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再生医療等製品の本格普及に向けて,現在,医薬品業界のバリューチェーンは大きな変革期を迎えている。日立は,製薬会社や医薬卸事業者などとの協創活動を通じて,再生医療等製品のバリューチェーン上の顧客業務のDXに取り組んでおり,日立の強みである開発,製造,流通領域を中心とするDXソリューション開発を進めてきた。今後はこれらのDX活動を深化・拡大し,再生医療等製品の新たなバリューチェーン構築を実現することにより,患者一人ひとりが最適な治療を選択できる個別化医療の実現に貢献していく。

目次

執筆者紹介

中本 与一Nakamoto Yoichi

中本 与一(Nakamoto Yoichi)

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット デジタルソリューション事業統括本部 エンタープライズソリューション事業部 全国システム本部 医薬デジタルイノベーションセンタ 所属
  • 現在,製薬業界向けのDX事業に従事
  • 情報処理学会会員

桐田 真吾Kirita Shingo

桐田 真吾(Kirita Shingo)

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット デジタルソリューション事業統括本部 エンタープライズソリューション事業部 全国システム本部 医薬システムエンジニアリング部 所属
  • 現在,再生医療等製品向けD]事業に従事

増山 信吾Masuyama Shingo

増山 信吾(Masuyama Shingo)

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット デジタルソリューション事業統括本部エンタープライズソリューション事業部 全国システム本部 医薬システムエンジニアリング部 所属
  • 現在,再生医療等製品サプライチェーンDXプラットフォームの開発に従事

根本 翔太Nemoto Shota

根本 翔太(Nemoto Shota)

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット デジタルソリューション事業統括本部エンタープライズソリューション事業部 全国システム本部 医薬デジタルイノベーションセンタ 所属
  • 現在,バイオマーカー探索DXソリューションの開発に従事

田島 雅己Tajima Motoki

田島 雅己(Tajima Motoki)

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット デジタルソリューション事業統括本部 エンタープライズソリューション事業部 全国システム本部 医薬システムエンジニアリング部 所属
  • 現在,再生医療等製品製造DXソリューションの開発に従事

1. はじめに

21世紀に入り,免疫療法,細胞治療,核医学などの新しいモダリティや,遺伝子検査,コンパニオン診断薬などの高度な検査・診断技術が登場し,患者一人ひとりに応じて最適な治療を選択する個別化医療の時代が到来しつつある。これらの新しい医療技術・治療薬の中で,患者のQoL(Quality of Life)向上に期待されているものの一つが再生医療等製品である。再生医療等製品は,本人もしくは他者由来の細胞・組織を用いた治療製品・治療薬であり,北米や欧州を中心にがんや中枢神経など,従来医薬品での治療満足度が低い領域で開発が進んでいる。現在,再生医療等製品は黎明期から立ち上がり期に入っており,世界の市場規模は2019年の約800億米ドルから2026年には約3,600億米ドルに達すると予測されている1)

再生医療等製品は,扱う対象が細胞・組織であるため,素材の調達・管理や特殊な製造工程など,化学物質主体の従来医薬品と異なるバリューチェーン構築および管理が必要となる。例えば,患者から採取した細胞とそのプロファイルが,再生医療等製品のバリューチェーン上の病院,輸送企業,製薬企業,医薬品製造受託機関といった複数プレーヤーに順次渡されていくが,その際,個人情報の秘匿性を守りながら,厳格な個体識別が行われなければならない。このように,再生医療等製品ではさまざまなプレーヤー間での情報連携が必要になり,そのバリューチェーン管理はまさに大変革期を迎えている。

この変革に対し,日立はこれまで培ったヘルスケア分野におけるITとOT(Operational Technology)の知見を生かし,再生医療等製品のバリューチェーン上のさまざまな顧客業務のデジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)に取り組んでいる。本稿では,特に日立の強みである開発,製造,流通の領域に注目し,製薬会社との協創活動を通じて開発を進めてきた「バイオマーカー探索DXソリューション」,「再生医療等製品製造DXソリューション」,「再生医療等製品サプライチェーンDXプラットフォーム」の三つのDXソリューションの概要と将来の展望について述べる。

