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トルコ共和国の首都を走るアンカラメトロのCBTC化プロジェクトは,M1〜M4の4路線の信号システムに最新のCBTCシステムを導入するものである。受注時は,1路線(M1)が他社の信号システムで営業運転中であり,他の3路線(M2〜M4)は新規路線として建設計画中であった。2008年12月に契約が締結され,CBTCによる最初の路線の営業運転は2016年に開始し,最後の路線のCBTCへの移行は 2018年に完了した。また,4路線の運行業務を統合できるように,運行管理機能の統合化を進めており,2021年に完了する予定である。

プロジェクト当初のスコープは,新規3路線へのCBTCの納入,既存路線とMacunköy車両基地のCBTC化,新車・既存車の合計144編成向けへのCBTC車上装置の搭載であった。長期にわたるプロジェクトを進める中で,3路線における段階的システム構築のための点制御方式の保安装置であるDTPの先行建設と,Macunköy車両基地の拡張工事が追加された。

本稿では,アンカラメトロプロジェクトの概要と,長期にわたる大規模プロジェクトの中でHitachi Rail STS S.p.A.が直面した環境の変化,それらに対する取り組みについて紹介するとともに,継続的な努力により目標を達成したことを述べる。

目次

執筆者紹介

Luigi Buonanno

  • Hitachi Rail STS S.p.A., Testing and Laboratory Integration System Validation 所属
  • 現在,米国ボストンにてNSATCのプロジェクトエンジニアリングに従事
  • Ph.D. in Computer Science

Cyril Le Foll

  • Hitachi Rail STS S.p.A., Local delivery Core CBTC EMEA 所属
  • 現在,複数のCBTC関連グローバルプロジェクトの取りまとめ業務に従事

Omer Polat

  • Hitachi Rail STS S.p.A., EMEA PE METRO Projects Pool 所属
  • 現在,アンカラメトロのプロジェクトエンジニアリングに従事

Lorenzo Priano

  • Hitachi Rail STS S.p.A., Functional Delivery Wayside Competence Center Wayside Italy 所属
  • 現在,イタリア向け連動装置プロジェクトの設計業務に従事

Michael Scott

  • Hitachi Rail STS S.p.A., ATS WPL Pool 所属
  • 現在,複数の運行管理装置関連グローバルプロジェクトの取りまとめ業務に従事

1. はじめに

図1|HSTSのCBTCシステムの概要図1|HSTSのCBTCシステムの概要HSTS(Hitachi Rail STS S.p.A.)のCBTC(Communications-based Train Control)システムは,主にCore CBTC,連動装置,運行管理装置の三つのサブシステムから構成される。

2008年,Ansaldo STS S.p.A.[現 Hitachi Rail STS S.p.A.(以下「HSTS」と記す。)]とAlarko Holding A. Ş.との共同事業体(Ansaldo STS & Alsim Alarko San. Tesisleri ve Ticaret A.Ş. Konsorsiyumu)は,アンカラメトロの運行会社であるEGO社(EGO Genel Müdürlüğü)から,アンカラメトロ全線区(M1線〜M4線)のCBTC※)(Communications-based Train Control)化プロジェクトを受注した。受注当時,M1線(14.66 km,12駅)は,他社製の信号システム(交差誘導ループ式自動列車保安装置)で営業運転中であり,M2線(16.59 km,12駅),M3線(15.36 km,12駅),M4線(9.22 km,9駅)は建設計画中であった。当初の計画では,2014年より全路線においてCBTCを使用した営業運転を開始する予定であった。

しかし2011年,契約を締結したEGO社の業務が,現在の顧客であるAltyapı YatırımlarıGenel Müdürlüğüに譲渡されたことに伴い,土木工事の担当企業や車両メーカーなど,EGO社と契約を結んでいた複数の企業が変更された。

プロジェクト推進に際して多くの方針変更が発生したうえ,プロジェクト履行の過程で複数の技術的課題も発生したため,契約当初に合意した方式(CBTCの設置・切替)でのシステム構築が困難となり,当初とは異なる納入方針を検討することが必要となった。さらに,M2線およびM3線の営業運転開始の時期を当初の予定より早めることも求められた。

こうした顧客の要求に応えるため,まずCBTC故障時の縮退運転に使用可能なDTP(Discontinuous Train Protection)を設計・導入することで,営業運転開始を早める方針とした。その後,DTPの上に最新のCBTCを構築し営業運転に投入するといった,段階的なシステム構築方法を採用することとした。実際には,新車にはDTPを搭載し,さらにCBTC化のための拡張を実施した。

