日立評論

上下水道分野のOT高度化に寄与する最新のDXソリューション

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日立評論

ハイライト

AI・ビッグデータを用いた長期水需要予測技術による計画支援,水と電力にDXを活用したVPPの事例,AR技術を活用した現場保守作業の高度化,デジタル化を支えるセキュリティソリューションを上下水道分野のシステムに適用した。

上下水道は市民生活や産業活動に不可欠な重要な社会インフラである一方,さまざまな課題を抱えている。これらの課題に対し日立は,上下水道事業運営の計画・運用・維持管理の効率化と持続的な成長に貢献することで,解決を図っていく。本稿では,各ソリューションを適用した最新事例を述べる。

目次

執筆者紹介

山口 浩介Yamaguchi Kosuke

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 社会制御システム設計部 所属
  • 現在,上下水道向け監視制御システムの開発設計に従事

中村 信幸Nakamura Nobuyuki

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 社会制御システム設計部 所属
  • 現在,上下水道向け監視制御システムの開発設計に従事

福島 学Fukushima Manabu

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 社会制御システム設計部 所属
  • 現在,上下水道向けデジタルソリューション事業に従事

小熊 基朗Oguma Motoaki

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 社会制御システム設計部 所属
  • 現在,上下水道向け監視制御システムの開発設計に従事

新岡 正彦Niioka Masahiko

  • 日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部 品質保証統括本部 制御プラットフォーム品質保証本部 品質保証第一部 所属
  • 現在,上下水道向け監視制御システムの品質保証業務に従事

1. はじめに

COVID-19は,手洗い・うがいのための清浄な水を供給し,公衆衛生を保つという上下水道事業の役割を,改めて重要なものであると認識させた。しかし,日本の上下水道事業は,施設の老朽化と更新費用の増大,人口減少・水需要減少による減収,熟練技術者の減少によるノウハウ継承困難といった課題に直面している。COVID-19を契機に,社会経済面でデジタル化が加速しているが,施設の運用・計画・保守の多くを人手によって行っている上下水道分野においては,デジタル化による業務効率化の余地は大きい。

以上の背景から,日立は,上下水道分野における課題の解決に向けて,OT(Operational Technology:制御・運用技術)の高度化を実現するための,DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用したトータルソリューションを提供している。

本稿では,計画・運用・保守でのDX適用事例を紹介する。まず,AI(Artificial Intelligence)とビッグデータにより将来の水需要を予測し,今後の設備投資計画を支援した事例を紹介する。また,水道事業は電力の大口需要家であるが,水運用の高度化により電力消費の調整を行い,仮想的な電源,VPP(Virtual Power Plant)としてエネルギー事業にも貢献する技術を紹介する。また,日立は自らの業務もデジタルデータにより高度化している。現場作業では三密を避けながら試運転や保守業務を行う必要があるが,これをAR(Augmented Reality)技術を活用して高度化させる事例を紹介する。一方,こうしたデジタルデータの活用では避けて通れないのがセキュリティの確保である。最後に,上下水道向けセキュリティソリューションや,サイバーセキュリティ防衛訓練施設を紹介する。

2. AI・ビッグデータによる長期水需要予測技術による計画支援の事例

2.1 AI・ビッグデータによる長期水需要予測技術

図1|長期水需要予測手法の概要 図1|長期水需要予測手法の概要 日立の水道情報制御システムノウハウとAI・ビッグデータ解析技術,大阪市水道局の水道ノウハウを掛け合わせ,市データ,外部オープンデータを使い水需要予測分析を実施した。

水道事業における水需要は,環境意識の高まりやライフスタイルの変化により減少傾向ではある。しかし,近年ではインバウンド増加や大規模なスポーツイベント,万博,統合型リゾート誘致など都市の経済成長要因も水需要に影響を与えている。さらに,COVID-19感染拡大の社会経済活動への影響により長期的な変化が見通しにくい状況となってきている。このような状況下で,水需要予測に関連するデータの多様性は広がってきている。特にオープンデータが急速に整備されたことから,これらの活用が求められるが,データ量が膨大で更新頻度も高いため,人手での分析には限界が生じる懸念があった。

水総合サービスプロバイダーとして長年培ってきた水道情報制御システムの実績・ノウハウとAI・ビッグデータ解析技術を有する日立は,新たな長期水需要予測技術を開発した。この長期水需要予測技術を用いて,需要予測のノウハウ・知見を持つ大阪市水道局と水需要予測へのAI・ビッグデータ活用に関する共同研究を実施し,図1に示す手法により,ケーススタディとして将来の給水収益見通しや水道施設規模を検討するうえで基本情報となる20年程度先までの水需要を予測した。

