市政府が,さまざまな業種や分野を対象にDXをさらに推進する独自の計画を掲げている。そして,「インテリジェント」と「+」の二枚看板を支えているのは,新しい情報通信技術,特にIoT,5G,ビッグデータ,クラウドコンピューティング,AIの新技術である。

こうした新技術によるDXの進化は,技術基盤だけでなく市場の需要にも影響を及ぼす。このところのCOVID-19の蔓延で,オンラインショッピングやオンラインオフィス,オンライン教育,遠隔医療,オンラインエンタテインメントといった一部のビジネスが急成長している。これらが今後経済に与える影響は計り知れない。これまでとは違う形式や手法を採用する新しいビジネスの登場が見込まれる。共同製造や個別製造,サービス製造,インテリジェント製造などが急拡大するだろう。インダストリアルインターネットの急速な発展も期待されるし,サービス業のDXも加速するだろう。中小企業のDX支援により,サプライチェーンのデジタルプラットフォームの提供や,産業と金融の融合が進めば,新たな一流企業が次々に生まれるだろう。デジタル医療や遠隔医療の発展も勢いを増すだろうし,FinTech(フィンテック)アプリケーションのサービス品質が向上し,金融業界のサービス様式すらも変えてしまうかもしれない。

情報通信インフラの建設とともに,中国のDXは最終段階に入った。この新たな段階ではインフラの建設も不可欠である。今年の中国の建設計画には,いわゆる「新インフラ」の概念が登場している。現時点でこの新インフラに含まれているのは,5G基地局,超高圧送電線,都市間高速鉄道および鉄道輸送,新エネルギー車充電パイル,ビッグデータセンター,AI,インダストリアルインターネットの7分野である。これらの新インフラの建設で,中国のDXはさらなる進化を遂げるものと考えられる。

世界の名だたる一流企業には,必ずその企業独自の哲学やビジョン,方法論があり,それらは時代の変遷に伴って変化する。日立もそうした巨大企業の一つである。日立にいる私の同僚たちの論文やプレゼンから,私は日立の「価値協創」,「社会イノベーション事業」などのコンセプトや,Lumadaのプラットフォームの技術構成や機能,アプリケーションについて知った。これらは大変素晴らしいものであり,中国にも適用できるものであると考えている。

Zhang Shiyong

Zhang Shiyong 復旦大学 コンピュータサイエンススクール 教授

  • 復旦大学 コンピュータサイエンススクール 教授
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