[]エネルギー分野の情報制御システム
発電事業者の高度予防保全活動として「設備点検頻度の合理化」,「設備老朽化の判断」,「現場ノウハウの形式化」を実現するために,O&M・人財育成を支援するクラウド型DXソリューションを提供する。近年のエネルギー事業を取り巻く環境は,電力自由化,送配電部門の法的分離,脱炭素の加速など大きく変化している。これに伴い,発電事業者はさらなる経営効率向上が求められることに加え,O&Mの効率化,人財育成(業務品質の維持,ナレッジ継承)が重要な課題となった。
本稿では,発電事業者のこれらの課題解決に向けたソリューションについて紹介する。
近年,エネルギー事業を取り巻く状況は大きく変化している。2013年に「広域系統運用の拡大」,「小売及び発電の全面自由化」,「法的分離の方式による送配電部門の中立性の一層の確保」の3段階から成る電力システム改革の全体像が示された。それを受け,これまでに広域的運営推進機関設立(2015年),電気の小売全面自由化(2016年),送配電部門の法的分離(2020年)が実施され,発電事業者は従来とは異なる競争環境下に置かれている。
また,2015年に開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21:21th Conference of the Parties to the United Nations Convention on Climate Change),および2016年に開催された同第22回会議(COP22)で主要議題となった温室効果ガス排出削減の問題など,環境負荷低減に向けた取り組みが求められているとともに,日本では2020年秋に,2050年にカーボンニュートラルを実現する方針が表明され,発電事業者にとっても脱炭素の取り組みの重要性が増している。
このようなさまざまな変革の途上にある状況下で,旧一般電気事業者,独立系発電事業者(IPP:Independent Power Producer)の双方にとって,電力の安定供給を前提としつつ,経営効率を向上させながら,環境負荷低減に向けた投資を行うことが求められている。これらの実現のためには,発電プラントのO&M(Operation and Maintenance)を効率化していくことが必須であり,今後進むと考えられる設備の高経年化,人財確保・育成の困難化1)などの課題にアプローチしていく必要がある。
その一方で,近年のAI(Artificial Intelligence)やIoT(Internet of Things)などのデジタル技術の進展は目覚ましく,データとデジタル技術を駆使して製品,サービス,業務,ビジネスモデルを変革するDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が叫ばれている2)。
日立は,DXによって発電事業者の課題解決に貢献できると考え,これらのデジタル技術と発電事業に関するさまざまなデータを活用し,点検頻度の合理化,設備老朽化の判断,現場ノウハウの形式化3)などを実現するクラウド型DXソリューションの提供を検討している。以降,これらソリューションの内容について紹介する。
日立が提供を検討している発電事業者向けO&M・人財育成を支援するクラウド型DXソリューションの全体像を示す(図1参照)。
従来の発電事業者向けのソリューションはオンプレミス型が主流であったが,初期導入費用が大きくなってしまうことに加え,個別システムでクローズしているためO&Mデータ・業務ナレッジを一元管理できない課題があった。前述したような発電事業者の課題を解決していくには,事業運営に関わるデータを適切に管理し,蓄積データから得られるエビデンスを基に,点検頻度の合理化,設備老朽化の判断,現場ノウハウの形式化など,業務プロセスを継続的に改善していく必要がある。また,発電事業者の初期投資を小さくしつつ,価値を継続して提供できるソリューションの提供形態が望ましい。そこで,日立は発電事業者のO&M・人財育成を支援するソリューションをクラウド型のプラットフォームで提供することを検討した。本ソリューションの構成要素を以下に示す。
まずは,(1)協創型BPRによって,現場調査などを基に顧客と協創しながら業務プロセスを可視化して業務課題を抽出し,次に,その課題の解決に適した(2)〜(6)などのソリューションを提案し,導入を支援する。それぞれのソリューションでは,プラントの運転,保全に関するデータ,業務ノウハウを収集・蓄積し,それらのデータから得られたインサイトを基にO&M業務を改善していく。これらのソリューションはクラウドで提供されるため,アクセス性が改善し,遠隔からの業務対応も可能となる。
図1|クラウド型DXソリューションの全体像 協創型BPRによって現場調査から具体的な課題を抽出し,適切なソリューションの導入を支援し,レガシーソリューション,DXソリューションをクラウドで提供する。
本章では,具体的なソリューション例として,協創型BPRとLXPについて詳細を説明する。
協創型BPRは,特に発電プラントのO&Mを対象とした業務プロセス可視化,課題抽出,業務プロセス改善を支援するコンサルティングサービスであり,クラウド型DXソリューション導入の前段として提供するものである。プラントの現場作業では,現地安全規則やプラントの構造などについての専門的な知識が求められる。日立には,これまでに多くのプラント設備を扱ってきた経験とO&Mに関する知見があり,それらを生かして,発電事業者に対して業務プロセス改善のコンサルティングサービスを提供している。
