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ハイライト

日立北大ラボでは,自治体と連携した実証実験や探索的活動を通じて,北海道における社会課題の解決を進めている。岩見沢市の母子健康調査で収集した健康・生活データから子どもの成長発達に影響を与える因子を特定するとともに,レセプト分析などから地域特性を可視化し,自治体と連携した施策提案が可能な健康データ統合プラットフォームを開発した。さらには,低炭素化社会と地域経済発展に向けて,複数の直流ナノグリッドから成る地産地消地域エネルギーシステムを提案し,岩見沢市にて社会実装を進めている。

本稿では,健康・人財・産業創出・環境の地域循環による共生のまちづくりを推進し,個々人が健康で安心して暮らせる,持続可能な地域社会の実現をめざす,日立北大ラボの取り組みを紹介する。

目次

執筆者紹介

竹本 享史Takemoto Takashi

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 日立北大ラボ 所属
  • 現在,社会課題解決に向けた健康データ統合プラットフォームや地域エネルギーシステムの研究開発に従事
  • 科学博士
  • IEEE Member
  • 電子情報通信学会会員

中村 宝弘Nakamura Takahiro

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 日立北大ラボ 所属
  • 現在,健康データ統合プラットフォームの研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • IEEE Member
  • 電子情報通信学会会員

1. はじめに

日立北大ラボでは,北海道大学や他のステークホルダーと連携して,北海道における過疎化,少子高齢化などの社会課題解決と持続可能な地域社会の実現に向け,健康・人財・産業創出・環境の地域循環による共生のまちづくりを推進している(図1参照)。新型コロナウイルス感染症の拡大によって,テレワークによる在宅勤務が普及するなど,働く場所が住む場所に依存しなくなることから,豊かな自然環境に恵まれた地域での生活が見直されている。今後,都市から地域への移住による分散化が進むことが予想され,安全・安心な生活基盤の構築と,地域におけるエネルギー需要の増加に対応する安定した供給力の確保が重要となる。

本稿では,少子化対策に向けた母子健康ケア,環境(低炭素化社会)と地域経済を両立する地域エネルギーシステム構築に向けた取り組みについて紹介する。

図1|日立北大ラボの研究構想「共生のまちづくり」 図1|日立北大ラボの研究構想「共生のまちづくり」 健康・生活・インフラなどの地域データ統合基盤と次世代最適化技術をコア技術とした共生のまちづくりプラットフォームを構築し,健康・人財・産業創出・環境の地域循環による,持続可能な地域社会を提供する。

2. 健康データ統合プラットフォームの開発

国内における低出生体重児(2,500 g未満)の割合は1990年頃から増加し,2019年は9.4%とOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development)加盟国平均の約1.5倍となっている1)。要因の一つに,ダイエット志向の高まりなどによるBMI(Body Mass Index)指数20%未満のやせ型の女性の増加が挙げられる。低体重で栄養不足の妊婦においては,胎児に十分な栄養が行き渡らないことが推測される。DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)説によれば,胎児期から幼少児期の環境は,発達障害の発症や成人期の慢性疾患リスクに影響することが示唆されている。将来の健康リスク低減には,胎児期から幼少児期の母子の栄養と発育をサポートすることが重要となる。

本課題解決に向けて,2016年から岩見沢市にて,北海道大学COI(Center of Innovation)「食と健康の達人※)」拠点と連携し,腸内環境に着目した母子健康調査を推進してきた。本調査はプレママから学童に至るまで,便,血液,母乳,食事などのさまざまな健康データを取得・解析し,母子の健康と子どもの発達に関連する新しい因子探索を目的としている。本調査を通じて,2014年に10.4%だった岩見沢市の低出生体重児の比率は,2019年には6.3%まで改善している。

