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ハイライト

高まるAI実用化への期待に応えるため,日立は,2020年4月に人工知能イノベーションセンタを発足した。同センタは長い歴史を持つAI研究の成果を生かし,企業活動のデジタルトランスフォーメーションと,人々のQoLの向上に取り組んでいる。

本稿では,TRECVID,CoNLLやSemEvalといった国際コンペティションで上位入賞する実力を持つ日立の言語処理AIや映像解析AIを駆使し,金融機関の意思決定プロセスを効率化した事例や,生産現場で働く作業員の身体負荷をモニタリングした事例などを紹介する。また,DXやQoL向上の価値を,社会での突発的な変動においても持続的(レジリエント)に提供するため,サイバー空間とフィジカル空間を連携させるLumadaのCPSの開発についても述べる。

目次

執筆者紹介

影広 達彦Kagehiro Tatsuhiko

  • 日立製作所 研究開発グループ 人工知能イノベーションセンタおよびLumada Data Science Lab. 所属
  • 現在,人工知能研究のデータサイエンスのマネジメントに従事
  • 博士(工学)
  • 電子情報通信学会会員
  • 情報処理学会会員

風間 頼子Kazama Yoriko

  • 日立製作所 研究開発グループ 人工知能イノベーションセンタ 知能情報研究部 所属
  • 現在,AIのアルゴリズム開発,応用研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 日本リモートセンシング学会会員
  • 計測自動制御学会会員

村上 智一Murakami Tomokazu

  • 日立製作所 研究開発グループ 人工知能イノベーションセンタ 知能ビジョン研究部 所属
  • 現在,画像認識・処理技術の研究開発に従事
  • 博士(情報理工学)
  • 電子情報通信学会会員
  • 映像情報メディア学会会員
  • 日本バーチャルリアリティ学会会員

柳井 孝介Yanai Kosuke

  • 日立製作所 研究開発グループ 人工知能イノベーションセンタ メディア知能処理研究部 所属
  • 現在,メディア知能処理の研究開発に従事
  • 博士(科学)
  • 人工知能学会会員

1. はじめに

現在,グローバルトレンドとして,第三次AI(Artificial Intelligence)ブームが到来している。1960年代の第一次ブーム,1980年代の第二次ブームは,社会からの期待に対して研究成果が実用レベルに届かず,大きな失望となり終わっている。第三次AIブームでは,ディープラーニングの出現により,適用範囲を限ればAIが人間の能力を超える研究成果が報告され,社会適用が加速している。

日立では,企業などの生産性を高効率化するDX(Digital Transformation)の実現と,人が生活し業務を遂行する際のQoL(Quality of Life)の向上を顧客価値として提供するため,AIの開発に長らく取り組んできた。日立におけるAI研究の始まりは,1970年の日立技術展で展示した知能ロボットに遡ることができる。この知能ロボットは,組立図面と机上の積み木の形状を自動認識し,自律的に積み木の組立作業ができることを実証した。その後,文書解析,概念検索,手話認識,画像検索,音声合成認識,機械翻訳,地理情報処理,リモートセンシング,指静脈認証,映像解析などの研究開発を次々と行い,実用化を進めてきた。2015年以降,センサネット,ロボティクス,コンシューマ端末,ヘルスケアインフォマティクスの研究チームが合流し,2020年4月から人工知能イノベーションセンタが発足している。東京・国分寺の日立製作所中央研究所内に新設した「協創の森」に研究者が集結し,AIに関する研究テーマを推進しており,TRECVID(TREC Video Retrieval Evaluation),CoNLL(Conference on Computational Natural Language Learning),SemEval(Semantic Evaluation)といった国際コンペティションや学会において高い評価を受ける技術を多数開発している。

従来,優れた技術があっても,AIをビジネスで活用するには時間とコストがかかっていたが,日立はその解消にも取り組んでいる。2020年4月,Lumada Data Science Lab.を設立し,研究所と事業部が一体となり,研究開発と事業展開を進めている。アジャイルな研究開発プロセス,人財プールによる動的な対応,オープンイノベーションによる外部からの知見の導入により,研究成果の素早い社会適用を進めている。ここでは,顧客との協創で培われたOT(Operational Technology)のドメイン知識にAI技術を掛け合わせた日立独自のソリューションを迅速に作り上げることができる。

本稿では,DXの実現とQoLの向上という二つの顧客価値に向けて,日立で開発したAIの適用事例を紹介する。また,これらを実現するうえで,企業や人が活動しているフィジカル空間のデータを抽出し,サイバー空間で認識解析してモデルを構築し,その結果をフィジカル空間にフィードバックするCPS(Cyber Physical System)の取り組みを紹介する。