2. バイオマーカー探索DXソリューション

図1|Hitachi Digital Solution for Pharma/バイオマーカー探索サービスで使用するAIの特長 図1|Hitachi Digital Solution for Pharma/バイオマーカー探索サービスで使用するAIの特長 日立のバイオマーカー探索サービスのAIは,これまでのAIや人手による従来の探索方法では難しい,高精度でかつ人が直感的に理解しやすいバイオマーカー候補を自動生成する。

個別化医療の目的は,患者個人の体質や病気の状態に合わせた治療を提供することで,治療効果を最大化し,副作用を最小化することにある。個々の患者ごとに適切な治療を選択するためには,患者に対する治療の有効性・安全性を適切に評価する指標が必要である。この治療に対する有効性・安全性を評価する生体内指標をバイオマーカーといい,個別化医療の実現に向け,バイオマーカーを探索する研究が盛んに行われている。近年,バイオマーカーは遺伝子やタンパク質の解析結果から探索されているが,治療の有効性・安全性を高精度に予測するため,単一の遺伝子やタンパク質を用いるのではなく,複数の遺伝子やタンパク質を組み合わせてバイオマーカーとする考え方が広まっている。遺伝子やタンパク質の解析結果の情報量は数千〜数万にも及ぶが,それらの組み合わせの数は数千万〜数億にもなる。このような膨大な組み合わせの中から,治療の有効性・安全性を高精度に予測できるバイオマーカーを人手で探索することが難しくなっている。

日立は,AI(Artificial Intelligence)技術を活用し,治療効果を高精度に予測可能なバイオマーカーを探索する「Hitachi Digital Solution for Pharma2)/バイオマーカー探索サービス」を開発し,2019年10月にサービスリリースした3)。本サービスで使用するAI技術は,臨床研究や治験などの患者データから治療の有効性や副作用の予測に重要な因子を抽出した後,因子を用いて簡便な数式を組み立てることで,治療効果を高精度に予測可能な指標を自動生成する(図1参照)。この自動生成される指標の解釈性の高さが評価され,2020年10月にグッドデザイン賞を受賞した4)。本サービスはこれまでに複数の製薬会社や研究機関で活用されており,新たなバイオマーカーの発見に貢献している5)。従来,バイオマーカーは仮説ドリブンなアプローチによって探索されていたが,本サービスを活用することで,認知バイアスがかからないデータドリブンなアプローチによるバイオマーカー探索が可能になるため,従来では難しかった新たなバイオマーカー候補の発見が期待できる。

今後は,医薬品・医療機器業界の事業効率化を支援するソリューション群であるHitachi Digital Solution for Pharmaの他のソリューションと連携し,AIが探索したバイオマーカー候補に対して医学的根拠も合わせて提示するソリューションを開発予定である。これにより,現在よりもAIが探索したバイオマーカー候補の妥当性を検証する時間が短縮できると考えている。日立は高精度なバイオマーカーの発見確率向上と時間短縮に貢献することで,患者ごとに最も適切な医療を提供する個別化医療の早期実現をめざす。

3. 再生医療等製品製造DXソリューション

図2|HITPHAMSにおけるハンズフリーSOPの概要 図2|HITPHAMSにおけるハンズフリーSOPの概要 従来から実装されていた電子SOPを発展させ,音声による入力と,写真や動画を活用するVisual SOPにより,両手が使用できない状態でも操作ができる「ハンズフリーSOP」を実現した。

昨今の医薬品製造現場では,製造工程の最適化をめざしてデジタル技術による業務革新が推進されている。爆発的な市場拡大が予測される再生医療等製品を安定して高品質に製造するためには,人手による作業をデジタルの力で支援・代替することが有効だと考えられており,再生医療固有の要件にも適合するDXソリューションが求められている。ここでは,日立の再生医療等製品製造向けDXソリューションの一つである,再生医療等製品対応MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)について紹介する。

市場の急速な拡大によって再生医療業界が直面する課題の一つに,製造管理方法の整備が挙げられる。再生医療等製品の製造は,一般的な医薬品と比較して特殊な点が数多くある。そのため,安定的な量産のためには,製造現場の細かな品質記録取得や個体ごとの品質に基づく作業内容調整など,従来の製造管理手法よりも詳細な情報収集や柔軟な対応が求められる。

