ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

[]鉄道分野の情報制御システム

鉄道運行管理システムへの機械学習適用

ハイブリッド型運行管理AIによるダイヤ乱れ回復

ハイライト

複雑化する鉄道ダイヤの変更作業を支援・自動化するため,ハイブリッド型運行管理AIを開発して活用した。近年,機械学習をはじめとする人工知能(AI)が急速な進化を遂げつつある。これらの機械学習の技術はさまざまな分野に適用されてきているが,鉄道のような安全性を重視する重要社会インフラシステムの根幹分野への適用は限定的である。

一方,鉄道分野では路線をまたぐ相互直通運転の増加により利便性が向上しつつある反面,これら直通運転の増加が人身事故などによる列車運行乱れの発生時や,異常気象などに対処するためのダイヤ変更作業を複雑化させている。また,少子高齢化などの人手不足により,ダイヤ乱れ回復のノウハウ継承も鉄道事業者の重要な課題となっている。本稿では,これらの課題を解決するために開発した手法を紹介する。

目次

執筆者紹介

外山 篤Toyama Atsushi

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 交通制御システム本部 交通システム設計部 所属
  • 現在,在来線鉄道運行管理システムの開発に従事

小林 雄一Kobayashi Yuichi

  • 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ デジタルアーキテクチャ研究部 所属
  • 現在,計画最適化技術の応用研究開発に従事
  • 博士(情報科学)
  • 情報処理学会会員

風間 頼子Kazama Yoriko

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 知能情報研究部 所属
  • 現在,AIのアルゴリズム開発,応用研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 日本リモートセンシング学会会員
  • 計測自動制御学会会員

吉田 弘毅Yoshida Hirotake

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 交通制御システム本部 交通システム設計部 所属
  • 現在,新幹線鉄道運行管理システムの開発に従事

冨田 浩史Tomita Koji

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 所属
  • 現在,国内の鉄道情報制御システムの戦略立案に従事
  • 電気学会会員

1. はじめに

日立には多くの鉄道運行管理システムの納入実績がある。このシステムは,鉄道運行計画(ダイヤ)に基づいて列車が運行できるように,各種信号設備を自動制御するシステムであり,鉄道の安全・安心・快適輸送の根幹部分を担っている社会インフラシステムである。

今日,鉄道がコンピュータで制御されていることは当然のように思われるが,1972年に本格稼働した当時の日本国有鉄道納めの東海道新幹線向けの運行管理システムCOMTRAC(Computer Aided Traffic Control System)から日立の鉄道運行管理システム開発の歴史が始まり,その後の約50年間で各時代のコンピュータの機能・性能の向上と,その時々の最新技術活用によるイノベーションという努力の積み重ねがあって,安全・安心・快適な鉄道システムを実現してきたと自負する。

本稿では,近年急速に発展を遂げている機械学習をどのように鉄道運行管理システムという社会インフラシステムに適用したかについて紹介する。なお,最近では機械学習のみを人工知能(AI:Artificial Intelligence)として論じるケースもあるが,歴史の長い鉄道の世界での技術変遷を論じる観点から,人工知能(AI)とは「知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」という定義1)に基づいて示していく。

