ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

COVER STORY:TRENDS

ニューノーマルの世界におけるイノベーション

不確実な時代に求められる「深化」と「探索」

ハイライト

技術の進化がますます加速し,デジタライゼーションを通じて社会や産業の仕組みは目まぐるしい変化を続けている。新型コロナウイルスの出現によってこれまでの常識や慣習が変化を余儀なくされる中,従来とは異なる価値が注目を集めるニューノーマルの時代が到来しつつある。

ニューノーマル下でイノベーションを創出し,持続的な成長を実現するために,企業経営には何が求められているのか。

世界的なベストセラー『両利きの経営』の著者でスタンフォード大学ビジネススクール教授のチャールズ・A・オライリー氏と,日立製作所の鈴木教洋執行役常務・研究開発グループ長が,2020年11月に開催されたHitachi Social Innovation Forum 2020 TOKYO ONLINEに先立って語り合った。

目次

加速する変化の中で勝ち残るために

チャールズ・A・オライリーチャールズ・A・オライリー
スタンフォード大学 ビジネススクール教授
テキサス大学エルパソ校卒(化学),バークレーにてMBA(情報システム)と博士号(組織行動論)取得。カリフォルニア大学ロサンジェルス校,バークレー校教授およびハーバード大学ビジネススクール客員教授。教育分野は企業戦略,リーダーシップ,人事管理。バークレーおよびスタンフォードではティーチング賞を受賞し,米国・経営アカデミーより生涯功労賞と優秀学術貢献賞を受賞。近年の研究では,組織文化と上級管理職がイノベーションとチェンジに与える影響に焦点を当て,企業エグゼクティブ向けにリーディングチェンジや組織再生,人事管理など数多くのエグゼクティブ・教育プログラムを開発,教務主任を務める。

鈴木ご著書『両利きの経営』を拝読しました。本日は日立,そして私たちのお客さまに向けて,アドバイスを頂ければうれしく思います。

本日のテーマは,「ニューノーマルの世界におけるイノベーション」です。デジタル化によって社会や産業,そして私たちの生活は変化し続けていますが,COVID-19(新型コロナウイルス感染症)はこのVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の時代の中で,私たちの常識を塗り替えてしまいました。こうした中でどのようにイノベーションを創出するのか,そのためには何が必要なのか。持続的な成長の実現に向けて,両利きの経営,「深化(Exploitation)」と「探索(Exploration)」と活用のバランス,ニューノーマル下におけるイノベーションの潮流などについて,お聞きしたいと思います。

オライリー歴史を振り返ってみると,自動車やテレビの普及にかかった時間に比べて,技術が変化するスピードが加速していることが分かります。インターネット,コンピュータ,モビリティ,またAI(Artificial Intelligence)や機械学習などの新しい技術も,かつてないスピードで普及しています。

しかし,少なくとも米国では,優れた企業が失敗しているという事実に十分な注意が払われていないと思います。彼らの施策は的外れになりつつあり,他社に買収されたり,時に失敗をしたりします。変化が加速しているため,企業のリーダーは今日の収益を稼ぐ既存事業での競争を勝ち抜き,顧客満足を向上するだけでなく,将来をも探求しなければなりません。そこには,大きなプレッシャーが掛かっていると思います。

50年前,経営リーダーの役割は今ほど難しくはありませんでした。なぜなら変化のスピードが緩やかだったので,「深化」と「探索」のどちらにおいてもアジャイルである必要がなかったからでしょう。

課題は広い目で見れば同じなのです。日立には110年の歴史があり,その間に多くの変化を起こしてきましたが,変化のスピードが加速していることで,鈴木さんたち経営リーダーに掛かるプレッシャーも大きくなっていると思います。今の成功も必要ですが,未来の成功も重要なのです。多くの優れた企業が失敗しているという事実は,経営リーダーへの警鐘であると思います。

私の教え子たちの多くは自ら起業したり,スタートアップ企業で働いていますが,大企業はリソース,顧客へのチャネル,技術,適応力のいずれの面でもスタートアップ企業よりも優れているのですから,理屈の上では大企業は彼らよりもイノベーティブであるはずです。しかしそれは実際には当てはまらず,30年,40年前にはイノベーティブだと言われていた企業が今日においては勢いを失っているということも珍しくありません。未来とは不確かなものです。

鈴木はい。未来は不確かであり,だからこそ探索の手を止めてはなりません。日立は,2019年6月にCVC(Corporate Venture Capital)を設立し,既に複数のスタートアップ企業に投資しており,今は彼らとの協創プロジェクトを推進しています。この取り組みは研究者にとって実に刺激的で,お互いが急速に成長しています。現在は日立の各セクター,ビジネスユニットと戦略を共有し,さらなる投資と協創の準備を進めているところです。