日立は,従来より医薬品製造業向けMESのパッケージソフトウェア[HITPHAMS(Hitachi Pharmaceutical Plant Management System)]を提供している。MESは,製造プロセス全体に情報網を行きわたらせて管理を強化し,生産環境を高度化することに大きく貢献できる。そのため,MESは高い品質・信頼性を持つ医薬品を提供するうえで必須のシステムとなりつつあり,HITPHAMSは多様な製品に対応し,進化を続けてきた。現在,日立は再生医療等製品の特殊な管理業務にも対応する機能群の拡充を進めており,その一例が,ハンズフリーSOP(Standard Operating Procedure)である(図2参照)。日立では,音声入力とVisual SOPという二つの方法でハンズフリーSOPを実現した。これにより,再生医療等製品の製造で特に強く求められる,「作業性確保や汚染防止のために,培養作業中は手を使ったPC操作を回避する」という要望に応えることができる。同製品は,すでに再生医療等製品を扱う製薬企業と研究機関を合わせて約15サイトで導入実績がある。

日立は,今後も顧客ニーズに応えるMESをめざして開発を続け,他のシステムとも連携しながら,製造現場の管理にとどまらず再生医療業界の全体最適を実現するDXを見据えた取り組みを続けていく。

4. 再生医療等製品サプライチェーンDXプラットフォーム

図3|再生医療等製品サプライチェーンDXプラットフォームの概念図 図3|再生医療等製品サプライチェーンDXプラットフォームの概念図 再生医療等製品に関する検体の個体識別と,細胞の採取,生産,輸送,投与の情報トレースを統合管理するサービス基盤であり,医療機関・製薬・物流・製造企業などのステークホルダーが利用することができる。

医薬品は製品の品質が人命に関わることから,サプライチェーン上の各業務と記録に対し厳格な管理が求められている。特に細胞薬などを含む再生医療等製品の流通においては,患者や細胞提供者から採取した細胞を培養して患者に投与する特徴から,全工程にわたる細胞・製品の個体管理や情報トレースが必要とされる。これは,従来の医薬品以上に細やかな情報を管理しなければならず,かつステークホルダー間で密な情報連携が生じるということを意味している。

このような特徴を有する再生医療等製品に対して,日立は同領域での各種生産設備・機器やITシステムの提供実績と技術・ノウハウを活用し,細胞採取・生産・輸送・投与までのサプライチェーン全体の最適化実現をサポートする標準プラットフォームを開発・構築している6)。本プラットフォームは,汎用性と柔軟性を確保すべく,日立の既存システム部品群を適材適所で組み合わせて構築する手法を採用しており,情報基盤・品質トレースには製造業で実績があるIoT(Internet of Things)コンパスを活用し,サプライチェーン全体の業務と記録をカバーする(図3参照)。

本プラットフォームは,再生医療等製品に関わる医療機関・製薬・物流・製造企業などのステークホルダーが利用可能な,クラウド型の共通サービス基盤である。導入・利用による代表的な提供価値として次の3点を想定している。

  1. 共通基盤を用いたデータ一元管理による,業務・企業間連携における煩雑さの軽減
  2. 各ステークホルダーの工程進捗のリアルタイム共有によるスケジュール調整の迅速化
  3. 各工程での個体識別による高信頼なトレーサビリティの確立

日立はこれらの提供価値を通じて,サプライチェーン管理の業務変革を支援し,リードタイムの短縮や高品質な再生医療等製品の供給に貢献していく。

本プラットフォームは2021年1月にサービスリリースを予定している。リリース後も機能エンハンスを継続し,システム連携範囲や取得データを拡大しながらデータ分析結果を業務へフィードバックするダイナミックスケジューリング,設備情報取得,設備制御などのツール群も段階的に提供していく計画である。将来的には,サプライチェーン上のデータと投与後の患者容体のデータを分析することで,創薬・製造条件の最適化や,オンデマンド物流,個別化医療など,医薬品に関わる人々の価値向上につながるプラットフォームをめざす。

5. おわりに

本稿では,今後普及が進む再生医療等製品に対する日立の取り組みとして,開発,製造,流通の各領域におけるDXソリューション事例を紹介した。今後は,これらの取り組みをさらに深化させ,顧客の業務改革を一層支援していくことにより,再生医療等製品の新たなバリューチェーンの構築を進めていく。そして,誰もが自身に最適な治療を選択できる個別化医療の実現に貢献していく。

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