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[]産業分野の情報制御システム

鉄鋼デジタルソリューションの展開

操業から生産,保守支援まで

ハイライト

鉄鋼プラント向けに,知的分析による操業支援,鋼板特性の事前予測,機械学習による品質制御,モーターやドライブの異常予兆診断,リモートによる保守支援を実現した。これらは,長年にわたりOTの分野で築き上げてきた鉄鋼制御のドメイン知識に,AIをはじめとする最先端のITを融合させた結果である。また,現場から経営レベルの顧客目標にも対応可能なトータルシームレスソリューションについて述べる。

エンドユーザーのニーズを叶える高付加価値鋼材の開発と生産,工場全体における品質トレーサビリティの見える化や生産性の向上,設備や操業のダウンタイムを最小化する遠隔および予兆によるプラント保守をキーフレーズに,高度なITを用いた最先端ソリューションの提供を開始した。

目次

執筆者紹介

林 剛資 Hayashi Gosuke

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 電機制御システム設計部 所属
  • 現在,鉄鋼向け計算機制御システムおよびデジタルソリューションの取りまとめに従事

秋田 佳稔Akita Yoshitoshi

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 電機制御システム設計部 所属
  • 現在,モータドライブシステムの開発・設計に従事

福村 彰久Fukumura Akihisa

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 電機制御システム設計部 所属
  • 現在,鉄鋼向け電機制御システムの設計・取りまとめに従事

寺本 晋輔Teramoto Shinsuke

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 電機制御システム設計部 所属
  • 現在,鉄鋼向け制御プラットフォームおよびデジタルソリューションの設計・開発に従事

栗林 健Kuribayashi Ken

  • 日立製作所 産業・流通ビジネスユニット デジタルソリューション事業統括本部 ソリューション&サービス事業部 産業製造ソリューション本部 電機ソリューション計画部 所属
  • 現在,鉄鋼向けデジタルソリューションの計画・取りまとめに従事

1. はじめに

図1|鉄鋼プラントにおける管理レベルと提供ソリューション 図1|鉄鋼プラントにおける管理レベルと提供ソリューション 鉄鋼プラントにおける情報および制御システムは,レベル0〜レベル4に大別される。日立はこれらの管理レベルに対し,顧客ニーズに沿った各種デジタルソリューションの提供を開始している。本稿2〜4章では各ソリューションについて紹介する。

近年のITの発展によりネットワークは高速化し,大容量データの情報処理能力も格段に向上した。データハブにより異なる複数のインタフェースを持つデータを集約して活用することができ,膨大な計算処理が必要とされたAI(Artificial Intelligence)をはじめとする解析テクノロジーの実用化も進んだ。これらを背景に,鉄鋼メーカーでは,操業や保守における知のデジタル化プロジェクトが注目されており,従来では成し得なかった付加価値の高い鋼板などの生産や,カーボンニュートラルに代表される環境に配慮したエネルギー消費の低減を,操業や保守の高効率化により推進している。

日立は長らく鉄鋼メーカーに制御システムを納めてきたが,これに日立が提唱するLumadaコンセプトを重ね合わせ,培った制御ドメイン知識と最新ITを結集することで,顧客が追求する次世代プラントを支援するための取り組みを推進している。鉄鋼プラントにおける情報および制御システムは,図1に示すように,ドライブ制御のレベル0,電気制御のレベル1,情報制御のレベル2,生産計画のレベル3,経営計画のレベル4に大別される。日立はこれらの管理レベルに対し,顧客ニーズに沿った各種デジタルソリューションの提供を開始した。

本稿では,レベル0〜2に対する鉄鋼向け分析・解析・診断ソリューションについて2章で,トラブル対応や品質改善,試運転プロセスなどを遠隔からタイムリーに支援可能なリモートソリューションについて3章で,さらにレベル3と4を含めた現場から経営・工場運営レベルに至るさまざまな顧客目標に柔軟に対応可能なトータルシームレスソリューションについて4章で述べる。

2. 鉄鋼向け分析・解析・診断ソリューション

プラントから収集したデータを巧みに編集することで実現している,分析・解析・診断の代表的な五つのソリューションを以下に示す。

2.1 知的操業保守支援システム「HITSODAS」

鉄鋼プラントでは,製品鋼板の品質や歩留まり改善のために,板厚公差外れの縮減や板破断の防止,形状安定化などが求められる。これらの改善には要因分析が不可欠であるが,多様な鋼種,板厚,板幅を生産するため,人手による解析には膨大な時間を要するとともに,解析者のスキルにより結果がばらつくといった課題がある。