2. 鉄道運行管理システムとAIの歴史

  1. 第0世代:高信頼化技術
    前述のCOMTRACの時代では,どのように信頼性を確保しつつコンピュータを鉄道システムに適用するかが最大のポイントであった。これはコンピュータの故障などで列車運行が止まらないようにするための計算機の冗長化や,リアルタイム動作の保証,ダイヤで規定された着発番線へ確実に進路構成制御するといった事柄がシステムの肝2)という時代であった。
  2. 第1世代:列車に対する単独制御AI
    コンピュータの性能向上や価格の低減,1987年の国鉄の分割民営化による経営効率向上が後押しとなり,在来線へのコンピュータの運行管理システム導入が加速した。在来線は新幹線と異なり,貨物列車や特急・普通電車など列車や運用の種類が比較的多く,また駅構内での列車の交差が多いという特徴がある。
    さらに,大都市圏では列車の運行密度が高いことから,その時々の運行状況によって各列車に対する進路構成制御の順序をリアルタイムで最適化する単独制御AIが開発された。これにより,列車の進路構成を最適に順序判断したうえで制御することができるようになった3)
  3. 第2世代:列車に対する群制御AI
    大都市圏の在来線へのシステム導入が本格化すると,単独レベルでの列車順序の最適化だけではなく,線区全体のバランスをとった制御が必要となってきた。
    大都市圏の朝の通勤ラッシュ時間帯などでは,ホームに次々と乗客が到着するため,一度列車が遅延するとより多くの乗客がその列車に乗ろうとして,遅延が拡大するという傾向がある。その結果,前方の列車との間隔が徐々に開いていき,路線全体では列車運行間隔の不均等が発生する。
    この第2世代では,計算機の処理能力が向上したこともあり,線区全体の列車の間隔をモニタしながらできるだけ均等の間隔で走らせるといった,列車を群単位で最適化制御する群制御AIが開発された4)
  4. 第3世代:全列車に対する未来予測AI
    信号システムや線形の改良など,鉄道事業者の努力により列車の運行密度が上がったが,これにより人身事故や異常気象などを起因とする列車運行支障事象が発生した際の対処が次の課題となった。列車の運行密度が増えて運行形態が多様化したことで,一旦ダイヤ乱れの事象が発生すると,対処すべき列車の数が増え,ダイヤ乱れ回復の負荷が増大した。
    そこで,運行管理システムでは全列車の未来の運行状態を常に予測して時系列に表示し,輸送指令員が列車運行の先を見通した先手管理をできるようにした。この未来予測の技術の中でも,制約プログラミングによる全体最適に向けた未来の可視化を,日立は第3世代AIと呼んでいる。未来の状態を予測するためには,運行シミュレータに基づく解析が重要となる。さまざまな運行の制約条件を織り込み,実際の運行を模擬した運行シミュレータ上で,この第3世代AIによって導いた計画が将来どうなるかの見える化ができるようになった5)

図1にこれら第1〜3世代のAIを示す。これらのAIは,駅構内や線区全体を最適制御するだけにとどまらず,それらの最適制御がされることを前提に列車運行の予測を行っており,今でも鉄道運行管理システムの中で補完し合いながら共存する構成となっている。

図1|運行管理AIの進化と技術の継承・融合 図1|運行管理AIの進化と技術の継承・融合 時代に求められる鉄道輸送を実現するため,運行管理AIを進化させ続けている。

3. 鉄道業界での次なる課題

近年,線区をまたぐ直通乗り入れや,他社線との相互直通運転が増えてきている。通常運行時は乗り換えなしにさまざまな目的地に到達できるようになり,乗客の視点からは非常に便利になったが,列車運行の視点では運転形態が複雑になってきている。さらに,異常気象やCOVID-19などの影響による,大規模なダイヤ変更などへの対応も新たな課題となっている。また長期的な視点では,少子高齢化などによる輸送指令員のノウハウ継承も経営課題となっている。

これらの課題を解決するために,これまでの鉄道運行管理システムで自動化されていない列車乱れ時の「ダイヤ乱れの回復操作」のAI化がますます求められるようになってきた。ダイヤ乱れの回復操作をコンピュータで処理するためには,列車乱れ時の輸送指令員の回復ノウハウを明文化して論理的に記述し,プログラミングしていく手法がある。これは技術的に可能であるし,短期的に確実な方法である。

しかし,この直接プログラムで論理的にダイヤ回復を記述する方式は,列車乱れ時の対応や運用が異なる他の路線に適用する際には,プログラムを書き直さなければならないという点では汎用性が低いという課題がある。そこで,新たに機械学習を活用した汎用的に応用可能な手法を検討することとした。

4. 社会インフラシステムへの機械学習適用の課題と解決方法

近年の機械学習の発展は目覚ましく,特にディープラーニングの登場により特定領域においては人の能力を超える性能を持つ機械学習もある。そのため,機械学習に対する社会の期待が高まっており,また実際に機械学習が解決できる領域も大きく拡張している。しかしながら,鉄道運行管理システムという社会インフラシステムの核とも言える部分に機械学習を適用するにあたっては,実世界で守るべき制約,また機械学習の判断誤りが社会生活基盤を不安定にするリスクを考えなければならない。特に判断誤りの防止,実世界で関連するシステム・人への影響,長期利用への耐久,変化する現実への追従といった課題について,その詳細と解決方法を以下に示す。

