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ハイライト

消費者の購買行動の変化による品種数と即時納入要求の増大や,天災,疫病などによるサプライチェーン断絶リスクの増加に特徴づけられるニューノーマル時代を迎え,製造流通業では,従来のオペレーションが限界を迎えつつある。

日立製作所は,カスタマイズ要求への即応,レジリエンスの確保と経営効率の両立という価値を提供するバリューチェーンコーディネーションサービスを構想し,顧客協創の下で開発している。本サービスは,企業・拠点間の際をつなぎ,シームレスに連携・実行するバリューチェーンオーケストレーションと,構成企業のダイナミックな切り替えを可能にするバリューチェーンマッチングから成る。ここでは,サービスの全体構想とそれを支える中核技術を紹介する。

目次

執筆者紹介

小倉 孝裕Ogura Takahiro

  • 日立製作所 研究開発グループ 生産イノベーションセンタ 生産システム研究部 所属
  • 現在,数理最適化,シミュレーション技術などを活用した物流およびSCMソリューションの研究開発に従事
  • 日本オペレーションズ・リサーチ学会会員
  • 日本経営工学会会員

木内 敦規Kiuchi Atsuki

  • 日立製作所 研究開発グループ 生産イノベーションセンタ 生産システム研究部 所属
  • 現在,数理最適化,シミュレーション技術などを活用したSCMソリューションの研究開発に従事

齊藤 元伸Saito Motonobu

  • 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ システムアーキテクチャ研究部 所属
  • 現在,産業分野を中心としたシステムリノベーションの研究開発に従事
  • 日本都市計画学会会員

Gupta Chetan

  • Hitachi America Ltd., Research and Development, Industrial AI Laboratory 所属
  • 現在,人工知能を活用した産業ソリューションの研究開発に従事
  • PhD.(Mathematics and Computer Science)

1. はじめに

製造流通業では,顧客嗜好の多様化やEC(Electronic Commerce)の拡大により,品種数の増加に加え,即時納入の要求が増加している。そのため,VC(Value Chain)を構成する設計,調達,生産,物流,販売の企業・拠点間が,消費者を起点として同期した運営体制を構築することが急務になっている。さらにCOVID-19などに起因するVC断絶の高頻度化により,レジリエンスの確保と経営効率のバランスが重要になっている。日立製作所では,このようなニューノーマル時代の製造流通業を支える,バリューチェーンコーディネーションサービス(以下,「VCコーディネーションサービス」と記す。)を構想し,家電,自動車,アパレル業界などの企業との協創の下で開発している。そして,米国のJRオートメーション社をグループの一員に迎え,自動車や航空機,医療機器などの工場,EC向けの物流拠点など,同社のグローバルワイドな顧客基盤を通じた海外展開をめざしている1)。本稿では,消費者起点でのVC同期化および,レジリエンスの確保と経営効率の両立を実現するVCコーディネーションサービス構想と,それを支える技術を紹介する。

2. VCコーディネーションサービス構想

図1|VCコーディネーションサービスの全体像 図1|VCコーディネーションサービスの全体像 顧客起点で最適拠点を選定し,設計,調達,生産,物流の際をつなぎ,シームレスに連携・実行するVCオーケストレーションと,ダイナミックな構成企業の切り替えを可能にするVCマッチングから成る。

VCコーディネーションサービスは,(1)顧客起点で設計,調達,生産,物流の最適拠点を選定し,それらの際(きわ)をつないでシームレスに連携・実行するVCオーケストレーションと,(2)ダイナミックなVC構成企業の切り替えを可能にするトラスト保証型のVCマッチングから成る(図1参照)。この分野の標準的なアプリケーションである,ERP(Enterprise Resource Planning)やSCP(Supply Chain Planning)は,基本的に企業内の最適化,取引先が固定的なサプライチェーンを対象としているのに対し,本サービスは,企業間の際をつないだサプライチェーンの全体最適化と各企業の経営目標達成の両立,取引先の動的組み換えを対象としている点が特徴である。詳細は以下のとおりである。