これらの課題に対し,プラントから収集したデータの解析支援を目的とした知的操業保守支援システムHITSODAS(Hitachi Self-organized Diagnosis and Analysis System)を開発し,提供している。

HITSODASは,基本機能であるBASEと三つの拡張機能であるQA(Quality Analysis),PH(Process Human Interface),DS(Dynamic Synergy Control)より構成される。BASEでは製品コイル単位でのデータの収集と見える化を行う。QAは収集したデータから算出した特徴量をデータベースに長期保存し,情報検索,統計解析などのデータ解析支援機能を提供する。PHは収集したデータとビデオカメラで撮影した映像をプレイバック同期再生することで,生産上の課題をより多角的に検討する手段を提供する。DSは収集したデータを用いて制御モデルチューニングを効率的に行うことを目的とした機能を備えている2),3)

日立はグラフィカル機能と操作性を向上させた新しいHITSODASを開発し,2019年より海外顧客を中心にBASEとQAから構成されるシステムを提供している。今後はさらにPH,DSも組み合わせたシステム構成で国内外の顧客への提供を展開していく。

2.2 最適な圧延条件の構築を支援する材質予測システム

熱間圧延では,鋼板の寸法制御(板厚や板幅)に加え,高付加価値材の決め手となる強度や加工性といった材質特性を作り込むことが重要である。さらに所望の材質特性を実現するには,鋼板の化学組成,圧延時の圧下配分や冷却速度などの組み合わせを最適化する必要がある。従来は,顧客が圧延後の鋼板の検査結果を基に圧延スケジュールを調整しており,高効率化が望まれていた。そこで圧延条件による材質変化を事前に評価可能な材質予測システムを開発した(図2参照)。

鋼板の種類は多様で,大きくは炭素鋼や合金鋼,ステンレス鋼に分類され,さらにそこからいくつもの品種に細分化されるが,本開発システムは,独自の研究を通じて開発した冶金・機械特性予測モデルにより,その大半をカバーしている。予測モデルでは,スラブが加熱炉に装入されてからコイルとしてダウンコイラに巻き取られるまでの圧延および鋼板温度の履歴を,センサーからの検出情報と,この間を補間するシミュレーション技術により自動抽出し,冶金特性(結晶粒径,各結晶組織の体積分率,転位密度など)の変化を解析し,化学組成と最終的に得られた冶金特性から,鋼板の機械特性(強度,硬さ,伸び率など)を予測する。さらに専用のWeb画面から化学組成や圧延条件を変更することにより,対応する機械特性の変化を解析できるので,所望の特性を得るための圧延条件を容易に導くことが可能である。また,鋼板の品質レポートや品質検査工程を簡略化するツールとしても活用でき,今後はクラウドによる解析サービス提供も計画している。

図2|材質予測システムによるソリューションイメージ 図2|材質予測システムによるソリューションイメージ 従来は,圧延後の鋼板の検査結果を基に圧延スケジュールを調整しており,高効率化が望まれていた。それに応えるため,圧延条件による材質変化を事前に評価可能な材質予測システムを開発した。

2.3 ディープラーニングを用いた形状制御システム

図3|AIを用いた制御モデルの運用サポート方法 図3|AIを用いた制御モデルの運用サポート方法 GUI保守ツールと,実機適用前後における制御モデルの制御性能評価方法により,ユーザーによる制御モデル構築,実機適用における運用性を向上し,最適な制御モデル選択の実現をサポートする。

圧延した鋼板の波打ちを制御する形状制御の分野において,品質向上および作業負担の軽減を目的に熟練者の操作方法をデジタル化し,自動制御に反映できるディープラーニングを用いた形状制御システムを提供している。一般的にAIを用いた制御技術には,データから制御モデルを構築することによる調整レス化や,制御モデルを更新するたびに制御性能が向上していくことへの期待がある。しかし,AIがブラックボックスでトライ&エラーが必要になる点や,制御モデルの構築作業が複雑で負担が大きい点などの運用面での問題により,ユーザーによる更新が十分な頻度で行われない課題がある。