2.2 長期水需要予測技術を活用した計画支援への期待

長期水需要予測技術の活用として,図2に示すように,既存設備の情報を扱う設備台帳システムと管路管理システムのアセットマネジメント支援技術と設備統廃合支援技術により,水道施設(配水池,管路など)の最適な整備計画の策定が期待できる。

今後,他都市でもケーススタディを行い水需要予測の精度向上を図る。将来にわたり安全・安心な水を安定的に供給するための計画支援として長期水需要予測技術を,水道事業体が抱える将来の課題を解決するサービスメニューとして提供することにより,水道事業の経営判断を総合的に支援し,水道事業の維持・発展に貢献していく。

図2|長期水需要予測技術を活用した計画支援への適用 図2|長期水需要予測技術を活用した計画支援への適用 長期水需要予測技術と設備台帳システム,管路管理システムを組み合わせることにより,管路の減径(ダウンサイジング),配水池やポンプ場の統廃合などの計画立案が可能となる。

3. 社会課題の解決に向けた水運用の活用

3.1 電力調整市場における水道事業のポテンシャル

図3|VPP市場の構成イメージ 図3|VPP市場の構成イメージ 各需要家はAC・RAからの指令に基づき電力調整を行い,その対価としてインセンティブを得る。

近年,太陽光発電などの再生可能エネルギーの普及が進んでいる。再生可能エネルギーは自然に依存しているため安定的なエネルギー供給が難しく,その対策の一つとしてVPPが進められている。VPPとは,電力の需要家側に分散する蓄電池や電気自動車などの蓄電設備を束ねて大きな電源とみなし,市場の電力が不足した場合は電力を補充し,電力が余っている場合には積極的に充電することで電力を制御する仕組みであり,仮想の発電所として稼働することが可能である。VPPの仕組みは図3のように蓄電池などのリソースを持つ需要家とリソースを制御するRA(Resource Aggregator),市場の電力過不足をRAに分配し監視するAC(Aggregation Coordinator)で構成される。需要家はAC・RAからの指令に基づきリソースの充放電により電力調整を行うことで,調整量に見合った報酬(インセンティブ)を得ることができる。

水道設備がVPPのリソースに適している理由を以下に述べる。水道事業体はポンプによる送水に大きな電力を使用しており,また水を貯めるための配水池を持っている。電力を抑制する場合は,ポンプを停止しあらかじめ貯水した配水池の水を使用することで,電力を消費する場合はポンプを起動し配水池に水を貯めることで,水道設備を蓄電池に見立てた運用が可能となる。VPPの実現には全体として大きな調整力が必要となるが,個々の需要家の蓄電池は調整力が小さいことから,比較的大きな調整力を持つ需要家として水道事業体が期待できる。

3.2 水運用計画による水道VPPへの対応

図4|水道設備を利用して電力調整を行うイメージ 図4|水道設備を利用して電力調整を行うイメージ 電力削減要請により,配水池の水位を確保しつつポンプを制御する。

水道事業体の目的として安定給水がある。VPPに対応することは,電力の需給状況にしたがって,安定給水のためのバッファ機能である配水池の貯水量を変動させることから,安定給水を妨げる可能性がある。そのため,安定した配水を継続させるには一定規模の貯水量を確保しながらポンプ運転を計画する必要がある。

日立は水道設備の運転計画を立てるシステムとして水運用計画システムを提供している。水運用計画システムは計画日の水需要を予測し,ポンプや配水池などの水道設備の一日の運転計画を立てるシステムである。水需要予測は予測日の天気予報や曜日,過去の水需要実績から水需要を予測し,運転計画は水需要予測結果を用いて浄水場の浄水能力や配水池の容量,ポンプの送水能力を基に計画立案する。ここで,ポンプの運転切替回数の最小化や,朝方に配水池を満水にすることなどの条件を勘案して計画を行う。

VPPではAC・RAから電力調整時間帯と電力調整量が要請される。水運用計画システムの前述した計画条件にこの要請内容を加味することで,安定給水とAC・RAからの要請の両方を満たした運用を計画することができる(図4参照)。

日立は水運用計画を用いたVPP導入技術を確立するために,経済産業省が公募した「需要家側エネルギーリソースを活用したバーチャルパワープラント構築実証事業」4)に2019年度,2020年度と2年にわたり参加してきた。本実証の成果を活用し,国のVPP事業推進に貢献していく。

