日立評論

現場のデータを生産性向上につなげるエッジアナリティクス

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ハイライト

COVID-19の感染拡大などを受け,社会環境の変化にしなやかに適応する能力,すなわちレジリエンスへの関心が高まっている。

本稿では,5G/6G通信,AI,AR/VR,データセンターやクラウドなどの新技術の台頭とコロナ禍における潮流の変化点を捉え,リモートワークをはじめ,ニューノーマルへの変化に対応するための,時間と空間と人間の制約を超える日立のエッジアナリティクスを紹介する。また,現場での組合せ最適化,都市におけるインフラ保守,においセンシングによる空間や環境の計測,および産業における作業自動化の取り組みや解決事例について説明する。

目次

執筆者紹介

高浦 則克Takaura Norikatsu

  • 日立製作所 研究開発グループ 計測・エレクトロニクスイノベーションセンタ 情報エレクトロニクス研究部 所属
  • 現在,5G・XRエッジコンピューティングの研究開発に従事
  • Ph.D. in Materials Science and Engineering
  • 応用物理学会会員

1. はじめに

図1|エッジアナリティクスを実現するコンピューティングシステムとLumada CPS 図1|エッジアナリティクスを実現するコンピューティングシステムとLumada 5G/6GエッジコンピューティングシステムとLumadaサイバーフィジカルスペースが連動することで,エッジアナリティクスはその真の価値を発揮する。

コロナ禍において,安全空間の提供や在宅勤務が推進されている。人々の快適をサポートするアプリが多数登場し,「リモート」,「非接触」に代表される遠隔センシングサービスの世界市場規模は2022年に216.2億ドルに達すると予想される1)。この潮流を支えるIT,5G(Fifth Generation)/6G(Sixth Generation)通信やAI(Artificial Intelligence),AR(Augmented Reality)やVR(Virtual Reality)の総称であるXR(Cross Reality)の台頭が近年著しい。5G通信は,ユーザーが遅延を感じることなく,高速に動画や現場データを送受信可能にする。AIは,現場データから所望の情報を高速に抽出し,多くの人手作業や仕事を代替するために使われる。XRは,eSportsに代表されるライフスタイルの革新に始まり,建機や工場機器のモデリング・制御,さらには電気自動車や鉄道の自動運行をアシストするために用いられる。

IoT(Internet of Things)は,あらゆるモノをつないでデータを収集(Sense)して解析(Think)し,得られた結果を反映した制御(Act)を行うために,これらの新技術をフル活用する2)。しかし,ネットワーク経由でクラウドへデータを一極集中させるだけではSense,Think,Actの一連の動作を行うことは困難である。取り扱うデータ量が膨大となり,課題解決に求められる処理が間に合わないためである。

そこで注目を浴びているのが,データを現場で分散して解析するエッジアナリティクスである(図1参照)。エッジアナリティクスは,OT(Operational Technology)から発生する,現場の画像や音響,温度,湿度,圧力,ゆがみ,振動,磁気,においなどのデータを収集し,エッジAIや機械学習で解析し,その結果に基づき現場機器を制御する。エッジアナリティクスは,人々の生活をより良い方向に変化させるDX(Digital Transformation)を活性化し,時間と空間と人間の制約を超えて,リモートワークや遠隔操作の違和感の解消,新しい生活様式での安全・快適性,業務自動化による生産性向上を実現する。

本稿では,日立のエッジアナリティクスとして,変化への柔軟な対応や強靭性を意味するレジリエンスをキーワードに,日立独自のコンピューティング,センシング,AIを用いた最新事例を紹介する。

2. レジリエンスを支えるエッジアナリティクス

エッジアナリティクスを活用した課題解決の事例として,現場での組合せ最適化技術の開発やインフラ保守,環境計測および作業自動化の取り組みを説明する。

2.1 現場での組合せ最適化技術

コロナ禍におけるビジネス継続の条件は時々刻々と変化している。将来を見通す予測モデルに基づいた計画だけでビジネスを継続することは難しく,想定外の状況にいち早く適応し,その時々の最善手を打つ必要がある。最善手を探す問題の多くは,時間やコストなどの利用可能資源の制約の下で,所望のKPI(Key Performance Indicator)を最大化する「組合せ最適化」で解決できることが知られている。しかし,組み合わせる対象が増えると計算時間が爆発的に増大することが課題である。