  1. VCオーケストレーションでは,消費者からの注文を基に,カスタマイズ要求に合った製品設計のコンフィギュレーションを行う。そして,サプライヤ,組立工場,輸送業者がシームレスに連携する計画立案,実行指示を行う2),3)。さらに,各工場の設備に合った製造レシピを自動生成し,提供する4)。これにより,カスタマイズ要求下でも高品質な製品を短納期で提供することを可能にする。これらの機能は,サービス提供を開始している。
  2. VCマッチングでは,コミュニティに参加する企業の4M(Human,Machine,Material,Method),受発注,CFP(Carbon Footprint)などの実績データをブロックチェーン技術によりセキュアな環境で収集・蓄積する。そして,それらのデータを解析し,各社,各工場を従来のコストや納期に加え,安全,品質,環境,財務といったSQCDEF(Safety, Quality, Cost, Delivery, Environment, Finance)の視点でレーティングする。その結果を基に,最適なVC構成企業を推奨してマッチングし,さらにスマートコントラクトなどの技術を活用した契約や決済の簡便化を実現する環境を提供することで,ダイナミックなVC構成企業の切り替えを可能にし,レジリエンスの確保と経営効率の両立を実現する。これらの機能は,構想段階であり,開発を進めている。

レジリエンスの確保と経営効率実現のアプローチは,業界のVC特性により異なる(図2参照)。作業・設備・部品の標準化度が低く,サプライチェーンの組み替えがしづらい自動車や航空機,医療機器などの業界は,急な取引先や生産工場の変更が難しいため,クローズなコミュニティ内で複数の企業・拠点で製造可能な冗長性を確保し,同期したオペレーション体制の構築を進めている。こういった業界の顧客に対しては,VCオーケストレーションを通じてその実現を支援する。一方,作業・設備・部品の標準化度が高く,サプライチェーンの組み替えがしやすい電子機器,家電,電気自動車,アパレルなどの業界では,水平分業が進んだオープンなコミュニティの下,顧客注文に応じてダイナミックにVCを組み替え,同期したオペレーション体制の構築を進めている。こういった業界の顧客には,VCオーケストレーションに加え,VCマッチングも提供していく。このように,顧客のVC特性に合わせてサービスを組み合わせ,レジリエンスの確保と経営効率の両立の実現を支援していく。

図2|VC特性に応じたレジリエンスの確保と経営効率実現のアプローチ 図2|VC特性に応じたレジリエンスの確保と経営効率実現のアプローチ サプライチェーンの組み替えやすさは,品質保証上の製品,部品の認証,認定の有無,取得の難易度に基づく。作業・設備・部品の標準化度は,特殊な作業スキルや設備が必要か否か,製品アーキテクチャがモジュラー型であるかなどに基づく。

3. 構想を支える技術

次に,VCオーケストレーションの中核技術である複数アプリケーション連携による最適計画技術と,VCコーディネーションサービスを支えるアーキテクチャについて紹介する。

3.1 複数アプリケーションの連携による最適計画技術

図3|複数アプリケーションによる最適計画技術の概要 図3|複数アプリケーションによる最適計画技術の概要 すでに導入済みの企業・拠点ごとのアプリケーションにラップする形で,バリューチェーン全体が同期した最適計画を導出する。

これまで,ERP,MES(Manufacturing Execution System),WMS(Warehouse Management System),SCP,CRM(Customer Relationship Management)などのアプリケーション導入により,企業・拠点ごとの最適計画や実行基盤が構築されてきている。日立製作所は,これらの導入SI(System Integration)サービスとともに,生産計画や配送計画の最適化アプリケーションパッケージを開発・提供してきた5)。これらは,各企業・拠点にとって事業継続に必須な業務基盤であり,停止は許されない。また,現場の複雑な業務制約を考慮する必要があるため,置き換えには多くの時間と投資が伴う。そこで,日立製作所では,鉄道や電力などのインフラシステム構築で培った自律分散システムコンセプトの下,既存のアプリケーションをそのまま活用しつつ,企業・拠点を越えてVC全体が連携した最適計画・実行を実現する技術を開発している(図3参照)。本技術では,VC全体のKPI(Key Performance Indicator)が最適となり,かつ各企業・拠点のKPIが目標値を満たすように,企業・拠点ごとのアプリケーションのパラメータの最適な組み合わせを高速に導出する。そして,計算された最適パラメータに基づき,各企業・拠点は導入済みのアプリケーションにて,調達,生産,輸送,販売計画を立案し,実行することで,VC全体が同期したオペレーションが可能になる。

この技術は,(1)VCの挙動を予測するエージェントベースシミュレーションと,(2)少ないシミュレーション回数でKPIを最大化するベイズ最適化・機械学習6)という二つの要素から成る。エージェントベースシミュレーションは,企業・拠点ごとのアプリケーションをエージェントとしてモデル化する。そして,アプリケーションのパラメータの組み合わせごとに,ある需要シナリオを仮定した場合の実際の計画,実行業務を時系列に沿ってシミュレーションし,VC全体および各企業・拠点のKPIの値を計算する。ここでVCの構成企業・拠点数や品種数,各アプリケーションが考慮している業務制約の複雑性が高い場合,1回の計算に多くの時間がかかる。また,パラメータの組み合わせ数も膨大となる。そこで,ベイズ最適化・機械学習は,エージェントベースシミュレーションで計算したいくつかのパラメータの組み合わせと需要シナリオおよびそのKPIの値を入力情報として,計算するパラメータの組み合わせを絞り込み,短時間で最適なパラメータの組み合わせを計算可能にしている。

