日立評論

社会課題の解決につながるDXへ

情報制御を基点に社会と産業を捉え直す

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社会課題の解決につながるDXへ

情報制御を基点に社会と産業を捉え直す

ハイライト

電力や鉄道,上下水道をはじめ,社会インフラを支える情報制御システムを長年にわたって提供してきた日立は,現場で培ったドメインナレッジとデジタルトランスフォーメーション(DX)を融合させることにより,快適で便利な社会生活の実現とともに,さまざまな社会課題解決への貢献をめざしている。

IoTやAI,ロボティクスといったデジタル技術が急速に進展する中,今後の情報制御システムはどうあるべきか。それぞれのドメインの問題意識や直面している課題,それらへの対処,将来の展望を含め,現在進めている取り組みを基に,5名のキーパーソンに聞いた。

目次

OT×ITによってグローバルに脱炭素化を加速

Robyn Boerstling 多田 昌雄
日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 エネルギーソリューション本部 本部長
1992年日立製作所入社。電気料金計算システム,スマートメーター管理システムといった大規模な電力情報システム開発のプロジェクトマネージャーなどを経て,2020年より4月より現職。
プロジェクトマネジメント学会会員。

Allan Immel 長谷川 晋
日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 交通制御システム本部 本部長
1992年日立製作所入社。交通制御システム本部交通システム設計部部長,Hitachi Information Control Systems Europe Executive Chairmanなどを経て,現在,鉄道情報制御システム事業推進に従事。
情報処理学会会員。

Harsha Badarinarayan, Ph.D. 志村 明俊
日立製作所 研究開発グループ 技術戦略室 戦略統括センタ ストラテジースタッフ
2000年日立製作所入社。社会インフラを対象としたシステムアーキテクチャ研究の研究部長を経て現在,研究開発グループの研究戦略立案に従事。 博士(工学)。計測自動制御学会会員。

越智近年,日立は,SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に代表される環境,安全・安心,レジリエンスといった社会課題の解決に取り組むとともに,グローバルな事業展開を推進しています。そのような状況下で,世界中で一体となって取り組むべき課題に脱炭素化が挙げられますが,初めに低炭素社会実現に向けた電力・エネルギー分野の取り組みに関してお話しいただけますか。

多田日本でも2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするというチャレンジングな目標が示されました。その達成のためには,社会実装を見据えた具体的な対応策について,ステークホルダーが一丸となって知恵を出し合い,さまざまな課題を克服しながら革新的なイノベーションを加速させるとともに,経済と環境のエコ循環を生み出すための戦略を検討していく必要があります。また,モビリティ・産業機器の電動化やオフィスワークのデジタル化などエネルギー消費の構造が変化する一方で,電源の分散化をはじめ,われわれの暮らしを支えてきた電力システムも大きな変革期を迎えています。

私の所属する制御プラットフォーム統括本部では,電力系統監視制御システムや電力保護制御システムなどのミッションクリティカルな制御系システム,いわゆるOT(Operational Technology)システムを開発しています。近年は設備の劣化診断などへのAI(Artificial Intelligence)適用,センサーやスマートメーターなどのデータ分析による系統安定化,電力市場システムやバランシンググループとの連携など,デジタル技術を活用したITとOTが密に連携するシステムが増えてきています。

そこで,エネルギー分野のITシステムを開発している部署とわれわれが,グリーン・バイ・デジタルというビジョンの下で共同プロジェクトを立ち上げるなど,一体的な組織運営を進めているところです。将来,分散電源を持つ需要家やさまざまな事業者,アグリゲータ,サービスプロバイダーのほか,EV(Electric Vehicle)や蓄電池などの要素も大きな電力プラットフォームに入ってくる時代がやってきます。そのような時代にこそ,ITとOT,そしてさまざまなプロダクトを持つ日立の強みが発揮できると考えています。