計算爆発の壁を越える技術として,日立はCMOS(Complementary Metal-oxide Semiconductor)アニーリングを開発した。解決できる問題の規模はスピンと呼ばれる構成要素の数で表される。現在,組合せ最適化はエッジ側よりもむしろシステム全体を俯瞰する立場にあるクラウド側で行われている。一方,状況変化に即応した最適化を進めていくうえでは,サイバーと現実社会の間のレイテンシが大きく影響する用途,例えばロボットや工場機器のきめ細やかな制御においてはエッジ側で高速な最適化を行う必要性がある。

日立は半導体集積回路分野における世界最高峰の学会ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)において,2019年に名刺サイズでエッジ適用可能でありながら,世界最高水準(当時)のスピン数約6万個に対応したCMOSアニーリングマシンを発表した[図2(a)参照]。IoTシステムのエッジ側では計算資源やフットプリントが制約される。名刺サイズであることはこうした制約にかなうものだが,一方でその制約は適用先によりさまざまで,それぞれの制約下で最大の問題規模を実現できるスケーラビリティが求められていた。

そこで2021年のISSCCで発表した試作機では1ボードに9チップを搭載し,世界最高水準の14万4,000個のスピンを実現した[図2(b)参照]。さらに,ボードのタイル接続によりノードを構成し,スピン数を柔軟に調整できることを実証した。これにより,最小1チップ構成からスタートして,理論上無限にスケールすることができる3)。本技術により,エッジ側のさまざまな制約に適応してCMOSアニーリングを提供できるようになった。これにより,エッジ最適化のアプリケーション開発の進展が期待される。なお,アプリケーション開発の現状は本誌別稿を参照されたい4)

図2|エッジ向けCMOSアニーリングマシンおよび大規模問題に対応するための技術 図2|エッジ向けCMOSアニーリングマシンおよび大規模問題に対応するための技術 Board-to-board Connectorを用いてCMOSアニーリングプロセッサのチップを3×3=9個接続することにより,大規模問題の計算が可能となる。

2.2 都市レジリエンス:インフラ保守

図3|振動センシングを用いた漏水検知 図3|振動センシングを用いた漏水検知 埋設された水道管の振動を検知することで漏水検知が行われる。

インフラ設備の老朽化が進み,多数の事故が発生し始めている。道路の陥没事故や橋梁における鋼材の破断が目に見える形で起こり,さらに,地下水道管からの漏水や街灯からの漏電などの直接目に見えない劣化も頻発し始めている。従来のインフラ保守は,1年から数年ごとの頻度で,熟練作業員や検査車による巡回点検によって行われてきた。しかし,発見の遅れなどによる高コスト化,熟練者不足が相まって,有効な保守サービスの提供が困難になりつつある。

本課題を解決するために,日立はIoTセンシングによるインフラ保守プラットフォームを実現した5)。現場にセンサーを常設してデータを収集し,漏水・漏電の発生をリアルタイムに検知する。エッジセンサー端末とクラウドサーバをLPWA(Low Power Wide Area)などの次世代IoT通信で接続して連携させ,監視プラットフォームで解析して見える化し,さまざまな劣化を検知して迅速なメンテナンス提供を可能とした。

漏水検知の事例では,独自のアルゴリズムを搭載した超高感度振動センシングを自社開発した(図3参照)。実証実験により,微量な地下漏水を検知できるだけではなく,従来の熟練作業員による音聴調査では調査が難しい幹線道路や軌道敷などの騒音環境においても,実際の漏水を検知できることを確認し,その有効性が確認されている。バッテリーの長時間稼働により,センサー自体のメンテナンス頻度を低減することによるコスト削減にも成功した。

2.3 空間レジリエンス:においセンシングによる環境計測

図4|スマートフォンとセンサーを用いた空気検知 図4|スマートフォンとセンサーを用いた空気検知 スマートフォンに接続されたガスセンサーで収集されたデータがクラウドにアップロードされ,解析されることで空気検知が行われる。

安全空間や清浄な空気を求めるニーズがコロナ禍でグローバルに拡大している。室内感染を防止するための換気や入退出の制限を促すため,車内やエレベーターなどのあらゆる密閉空間や環境の清浄度を計測する仕組みが求められている。従来の空気感知は,火災報知器やガスクロマトグラフによる防災,あるいは空気清浄機制御や香りによる快適生活提供を目的に行われてきた。しかし,こうした従来の方法では,計測装置を固定して使う,あるいは検知できるガスやにおいの種類が限定的であるため,柔軟な運用が困難である。

ポータブルに多様なにおいを検知するため,日立は軽量小型なマルチ半導体ガスセンサーを開発した6)。試作したデバイスと想定される適用分野を図4に示す。スマートフォン幅と同等サイズのセンサーモジュール部は,スマートフォン下部端子に接続して使う。ここに5種の半導体ガスセンサーを搭載してデータを収集し,スマートフォン経由でクラウドにデータ送信することで,機械学習を駆使して多種多様なにおいをppmオーダーの感度で分類する。