VCは多主体で構成されるため,前述の技術で立案した計画を実際に業務で活用するにあたっては,各企業・拠点の納得性が重要である。そこで現在,最終意思決定者である各企業・拠点の業務担当者が理解できるように,算出したパラメータの組み合わせが最適な理由を説明する機能の開発を加速している。

3.2 VCコーディネーションサービスを支えるアーキテクチャ

VCコーディネーションサービスの実現には,VC構成企業ごとの計画系アプリケーション自体,計画系アプリケーションの実行場所,トラストの三つの多様性に対応しながらアプリケーション連携を行うことが課題となる。そこで,以下の特長を持つアーキテクチャと関連技術の開発を進めている。

計画系アプリケーション自体の多様性とは,例えば生産計画一つをとっても企業ごとに利用するアプリケーションはさまざまで,ベンダー各社のパッケージ利用もあれば自社開発のシステムもあるということである。本サービスでは,オープン規格に準拠したデータモデルを定義することで,企業横断での多様なアプリケーション間データ連携を実現する。

次に計画系アプリケーションの実行場所の多様性とは,企業のセキュリティポリシーなどにより,オンプレミスやパブリッククラウドなど,実行における好ましい場所が異なるということである。よって,企業間連携の容易さからクラウド上でのアプリケーション連携を中心としつつ,いかにオンプレミスのアプリケーションとのデータ連携を実現するかが要諦である。本サービスでは,クラウド上のワークフローエンジンが,オンプレミスとのデータ連携も含めて,同期/非同期実行制御することで実現する。なお,現行のオンプレミスのアプリケーションをクラウド移行したいという要望に対しては,日立のクラウド対応技術7),8)にて支援する。

最後にトラストの多様性とは,製品や個別注文ごとにSQCDEF視点でのトラストレベルが異なるということであり,いかに収集したデータからトラストレベルを評価し,その結果に応じて最適なVC構成企業をマッチングし,アプリケーション連携を行うかが要諦である。本サービスでは,各企業から各種の実績データを偽りなく収集・分析し,トラストレベルを評価するとともに,その結果に応じて最適なVCをアプリケーション連携のワークフローの形式で動的に生成し,連携実行制御することでこれを実現する。

4. おわりに

本稿では,ニューノーマル時代の製造流通業を支えるサービス構想と中核技術を紹介した。この分野では,カスタマイズ要求への即応,レジリエンス確保と経営効率の両立に向けて,企業・拠点間,現場と経営がシームレスに連携した新たなオペレーション,ビジネスモデルへのシフトが加速する。日立製作所研究開発グループでは,社内外のものづくりの現場で培ったプロダクト,OT(Operational Technology),ITに基づく実行力でこれを支えていく。

参考文献など

1)
青木優和:プロダクト×OT×ITでニューノーマル時代の産業界を支えるトータルシームレスソリューション,日立評論,102,6,678〜679(2020.11)
2)
日立製作所,ビッグデータ×AI(人工知能),-お知らせ- 高速シミュレーションにより,サプライチェーン全体で需要変動に即応する計画を自動立案する「サプライチェーン最適化サービス」を提供開始(2019.10)
3)
デジタルで現場と経営,サプライチェーンをつなぐソリューション,日立評論,102,6,692〜694(2020.11)
4)
日立ニュースリリース,熟練者と同等の切削加工品質を確保できる切削加工誤差補正技術を開発(2018.6)
5)
宇山一世,外:配送効率化と安全運航を支えるニューノーマル時代の物流高度化サービス Hitachi Digital Solution for Logistics,日立評論,102,6,714〜718(2020.11)
6)
A. Kiuchi et al.: Bayesian Optimization Algorithm with Agent-based Supply Chain Simulator for Multi-echelon Inventory Management, 2020 IEEE 16th International Conference on Automation Science and Engineering (CASE), Hong Kong, China, pp. 418-425 (2020.8)
7)
岩嵜正明,外:OTとITを融合するサービス連携 サイバーとフィジカルをつなぐことで生まれる新しい価値,日立評論,102,3,324〜328(2020.7)
8)
小林美都成,外:公共分野におけるクラウド活用を促進するシステム構築運用容易化技術,日立評論,102,3,391〜394(2020.7)
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