また,システムの建設期間が長期に及ぶため,提供するCBTCシステムの標準化を図ることを目的として,常に最新システムを提供する方針とした。そのためプロジェクトの遂行期間中,継続的にシステムの機能,アーキテクチャなどを最新バージョンに更新する必要があった。

HSTSのCBTCシステムの概要を図1に示す。

アンカラメトロ向けCBTCは,以下に示す三つの主要なサブシステムにより構成される。なお,各サブシステムの設計,開発,検証は,グローバルな体制において,それぞれフランス,イタリア,米国のチームが分担して実施した。

  1. Core CBTC
    Core CBTCは,指令室に設置されるZone Controllersと呼ばれる地上保安装置と,車両に搭載される車上保安装置から構成される。これら二つのシステムは,DCS(Data Communication System)と呼ばれる無線装置を介して,各種情報の送受信を行う。また,Core CBTCは,決められた運転間隔を考慮しつつ,運行中の列車間隔を確実に保つ役割を担う。
    Core CBTCの主な機能は,列車の衝突や速度超過,その他の危険事象を未然に防ぐ保安装置と,運行管理装置が設定するダイヤとプロファイルに基づき,列車の自動運転を可能にするATO(Automatic Train Operation)から構成される。なおCore CBTCの設計・開発・試験は,HSTSフランスのチームが担当した。
  2. 連動装置
    連動装置は,転轍機と信号機の動きを連動させることにより,競合する進路設定を防ぐためのサブシステムであり,WSP(Wayside Standard Platform)と呼ばれる集中型の電子連動プラットフォームを採用している。階層型アーキテクチャを実装しており,連動装置の安全論理が実行される最上位層は,指令室内に設置されるCentral Postの筐体に搭載され,下位層は各駅の信号機器室に設置されるPeripheral Postの筐体に実装される。
    Peripheral Postは,連動装置と地上機器類とのインタフェースを担うフィールドデバイスコントローラーモジュールを搭載している。なお,連動装置の設計・開発・試験は,HSTSイタリアのチームが担当した。
  3. 運行管理装置
    運行管理装置は指令員に対し,M1からM4までの4路線,および車両基地への出入りや基地内の車両移動を行う地下鉄システムの監視・管理を行うための情報を提供する。
    運行管理装置のアプリケーションは,アプリケーションや通信サーバ,ワークステーション,ネットワーク機器,壁面に設置される大型モニタなどを含む汎用ハードウェアで構成され,高信頼かつ冗長なネットワーク上で動作し,障害発生に対して高い耐久性を有する。
    また,運行管理装置は複数の信号装置や外部装置とのインタフェースを有しており,連動装置が管理する地上機器や,電力システムからの情報,CBTCが管理する車両の状態,制御,ダイヤ情報を即時受信することが可能である。
    さらに,CBTCに提供される列車運行状況を用いて各車両内の乗客に向けて案内表示を行うことができるほか,運行管理装置は乗客向け情報システム(PIS:Passenger Information System)とのインタフェースを有しているため,駅構内やプラットフォーム上の乗客に次発列車の到着に関する情報を提供可能である。なお,運行管理装置の設計・開発・試験は,HSTS米国のチームが担当した。
    また,各サブシステムを構成するハードウェアとソフトウェアの両面において,長期にわたるシステム建設中に複数回の更新を実施した。例えば,連動装置のアーキテクチャ(ハードウェア・ソフトウェア)は2回更新され,その他のサブシステムのソフトウェアのベースラインでも2回の大規模な更新が実施された。アーキテクチャを最新版に更新する理由は主に二つあり,一つはその時点で提供可能な最新の製品を顧客に提供するため,もう一つはCBTCとして提供するシステムをできる限り標準化するためであった。
※)
無線式列車制御システム。列車の位置の情報と列車への制御情報を無線で伝達し,列車に搭載した車上装置と地上装置が連携して動作するシステムで,沿線設備を大幅に削減できるうえ,高密度運行やワンマン/無人運転を支えるシステムとして,現在,地下鉄や新交通などを中心に導入が進められている。

2. 営業運転フェーズ

図2|アンカラメトロM1線〜M4線の路線図図2|アンカラメトロM1線〜M4線の路線図アンカラメトロは,M1〜M4の4路線から成る路線網となっており,路線間をまたがった複雑な運用が行われている。