越智エネルギー分野では海外でも多様な取り組みを進めていると聞いています。

多田ええ,直近ではNEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organizasion:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)プロジェクトとしてスロベニア,ポーランド,タイにおいて実証を進めています。

スロベニアでは,国営送電事業者と共同でスマートグリッドの実証実験を行っています。実証は二つのフェーズで進めており,第一フェーズでは,老朽化が進む設備に再生可能エネルギーによる電力を大量に流通させなければならない,停電時間が長いなどの課題に対し,配電会社向けに高度な機能を有するクラウド統合型の配電系統制御システム(DMS:Distribution Management System)を構築することで,適正電圧の維持や電力需要のピーク抑制など所定の目標をクリアすることができました。

また,2014年に猛烈な寒波に見舞われ大停電の被害にあったことからレジリエンス強化が求められており,第二フェーズでは,クラウド型エネルギー管理システムを開発し,アンシラリーサービス,瞬時電圧低下ならびに実系統を使ってのアイランディングの実証を行う予定です。なお本実証は2020年7月,世界各国で展開されるスマートグリッドに関する優れた取り組みを表彰する「ISGAN Award 2020」において最高位であるウィナー,最優秀賞を受賞しました。

一方,タイでは,現状の系統運用においてさまざまな電源が接続された送電系統の電圧を最適化する仕組みがなく,送電ロスの抑制と安定的な電力供給の両立が難しいという課題を抱えています。それに対して電圧・無効電力オンライン最適制御システムを開発し,タイ発電公社であるEGATの送電系統での電力系統運用の高度化・効率化を通じて,温室効果ガス排出量の削減をめざす実証を始めたところです。本実証では二国間クレジット制度であるJCM(Joint Crediting Mechanism)の活用による温室効果ガス排出削減効果の定量化も図っていく計画となっています。

越智グローバル展開といえば,日立は昨年スイスのABB社のパワーグリッド部門を買収しました。

多田数年前からビジネスパートナーとして一緒に仕事をしていたので,関係構築などもスムーズにできています。現在,新会社として発足した日立ABBパワーグリッド社と複数の合同ワーキンググループを立ち上げ,脱炭素化などの課題に対して活発な議論をするとともに,海外実証で実績のある日立の技術などを,彼らの持つ世界トップクラスのグリッドオートメーションソリューションと統合させてグローバルに展開していくことも検討しています。

越智日立全体としても今年の2月に「日立カーボンニュートラル2030」を発表しました。

多田2030年までに自社の事業所(ファクトリー・オフィス)においてカーボンニュートラルを実現するという目標の達成は決して簡単なことではありませんが,DX(デジタルトランスフォーメーション)などあらゆる手段を活用していくことでベストプラクティスや新たな技術を蓄積し,それをソリューション化することで広く社会に貢献していきたいですね。

スロベニアでの実証実験に多数の関係者が参加 スロベニアでの実証実験に多数の関係者が参加

AIのさらなる活用で運行管理システムをグローバルに展開

Robyn Boerstling 杉浦 達人
日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 本部長
1994年日立製作所入社。原子力向け監視制御システムの設計,新事業インキュベーション活動などを経て,現在,水環境および鉄鋼向け監視制御システムの設計に従事。
日本原子力学会会員。

Allan Immel 入江 直彦
日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 シニアストラテジスト
1990年日立製作所入社。中央研究所にてコンピュータアーキテクチャ,システムLSIアーキテクチャの研究開発を担当。制御プラットフォーム統括本部に異動後,情報制御プラットフォームの開発取り纏めを経て,現在,新事業創生および次世代プラットフォーム戦略立案に従事。
博士(工学)。情報処理学会会員。

Harsha Badarinarayan, Ph.D. 越智 直子[モデレータ]
日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 経営戦略本部 事業企画部 部長代理
1993年日立製作所入社。現在,制御プラットフォーム統括本部の広報・宣伝業務に従事。