この課題を解決するため,本システム向けGUI(Graphical User Interface)保守ツールと,実機適用前後における制御モデルの制御性能評価方法の開発を行った(図3参照)。GUI保守ツールは,操業要望を取り入れた条件で制御モデルを簡易な操作で構築できる。また実機適用前後における制御性能評価方法は,AIで構築した制御モデルの制御性能を実機適用前に定量評価することで新たな制御モデルの実機適用リスクを低減し,適用後の制御実績を可視化することで制御モデル更新後の監視作業におけるユーザー負担を軽減する。これらによって,ユーザーによる制御モデル構築,実機適用における運用性を向上し,最適な制御モデル選択の実現をサポートする。

今後は,本技術を実機に適用し運用性向上の効果を検証するとともに,さらに制御性能評価に基づき,制御モデルを自動で更新し性能向上させていく技術も開発していく。

2.4 モータの予兆診断ソリューション

モータやギアボックスなどのモータ関連設備を安定稼働させるためには,定期的な保守・点検が不可欠である。現状では,保守員が過酷な現場環境を巡回し,経験・ノウハウをもとに外観や音,振動などを頼りに点検を行っているが,点検時の安全性の確保や,作業効率の向上,熟練保守員のノウハウ伝承が課題となっていた。

これらの課題に対し,プラントのモータ関連設備において,電流データを基に異常傾向を自動検知する予兆診断ソリューションを2019年10月より提供開始した。現場機器に直接センサーを設置する必要がなく,制御盤内にすでに搭載されている,もしくは簡単に設置可能な電流センサーからのデータを基に診断できる導入のしやすさに加え,予兆診断による設備の安定稼働と保守コスト低減の両立が可能となる。

本ソリューションは,モータメーカーとしてのOT(Operational Technology)の知見と,開発した独自AIによる解析技術を組み合わせることで,電流センサーによるセンシングデータから異常の傾向を自動検知する予兆診断技術である。モータの微小な電流挙動の変化を捉え,対象機器の劣化状態を表す特徴量を抽出し,機械学習によりモータの常態からの乱れを見つけ出すことで,高精度な故障予兆診断を行っている3)。この診断技術は鉄鋼プラントだけでなく,モータを所有するさまざまな分野にも適用可能であり,これら設備保守の新たな形態として先駆的なソリューションとなっている。今後は,絶縁劣化の診断などの適用範囲拡大を進めるとともに,既存の鉄鋼制御ネットワークを活用した制御との融合,クラウド化による遠隔保守サポートを展開予定である。

2.5 セルコンセプトによる高度モータドライブシステム

日立では,圧延設備を駆動するモータドライブシステムをセルコンセプトに基づき提供しており,さらにその特徴を生かしたレトロフィット事業を2019年より展開している。セルコンセプトとは,システム機能を最小単位へと分割し,その組み合わせでトータル機能を実現する設計思想であり,レトロフィットとは,旧型のものを改良して存続させることである。経済的,環境的な観点では機器を可能な限り長期間使用することが望ましく,部品の生産中止など問題となるセルを部分更新することで製品のサステナブル性を向上している。また,制御セルの新陳代謝による機能向上も可能であり,その一つとしてセンサーセルフチェック機能を開発した4)

センサー情報は,駆動システムの制御に使用するだけでなく,近年は予兆診断に活用するなどセンサーの健全性は重要となっている。そこで,複数のセンサー情報から独自の診断技術によりセンサーの異常箇所を特定し,さらに異常箇所を他のセンサー信号による推定値で代替することで運転を継続する。これによりセンサー異常による設備の計画外停止リスクを低減し,また異常箇所は特定できているので計画的な保守を効率よく実施できる。モータドライブシステムには他にも多数の部品と多様な駆動条件があり,今後も診断技術や制御機能を開発展開することで,さらなる保守サービスの充実と設備の安定稼働を実施していく。

3. リモートソリューション

鉄鋼システムのグローバルな事業展開を進めている中,顧客への最適かつ迅速な支援を目的とした,鉄鋼リモートソリューションを展開している。

本ソリューションはリモート技術を活用し,設備健全稼働および操業品質改善を可能とする保守サービスである。このサービスは,主に健全稼働レポート,トラブルシューティング,品質改善支援の三つから構成され,現地データ収集端末に日立内のサポートセンターからリモート接続することでプラントの電気室を模擬し,システム運転状態の確認を可能とする保守環境を構築した(図4参照)。

データ収集端末から圧延情報・操作情報・アラーム情報・プラントラインの映像を取得し,データ解析を行うことで,鉄鋼プラントの設備安定稼働や品質向上,さらには早期トラブル解消に向けた支援を実施している。