表1|営業運転フェーズのマイルストーン表1|営業運転フェーズのマイルストーン2021年7月のCBTC化完了に向けたプロジェクトの段階的な推移を示す。

複雑な路線網と,顧客および鉄道事業者の運用ニーズにより,数多くの営業運転フェーズが存在することが本プロジェクトの特徴として挙げられる。

長期にわたるシステム建設において,プロジェクト履行の途中での新線の営業開始や,それに伴う段階的なシステム構築など,複雑で多くの運用フェーズが発生したため,検討すべき課題が多数発生し,それぞれについて対応する必要があった。

M2線とM3線の営業開始に信号システムの建設を間に合わせるために,既設の信号システムと同等の輸送能力でかつCBTC故障時のバックアップとしても活用可能なDTPの設計・導入を進めた。そして2014年3月にM3線が,さらに1か月後にM2線がDTPモードによる営業運転を開始した。また,M1線では車両がM1〜M3線をまたぐ走行を要求されたため,M1〜M3線で信号システムを統一する必要があった。そのためM1線についてもDTPの導入を進め,2015年に切替を完了し,営業運転を開始した。これによりM4線を除くすべての路線が,DTPで営業運転を開始した。その後,M1〜M4線についてのCBTCシステムの設計・導入を行い,CBTCによる運転を開始するという段階的なシステム構築・切替を実施した(図2参照)。

また,CBTC化への切替完了後,それぞれの線区ごとに実施されていた運行管理業務の運用を線区全体で統一して実施できるよう,運行管理機能の線区間統合を実施した。まず2021年2月にM1〜M3線区を統合完了した。M4線についても2021年9月には統合完了する予定でプロジェクトを推進中である(表1参照)。

また,並行して車上装置の継続的な更新作業を進めており,2021年7月には全143編成(当初より既存車が1編成減)のCBTC化が完了する予定である。

3. 課題

長期間にわたる大規模プロジェクトを遂行するにあたり,プロジェクトチームは多くの課題に直面しながらも解決を図ってきた(図3参照)。本章では,主な課題について紹介する。

3.1 既設システムの更新プロジェクトと数多くの更新フェーズ

M1線とその車両基地は営業運用中の路線であったため,工事や試験・試運転の両面において,非常に短期間での作業を要求された。またM2線およびM3線においても,DTPでの営業運転開始後は,同様に短期間での作業が必要であった。作業者は営業運転を停止している夜間に,既設システムから試験中の新規システムへの切替を含めた作業を行う必要があったが,作業時間は一晩につき2時間程度に限られていた。プロジェクトが進むにつれ,特にM1〜M3線がDTPで運用を開始した後は,CBTCへの切替に向けた作業も輻輳したため,状況は一層厳しくなった。

DTPの導入およびCBTCへの切替などのシステム移行フェーズや,常に最新のアーキテクチャを導入するための変更,運用上のニーズや制約条件などを考慮し,大規模な地下鉄のシステムを設計する必要があった。また,それと同時に,コストを削減し,顧客の運用上の影響(制限,制約)を最小限に抑えることは,プロジェクトを履行するうえで大きな課題であった。

3.2 車両基地の拡張

プロジェクト開始当初,営業運転で稼働していた車両基地は,大規模かつ複雑な構成をしており,CBTC化を考慮して設計・構築されたものではなかった。そのため,既存の基地レイアウトにCBTCを適合させることが必要であった。さらに,4路線を運行するためには車両基地の拡張工事が必要になったため,ますます大規模な車両基地になった。

具体的には,ループ線が2本存在し,また拡張工事分も含めて通常の車両基地の2倍の設備を保有しており,それに伴う各種制約や安全性に関する事項について検討・解決する必要があったため,拡張は技術的に困難を極めた。

3.3 既存車両のレトロフィット

2012年には,1980年代に営業投入された他社製の既存車両の更新作業に着手した。これに伴い,運用中の車両向けに予備品を確保するため,長期間使用されずに保管されていた車両を活用し,検討を進めることにした。

これに際してはまず,車両を走行可能な状態に戻すことが必要であり,その方法についてオリジナルの古い図面類を確認しながら検討し,リレーや配線などの修理を実施した。車上装置の技術を有するメンバーによって一連の復元作業は無事完了し,顧客からも高い評価を得た。復元した車両を活用することでDTPおよびCBTCへの改造方式について検討を進めることができた。