4. AR技術を活用した現場保守作業の高度化

図5|遠隔作業支援システムの概要 図5|遠隔作業支援システムの概要 遠隔地と現場を通信会社のネットワークを介して接続し,遠隔支援を実施する。

図6|日立LGデータストレージ社製ARスマートグラス 図6|日立LGデータストレージ社製ARスマートグラス 高輝度(5,000 nit),高透過性(透過率94%)を特長とするAR(Augmented Reality)スマートグラスである。

図7|ARスマートグラス上の表示 図7|ARスマートグラス上の表示 作業対象を確認しながら,ARスマートグラス上に表示されている手順書,図面を確認し作業を行う。手順書の操作(確認完了有無や手順移行)は音声にて行う。手順書,図面の表示位置やサイズは容易に変更可能である。

4.1 上下水道分野の課題と遠隔作業支援の必要性

少子高齢化に伴い労働力人口減少が進む中,労働力人口は2020年の6,404万人から2065年には3,946万人に減少すると推計されている5)。日立社内でも経験豊富な熟練者の不足が問題となっており,若年者の育成とともに熟練者を有効に活用することが求められている。これに加え,COVID-19感染拡大の影響を受け,現場作業における三密回避やリモートでの業務遂行のニーズが高まっている。

このような社会課題に対し,遠隔作業支援に着目し,試運転業務や保守・点検,トラブル対応業務を支援するソリューションを開発し,導入を進めている。

従来,現場作業は確認者(熟練者)と作業者の2名体制で実施していたが,熟練者不足により各現場に十分な知識をもつ熟練者を配置することが困難になってきている。また,経験不足の若年者のみが現場作業を行うことは,焦りや認識不足などによるヒューマンエラーを発生させる可能性もある。このような状況を改善するべく「遠隔作業支援システム」を導入した。

4.2 遠隔作業支援システムの概要と今後の展開

図5に遠隔作業支援システムの概要を示す。

従来2名体制で実施している現場作業を,現場に作業者1名,遠隔地側に確認者(熟練者)1名を配置して行う。現場にいる作業者は,スマートグラス(図6参照)とスマートフォンを装着し,スマートグラスに作業手順と作業図面が表示された状況で作業を行う(図7参照)。遠隔地側の確認者(熟練者)は,スマートフォンから送信される画像を確認しながら,作業者へ適切な指示を出す。

今後の展開としては複数の現場と接続しての同時進行作業を可能としたり,遠隔地側の監視機能を充実させ高臨場感を演出していく。このために,日立のセンシング技術,映像解析技術を駆使して現場の距離,音の情報,現場作業者のバイタルや動きを捉え,より有益な情報を「見える化」していく予定である。

5. デジタル化を支えるセキュリティソリューション

5.1 上下水道分野を取り巻くセキュリティの状況

上下水道システムは,広域化・共同化の進行により広域ネットワークを使った監視システムや,データ利活用のためのシステム連携がますます増えていくが,システムをつなぐことにより,サイバーセキュリティリスクの顕在化が懸念される6)

厚生労働省は,2020年の「水道施設の技術的基準を定める省令」の改正7)で,「施設の運転を管理する電子計算機が水の供給に著しい支障を及ぼすおそれがないように,サイバーセキュリティ(サイバーセキュリティ基本法(平成二十六年法律第百四号)第二条に規定するサイバーセキュリティをいう。)を確保するために必要な措置が講じられていること。」を明記し,事業者のサイバーセキュリティ対策の確実な履行を促している。

最近では,2021年2月に米国の水道局の水処理設備の監視制御システムにハッカーがリモートで不正アクセスし,飲用水に含まれる水酸化ナトリウムを大量に増やす操作がなされる事件があった8)。オペレータがすぐに異常に気付き通常値に戻したため需要者への影響はなかったが,サイバー攻撃の脅威が改めて示された。

5.2 上下水道向けセキュリティソリューションの紹介

日立では上下水道分野のセキュリティ対策を支援するため,自社の制御セキュリティ対策経験・ノウハウを生かし,制御システムのセキュリティを計画,対策,運用保守の三段階で総合的に支援する(図8参照)。

計画段階では,国際規格やガイドラインをベースにセキュリティ管理や運用におけるリスク診断を実施し,要求されているセキュリティ管理,運用を実施するための組織やシステム構築を提案する。対策段階では,(1)未登録USB(Universal Serial Bus)メモリの不正使用防止の対策によりマルウェアの侵入を防ぐ,(2)ホワイトリスト型のアプリケーション制御により,あらかじめ登録したプログラム以外を動作不可とし,万が一,マルウェアが侵入しても不正な動作や拡散を防止するといった具体的な対策を提供する,(3)不正通信検知装置の導入によって,制御ネットワーク内のマルウェアの動きの早期発見に努めるなどのソリューションを備えている。運用保守段階では,セキュリティ事故発生時に緊急保守員を派遣し,セキュリティインシデント対応の支援のほか,リモート接続によって問題の早期解決を支援する。