越智電力・エネルギー分野とともに,省エネルギーの観点からは鉄道分野も重要な役割を果たしています。公共交通機関として多くの人々に利用されることで,交通体系全体のCO2削減につながります。また,日本の鉄道は,運行時間の正確性や利便性も世界トップレベルと言われていますね。

長谷川われわれメーカーの立場としては,できるだけ効率的に列車を走らせることが脱炭素社会の実現に向けて寄与できる部分ではないかと思っています。そういう意味では,列車運行管理システムが重要な役割を担っています。

これは,定められた列車ダイヤに従って信号機などの保安設備に対して制御要求を行うことにより,列車を時刻表どおりに運行させるものです。また,例えば気象条件や人身事故,車両事故などのアクシデントで列車運行が乱れた場合,ダイヤを変更して運行乱れを復旧させる機能を搭載しており,今日の鉄道運行には欠かせません。日立の運行管理システムの大きな特徴として,現在の列車の運行状況を基に,それがどのように推移していくかを予測し,それをダイヤ図としてリアルタイムに表示するとともに,運行乱れ時には回復に有効なダイヤ変更を指令員へ提案する機能を有している点が挙げられます。人間に代わって判断するという意味では広義のAIと言えるもので,われわれはこの技術を25年前に函館本線に導入して以来,国内で数々の実績を積み上げてきました。近年ではさらに従来方式と機械学習を組み合わせた新技術の開発に成功し,自動ダイヤ変更機能の実証実験も今後行う予定です。

越智クルマの世界では,自動運転の時代がすぐそこまで来ているような報道もされていますが,鉄道の世界でも同じなのですね。

長谷川ETCS (European Train Control System)など新しい信号システムの導入に伴い,自動運転や効率的に列車を走らせる技術に注目が集まってきています。日立は,信号システムや運行管理システムをグローバルに提供していたAnsaldoSTS社を2016年に買収しました。彼らとグローバル市場戦略を議論する中で日立のハイインテリジェンスな運行管理システムが着目されました。彼らの顧客データを使用したデモシステムを構築したところ,それが好評を博し,オーストラリア・ブリスベンの運行管理システムの受注に至りました。今後は日立の運行管理システムとSTSの製品を組み合わせ,グローバル市場で拡大を図ります。AI機能を有してダイナミックに最適なダイヤを作成することは,オンデマンド運行や電力使用のピークを抑える運行などにも応用が可能であり,グルーバル展開においてキー技術の一つになると考えています。

越智社会インフラ事業において,新しい技術をいち早く導入することは,安全・安心という観点からは難しいと思いますが,そこはどう工夫されたのでしょう。

長谷川列車の位置状況などを見て,自動で制御の順番を変えるなどの技術はありましたが,そうした中で一歩踏み込んだのが25年前のダイヤで状況を見せるという仕組みです。ただ,鉄道の運行にはダイヤ乱れのときでも定刻より早く発車させてはいけない,列車間には一定の時間間隔を確保しなければならないといったさまざまな制約があるため,まずは熟練者がやるような運転制御をAIに学習させていくという過程を踏んだわけです。

越智ITをただ使えばよいということではなく,OTのノウハウや長年の知見があって,高度な運用が実現できるわけですね。

入江そのとおりですね。制御システムには監視・制御・保護という大きな三つの機能が必要です。今,大きなニーズとなっているのが監視で,従来の信号による監視のほか,画像や音声を用いたセンシング技術が広がる中でAI活用が大いに進んでいます。とはいえ,社会インフラでの適用を考えると,安全・安心の担保もしっかりと考えなければなりません。そこは,OTシステムに携わるわれわれのミッションだと思います。

列車運行管理システム 列車運行管理システム

変化するニーズに対応する迅速なルールメークを

越智ところで,コロナ禍において,社会のあり方や生活様式が急に様変わりしました。いわゆるニューノーマルへの対応に関して,システム開発の面ではどのような変化が考えられるでしょうか。