また,AI分野の研究で知られる矢野和男フェローは,日立で初となる「出島」,すなわちインサイドアウトでビジネスを創出するケースとして,株式会社ハピネスプラネットを設立しました。新たな事業機会を探るためには,この種の起業家精神が非常に重要です。われわれ研究開発グループも事業部門とともに,起業精神とマインドセットを一層強化していきたいと考えています。

いかにしてイノベーションを起こすか

鈴木 教洋鈴木 教洋
日立製作所 執行役常務 CTO 兼 研究開発グループ長 兼 コーポレートベンチャリング室長
1986年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了,日立製作所入社。デジタル画像信号処理,組込みシステムなどの研究開発に従事後,2012年日立アメリカ社シニアヴァイスプレジデント兼CTO,2014年中央研究所所長,2015年研究開発グループ社会イノベーション協創統括本部長を経て,2016年から現職。工学博士。映像情報メディア学会会員,電子情報通信学会会員,IEEE Senior Member。

オライリー今日,世界の経営リーダーは誰もがイノベーションが重要だと言うでしょう。それは間違いありません。ところがそこに問題があります。イノベーションの実現に至るまでには,三つの段階があるのです。第一に新しいアイデアを作り出すプロセス,すなわちアイディエーションです。これはCVC,研究開発,デザイン思考,社内コンテストなどに相当します。世界の企業は,アイディエーションにおいては非常に優れていると思います。

第二にインキュベーションです。これは,アイディエーションとはまったく性質が異なります。優れたアイデアをいくつも生み出したとして,そのうちのどれが顧客に受け入れられるのか。それを検証するため,リーンスタートアップを通じて,市場で通用するアイデアを特定するためのプロセスです。この点でも,多くの大企業は優れたビジネスモデルキャンバスを確立しています。

大企業において課題となるのが第三の段階,スケーリングです。大抵の大企業は,イノベーションを実現するために,アイディエーションに投資し,試行錯誤を経てインキュベーションを行います。新規事業に投資するということは,既存の事業部門の資産や人財を新規事業に割り当てなければならないということです。そして多くの場合,そこで問題が発生するのです。ここで一つ,例を挙げましょう。ある企業は新規事業のインキュベーションのために二つの拠点に異なる組織を立ち上げましたが,スケーリングに失敗しました。その理由は既存の事業と競合する新規事業に,経営陣がリソースを投入したがらなかったためです。彼らはイノベーティブであることの必要性を理解していましたが,新しいビジネスを拡大するために必要な規範は持ち合わせていなかったのです。

鈴木研究開発のミッションは最初の段階,つまりアイディエーションです。これは新しいビジネスを創出すること,すなわち0を1にすることです。一方で,日立には社会イノベーション事業を専門とする部門がありますが,この部門は主としてビジネスモデルの創出に注力します。1を10にするまでが彼らの仕事で,最後のスケーリングは,各セクター,ビジネスユニットなどの事業部門の役割です。彼らにはビジネスのチャネルと顧客とのつながりがあり,グローバルな営業チームを擁しています。つまり10を100にするスケーリングは,彼らの担当ということになります。これら三つの組織は,大きなビジネスを生み出すために一丸となって取り組まなければなりません。これが日立の現状のフレームワークです。

オライリーそれは理にかなっていますね。しかし,一つ問題があります。事業部門が既存の事業のマージンを下げるようなアイデアを採用する可能性は低いということです。

かつて私が携わったあるソフトウェア関係の大企業の例を挙げましょう。彼らは世界がSaaS(Software as a Service)へと移行しつつあることを察知し,既存の顧客に向けたSaaS関係のプロダクトを持っていましたが,既存の事業部門は及び腰でした。なぜならSaaS関連プロダクトのマージンが低かったからです。結局,事業部門は製品の拡張のためのスケーリングを行い,新しい製品とサービスを追加しましたが,私は,新規事業が既存の製品と競合したり,マージンが低かったりすることで,既存の事業部門が採用を渋るのではないかと気がかりでした。それゆえ私は著書の中で,「探索」のための組織を切り分けなければならないと書いているのです。

大企業が失敗する例は少なくありません。顧客好みの優れた,新しい技術を持っていたにもかかわらず,マージンの低さ,既存の事業との競合の可能性ゆえに,既存事業部門の中で事業を進めようとして失速してしまい,そして競合他社に追い抜かれるのです。事業部門は確かにスケーリングに長けていますが,それは対象となる事業が彼らのパフォーマンスに影響を与えないときに限った話なのではないでしょうか。