図2|ハイブリッド構成によるAIの概念図 図2|ハイブリッド構成によるAIの概念図 従来型の運行管理AIに機械学習を組み合わせることで,信頼性が求められる社会インフラシステムに適用可能な新しい運行管理AIを構築した。

図3|プラグイン型のハイブリッド型運行管理AI概念図 図3|プラグイン型のハイブリッド型運行管理AI概念図 ライフサイクルの長い鉄道運行管理システムに進化の早い機械学習を適用し続けるため,プラグイン型で入れ替え可能な構成としている。

図4|画面操作による学習風景 図4|画面操作による学習風景 既存のダイヤ変更端末と同じ画面操作でダイヤ変更を実施することで,機械学習の学習データを容易に生成することができる。

  1. ハイブリッド構成による誤結果算出防止
    ダイヤ乱れの回復計画案を誤って出力すると,列車運行の遅延が回復しないだけでなく,場合によっては列車運行を継続できないような状態も発生し得る。さらには,ダイヤ乱れに対して良い回復案をAIモデルが出力したとしても,その結果が運行管理システムの進路構成制御の出力と論理的に不整合であると,指令員の意図と異なる順序での制御となる可能性もある。
    そこで,前述の第1〜3世代のAIで開発している鉄道運行に関する制約条件(守るべきルール)の論理により,AIモデルの計算結果を自動的にチェックし,もし制約に違反していれば再計算させるような機械学習と,第1〜3世代のAIをハイブリッド的に組み合わせる方式とした。これにより,誤結果の算出を防止する仕組みを構築した(図2参照)。
  2. 人間系も含めたシステム化
    列車の運行支障が発生してダイヤが乱れた際は,現場では多くの列車が動いていて,それらの列車には乗客が乗車している。また,運転士や車掌もすでに現場で乗務している。乱れたダイヤの回復が必要となった場合,これらの乗務員の割り当ての変更手配や,乗客に対する変更の案内が必要になる。さらに,指定席の販売が関係している列車に変更が発生した場合には,指定席券の変更の手配が必要になるというように,鉄道運行に関係する人間系も含めた対応が必要となる。つまり,機械学習が算出したダイヤ乱れの回復の変更内容はこれら人間系も含めて実行され,なぜその変更内容に至ったか説明可能でなければならない。しかし,ディープラーニングをはじめとする機械学習が生成するAIモデルは,ブラックボックスであり,開発者自身ですら動作を説明できないという問題が指摘されている。
    この問題を解決するために,機械学習が算出したダイヤ変更の内容を,従来の運行管理システムでのダイヤ変更時の伝達形式に変換し出力することで,機械学習が提示する変更内容の見える化を実現した。
  3. 長期にわたる使用の実現
    鉄道運行管理システムは非常に高いレベルでの信頼性・安全性確保の必要性や公共性の高さも起因し,製品やプロジェクトのライフサイクルが比較的長いという特徴がある。現に25年以上前に納入したUNIX※)ベースのコンピュータが今でも現役で活躍している運行管理システムも存在する。
    こういったライフサイクルが長い鉄道運行管理システムに日進月歩の機械学習を適用するにあたっては,進化の時間軸の違いを吸収できる仕掛けが必要となる。
    これらの課題を解決するために,機械学習部分をプラグイン型で入れ替え可能な構成を実現した。次章で紹介するハイブリッド型運行管理AIでは,勾配ブースティングの教師あり機械学習を使用して開発したが,同時に強化学習を使ったダイヤ乱れの回復を行うAIの研究開発を進めている。このように先端技術の入れ替えや同時利用を容易化することで,長期にわたるAI活用システムを実現している(図3参照)。
  4. 実世界のデータを活用した学習
    AIの精度を向上したり,変化する現実へ追従したりしていくためには,輸送指令員の操作データを大量に学習し続けていくことが重要である。そのため,輸送指令員の操作端末と連結して情報を取り込むことで大量にデータを随時取得するインタフェースを構築している。つまり,実際の輸送指令員がダイヤ乱れの回復をする際に,その変更入力をする端末と同じ端末を準備し,そこから輸送指令員が入力するのと同様に操作入力をすることで,機械学習に学習させることが可能となる。
    これにより,各路線の違いなどを機械学習で学習していく際には,輸送指令員に通常の運転整理と同様の入力をしてもらうか,またはすでに運行管理システムが導入されている路線であれば,過去の操作データを活用することが容易に実現できる構成とした(図4参照)。
※)
UNIXはThe Open Groupの米国およびその他の国における登録商標である。