図8|上下水道向けセキュリティソリューション 図8|上下水道向けセキュリティソリューション セキュリティの「計画」,「対策」,「運用保守」のライフサイクル全体をサポートする。

5.3 サイバーセキュリティ防衛訓練施設

図9|サイバーセキュリティ防衛訓練施設 上下水道向け監視制御の模擬システム 図9|サイバーセキュリティ防衛訓練施設 上下水道向け監視制御の模擬システム 実際の現場に近い環境で,実践的な訓練が体験できる。

セキュリティ対策では,組織そのものの強化や,ITシステムやOTシステムを維持するための運用の強化も求められる。2017年に日立は,社会インフラ事業向けに職員や組織の強化を目的とした訓練が行えるサイバー防衛訓練施設(Nx Security Training Arena:NxSeTA)を大みか事業所(茨城県日立市)内に開設した10)。訓練施設は,本事業所が提供するインフラシステムを模擬した環境を準備しており,実際の現場に近い環境で実践的な訓練が可能であり,開設以来,国内の電力,鉄道分野の多くの顧客に利用されている。

カリキュラムは,講義,ワークショップ,ハンズオン,シナリオ訓練から構成され,日立が培ってきた制御と情報の技術,ノウハウを基に,顧客のポリシーや受講者のスキルに応じて柔軟にカスタマイズも可能である。ハンズオンでは,情報システムや監視制御システムの模擬システムを使って,実際の攻撃手法と攻撃された場合の防御手法を実践的に学習する。シナリオ訓練では,受講者はITシステムまたはOTシステムの担当者として,サイバー攻撃への対処を行う。シナリオは担当者向けのほかに経営者向けも用意しているため,担当者からの報告を基に事業継続の可否を判断するような訓練も可能である。個人のスキルだけでなく組織のリスクマネジメントも評価,フィードバックすることで,顧客の組織全体の対応力,判断力を強化し,人財の育成にも貢献する。

COVID-19感染拡大の影響による移動制限に対応して,2020年4月よりポータブルSeTA(顧客指定場所に訓練環境を構築して実施する)やリモートSeTA(リモート環境で遠隔実施する)など,実施方法の拡充を図っている。また,2020年12月には訓練施設に上下水道監視制御システムを模擬した環境を整えた(図9参照)。今後は,上下水道事業者向けの訓練メニューの拡充を進めていく。

6. おわりに

ここでは,AI・ビッグデータによる長期水需要予測と計画支援の事例,水と電力にDXを活用したVPPの事例,AR技術を活用した現場保守作業の高度化の事例,デジタル化を支えるセキュリティソリューションを紹介した。

日立は,今後もデータの活用によるOTの高度化とDX推進のための技術開発を通じて,上下水道分野における社会課題の解決に貢献していく。

参考文献など

1)
池田拓哉,外:水需要予測への機械学習技術の適用,令和2年度全国会議(水道研究発表会)講演集,pp. 132〜133(2020.10)
2)
経済産業省 資源エネルギー庁,バーチャルパワープラント・ディマンドリスポンスについて
3)
鯉渕裕史,外:送水ポンプ設備を活用したバーチャルパワープラント構築実証,環境システム計測制御学会誌,25巻,2・3号,pp. 133〜136(2020.10)
4)
一般社団法人 環境協創イニシアチブ,令和2年度 バーチャルパワープラント構築実証事業
5)
みずほ総合研究所,少子高齢化で労働力は4割減 労働力引き上げの鍵を握る働き方改革(2017.5)
6)
厚生労働省 医薬・生活衛生局 水道課:水道分野における情報セキュリティガイドライン(第4版)(2019.3)
7)
厚生労働省 医薬・生活衛生局 水道課:水道施設の技術的基準を定める省令の一部改正について(2019.9)
8)
Tampa Bay Times, Someone tried to poison Oldsmar’s water supply during hack, sheriff says(2021.2)
9)
日立製作所,下水道インフラ向け制御セキュリティソリューション,下水道設備,No.135,pp. 34〜35(2020.7)
10)
日立の検証施設で総合訓練,検証を重ねたセキュリティをお客さまへ,はいたっく,2020年5-6月号,pp. 3〜4(2020.6)
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