2. AIを用いた企業活動のDX

本章では,日立で開発したAIが企業活動のDXに活用されている2件の事例を紹介する。

2.1 需要変動パターン予測AIによる倉庫運用費の削減

図1|需要予測AIの概要 図1|需要予測AIの概要 周期・変動パターンと外的要因の影響をそれぞれモデル化し,それらを統合するAI(Artificial Intelligence)を備えている。

物流倉庫では,サプライチェーンにおける需要の想定を誤った際に起きる人員・輸送などの手配ロス,在庫の過不足による機会損失やコスト増,またこれらの見積もりを熟練者の経験に頼っていることが大きな課題となっている。通常,物流倉庫の取り扱い物品は数万種におよび,需要の変動やイベント,天候などの外的影響度合いは物品ごとに大きく異なる。そこで日立は,複数の外的要因の影響と,物量の短期・長期の周期的パターン,突発的変動パターンについての予測モデルを複数作成し,それらを統合して物品ごとの需要を予測するAI技術を開発した。本技術により,従来は難しかった物品ごとの需要予測を高い精度で実現した。さらに,AIが予測した結果についての説明を自動的に付与することにより,現場の納得性を高め,導入を推進することができた。株式会社日立物流において,本技術を用いた需要予測に基づく倉庫運用の試験を行い,倉庫運用費の削減を実現している(図1参照)。

2.2 自然言語理解AIによる金融文書の自動解析

図2|有価証券届出書の例 図2|有価証券届出書の例 網掛け部分をAIを用いて抽出する。キーワードや文字列パターンを指定することでの抽出は難しく,実用可能なレベルの抽出を行うには,周囲の日本語の構文を解析する必要がある。

金融機関においては,金融庁が開示する大量の有価証券報告書などの情報に基づき意思決定が行われる。これらの文書は長いもので300ページを超え,月1,000件以上発行されることもある。従来は,これらの書類を人が読み,130項目以上の情報を抽出していたため,その作業に数か月かかることもあった。そこで日立は,有価証券報告書などの文書から,投融資判断に必要な情報を選別して抽出する技術を開発した(図2参照)。

キーとなる関係抽出技術StruAP1)は,係り受け解析された文の構文木を抽象化する作業により木構造のパターンを生成し,これと構文木とでパターンマッチをかけることにより,フレーズ間の関係情報を抽出する。本技術を用いることで,情報抽出の作業が半日以下で完了できるようになり,さらに,データ品質の向上・均一化などの効果も認められた。本技術は,実際に顧客の現場に適用することでDXを実現した事例として,人工知能学会の現場イノベーション賞を受賞している。

3. AIを用いた従業員のQoL向上

日立の開発するAIは,企業活動の効率化だけでなく,働く人々のQoLの向上にも役立っている。本章では,QoL向上に活用されている2件の事例を紹介する。

3.1 マルチモーダル認識AIによる作業員の安全性向上

図3|模範作業者との動作の違いを比較・評価するための実験用画面 図3|模範作業者との動作の違いを比較・評価するための実験用画面 身体負荷評価に基づく動作適正度(左上部),適正度が低かった動作の動画(右上部),各身体部位の状態推移(左下部)および各身体部位の動作適正度(右下部)を示す。

映像およびセンサーを用いた人物行動の認識AIは,製造・保守・物流の現場などに適用されている。これらの分野では,作業の対象や形態によって認識の粒度が変わるため,これに応じた作業認識のメニューをそろえる必要がある。日立は,位置・動線の認識,姿勢・動作の認識,微細動作の認識などを組み合わせて,生産性と品質の向上に加え,作業員の安全性を向上するソリューションを提供している2)

図3に安全性向上に向けたマルチモーダル作業動作認識技術の例を示す。工場などの作業現場においては,適切な作業方法やコツを学ぶことが重要であるが,作業方法の言語化が困難な場合が多く,技術の継承には課題がある。そこで日立は,熟練作業者と一般作業者の間で違いのある作業箇所と身体部位を特定するAI技術を実現した。本技術では,スーツ型のウェアラブルデバイスを用いてあらかじめ熟練作業者の身体動作と一般作業者の動作データを計測し,Siamese Networkと呼ばれるAI技術を活用して学習する。これにより,重要な違いを生んでいる作業箇所と身体部位を特定し,作業者の身体負荷の認識,危険な作業姿勢の検知,作業動作の改善点の提示を可能とする。本技術はドイツ人工知能研究センタとの共同研究によって実現した。

3.2 センサー情報理解AIによる疲労度推定

図4|副交感神経活動と事故リスクの関係 図4|副交感神経活動と事故リスクの関係 心拍変動から疲労度を表す自律神経機能を抽出し,事故リスク(ヒヤリハットの発生)との因果関係を推定する。