5. ハイブリッド型運行管理AIの特徴

図5|プログラムと機械学習の違い 図5|プログラムと機械学習の違い 従来は指令員から提示されたダイヤ回復方法を実装していたが,機械学習では過去のダイヤ回復操作履歴データから指令員のダイヤ回復ノウハウを学習することができる。

前述の課題を汎用的に対応可能にするために,機械学習を活用して過去の輸送指令員のダイヤ回復操作データを学習させ,ダイヤ乱れの回復操作を算出し,さらに制約プログラミングで計画の実行可能性を確認するハイブリッド型運行管理AIをプラットフォームとして開発した。この手法では,機械学習の特徴を生かすことにより,明文化しにくい輸送指令員の回復ノウハウを過去の操作データから学習し再現することができる。この機械学習を活用したプラットフォーム構成により,過去の輸送指令員のダイヤ回復操作データから学習を行うことで,他の鉄道事業者や路線への適用を容易にしている(図5参照)。

6. ハイブリッド型運行管理AIによるダイヤ回復計画立案実証実験の結果

図6|2時間の運転見合わせ事象発生時の計算結果 図6|2時間の運転見合わせ事象発生時の計算結果 当初の運行ダイヤ(上段),2時間運転見合わせ直後の遅延ダイヤ予測結果(中段),ハイブリッド型運行管理AIによるダイヤ回復計画立案結果(下段)を示す。

前章で示したハイブリッド型運行管理AIの実証実験はオーストラリアのニューサウスウェールズ州が公開しているシドニーの路線データ6)を使用して行った。これらはT4ラインの路線データおよびダイヤデータを基にして行っている。

図6は運行乱れが発生した場合に,ハイブリッド型運行管理AIによって運行復旧計画を立案したケースを示している。上段のグラフ状の画面表示は横軸が時間軸で,縦軸は駅の並びを示しており,全列車の当初の運行スケジュールがダイヤグラム形式で表現されている。

中段の画面は運行支障が発生した状態を示しており,画面左下部の長方形の部分が運転見合わせによって列車運行できない状態を示す。上段の図より右側にずれた線で表示されているのが,運行乱れによって遅延が予測されていることを示す。多数横方向に伸びている線は,これらの列車が駅間で長時間停止することを意味する。

次に下段の図がハイブリッド型運行管理AIによって,ダイヤ変更計画を立てた結果を示している。この結果から,電車内に閉じ込められた状態で乗客が待たされるケースは大幅に解消され,他の運転可能な場所は運転が継続され,全体のダイヤ復旧も早く行われたという結果が見て取れる。この計画立案計算は検証用の簡易なシステム構成でも10秒程度で実行完了しており,実運用構成時のリアルタイムでの応答性は問題ないと考えられる。

7. おわりに

本稿では海外の路線を対象に実施した結果を示したが,これにより実運用システムへの展開ができる見通しを得た。各鉄道事業者・各路線ではダイヤ乱れが発生した際の運用が異なるために,路線ごとにこれらを吸収するような学習を行うことで,実運用展開を進めていく。

最後に,本稿を執筆するにあたりご協力いただいた関係者各位に御礼を申し上げる。

参考文献など

1)
一般社団法人人工知能学会「人工知能のFAQ」
2)
岡本正己,外:新幹線運転管理システムコムトラック(COMTRAC),日立評論,54,8,733〜741(1972.8)
3)
柴田敏郎,外:最近の運行管理システム,日立評論,70,7,709〜715(1988.7)
4)
北原文夫,外:超高密度線区の輸送を支える東京圏輸送管理システム(ATOS),日立評論,79,2,165〜168(1997.2)
5)
鈴木敦,外:グローバルな鉄道システム・サービスの革新を支える研究開発,日立評論,98,7-8,480〜484(2016.8)
6)
NSW GOVERNMENT Open Data
Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。