本技術を用いたソリューションは,さまざまな現場のにおいモニタリングや空気質制御に用いられる。工場現場では,製造ライン・倉庫での異常検知,品質管理に適用可能である。環境計測応用としては,廃棄物管理の支援などが想定される。人の計測においては,従業員の体調チェック,健康管理,感覚の数値化/定量化による業務置き換え妥当性の検証が対象となる。空間レジリエンスの観点では,エレベーターや喫煙所などでの空気質モニタリングや入退場管理,空気洗浄制御ソリューションへの応用が期待される。

2.4 産業レジリエンス:ロボットによる作業自動化

図5|軌道計画アクセラレータを用いたロボット作業高速化 図5|軌道計画アクセラレータを用いたロボット作業高速化 膨大な計算リソースを必要とする,無人搬送車が障害物を避けるのような非定型作業の自動化は,軌道計画アクセラレータを用いることで実行可能となる。

リモートワーク推進や労働人口の減少を受け,複雑な人手作業をロボットで代替する機運が高まっている。物体を高速認識して選別・ピッキングして作業するタスクがその一例である。箱のような定型物体を取り扱う動作は比較的単純で,従来のディープラーニングを用いて容易に実行できる。しかし,無人搬送車が障害物を回避するような非定型作業の難易度は高く,実行準備に要する計算時間は膨大となり,定型作業の100倍以上になると見積もられている。

非定型作業の計算を高速化する技術として,日立はロボット軌道計画アクセラレータを開発した7)図5参照)。本アクセラレータはCPU(Central Processing Unit)コアを搭載したプログラム可能な論理回路であるFPGA(Field Programmable Gate Array)から成るハードウェア上に実装される。軌道計画は,(1)想定されるロボット軌道に対する障害物の認識,(2)作業する対象物とその周辺のマップ作成,および(3)障害物との衝突を回避する最適軌道を正確に抽出するマップ探索から成る。専用回路を動的に構成可能な前述のハードウェアを用いて,軌道計画の3要素の計算を高速化する。ソフトウェアとハードウェアの協調動作で,複数のマップ探索を並行して実行し,探索時間をさらに短縮する。

以上を統合する実証実験で,従来のソフトウェアベース技術より100倍以上高速である,ロボット軌道計画の所要時間500ミリ秒が達成された。今後,高速認識AIと併用して障害物認識性能を向上させるなどのバージョンアップを継続し,多様な複雑作業の自動化を推進する。本技術の適用により,スマートファクトリーやサプライチェーンの機器自動化や全体監視をめざす。

3. おわりに

本稿では,日立のエッジアナリティクスとして,現場での組合せ最適化を実現する技術,およびインフラ保守,環境計測,産業のレジリエンスに活用したソリューション構築の事例を紹介した。

今後は顧客ニーズに特化したエッジ半導体の開発に取り組むとともに,障害の発生により止まらないことを意味するミッションクリティカルの実現に向け,5G/6Gの機能を生かしたエッジアナリティクスを社会実装する計画である。

謝辞

本稿の2.1節および2.4節の成果は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP16007)の結果得られたものであり,関係各位に深く感謝の意を表する次第である。

参考文献など

1)
Remote Sensing Services Market
2)
竹村理一郎:社会課題の解決に貢献する計測デジタルソリューション,日立評論,100,6,601〜603(2018.11)
3)
T. Takemoto et al.: A 144Kb Annealing System Composed of 9×16Kb Annealing Processor Chips with Scalable Chip-to-Chip Connections for Large-Scale Combinatorial Optimization Problems, 2021 IEEE International Solid-State Circuit Conference (ISSCC 2021) (2021.2)
4)
水野弘之,外:アニーリング型/ゲート型量子コンピュータの研究開発,日立評論,103,2,272〜276(2021.3)
5)
日立製作所,社会インフラ保守プラットフォーム
6)
日立ニュースリリース,養父市で新規開業する自家用有償旅客運送事業(通称:やぶくる)において,日立のなりすまし防止機能を搭載したクラウド連携型呼気アルコール検知器の実証を開始(2018.5)
7)
A. Kosuge et al.: A 1200×1200 8-Edges/Vertex FPGA-Based Motion-Planning Accelerator for Dual-Arm-Robot Manipulation Systems, 2020 IEEE Symposium on VLSI Circuits (2020.6)
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