志村昨年来ニューノーマルということが盛んに言われるようになりましたが,自然災害の激甚化など,世の中の様相は数年前から大きく変化していたと感じます。そうすると,システム開発も変化が常態化する前提で考える必要があります。

そこで問題となってくるのがガバナンスです。例えば,昨年,新型コロナウイルスの感染拡大によって人工呼吸器が不足しました。医療機器は,これまでのルールであれば製造認可の承認プロセスに最低でも数か月を要するため,異業種メーカーはなかなか参入できない。これに対し,欧米はいち早く,日本も昨年4月頃だったと思いますが規制を緩和し,異業種のメーカーでも人工呼吸器を製造できるようにしました。要するにニーズの変化に対して,迅速にルールも変えていかなければならないのです。

特にサイバー空間においては,変化が非常に顕著です。GAFAに代表される巨大ITプラットフォーマーによるデータを活用したビジネスのおかげで,われわれも家にいながら買い物ができるなどの恩恵を受ける一方,サイバー空間上での法整備が追いついていないという現状もあります。つまり,従来の法令ベースのガバナンスのあり方に限界が来ているのではないかと思います。

越智そうした議論の広がりや深まりはどのような状況にあるのでしょうか。

志村実はコロナ禍に入る以前からもかなり国内外で議論されています。日立の研究所からも参画していますが,例えば世界経済フォーラムの第四次産業革命センター(WEF C4IR:World Economic Forum Centre for the Fourth Industrial Revolution)でも,自動運転車両が普及した場合などを想定し,技術ガバナンスやポリシーメークに関する基本的な考え方について議論されています。入江さんも指摘されていましたが,その際,全体としてのシステムの信頼性をどう担保するのかは極めて重要な課題です。

変化が常態化した社会においては,多様なニーズに応えて社会全体をレジリエントに機能させていくことが必要になってきます。そのためには,革新技術の開発,その社会実装,さらにガバナンスの三つをセットで考えていくべきで,われわれはそういう観点からアーキテクチャの開発に取り組んでいるのです。

越智具体的にはどのような取り組みをされているのでしょう。

志村社会を三つのビューで捉えたアーキテクチャを考えています。社会実装されたシステムをオペレーションする「Systemのビュー」,革新技術を用いてサービス開発や検証を進める「Serviceのビュー」,そしてサービスに関わるステークホルダーで合意形成しながらゴールベースでガバナンスを設定していく「Societyのビュー」の三つです。すなわち変化を素早く捉えて,それに対応する新たな技術やサービスを開発・検証し,必要とする生活者を含めたステークホルダー同士で迅速に新たなルールメークをしながら,レジリエントな社会を構築していくことをめざしているわけです。

越智先ほどAI活用における課題について議論がありましたが,モビリティやインダストリー分野などでは点検といった作業にロボットがどんどん入ってきているようですね。

志村ええ。ですから,ロボティクスについても新しいルールをつくったり,工場の中のルールを変えたりする必要があるとの話も出てきています。モビリティ分野においては,例えばMaaS(Mobility as a Service)の中で保険はどう扱えばよいのかといった議論もMaaS Allianceなどでされていますね。

入江確かにロボティクスとルールメークは密接に関係しますね。そういうロボティクスに対して,われわれも品質保証の部署と組んで,リスクアセスメントの定義,それに基づいた契約,システム仕様への反映,といった手順を具体化させながら実際のビジネスに展開しようと考えています。

システム間の協調で高次元の全体最適を実現する

越智少し話が変わりますが,少子高齢化が進み技術伝承が困難になってきていて,これからは社会インフラのあり方が変わる,という話をよく聞きます。基幹産業や公共システムは人々の安心した社会生活の基盤ですから,それらの稼働を支える情報制御システムはますます重要になってくると思います。こうした社会変化の中で,日立のインダストリー分野ではどのような取り組みを進めていますか。