以下,協創型BPRの検討プロセスについて説明する。BPRは大きく三つのフェーズ,五つのステップで構成される。
LXPは,「ナレッジをのこして,つないで,つかう」をコンセプトとした,O&M業務のナレッジ継承とデジタル化をサポートするソリューションである(図2参照)。
LXPは,「ナレッジ抽出」と,ナレッジを活用した「のこす」,「つなぐ」,「つかう」の三つの機能から構成される。まずは,発電事業者を対象として,熟練者に協力してもらいながら,現場調査や業務分析を基に暗黙知を抽出し,形式化後にナレッジリストとして整理し,発電プラントのO&Mナレッジを蓄積する。
「のこす」は,O&Mナレッジのオンラインラーニング環境を提供する。抽出したナレッジリストを基に学習コンテンツを作成し,オンラインのナレッジ学習環境を提供する。学習コンテンツのタイプは大きく分けて動画型,アニメーション型,スライド型の3タイプがある(図3参照)。
動画型は,伝達者の熱量やリアリティが伝わりやすく,イメージを喚起しやすい。アニメーション型は,情報量が多くても分かりやすく表現できる。スライド型は,コンテンツ構成を変更しやすく,説明内容と帳票を関連付けて提供できる。これらをナレッジの内容に応じて適切に選択し,学習コンテンツを提供することで,新人や若手担当者がベテランのナレッジを必要に応じて学習することができる。この「のこす」機能によって非熟練者の作業品質が向上し,人財育成が効率化できる。
「つなぐ」は,ナレッジの構造化管理環境を提供する。熟練者が業務を遂行する際に閲覧する資料や設備との関係性を構造化して定義し,設備図面などにマッピングして閲覧できる環境を提供する。発電プラントでは,大量の資料が存在し,必要な情報を見つけることに時間を要している。「つなぐ」はこれを解決する機能であり,熟練者と同じ観点・視点で必要な情報にアクセスできるようになる。特に,若手担当者が障害発生時に類似事象を検索し,その際の熟練者の対応方法をトレースすることで障害に迅速に対応することができるようになり,障害対応に要する時間が短縮できる。つまり,経験の有無によらずに障害対応の品質が平準化できる。
「つかう」は,業務フローや帳票をデジタル化し,抽出したナレッジを連携させる。この仕組みにより,業務経験によらず,誰であっても標準化された業務フローとナレッジを基に,O&M業務を抜け漏れなく実施することができる。
以上,LXPの「ナレッジ抽出」,「のこす」,「つなぐ」,「つかう」は,特に旧一般電気事業者のような大規模な発電事業者の人財育成(業務品質の向上,ナレッジ継承),つまり事業継続に関する課題解決に貢献できる。その一方で,IPPのように発電市場へ新規に参入してくる事業者,参入済みの小規模事業者にとっては,まだ業務ナレッジが蓄積されておらず,業務も標準化できていない可能性が高い。これが,新規参入の障壁となっていることも想定される。そこで,旧一般電気事業者から提供された,あるいは,そのシステム構築に伴い日立が一般技術として体得したナレッジコンテンツを,LXPのクラウドサービス経由で小規模事業者・新規参入者とシェア利用できないか検討を行っている。ナレッジの提供を受けた場合には,その価値に応じたインセンティブを支払うことで,ナレッジ提供者,被提供者がWin-Winとなるナレッジシェアリングサービスへの成長をめざしている。
図3|「のこす」オンライン学習コンテンツのタイプ LXPの「のこす」機能では,抽出したナレッジを基に学習コンテンツを作成し,オンラインのナレッジ学習環境を提供する。学習コンテンツのタイプは大きく分けて動画型,アニメーション型,スライド型の3タイプがある。
従来のオンプレミス型ソリューション提供では,ソリューションに対する対価設定は,ソリューション構築にかかるコストベースとなり,発電事業者の初期投資が大きくなる傾向にあった。しかし今後,発電事業者はさらなる経営効率の向上が求められるため,可能な限り発電事業者の初期投資を小さくしつつ,価値を継続して提供できるソリューションが必要になると想定している。クラウド型DXソリューションは,顧客への提供価値をベースに,顧客の利用状況に応じて課金する従量課金型や,利用期間に応じて課金するサブスクリプション型など,小さく試すことができ,効果が見込めそうな場合のみ継続して利用できるソリューションとして提供が可能である。
また,ソリューション提供に対して対価を得るだけでなく,提供するプラットフォームを介して,ステークホルダーどうしがつながることで新たな価値を創出するエコシステムに成長させることも検討している。前述したLXPでは,旧一般電気事業者から提供されたナレッジコンテンツを,プラットフォーム経由で小規模事業者・新規参入者とシェア利用できるようにするとともに,大規模事業者のナレッジ継承,小規模事業者の業務支援,新規参入者の参入支援が実現可能である。その中で,ナレッジ提供者はナレッジ提供に対して対価が得られ,ナレッジ被提供者は有用なナレッジが活用できるようになる。このように,プラットフォームを介して,ステークホルダーどうしがWin-Winとなるエコシステムを構築していく。
発電事業者の重要課題であるO&Mの効率化,人財育成(業務品質の維持,ナレッジ継承)を解決するための,クラウド型DXソリューションについて紹介した。これらのソリューションは,発電事業者との協創によって具体化し実現するものであり,日立は今後も発電事業者のニーズを取り込みながら,課題解決,価値向上に貢献できるソリューションの実現をめざしていく。