鈴木ご指摘のとおりだと思います。実際,事業部門は損益比率や利益率を追求しなければなりませんから,短期的な視点に立つことが多いでしょう。しかし現在,ビジネスのトレンドはサービス事業にシフトしつつあります。サービス事業では,ビジネスモデルがまったく異なります。投資に対し,相応の利益が出るまでには長い時間がかかります。サービス事業を拡大するためには,長期的視点を持たなければなりません。

確かに短期的な利益を追求する限り,既存の事業部門は新しい事業には投資できません。するとやはり,組織を分けるというのが有効な解決方法になってきます。

オライリーそうですね。一つの方法は,組織を切り分けることです。少なくとも実行可能なレベルに達するまで新規事業を分離し,必要ならば後から統合するべきです。あるいはシニアマネージャーが新規事業を監視し,必要な資産と人財を確実に割り当てるという方法もありますね。現在,他社がやっている事業というのは,その企業のシニアマネージャーが,かつてその事業を新しいと考えたということでもあります。だからこそ彼らは,今という未来を実現したわけです。一方で,新しい技術に将来性を見いだし,ある事業部門に取り入れて予算を割り当てたものの,その事業部門のマネージャーが予算を既存事業に使ってしまったという例もあります。イノベーションを確実に実現させるには,シニアマネージャーによる監視が不可欠でしょう。

鈴木企業としての視点は,この種の戦略立案に際しては極めて重要ですね。

今求められるもの

鈴木では次に,今何が求められているのかについて伺いたいと思います。多くの企業は依然として,何が正常なのか,あるいは今後何が正常になるのかを見極めようとしています。パンデミックが収束したら,以前と同じようにビジネスが続けられると考えていることもあるかもしれません。オライリー先生のご著書では,「サクセストラップ※1)」について警鐘を鳴らしていますね。着実に成功へと至るためには,どのようなリーダーや変化,組織が必要だとお考えでしょうか。また,注意すべきことは何でしょうか。

オライリー将来を見据えず,目の前のビジネスにフォーカスしてしまうことには注意すべきだと思います。それこそ私が,マネージャーではなくリーダーが必要だと考える理由です。マネージャーとは物事を適切に遂行させる人物です。彼らは効率性に着目し,顧客を満足させる責任があります。これに対し,リーダーは未来を展望します。5年先などではなく,20年後,50年後まで会社を存続させる責任があります。つまり短期的な指標に集中しすぎると,会社を誤った方向に向かわせるかもしれません。将来,何をするかではなく,今,何をしているかを考えるからです。リーダーとして成功するためには,既存の事業分野での成功ももちろん必要ですが,探索的な活動にも目を向け,リソースを投入しなくてはなりません。

鈴木そうですね。既存の事業分野だけでなく「社会に貢献する」という観点から,私たちには大きく二つの目的があります。一つは,効率化を通じた顧客の価値向上です。もう一つは,人々のQoL(Quality of Life)を向上し,SDGs(持続可能な開発目標)の実現に貢献することであり,これはよりよい未来の社会に向けた長期的なコミットメントです。民間企業にとっては,その両方が重要になります。

オライリー私の経験上,日本企業は米国企業よりも長期的な視点に立っていると思います。米国企業の多くは,おそらくは米国の経済市場の特性ゆえに,短期の目標に集中しがちです。したがって「両利きの経営」という観点からすると,日本企業は優位に立っていると考えます。

鈴木では日本企業の経営リーダーに向けて,「文化(culture)」と「組織(organization)」を変えるための提言を頂けますでしょうか。

オライリー日本では,しばしば「culture」が「文化」あるいは「DNA」として語られますが,企業について語る際には,ナンセンスだと思います。なぜなら「DNA」は変えることができないし,「文化」は広義すぎるでしょう。企業を語る際の「culture」とは,物事をいかに行うか,つまり「やり方」ではないでしょうか。「やり方」は変えることができるし,管理することもできます。そして,戦略に沿って整理することもできます。

鈴木「組織」であればいかがでしょう。「文化」を変えることはできませんが,「組織」であれば,会社の目標に合わせて変えることができるのではないでしょうか。

オライリーそうですね,例えば私が,新たに日立で働くことになったとします。この場合,私にとって重要なことは何でしょうか。それは日立のやり方を学び,組織になじみ,よい人財と評価されるにはどのように振る舞うべきかを理解することです。経営トップや上司の言葉に耳を傾け,誰が昇進しているのか,誰が成功しているのか,していないのかを注意深く観察するでしょう。「culture」は行動パターンである,と考えてみれば,それを管理することも可能になります。私たちは周囲の環境によって,行動のパターンを変えますから。