さらに,同環境を用いた試運転により,設備稼働までに必要となる一連のプロセスの支援も実施している。リモート上で試運転をサポートするため,時間の制約を受けず,顧客の意向に沿った試運転時期や期間を決定する際の自由度が向上した。これにより,設備および性能の立ち上げ向上に対して最適かつ迅速な支援を可能としている。

今後,本技術の機能拡充を進め,リモートビジネスのさらなる需要増加に応えていく。

図4|鉄鋼リモートソリューション構成図図4|鉄鋼リモートソリューション構成図現地データ収集端末に日立製作所内サポートセンターからリモート接続することでプラントの電気室を模擬し,システム運転状態の確認を可能とする保守環境を構築した。

4. トータルシームレスソリューション

前章までに,鉄鋼制御分野において,高付加価値製品の製造や生産性向上の目標達成を支援することができるOTソリューションについて述べた。これらは,高品質化,高効率化などの課題を解決していくために非常に有効であり,制御のさらなる高度化に貢献している。

一方で,顧客が生産活動をする中で,解決すべき課題・目標の重要度,優先度はさまざまであり,かつ進めるための投資予算は有限である。このため,現在の状況,また将来も見据えた構想・計画を立案し,むだのない投資を進めることが重要である。しかし,昨今ではスマート化,DX(デジタルトランスフォーメーション)推進などの号令の下,変革を急ぐ一方で,単発的に新技術を試す,あるいは目先の課題のみにフォーカスしたソリューションを導入するなど,その後の活用展開が難しく変革が進まないケースも少なくない。

日立は,トータルシームレスソリューションとして導入支援サービスを始めており,制御技術に代表されるOTからビッグデータ解析やデータ統合プラットフォームなどの最先端ITに至る幅広いソリューションの提供を行っている。これらにより現場レベルから経営・工場運営レベルに至るさまざまな顧客の目標や課題に柔軟に対応可能である(図5参照)。

導入支援サービスにおいては,例えば,生産のスマート化というテーマに対して,まずは現状(AS-IS),課題を徹底的に分析し,スマート化で現実的にめざすTO-BE像を決定する。さらに目標となるTO-BE像へのロードマップを作成することで,顧客のスマート化の推進を支援する。このソリューションは,日立が持つOTとITの知見,そして自社での生産スマート化の実績・経験を生かすことで現場から経営に至る課題を適切に把握できることが強みであり,また課題解決,目標達成するために幅広い日立のソリューションを活用・融合することで実現性を伴う形でのスマート化が可能である(図6参照)。

このように日立では,鉄鋼制御OTをコアとして,幅広いITを融合し,さらにそれらをバックボーンとした知見・経験により,柔軟に顧客の課題・目標に対応できる体制を整えている。今後も,環境問題など幅広い課題に対してトータルシームレスソリューションで応えることで,顧客とともに業界発展に寄与していく。

図5|トータルシームレスソリューション 図5|トータルシームレスソリューション 日立はITからOT層までに至るソリューション群を有しており,顧客のさまざまな課題に合わせてシームレスに組み合わせて適応することでスマート化の目標達成を支援,実現する。

図6|スマート化・導入支援イメージ 図6|スマート化・導入支援イメージ 課題の把握や現実的な手法を考案するために,日立は,自社の実績,知見およびソリューションを背景とした幅広い視点を生かして導入支援を行っている。

5. おわりに

本稿では,鉄鋼プラント向けに展開中の主要なデジタルソリューションについて述べた。日立の強みである,鉄鋼向け制御ドメインを備えた専門チームとITおよび研究開発部門との社内連携により,これを可能としている。今後も顧客課題とニーズに応えるため,制御から経営課題まで幅広くかつ深遠に,日立は多様なフォーメーションで支えていく所存である。

参考文献など

1)
畑中長則,外:機械・電気制御一体で高品質生産と省エネルギーニーズに応える鉄鋼システム,日立評論,92,6,450〜453(2010.6)
2)
栗林健,外:IoT時代における鉄鋼制御システムの進展,日立評論,98,3,181〜184(2016.3)
3)
伊東努,外:AIを活用した鉄鋼生産バリューチェーンの高度化技術,日立評論,102,6,758〜762(2020.11)
4)
秋田佳稔,外:鉄鋼用3レベルインバータドライブシステムの直流電圧センサ健全性オフライン自己チェック機能,電気学会論文誌D(産業応用部門誌),Vol. 140,No. 5,pp. 342〜348(2020.5)
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