日立評論

OTとITを融合するサービス連携

サイバーとフィジカルをつなぐことで生まれる新しい価値

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COVER STORY:ISSUES2

OTとITを融合するサービス連携

サイバーとフィジカルをつなぐことで生まれる新しい価値

ハイライト

近年,IoTやAIなどの新しいデジタル技術が,ビジネスだけでなく産業や社会システムを大きく変革させている。しかし,サイバー空間とフィジカル空間を融合して新たな価値を生み出すために,組織や業界の枠を越え広範にデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現するには依然多くの課題がある。ここで重要なカギとなるのは世界的なネットワークを有するクラウド企業との連携,そして協創である。

今回,クラウドコンピューティングの実績をグローバルに積み上げてきたアマゾン ウェブ サービス(AWS)の日本法人で執行役員 技術統括本部長を務める岡嵜禎氏を招き,日立でLumadaのプラットフォームの研究開発を統括する岩嵜正明とともに,DXをめぐる現在の状況や推進してきた取り組み,そして今後の展望について語り合った。

目次

つながっていることが前提である時代の到来

小坂 満隆 北陸先端科学技術大学院大学 名誉教授 復旦大学 コンピュータサイエンス学部 客員教授岡嵜 禎
アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社 執行役員 技術統括本部長
大手システムインテグレーター,外資ベンダー等のアーキテクト部隊の責任者を経て,現在は,AWS(アマゾン ウェブ サービス)の技術統括責任者として,エンタープライズ,インターネットサービス・スタートアップ,パートナーの技術部隊を統括。コンサルタントとしてのバックグランドも活用し,技術だけでなく,経営的な視点で,クラウドや最新技術を適用していくための活動も推進している。

岩嵜 われわれ日立は,ソフトウェア,ハードウェアを含めたシステムとしてIoT(Internet of Things)やAI(Artificial Intelligence)の社会実装を念頭に,デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)の取り組みを進めています。主要なお客様である日本のメーカーは,これまで自社の強みを出すためにシステムやアプリケーションをカスタマイズしてつくり込むことが多く,モノづくり現場のいくつもの工程を連携させたり,サプライチェーンと生産管理システムを連動させたりしようとしても,現実的には難しいケースが少なくありません。そうした中でDXによってどのようにイノベーションを生み出していけばいいのか。IoTやAIなどデジタル技術を駆使した先駆的な取り組みを展開しているAWS※1)では,このような現状をどう捉えておられますか。

岡嵜 私自身は,DXの本質とはデジタル技術によってビジネスを変えること,新しいビジネスモデルを創出することだと考えています。ITと言うと,情報システムのバックオフィス系に適用するものだと思われがちですが,今後はITのテクノロジーがOT(Operational Technology:制御・運用技術)の領域に入ってくることでイノベーションを促す動きが加速していくでしょう。
当社のようなデジタルネイティブカンパニーは,デジタル技術を基に起業した会社ですから,各部門にもそうしたテクノロジーを扱うチームを持っており,DXはいわば当たり前です。ただ,伝統的な企業の中にはまだ従来のやり方にとらわれている面があり,例えば,その中の一つの課題として「閉域網信仰」が根強いように感じます。確かにこれまでは,絶対的なセキュリティを確保するためにはネットワークを閉じることが必要だと考えられてきました。そのような考えを変えることは容易ではないでしょう。しかし,今後もそれでビジネスを成長させていけるのか,将来を見据えての判断はお客様が考える必要があります。SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が掲げる17の目標の一つに「パートナーシップで目標を達成しよう」があるように,社会課題を解決するうえで複数の企業が連携することが重要であり,日立の「協創」もそうでしょうが,新しいテクノロジーを活用してビジネスをどう成長させていくかという戦略とともに,複数のパートナーとの連携・コラボレーションを前提に社会貢献や新しい世界を描くことが非常に大切になると思っています。

岩嵜 そうですね。今,世界が抱えている問題は一つの企業で解決できるものではありません。政治や文化が絡むこともあって,技術だけでは到底解決ができず,ステークホルダー間の合意を得ること自体も難しい。そこで,われわれはさまざまな分野の専門家とともに将来像を描きながら「協創」を推進しているのですが,そうした場などで多様な人たちと一緒になってデジタル技術をどのように活用すべきかを議論する必要があると思っています。
もっとも日立も過去には社内ネットワーク志向の考え方が強く,多くの自社システムがインターネットでつながっていたものの,さまざまな制限がありました。外とつながっていることが当たり前の現在,研究開発部門では社内ネットワークの中に計算機リソースを置くのではなく,インターネット上でお客様と一緒に研究開発していく環境に移行しようとしているところです。ですが,高い品質の製品を製造して世界中に販売している会社の中には,問題が起きないように製造ラインがしっかりつくり込まれているため,簡単にシステムを移せないという問題があります。われわれもお客様も新しいテクノロジーのメリットは分かっているけれど,そのギャップをどう埋めればいいのか,悩んでいるのが現状だと思っています。

