日立評論

東南アジアおよびオーストラリアにおけるデジタルスマートシティ開発

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日立評論

ハイライト

昨今の新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け,スマートシティの実現においては,都市の生活者の安全・安心を確保したうえでQoL向上を実現することが必要となり,課題の解決方法がより複雑になってきている。

こうした中,日立は東南アジア,オーストラリアにおいて,政府系機関や不動産デベロッパーなどの地域のパートナーと密接に連携し,顧客協創を通じて地域ごとに特性の異なる社会課題を特定し,日立の有するデジタル技術を活用することで,社会課題を解決するべく取り組んでいる。これらのパートナーシップを軸に,さまざまなステークホルダーとの協創を通じて,継続的に都市の価値を向上させていく。

目次

執筆者紹介

石井 利樹Ishii Toshiki

  • Hitachi Asia Ltd., Research & Development Center 所属
  • 現在,パブリックセーフティ,スマートシティ関連の研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 映像情報メディア学会会員

古川 直広Furukawa Naohiro

  • Hitachi Australia Pty. Ltd., Research & Development Centre 所属
  • 現在,オーストラリアおよびオセアニア地域での協創活動に従事
  • 情報処理学会会員

Lin Wujuan

  • Hitachi Asia Ltd., Research & Development Center 所属
  • 現在,スマートシティソリューションの研究開発に従事
  • 博士(工学)

1. はじめに

近年,IoT(Internet of Things)やAI(Artificial Intelligence)などの先進的技術の活用により,都市や地域の機能とサービスを効率化・高度化し,各種の課題の解決を図るとともに,快適性や利便性を含めた新たな価値を創出するスマートシティの取り組みが世界各国で進んでいる。代表的な例としては,スペイン・バルセロナにおけるIoTフルスコープ型スマートシティ,韓国・松島における官民共同第三セクター型スマートシティといった取り組みがある。日立は,千葉県の柏の葉スマートシティプロジェクトで,地域エネルギーの効率的な活用・監視・制御を実現してきている。これらの従来のスマートシティプロジェクトにおいては,都市の生活者のQoL(Quality of Life)向上が最重要課題であった。

昨今の新型コロナウイルスの感染拡大に伴い,ソーシャルディスタンスの確保や,コンタクトトレーシングなど,安全・安心の確保の重要度が高まり,人々の行動は制限され,リモートワークが多くの企業で導入された。その結果,これまでの,オフィス,商業施設,住宅といった,それぞれの場所に固定化されていたさまざまな都市機能を,場所に縛られず,それぞれの場所で提供できるよう,都市のあり方が変容しつつある。

このような状況において,例えば商業施設においては,ソーシャルディスタンスを確保しながら,顧客の購買体験の価値を最大化させることが必要となってきている。従来よりも課題解決の仕方が複雑になってきており,これに対処するためには,デジタル技術を駆使し,さまざまな情報を可視化・解析することで安全・安心を確保するとともに,これらの情報を結び付け,統合的に解析することで新たな価値を創出し,継続的に不動産価値を向上させていくことが求められている。この課題に対し,日立はフィジカル空間におけるビル,アセット,購買行動などのさまざまな情報を収集してサイバー空間で統合的に分析,シミュレーション,可視化し,都市の安全・安心,レジリエンス,環境といった価値のバランスを取りながら人々のQoLを向上させていくことでデジタルスマートシティを実現していく(図1照)。また,このような大規模なシステムの構築のため,まずは,ファシリティマネジメント,セキュリティマネジメントといった個々のシステムの最適化から取り組み,これらを顧客体験のマネジメントとも結び付けながら,統合管理システムを構築し,QoL向上を実現していく(図2参照)。

図1|CPSを用いたデジタルスマートシティの実現 図1|CPSを用いたデジタルスマートシティの実現 フィジカル空間の情報をサイバー空間で統合的に解析し,フィードバックすることで,都市の安全・安心,レジリエンス,環境のバランスを取りながら人々のQoLを向上させていく。