心拍センサーや脈拍センサーなどのバイタルデータから人の疲労度やストレスを推定し,業務生産性やヒューマンエラーとの因果関係を明らかにする技術を開発している。例えば,運送業においては,人をセンシングして得られたデータと事故リスクとの相関を解析することで,交通事故防止策を講じることが考えられる。日立は,実際にセンシングしたデータを解析し,副交感神経活動と事故リスクに相関があることを示した(図4参照)。この解析結果に基づき,心拍変動からドライバーの疲労度を推定し,ドライバーや管理者にアラートを上げる機能を実現した。本技術は,日立物流の運送事業の現場において,80拠点の1,200台の商用車に適用されている。今後は社会インフラの保守作業や工場の作業におけるミスや事故防止に向けて,本技術を適用していく。

4. レジリエンスを実現するLumadaのCPS

DXやQoL向上の価値は,社会での突発的な変動においても持続的(レジリエント)に提供されることが期待される。本章では,レジリエンスを実現するLumadaのCPSに関する研究開発について述べる。

4.1 LumadaのCPS

図5|LumadaのCPS 図5|LumadaのCPS サイバー空間とフィジカル空間を連携させ,成長と進化の二つのループによって,不確実性が高く複雑な社会課題に対しても持続的な価値を提供し続けるCPSである。

OTとAIを掛け合わせたイノベーション創出に向け,サイバー空間とフィジカル空間を連携させるLumadaのCPS実現に注力している(図5参照)。このCPSの特徴は,「成長」と「進化」の二つのループを持つことと,プロダクト・システム・ソサエティといった規模や対象が異なるCPSを統一的に扱えることにある。「成長」とは,フィジカル空間を再現したサイバー空間上でより効率的な対処をAIが導き出し,フィジカル空間にフィードバックして対処を促すループを早く回すことで,成長を促進する。「進化」は環境や目的,ステークホルダーの増減といった変化によって現状のシステムでは対処が難しくなった場合に,制約の緩和やシステムの入れ替えなどもサイバー空間上でシミュレートし,マルチKPI(Key Performance Indicator)を満足させる解を導出することで,複数のステークホルダー間の合意形成を経てフィジカル空間の対象を更新する。この二つのループ構造により複雑な社会での突発的な変動においても,持続的な価値向上を提供可能とする。

本研究は,MILA(Montreal Institute for Learning Algorithms),スタンフォード大学,カリフォルニア大学バークレー校と共同で進めており,グローバル最先端の技術を素早く取り込んでいる。また,CPSの具体的な事例として,産業用ロボットの自動化において立ち上げや変更を容易にする「変われるオートメーション(Collabotics)」の実現に取り組んでいる。

4.2 CPSを構成するAI

AIはCPSの「成長」と「進化」のループにおいて中心的な役割を担う。構成要素には,センシング分析AI,予測・解探索AI,対処説明AIがある。

まず,フィジカル空間をサイバー空間上に再現するセンシング分析AIは,センシングして得られたデータとフィジカル空間の空間構造を表現したデータをGIS(Geographic Information System)上で組み合わせる技術である。これにより,例えば,建物の設計図面とレーザー計測などによる人の検知位置を組み合わせて,人の行動を高度に識別することができる。

次に,過去データから予測を行う予測・解探索AIについて述べる。機械学習モデルは,モデル作成者の知見で精度が大きく変わってしまう。そこで,モデル構築の属人性を緩和する特徴量自動生成技術や,顧客のドメイン知識を予測モデルに反映する技術を開発している。また,将棋やチェスなどのゲームでは人間を超える判断を実現している強化学習技術を,現実世界の課題の解探索に応用する研究を進めている。

最後に,AIの判断結果を説明する対処説明AIを紹介する。現実世界でAIの判断を採用するには,複数のステークホルダーにその根拠を説明し,合意を形成する必要がある。しかし,深層学習モデルに代表されるAIは非常に複雑で,現場担当者がその根拠を理解できないと安心して業務に使えない。そこで日立は,多種多様なAIの判断根拠を,分かりやすく説明する技術を開発している。

5. おわりに

本稿では,日立のAI研究の歴史と,人工知能イノベーションセンタの取り組み,その社会適用の事例について解説した。

今後は,Lumada Data Science Lab.との連携を通じて日立のAI技術の迅速な社会適用をめざすとともに,顧客と共に培ったOTとITをAI技術に掛け合わせ,社会の期待に応えていく。

参考文献など

1)
K. Yanai et al.: StruAP: A Tool for Bundling Linguistic Trees through Structure-based Abstract Pattern, Proceedings of the 2017 EMNLP System Demonstrations, pp. 31-36 (2017.9)
2)
吉川裕,外:映像解析技術を核とした作業認識ソリューション,日立評論,102,6,739〜743(2020.11)
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