杉浦私が所属する部門が監視制御システムを提供する上下水道分野では,少子高齢化や人口減少が進行する中で,熟練技術者の技術継承や老朽化施設の維持管理,財政上の逼迫などの課題に直面しています。こうした課題の中で,いかに賢く設備や施設を動かしていくかが,一層重要になってきています。

例えば,これまで熟練者が対処してきた原水の水質急変というような事象に対して,高度な制御モデルを導入して自動制御の範囲を広げることで運転員の負担を軽減するシステムや,取水から浄水,配水に至る水運用の計画を,日々の需要を予測しながら最適に立案する技術などを提供しています。こうした技術や知見は,将来の施設計画に向けた長期需要予測へも応用が可能ですし,今後進展が見込まれる広域化や共同化といった枠組みにおいても,各エリアや各システム間の協調を図るうえで果たすべき役割は大きいと考えています。

越智システム間の協調とは,どのようなことを想定しているのでしょうか。

杉浦ひとくちに水の供給と申しましても、河川などから取水し浄化したうえで各地の配水場に供給する水道用水供給事業もありますし,配水場から各々の需要家へ水を届ける水道事業もあって,それらは県や市町村など複数の事業主体により運営されています。各々の事業は各々のシステムで運用されているわけですが,そうしたシステムを総合的に捉えて運用することで,個々のシステムだけでは成し得ない全体最適化をめざすことができます。さらには,電力供給と水供給という異なるシステム体系を,より高い次元で協調させる試みも進めています。水道施設を一種の電力バッファとみなした水道VPP(Virtual Power Plant)の試みです。安全・安心を担保するシステム個々の高度化に加えて,このようなシステム間の創発や全体最適化といった視点は,社会課題の解決はもちろん,社会システム全体としてのレジリエンスを高めるうえでも不可欠な要素であると捉えています。

また,こうしたシステム全体としての捉え方は,製品の生産に対しても有効です。例えば,鉄鋼生産は圧延などの設備を直接動かす制御システムのみならず,生産全体をつかさどるシステムや,経営レベルのシステムなど,さまざまなシステムの統合のうえに成立しています。個々のシステムをAIなども活用しながらより洗練するとともに,システム全体を総合的に捉えてお客さまの課題を解決する取り組みを進めているところです。

上下水道監視システム 上下水道監視システム

感知・捕捉・変容をキーワードに自律分散アーキテクチャを進化

製造業や物流の分野で急速に普及しつつあるロボティクス 製造業や物流の分野で急速に普及しつつあるロボティクス

越智各ドメイン事業を支える情報制御システムは,OTだけでなく,システムそのものを支えるITとの両輪と言われています。サイバーな技術を活用して実世界の現場を最適に制御していくCPS(Cyber Physical System)をミッションクリティカル領域に適用するには,情報制御システムのデジタルプラットフォームやAI,IoT(Internet of Things),ロボティクスといった先進的なITの実装が必要となってくると思います。社会インフラの制御におけるデジタルプラットフォームは,今後どのような方向に進むのでしょうか。

入江われわれの情報制御プラットフォームは,生物を模範として生まれた自律分散アーキテクチャに則っており,1977年から開発を行っています。鉄道や鉄鋼分野など,さまざまな分野で適用されています。あるサブシステムが不稼働になってもトータルのシステムに影響を与えないようにすることで,高い拡張性,信頼性,保守性を実現するものです。現在,制御プラットフォーム統括本部では,この自律分散アーキテクチャに基づいて,広く社会インフラシステム向けに制御コンピュータ,コントローラ,制御ミドルウェアなどを開発しています。

今後の方向性ですが,数年前にカリフォルニア大学バークレー校のデビッド・J・ティース教授が「ダイナミック・ケイパビリティ」という経営戦略論を提唱しました。企業や組織が急激な変化や不確実性が増している状況に対応するためには,状況の感知,何が起きているかという捕捉,さらにそれに対する変容の三つの機能が必要という指摘で,私は今後の企業におけるDXの指針になりつつあると理解しています。