鈴木日立は現在,人間中心の社会の実現に挑戦しています。どのように私たちの「culture」を変え,マインドセットを変えるかということが,人々の直面している課題に向き合い,そのために何ができるかを考える出発点なのです。これは言い換えれば,社会的なアジェンダ(課題)に対して当事者意識を持つということでもあります。最終的なゴールを思い描きながら,未来のアイデアを実現するためにステップを重ねていく。一人ひとりが社会の一員として参加し,考えることで,社会課題はより明確になります。Society 5.0を実現するためには,こうした「culture」の変化や当事者意識が極めて重要だと考えています。

オライリー同感です。しかし一方でそれは,上層部がどう行動するかということでもありますね。日立の社員はCEOや鈴木さんの姿を見て,その言葉に耳を傾けるとともに,自分たちのリーダーが何をしているかも見ています。「culture」を変えるうえで重要なことの一つはリーダーの行動です。言葉やルールだけではなく,行動でも巻き込むのです。組織の中で何が評価され,結果として誰が昇進するのかで示すのです。それによって社員はどのように「culture」,やり方を変えるのかを理解することができます。

鈴木つまりそれが,行動を変える第一歩なのでしょうね。

※1)
一般的に,事業が成熟するほど企業が「深化」に偏り,イノベーションが起きなくなること。

注目すべきイノベーショントレンドは

鈴木次のトピックスは,現在の世界のイノベーショントレンドについてです。変化の只中にある価値や,社会とどのように関わっていくのかです。私たちは皆,ニューノーマルを模索しています。今,オライリー先生の興味を引いている,注目に値するイノベーションのトレンドはありますか。

オライリー最初に申し上げたとおり,変化のスピードは加速していると思います。AIや機械学習など新しいテクノロジーのビジネスモデルは,今までにないスピードで広がり,顧客の好みも変化しています。例えば米国では,若者世代の自動車に関する考え方は,私の世代とは完全に変わりました。彼らはライドシェアリングサービスを好んで利用し,自動車を所有する必要性を感じていません。こうした変化が実際に起きているのです。現在,米国だけでなく恐らく日本にも,COVID-19に起因するテレワーク化の大きな波が押し寄せており,これは将来的にも続くと思います。米国を中心に数々の企業を見てきましたが,在宅勤務の重要性は増しています。人々はテレワークを望んでいますし,生産性や時間管理能力は上がりました。実際,人はテレワーク時の方が長時間働いています。パンデミックが収束しても,こうした変化の一部はそのまま残るでしょう。既に複数の企業が実際にオフィスを売却しています。こうしたトレンドがこの半年で加速したと考えています。

鈴木COVID-19対策には,われわれ研究開発グループも取り組んでいます。3Dプリンターを用いたフェイスシールドの製造・供給にあたっては,私たちがフェイスシールドのデザインを手がけました。また,人と人の物理的な距離を検知する動画解析についても複数の顧客と協創を進めているほか,ワクチン生産の関連技術にも取り組んでいます。5G(Fifth Generation),6G(Sixth Generation),AIといった技術の進歩を受けて,医療や製薬の分野における安全性・セキュリティの向上,産業現場におけるバリューチェーン最適化を通じた効率化など,イノベーションを加速しています。また環境の分野では,日立環境イノベーション2050に基づき,CO2の排出量を2010年との比較で2030年までに50%,2050年までに80%を削減する予定です。水やその他の資源の日立グループ全体での利用効率を,同じく2010年比で2050年までに50%に高めるとともに,2030年までに原材料・調達を含めた生産フェーズにおけるカーボンニュートラル実現などの目標を定め,環境ビジネスのリーダーになることを掲げています。これらの実現に向けては,イノベーションが必要ですので,研究開発グループは環境関係の研究にも注力しています。

オライリー素晴らしいことだと思います。日立の専門的な技術と顧客に対する深い理解は,大きなアドバンテージになるでしょう。

「深化」と「探索」の適切なバランスを探る

鈴木オライリー先生が提唱する「両利きの経営」のアプローチにおいては,知の「深化」と「探索」の適正なバランスがカギのように思われます。私たちはどのようなファクターを考慮して,両者のバランスを定めればよいのでしょうか。