岡嵜 われわれは,多くのアプリケーションはクラウドで動かしたほうがいいし,お客様にも多くのメリットがあると思っています。しかし,当社はどんな場合であってもクラウドに移行しようというのではなく,七つのR戦略を採用しています。移行が難しく,メリットも多くない場合は,そのまま維持するリテイン(Retain),あるいはわざわざ移行しないで統廃合しながらアプリケーションをリタイア(Retire)することをお勧めする場合もあります。移行するとしても,システムを変えずに移行するリホスト(Rehost),コンテナやVMware Cloud※2) on AWSのようなホストも変更せずに移行するリロケート(Relocate),アプリケーションの核となるアーキテクチャを変更しないリプラットフォーム(Replatform),ソリューションを入れ替えるリパーチェス(Repurchase),最新の技術を使って新たに再構築するリアーキテクチャ(Rearchitecture)まで,お客様がめざしたい地点や現在の状況,時間軸によって移行の段階を選ぶ必要性があるとわれわれは考えているのです。

先ほどのセキュリティの話に関連づければ,つながることを前提にクラウドなどを活用しながらどのようにセキュアな仕組みをつくっていくかを考えるべきでしょう。例えば,自動運転のベースとなる機械学習のモデルはクラウドを活用する一方,クルマの制御に関しては今までどおりの技術を使ってやる。さまざまな社会問題を解決する可能性があることから最近MaaS(Mobility as a Service)が注目されていますが,駅に着いたら自動運転のクルマが迎えに来ていて,スマホなどで認証すれば直ちに乗れるという世界は,クルマも電車も携帯のシステムもつながっていなければ実現しません。全部を置き換えるのではなくて,ITの世界とつなぎながらクルマの運転の制御も行うという形で,新しく実現したい部分と従来の技術をうまく融合させていくことが重要でしょう。

※1)
AWSおよび本文中に登場する同社のサービス,製品名称は,Amazon Web Services,Inc.の登録商標または商標である。
※2)
VMware Cloudは,米国およびその他の国におけるVMware,Inc.の登録商標または商標である。

OTとITの融合において顕在化した問題

岩嵜 システムの複雑さや規模にもよりますが,私自身は,System-of-Systemsという考え方がカギになると思っています。つくり込まれたシステムが運用されていて問題がないのであれば,それを一つのサブシステムと考えて新しいシステムの中に組み込んでいく。ただし社会インフラ系のシステムのDXでは,今のシステムを動かしつつ新しいテクノロジーを入れることになります。新しいサブシステムと既存のレガシーシステムをどうやってつないで,軟着陸させるかが問題です。

加えて最近,OTの世界の人たちが本質的な悩みを抱えていることを強く感じます。一つは再現性の問題です。潜在的な危険を排除するため,OTの世界では同じ条件を入力したら,システムは必ず同じ結果を出さなければならないのが国際標準となっています。ところが,例えば深層学習では新たな学習が追加される度に異なる結果を出す可能性がある。絶対的な再現性が保証されない中,国際標準を書き換えるべきかどうかという難問に直面していると言えます。

また自社がお客様に納めて稼働しているプロダクツのライフサイクルという問題もあります。ITの世界は,オープンソースも短期間の内にバージョンアップされるのが当たり前で,年1回程度のメジャー更新もあれば,時には機能の互換性が失われることもあります。一方,産業プラントや発電所,鉄道などの社会インフラシステムでは,構築自体に長期間を要するうえ,安定稼働や事故防止を最優先に考えて既存のシステムを使用し続けることも少なくありません。そういう現状と,ソフトウェアなどのITの最新テクノロジーとのライフサイクルが合致しないジレンマをいかに解決すればいいのか,常に悩んでいるのです。

岡嵜 OTの領域にITのテクノロジーを導入しようとする際は,基本的には従来の守るべき部分とそうでない部分を切り分けたうえで「分解する」,いわば2階建ての考え方が重要だと思います。先ほどお話ししたMaaSを実現するようなアプローチが一つの解となるのではないでしょうか。今後,ITのテクノロジーがさまざまな領域に広がっていくはずですが,バランスを取りながら適用することを考慮しなければなりません。