図2|統合管理システム実現のためのアプローチ 図2|統合管理システム実現のためのアプローチ 個々のシステムのオペレーション最適化から取り組み,これらを統合管理するシステムを構築していくことでQoL向上を実現していく。

2. デジタルスマートシティの取り組み

本章では,東南アジアおよびオーストラリアにおける日立のデジタルスマートシティの実現に向けた取り組みについて,顧客協創の観点を中心に述べる。

2.1 東南アジア

シンガポールではスマートシティ政策として,2014年からSmart Nation Singaporeが進められており,デジタル技術とデータの活用を通じて,シンガポールが抱えるさまざまな課題の解決,イノベーションの創出および国民生活の向上をめざしている。シンガポールは政府主導で実証実験の場が整備されており,スマートシティの課題検証に適している。日立はシンガポールの行政機関,教育機関との連携を深めながら,デジタルソリューションの実証を行い,これをASEAN(Association of Southeast Asian Nations)加盟国に展開していく。

東南アジアの国々では高温多湿な熱帯性気候のために,ビル内の人々の快適性を保つための空調のエネルギー消費の割合が特に大きい。快適性を維持しつつビルのエネルギー消費を削減することが,この地域における持続可能な都市開発とQoL維持のための社会的課題となっている。シンガポールは,2030年までにシンガポール内のビルの8割をグリーン化するという目標を設定している。

脱炭素社会の実現に貢献するため,日立はシンガポール建築建設庁(BCA:Building and Construction Authority)からSLEB(Super Low Energy Building:超低エネルギービル)スマートハブと呼ばれるプラットフォーム開発の委託を受けた1)。これは,地域の環境配慮型建築に関するシンガポール初のデジタルナレッジセンターであり,グリーンビル技術の収集・分析を行う国営データベースである。データリポジトリにとどまらず,ビルが持つ現在のデータセットと利用者の要求をベースに最先端のビッグデータ分析とAI技術を駆使して,スマートアドバイザーが適切な環境配慮技術の提案や,それに関連するコストやエネルギー削減量の予測を行う。2019年9月の稼働開始以来,SLEBスマートハブはすでに90社以上で活用されている。

図3|ビルにおけるデジタルツインの例 図3|ビルにおけるデジタルツインの例 建物の複数のサブシステムを調整し,エネルギー消費の効率化と居住者の快適性向上を両立する。

また現代のビルでは,ビル内の空調,照明,電源,エレベーターといった個別のサブシステムにおいて高度な技術が利用されているが,これらは個別に機能しており,利用者の状況や個人の快適性にも対応していない。日立は,IoTとAI技術を活用したスマートビルディングとデジタルツインソリューションを開発するために,シンガポールで2年間の国家研究助成金を受託した。このソリューションは,建物の複数のサブシステムの制御を調整し,空間の機能,居住者の活動,および個人の快適さに基づいた建物のダイナミクスに適応する,人間中心の自動化された建物管理ソリューションを可能にする(図3参照)。

また,日立は不動産デベロッパー大手のFrasers Property Limitedと,アジア・パシフィック地域における不動産産業のデジタルトランスフォーメーションを合同で推進している2)。まずシンガポール,タイ,オーストラリアで事業機会の調査を行い,将来的には新たなサービスの共同開発や投資を行っていく。これまで,新たなビジネスモデルの創出や,多世代にわたって不動産の価値を高めるための技術,人々のハピネス向上,優れた顧客体験を提供するIaaS(Infrastructure as a Service)の開発に取り組んでいる。タイでは持続可能かつ人々が暮らしやすい,同国初となる人間中心の完全統合型スマートシティを構築する「One Bangkok」プロジェクトが推進されており,協創による成果は同プロジェクトにおける設備の管理・運用にも活用していく。