図2|母子健康調査を活用した健康サービス 図2|母子健康調査を活用した健康サービス 腸内環境の新たな科学的理解を可能にする健康データ統合プラットフォームを構築した。本プラットフォームを活用したテーラーメイド型食・健康サービスを創生し,地域力向上,まちづくりに展開している。

日立北大ラボは,簡易な健康指標(健康ものさし)の特定と,それを活用した食・健康サービスや,まちづくりの展開をめざして健康データ統合プラットフォームの構築を進めている(図2参照)。健康ものさしの探索を容易にするため,腸内細菌叢と他の健康パラメータとの網羅的相関分析ツールMANTA(Microbiota and Phenotype Correlation Analysis Platform)2)などとの連携を実現した。また,母子健康調査以外の健康データも統合し,ソーシャルキャピタル分析や健康予報システムと連携して人々の協調活動の活性度や,医療費・通院回数・疾病数などの地域特性の可視化を進めている。

さらに,母子が健康に暮らせる持続可能な社会の実現に向けて,北海道大学,森永乳業株式会社とともに母子健康調査の普及と拡大につながる知的財産を創生し,それらの開放に合意した。

※)
食と健康の達人は,国立大学法人北海道大学の登録商標である。

3. 地域エネルギーシステムの構築

北海道はさまざまな自然エネルギーに恵まれ,太陽光,陸上風力の将来に向けた導入ポテンシャルは,それぞれ全国3位,1位3)となっている。しかしながら,太陽光発電や風力発電は供給量の変動が大きく,北海道全体で火力発電も含めた調整を行いながら電力を使用するため,安定的かつ安価な供給量確保の観点から利用範囲が限定されてきた。さらに,需要地・再生可能エネルギー適地が分散している北海道では,送電線の容量を増加するためには多額の費用と工期が必要とされている。このため,新たな再生可能エネルギーの系統への接続が難しく,再生可能エネルギーを十分に活用するには,長距離の送配電網に頼らないエネルギーシステムの構築が必要となる。

本課題解決に向けて,日立北大ラボと北海道大学は,地域のエネルギー関連企業,研究機関と連携して,地産地消地域エネルギーシステムの開発を進めている(図3参照)。本システムでは,太陽光発電やマルチ燃料エンジンを用いた直流ナノグリッドを地域に複数設けて,グリッド間を電気自動車などでネットワーク化することで,需給一体型可動式グリッドを実現する。これにより,電力の地域間格差解消と災害による大規模停電発生の際も利用できる自立型の電力システムの提供に加えて,地域にとって必要不可欠な人・モノのコミュータなど,単独のナノグリッドでは創出できない新しいサービスの提供をめざす。さらに,各ナノグリッドは小規模な構成のため,導入コストが低く,既存の電力網と親和性が高いシステム技術を構築することで,本システムのさまざまな地域への展開が期待できる。現在,岩見沢市にて太陽光や温泉付随ガスを燃料としたエネルギー(電気,熱)供給で,地域の農産業に寄与する直流ナノグリッドを構築中である。

図3|地域エネルギーシステムによる環境配慮型新産業の創出 図3|地域エネルギーシステムによる環境配慮型新産業の創出 電力の地域間格差解消と農業・防災に寄与する自律分散型直流ナノグリッドを開発した。最適数理制御システムにより,人・モノのコミュータなど,新しい電力サービスを創生する。

4. おわりに

本稿で紹介したシステムを実現するには,気象変動,需要変動などの不確実な環境変化を考慮し,環境問題や経済効果などのさまざまな価値に対して最良な解を提供する次世代最適化技術(多目的時空間最適化技術)の開発が重要となる。本技術開発の強化を図るべく,北海道大学と共同で開催したマラソン型プログラミングコンテスト4)の世界各地からの参加登録者数は1,700名を超えた。今後は,解答コードの実応用に向けた解析を実施するとともに,本エネルギーシステムを地域コミュータ・物流サービスなどと連携させることで,地域の循環型経済のモデル構築をめざしていく考えである。

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