オライリーそれは,どんな市場でプレーするのかによって変わると思います。「探索」には多大なリソースが必要となりますので,変化の緩やかな市場ならば「深化」に重きを置くべきでしょう。しかし,技術などの変化が激しい市場においては,「探索」をより重視すべきと考えます。知の「深化」とは,効率化を追求する活動です。顧客のすぐ近くで,コスト削減をめざし,その活動によって収益を得ます。一方で知の「探索」は,非効率的な活動です。保証もなく試行錯誤するのですから,探索をどれだけ行うかということは,テクノロジーや市場破壊のスピードによるでしょう。

例えばエネルギー産業では,従来のエネルギー資源に頼らなくなるまで今後10〜20年はかかるでしょう。つまり,エネルギー産業に関連する企業も,これに適応するのに10〜20年を要します。一方でその他の分野では,金融市場のFintechなど,コンピュータに関連して急速な変化が生じています。

判断のポイントとなるのは,市場破壊の規模とタイミングでしょう。今後5〜10年以内に市場が破壊されると判断できる場合は,探索を強化する必要があります。しかし20年以上先になると判断した場合は,もう少し慎重になってもよいでしょう。

鈴木エネルギーやITなど,市場破壊のスピードは分野によってまったく異なりますからね。こうした市場破壊に向けて,われわれ研究開発グループは,2015年に三つのイノベーションモデルに基づく組織へ再編しました。これらをCSI(Center for Global Social Innovation:社会イノベーション協創センタ),CTI(Center for Technology Innovation:テクノロジーイノベーションセンタ),CER(Center for Exploratory Research:基礎研究センタ)と呼んでいますが,CTIは技術プラットフォームの開発を通じて既存の事業部門をサポートし,CSIはお客さまと新しい価値を生み出すとともに,今後どのようなイノベーションや市場破壊が起きるのかを展望します。そして,協創を通じてお客さまの悩みや課題に基づき,お客さまとともに価値を生み出します。それが日立のアプローチです。また破壊的技術という観点では,CERが量子コンピューティング,再生医療,環境といった分野の研究開発に取り組みます。イノベーションの起こし方で組織を分け,ミッションを明確化しました。

オライリーまさに「両利き」というわけですね。一方で技術の進歩によって,ビジネスモデルも変化しています。例えば家電品の分野なら,単に新しい製品を作るのではなく購入者にサービスを提供するなど,技術だけではなくビジネスモデルもまた探索する必要があるものです。もちろん,日立はもう取り組んでおられると思いますが。

鈴木新しいビジネスの探索にあたっては,技術開発とビジネスモデルのペアリングが重要です。私たちには,顧客協創方法論「NEXPERIENCE※2)」,未来や市場動向の「きざし」を捉えて将来像を描き出す「ビジョンデザイン」をはじめとしたビジネスモデル創出ツール,アイディエーションツールがあります。実際のPoC(Proof of Concept)に先駆けてサイバー空間でPoCを実施し,あるビジネスモデルがうまく機能するか,しないかということをシミュレーションすることもできます。お客さまのデータから価値を創出し,デジタルイノベーションを加速するLumada,そして顧客協創は,デジタル市場で新しいビジネスを模索する日立の強みです。今後はUX(User Experience)や,B2C(Business to Customer),B2B(Business to Business)のビジネスモデルをどのように模索するかが,成長のカギを握っていると考えています。

※2)
Next Experienceに由来する造語。東京社会イノベーション協創センタが研究開発し,2015年に発表した,デザイン思考やサービス工学に基づく方法論である。

持続的な成長に向けて,日本企業へのアドバイス

鈴木最後になりますが,持続的な開発のためのイノベーションを起こそうとしている日本の企業やビジネスパーソンに向けて,アドバイスを頂けますでしょうか。

オライリー経験上,日本の企業やリーダーは,より長期的な視点を持っていると思います。そしてそれが強みになります。日立は110周年を迎えたとのことですが,息の長い企業というのは,変化を続けてきた企業です。「両利き」になることは簡単ではありませんが,米国企業よりも日本企業の方が受け入れやすい概念だと思います。

日本のオープンイノベーションはCVC,アイディエーション,インキュベーションが中心ですが,スケーリングにもっと注目してほしいと思います。新しいアイデアを生み出し,試すことはそれほど難しくありません。リーダーにとってより難しいのは,それを実際に成長させることなのです。この点において,日本企業は米国企業よりも上手だと考えています。今日お話ししたことが,皆さんのお役に立てば幸いです。そしてこれから,次の中期経営計画で日立が何をするのか,とても楽しみにしています。

鈴木先生のご著書にも事例として取り上げていただけるよう努力してまいります。本日は貴重なお話をありがとうございました。