従来,クラウドについてはレイテンシー(通信遅延)が大きなネックとなっていましたが,当社でもエッジサイドでアプリケーションを動かすテクノロジー(AWS IoT Greengrass, AWS Outposts, AWS Wavelengthなど)を提供することにより,数ミリ秒の処理が不可欠な工場のライン制御も可能となっています。例えばドイツの自動車メーカーは,世界中にある工場の設備・システムのデータを当社のクラウドプラットフォームAWSに集約し,稼働・生産状況をリアルタイムに把握できるようにしています。この事例のように,今まで不可能だと思われていたことが今,まさに実現しようとしているのです。

また,Amazonは,「Prime Air」というドローンを使った配送サービスのコンセプトを2011年に発表しましたが,現在はほぼ実用可能な段階に入っています。画像認識や深層学習など多様なテクノロジーを取り入れており,例えば通常はドローンが安全に飛行できる場所に子どもがいたり,荷物が置いてあったりした場合,それらを回避するように認識・制御する仕組みも組み込んでいます。さらには歩道を走行して荷物を注文主の玄関まで配達する6輪型ロボットの「Amazon Scout」の試験運用を2019年から米国ワシントン州郊外で実施しているほか,導入が進んでいる自律走行ロボットを活用した物流システムである「Amazon Robotics」も含め,業務のさまざまな場面で事故を起こさない制御がほぼ可能なところまで進化しています。

他方,再現性やライフサイクルなどの問題も含め,機械学習モデルやAIの信頼性に関しては,「Amazon SageMaker Studio」という機械学習サービスのプラットフォームで,システム内での判断プロセスを理解可能にするサービスを開発しています。

岩嵜 われわれも,救急車の配送を最適化するシステムの提案などで,予測の根拠を示してお客様に納得してお使いいただけるように,「Explainable AI(説明可能なAI)」の仕組みを活用した同様のAI導入・支援サービスの提供を始めています。

共通する課題を起点に共有できるサービス開発へ

赤津 雅晴 日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部 CTO岩嵜 正明
日立製作所
研究開発グループ 技師長
1983年日立製作所 中央研究所に入所。1993年システム開発研究所に異動。2017年より現職。並列推論マシン,メインフレーム,超並列マシンCP-PACS(SR2201),データセンター,NAS等のシステムソフトウェアの研究開発を経て,近年はクラウド関連の研究に従事。2008年岡山大学にて博士号取得。2015年〜2016年情報処理学会(IPSJ)理事,IPSJ会員,IEICE会員,IEEE CS会員など。

岡嵜 AWSの主要なサービスは,2019年の段階で175個以上あることに加えて,それぞれが独立したマイクロサービスであることが大きな特長と言えます。つまり各パーツは,容易に組み合わせできるように細かく必要機能を絞り込んでおり,日立などの他社には自社の優れたテクノロジーと組み合わせ,エコシステムとして最適化していただきたいと考えているのです。どちらが優れているかの「競争」ではなく,お互いに良いところを補い合って「協創」していきたいものです。

岩嵜 同感です。特にお客様がグローバルに事業を拡大したい,しかも迅速に進めたいという場合,また日本語以外への対応を検討する場合など,AWSのように世界中の国・地域で対応済みの技術を自由に活用できるのは非常に効率的で貴重なことです。AWSの主なサービスは,Amazonのeコマースシステムとして必要な機能を開発したテクノロジーを汎用的に応用して,個々のマイクロサービスとして再構築したものと考えて良いのでしょうか。

岡嵜 そのとおりですね。AWSは2006年からサービス提供を開始したのですが,Amazonに限らず,もともと既存の企業に共通した問題を解決することを目的にスタートしました。したがってAWSが提供するサービスや機能の90〜95%はお客様の実際の課題から生み出されたものです。Amazonが自社のビジネスを拡大する中から派生したテクノロジーも多く,例えば機械学習系のリコメンデーション「Amazon Personalize」や,膨大なストリーミングデータをリアルタイムに処理できる「Amazon Kinesis Video Streams」などはその一例です。

岩嵜 Lumada※3)が提供している機能の中にも,特定業界向けのアプリケーションを開発しているフロント部門の事業部が,自分たちのお客様のためにつくったものもあります。AWSのサービスメニューが次第に増えていくのを見ると,つくったものを実世界に適用し,そこで顕在化した問題を解決するたびに新たな価値が生まれ,それを他のさまざまな領域のお客様にも提供できるように展開されていることを実感します。

