複雑化する鉄道ダイヤの変更作業を支援・自動化するため,ハイブリッド型運行管理AIを開発して活用した。近年,機械学習をはじめとする人工知能(AI)が急速な進化を遂げつつある。これらの機械学習の技術はさまざまな分野に適用されてきているが,鉄道のような安全性を重視する重要社会インフラシステムの根幹分野への適用は限定的である。
一方,鉄道分野では路線をまたぐ相互直通運転の増加により利便性が向上しつつある反面,これら直通運転の増加が人身事故などによる列車運行乱れの発生時や,異常気象などに対処するためのダイヤ変更作業を複雑化させている。また,少子高齢化などの人手不足により,ダイヤ乱れ回復のノウハウ継承も鉄道事業者の重要な課題となっている。本稿では,これらの課題を解決するために開発した手法を紹介する。
日立には多くの鉄道運行管理システムの納入実績がある。このシステムは,鉄道運行計画(ダイヤ)に基づいて列車が運行できるように,各種信号設備を自動制御するシステムであり,鉄道の安全・安心・快適輸送の根幹部分を担っている社会インフラシステムである。
今日,鉄道がコンピュータで制御されていることは当然のように思われるが,1972年に本格稼働した当時の日本国有鉄道納めの東海道新幹線向けの運行管理システムCOMTRAC(Computer Aided Traffic Control System)から日立の鉄道運行管理システム開発の歴史が始まり,その後の約50年間で各時代のコンピュータの機能・性能の向上と,その時々の最新技術活用によるイノベーションという努力の積み重ねがあって,安全・安心・快適な鉄道システムを実現してきたと自負する。
本稿では,近年急速に発展を遂げている機械学習をどのように鉄道運行管理システムという社会インフラシステムに適用したかについて紹介する。なお,最近では機械学習のみを人工知能(AI:Artificial Intelligence)として論じるケースもあるが,歴史の長い鉄道の世界での技術変遷を論じる観点から,人工知能(AI)とは「知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」という定義1)に基づいて示していく。
図1にこれら第1〜3世代のAIを示す。これらのAIは,駅構内や線区全体を最適制御するだけにとどまらず,それらの最適制御がされることを前提に列車運行の予測を行っており,今でも鉄道運行管理システムの中で補完し合いながら共存する構成となっている。
近年,線区をまたぐ直通乗り入れや,他社線との相互直通運転が増えてきている。通常運行時は乗り換えなしにさまざまな目的地に到達できるようになり,乗客の視点からは非常に便利になったが,列車運行の視点では運転形態が複雑になってきている。さらに,異常気象やCOVID-19などの影響による,大規模なダイヤ変更などへの対応も新たな課題となっている。また長期的な視点では,少子高齢化などによる輸送指令員のノウハウ継承も経営課題となっている。
これらの課題を解決するために,これまでの鉄道運行管理システムで自動化されていない列車乱れ時の「ダイヤ乱れの回復操作」のAI化がますます求められるようになってきた。ダイヤ乱れの回復操作をコンピュータで処理するためには,列車乱れ時の輸送指令員の回復ノウハウを明文化して論理的に記述し,プログラミングしていく手法がある。これは技術的に可能であるし,短期的に確実な方法である。
しかし,この直接プログラムで論理的にダイヤ回復を記述する方式は,列車乱れ時の対応や運用が異なる他の路線に適用する際には,プログラムを書き直さなければならないという点では汎用性が低いという課題がある。そこで,新たに機械学習を活用した汎用的に応用可能な手法を検討することとした。
近年の機械学習の発展は目覚ましく,特にディープラーニングの登場により特定領域においては人の能力を超える性能を持つ機械学習もある。そのため,機械学習に対する社会の期待が高まっており,また実際に機械学習が解決できる領域も大きく拡張している。しかしながら,鉄道運行管理システムという社会インフラシステムの核とも言える部分に機械学習を適用するにあたっては,実世界で守るべき制約,また機械学習の判断誤りが社会生活基盤を不安定にするリスクを考えなければならない。特に判断誤りの防止,実世界で関連するシステム・人への影響,長期利用への耐久,変化する現実への追従といった課題について,その詳細と解決方法を以下に示す。
図2|ハイブリッド構成によるAIの概念図
従来型の運行管理AIに機械学習を組み合わせることで,信頼性が求められる社会インフラシステムに適用可能な新しい運行管理AIを構築した。
図3|プラグイン型のハイブリッド型運行管理AI概念図
ライフサイクルの長い鉄道運行管理システムに進化の早い機械学習を適用し続けるため,プラグイン型で入れ替え可能な構成としている。
図4|画面操作による学習風景
既存のダイヤ変更端末と同じ画面操作でダイヤ変更を実施することで,機械学習の学習データを容易に生成することができる。
前述の課題を汎用的に対応可能にするために,機械学習を活用して過去の輸送指令員のダイヤ回復操作データを学習させ,ダイヤ乱れの回復操作を算出し,さらに制約プログラミングで計画の実行可能性を確認するハイブリッド型運行管理AIをプラットフォームとして開発した。この手法では,機械学習の特徴を生かすことにより,明文化しにくい輸送指令員の回復ノウハウを過去の操作データから学習し再現することができる。この機械学習を活用したプラットフォーム構成により,過去の輸送指令員のダイヤ回復操作データから学習を行うことで,他の鉄道事業者や路線への適用を容易にしている(図5参照)。
前章で示したハイブリッド型運行管理AIの実証実験はオーストラリアのニューサウスウェールズ州が公開しているシドニーの路線データ6)を使用して行った。これらはT4ラインの路線データおよびダイヤデータを基にして行っている。
図6は運行乱れが発生した場合に,ハイブリッド型運行管理AIによって運行復旧計画を立案したケースを示している。上段のグラフ状の画面表示は横軸が時間軸で,縦軸は駅の並びを示しており,全列車の当初の運行スケジュールがダイヤグラム形式で表現されている。
中段の画面は運行支障が発生した状態を示しており,画面左下部の長方形の部分が運転見合わせによって列車運行できない状態を示す。上段の図より右側にずれた線で表示されているのが,運行乱れによって遅延が予測されていることを示す。多数横方向に伸びている線は,これらの列車が駅間で長時間停止することを意味する。
次に下段の図がハイブリッド型運行管理AIによって,ダイヤ変更計画を立てた結果を示している。この結果から,電車内に閉じ込められた状態で乗客が待たされるケースは大幅に解消され,他の運転可能な場所は運転が継続され,全体のダイヤ復旧も早く行われたという結果が見て取れる。この計画立案計算は検証用の簡易なシステム構成でも10秒程度で実行完了しており,実運用構成時のリアルタイムでの応答性は問題ないと考えられる。
本稿では海外の路線を対象に実施した結果を示したが,これにより実運用システムへの展開ができる見通しを得た。各鉄道事業者・各路線ではダイヤ乱れが発生した際の運用が異なるために,路線ごとにこれらを吸収するような学習を行うことで,実運用展開を進めていく。
最後に,本稿を執筆するにあたりご協力いただいた関係者各位に御礼を申し上げる。