社会インフラシステムについても,このダイナミック・ケイパビリティの実現が必要になると考えています。そのために,感知・捕捉するための現場センシングやAI活用,変容を支えるための自動化・自律化に関わるロボティクスなど,ダイナミック・ケイパビリティを支援・実現する機能が重要だと考えています。そのため,自律分散アーキテクチャを発展させ,感知・捕捉・変容の三つの機能を実現し,システムの動的進化を可能にするデジタルプラットフォームの開発を進めているところです。

越智こういったプラットフォームを実現するコンポーネントとしては,どのようなものがあるのでしょう。

入江例えば,制御エッジコンピュータですね。現場に近い場所の感知・変容については,現場基点でのセンシングおよび制御が重要になります。われわれは,耐環境性や長寿命など現場設置の要求を満たしつつ,センシングを高度に実現するため,エッジAIを組み込んだ製品を開発しました。さらに,クラウド上で得られたセンシング情報からビッグデータ解析によって新たな知見を獲得するわけですが,この知見をエッジ側に反映し,現場での制御に活用するエッジオーケストレーションといった機能にも対応しています。今後のデジタルプラットフォームに求められる「システム進化」に向けたコンポーネント製品となっています。

もう一つ,カギとなるのがロボティクス技術です。先ほどのお話にもありましたが,現在,製造業や物流の分野で急速に活用が進んでおり,われわれは大型の設備点検を自動化する自走式のセンサー,物流分野の自律型ピースピッキングロボットの開発にも取り組んでいます。こういった刻々と変化するニーズや現場環境に,自律型のロボットで素早く対応する,すなわち変容できるようなシステム技術を今後も一層磨いていく予定です。

越智現場となるエッジにAIが活用されているわけですね。また,ロボティクスとAIとの融合が急速に進んでいるという話も聞いていますが,安定稼働が求められるインダストリー分野の制御システムではどのようにAIを適用しているのでしょう。

杉浦冒頭あたりで,入江さんが制御システムには監視・制御・保護の三つの機能が必要だと指摘されました。鉄鋼分野などで設備制御にAI技術を適用するにあたっては,われわれは特に保護の機能が重要だと考えています。間違った制御信号を出すと,設備そのものに損傷を与える危険性があるからです。われわれはAIの出した信号をそのまま使うのではなく,設備保護のための回路を別に設けて,そこを経由した信号を最終的にアクチュエータへ出力するといった対策を講じています。そこの保護のやり方は,設備や制御に精通していないとなかなか難しいところで,蓄えられた知見がそのカギを握ると思っています。

加えて,AIを制御に活用していくうえでは,AIによる判断根拠の説明可能性や,AIが出力する値の検証技術も重要になってくることを指摘しておきたいですね。

長谷川鉄道分野でも同様で,ダイヤ変更にAIを活用する際は,任せきりだと間違った運用をすることがあるため,それを正すのにわれわれが元から扱っていた制約論理を組み合わせています。つまりAIが出した解に対して,それは間違っているということを自動的に教える仕組みを持たせています。

越智保護回路や仕組みなどがあってこそ,社会インフラに適用できるということですね。そういう点でも,OT×IT×プロダクトを併せ持つ日立の強みを今後も発揮していきましょう。

本日はエネルギー,鉄道,産業など分野ごとの現状や展望をお話しいただきましたが,より高度な社会インフラの構築を見据えて,それら各ドメインの情報制御システムを有機的に連携することも視野に入れる必要がありそうです。

入江不確実性が増す現代社会において,日立がめざす「環境」,「レジリエンス」,「安全・安心」といった社会価値を実現するためには,分野をまたいだデータ・システム・ナレッジの共有が不可欠と考えています。さまざまなOTシステムに携わっているからこそできるわれわれの強みを生かし,ミッションクリティカルに対応する次世代デジタルプラットフォームで貢献していきたいと考えています。

越智本日は活発な議論をしていただき,ありがとうございました。