岡嵜 その際はスピードが重要です。われわれのビジネスの在り方は,基本的にお客様のニーズや課題を深掘りし,世の中に提供していくという形ですが,逆に自分たちが持っている技術やプロダクトを提示し,興味を持ったお客様に使っていただくというプロダクトドリブンという考え方もありますね。顧客(サービス)中心か製品(技術)中心かという議論では,往々にして顧客中心ではイノベーションが起こりにくい,スピードが遅いといったジレンマが指摘されますが,われわれはPDCA(Plan, Do, Check, Act)を高速に回すことで乗り越えることができるのではないかと考えています。スピーディに決断し,結果が良くなければ戻ればいい,いち早く始め,試みることから経験を得ることが大事だというTwo-way Door※4)の考え方なのです。

岩嵜 Lumadaに関して言うと,自社で開発してお客様に提供している機能に加えて,それだけで不足な部分はさまざまなパートナーシップを活用したり,良質なOSS(Open Source Software)を組み込んだりしてLumada Solution Hub※5)のサービスメニューを増やしている最中です。お客様のシステムにどの技術をいかに適用すれば良いのかを提案できる幅広い知見を持っている人財がわれわれの強みであって,お客様に提供するプロダクツやアプリケーション開発には,自社の技術やプラットフォームだけにこだわらなくてもよい,と考えています。

※3)
データを活用し,お客様やパートナーと一緒に価値を協創するためのプラットフォーム
※4)
Two-way Door:「行ったり来たりできるドア」の比喩で,やり直しのきかない意思決定(1-way)と試行錯誤可能なプロセス(2-way)を切り分け,後者はスピード重視でとにかく一旦試みることを意味する。
※5)
Lumadaのソリューションやアプリケーション開発環境を導入しやすい形にパッケージ化して登録し,クラウド基盤上で提供するプラットフォーム。

エコシステムの構築で新たな価値提供へ

岩嵜 Lumadaは,基本的にお客様が希望するクラウドプラットフォームに対応していますが,セキュリティや認証などの問題を考慮すると,AWSなどのグローバルなネットワーク力を備えたプラットフォームを推奨しています。また,例えばAWS独自の優れたサービスを別のプラットフォーム上で使いたいという場合,またその逆の場合でも,お客様のポリシーを尊重しています。

岡嵜 ひと言付け加えれば,機能の豊富さや安全・安心であること,さらにクラウド上にあるシステム間の連携を飛躍的に高速化できることがAWSの強みと言えるでしょう。例えば,日立と協創するパートナーにわれわれのVPC(Virtual Private Cloud)環境を利用いただけば,「Private Link」という機能によって迅速かつセキュアに両者のシステムをつなぐことができます。「協創」をスピーディに進められるとともに,経営判断が劇的に加速すること,さらにAWS上で稼働しているお客様やパートナーが多いという点で価値を提供できると思っています。

岩嵜 最近,お客様からは複数のクラウドプラットフォームをつなぐシステムの開発というご要求が増えてきています。Lumadaとしては,その統合運用監視コンソール機能を提供するなど,それぞれの強みを生かしながら共存関係を強化し,お客様のビジネス拡大を支援していきたいと考えています。

岡嵜 私もお互いの長所を保ちつつ,共存できればという考えです。Amazonの共同創業者でCEOのジェフ・ベゾスが描いた「フライホイール(はずみ車)」という絵が,われわれ社員全員が共有するフィロソフィーであり,お客様やパートナーが増え,品ぞろえも増えてビジネス規模が拡張していくことをめざしています。AWSのサービスを活用していただきながら,付加価値として提供する部分は,ぜひ日立のような豊富なノウハウや知見を備えた企業とともに,お客様の価値になる新たなテクノロジーを生み出していきたいですね。

岩嵜 そうありたいものです。OTの世界の深い知識も,ITやデジタルの世界ほどのスピードではないにせよ,確実に進歩・発展してきています。日立グループは,創業から110年間,さまざまな社会インフラ分野でフィジカルなプロダクツを提供してきた実績があります。Lumadaは,サイバー空間,デジタル空間だけではなく,フィジカルな実世界も包含し,双方を考慮したプラットフォームを提供することが目的なのです。今後,テクノロジーやビジネスはもちろん,人財教育の面などでも連携・協創をぜひ強化していきたいと思っています。本日はありがとうございました。

(2020年3月12日開催)

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