今後,セキュリティ,設備保守,公衆衛生などの都市におけるさまざまな分野のサービスを統合的に扱っていく必要があり,各分野のオペレーションに柔軟に対応できるソリューションが求められている。そこで,映像情報やIoTセンサーの情報からリアルタイムにインシデント検知を行い,各インシデントに応じたワークフローを生成し,対応するスタッフを自動的に派遣するインシデント管理システムの研究を行っている(図4参照)。定期メンテナンスのような予定されたイベントに対応しつつ,緊急対応が必要となったイベントには優先的にリソースを配分することも可能である。現在,新型コロナウイルスに対するソリューションとして検証を進めている。今後,開発している技術を統合し,ビルのエネルギー管理と人的リソース配置の統合管理へと,また,ビル単体から都市全体の複合的なオペレーション管理へと展開していく。

図4|インシデント管理システム画面の例 図4|インシデント管理システム画面の例 マルチタスクワークフロー生成画面(左),スタッフの派遣最適化画面(右)を示す。

2.2 オーストラリア

オーストラリアの人口は2020年現在,2,500万人ほどであるが,今後20年間で約4割も増加する見込みである。この急速な人口増加に合わせ,オーストラリア連邦と州,自治体の3レベルの行政が一体となり九つのスマートシティ開発が進められている3)。その中でも特に大規模なものがNSW(New South Wales)州の西シドニー開発である。新空港建設に合わせ,今後20年間で新たに150万人超の人々が暮らせる街の実現をめざしている。電力網や交通網,ヘルスケアなどの社会インフラの整備だけでなく,先進的製造業や航空産業,高品質な食料を生産供給する高度な物流網を備えた農産業などの各産業を発展させ,新たな雇用を創出することが求められている。

2019年10月,日立とNSW州は西シドニー内にオープンイノベーション促進のための「協創センタ(Kyōsō Centre)」を設立することで合意した4)。協創センタを同地域の第二の空港「知の空港」と位置付け,世界の知を集約し,協創パートナーとともに地域の課題を解き,創出された優れたソリューションを世界に展開していくことをめざす5)図5参照)。この協創センタでの活動を通じて,地元のスタートアップや中小企業の成長を支援し,地域の経済発展と雇用創出に貢献する。

協創センタは2023年に設立予定であるが,設立に先立ち,2020年から協創活動を開始している。2月にシドニーにてデジタルモビリティをテーマにハッカソンを開催した6)。優勝チームの学生らにインターンシップとしてアクセラレータプログラムに参加してもらうなどの活動を通じて,新テーマに基づく事業創出をめざしている。また5月には西シドニーの主要都市の一つであるリバプール市,および南西シドニー医療地域統括局(SWSLHD:South Western Sydney Local Health District)とイノベーション推進の覚書締結を発表した。このような活動を通じて,オーストラリアでさまざまなステークホルダーとエコシステムを構築し,デジタルスマートシティの開発を通じて人々のQoL向上に貢献していく。

図5|西シドニー協創センタの「知の空港」構想 図5|西シドニー協創センタの「知の空港」構想 Western Parkland Cityの「第二の空港」と位置付けられる協創センタは,製造や物流などにおける世界のベストプラクティスを収集し,協創パートナーとともに地域の課題の解決を図るとともに,協創を通じて開発されたデジタルソリューションを世界に輸出する。

3. おわりに

本稿では,東南アジア,オーストラリアにおける日立のデジタルスマートシティの取り組みについて,各地域における顧客協創を中心に述べた。

地域ごとに社会課題が異なるため,人間中心のデジタルスマートシティ実現のためには,地域のパートナーと密接に連携し,真に必要とされるサービスを特定していく取り組みが不可欠である。

日立では,顧客協創により培った技術・ノウハウを結集したソリューションやアプリケーション開発環境を導入しやすい形にパッケージ化してカタログに登録し,クラウド基盤上で提供するLumada Solution Hubを提供している7)。デジタルスマートシティの取り組みにおいても,各地域で開発したソリューションから共通部分を抽出し,Lumada Solution Hubに導入することで,同様の課題を持つ地域に迅速に展開していく。

今後,各拠点で設立している顧客協創の場を活用し,さまざまなステークホルダーとの協創を通じて,異なる分野のデータやサービスを結び付け,統合管理システムを構築し,都市の価値を継続的に高めるデジタルスマートシティを実現していく。

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