3.4 数多くの初めての経験

本プロジェクトは,HSTSにとって以下の三つの意味で「初めての」プロジェクトであった。

1点目は,HSTSがすべての信号システムを納入した初めてのCBTCプロジェクトであった。2点目は,グローバルな体制で米国・フランス・イタリアのチームが相互に連携し,プロセスや効率を段階的に改善しながら取り組んだ初めてのCBTCアプリケーションであった。ここで培われた経験は,現在HSTSが手掛けるCBTCプロジェクトをよりグローバルに履行するための礎となっている。3点目は,HSTSにとって既設の地下鉄へCBTCを導入する初めてのプロジェクトであった。

本プロジェクトで確立した段階的システム構築や,プロジェクトの推進方式は,将来のプロジェクトにおいて有効に活用する所存である。

3.5 指令員へのトレーニング

運行管理装置の指令員や保守員は,長期にわたり既存装置での業務に慣れ親しんでいたため,新しいシステムの運用に際しては,彼らの要望に応える必要があった。

HSTSはアンカラメトロの運用方法について指令員の理解を深めるため,プロジェクトの早い段階から顧客と協力し,新規装置を使用した訓練を数回にわたり行った。GUI(Graphical User Interface)の設計においては,プロジェクト推進における多くの運用フェーズに対応しつつ,指令員の意見や要望に基づいてシステム更新を行った。

3.6 COVID-19の影響

世界中に甚大な影響を及ぼした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,プロジェクトの工程にも深刻な影響をもたらした。パンデミック初期には作業が完全に中断され,2か月以上の遅延が発生した。しかし,プロジェクト再開後,地下鉄の営業運転が一部中止されている間にできる限り現場作業の時間を増やして改善を試みた結果,約半年分の遅延を改善することができた。

3.7 車両更新

プロジェクトの最終段階における最新版ソフトウェアへの移行は,多くの路線が営業運転を行っている中,営業運転への影響を最小限に抑えつつ,非常に限られた時間の中で実施する必要があった。

具体的には顧客との合意の下,週末の2日半の間に約120編成の全車両を更新しなければならなかったが,詳細なインストール計画を作成し,HSTS内の関連部門のリソースを最大限割り当てることにより,月曜日の運転開始までにすべての作業を完了することができた。

図3|アンカラメトロCBTC化プロジェクトのチームメンバー図3|アンカラメトロCBTC化プロジェクトのチームメンバーアンカラメトロCBTC化プロジェクトでは,米国・フランス・イタリアのチームが相互に連携し,グローバルな体制で取り組んだ。

4. 従来とは異なるプロジェクト

複雑でかつ長期間に及んだ本プロジェクトをグローバルな体制で推進・完遂したことで多くを学ぶことができた。以下では,ここで学んだ教訓について紹介する。

本プロジェクトでは,外部の要因などにより多くの計画変更が発生した。そのため,計画を立てることよりも,予期せぬ課題に対応・適応することが優先されるケースが数多く発生した。例えば,ある時は装置のさらなる設置場所を確保するために,運行指令所の外壁を壊さなければならなかった。またある時は,トルコに拠点を置くフランスのチームで急遽ケーブルが必要になったため,オーストラリアで働く調達担当者が中国に向かい,サプライヤと交渉することもあった。

このような課題解決を通じて,プロジェクトに携わる人々の中に,課題解決に向けて協調して取り組むという変化を見ることができた。このような変化がプロジェクトの成功の鍵となったものと考える。

本プロジェクトには,現地作業も含めると,米国,フランス,イタリア,トルコ,インド,オーストラリアのチームが参加した。また,長いプロジェクト期間中,プロジェクトマネージャーが4名,プロジェクトエンジニアが5名交代した。国をまたぎ,かつ多くの人が参加したプロジェクトであったが,目的を共有し,全員が同じ熱意を持って取り組む土壌を育むことで,グローバルなプロジェクトを完遂することができた。

人財はプロジェクトの真の財産であると考える。10年以上に及ぶプロジェクトを経験した人財は,例えば,現在ペルー・リマでのCBTCプロジェクトで信号装置の統合を主導するなど,グローバルに活躍を続けている。

5. おわりに

アンカラメトロでは現在,HSTSのCBTCによって,4路線・100編成以上の車両が最小3分間隔で1日18時間にわたり走っている。CBTCを導入したことで,将来の輸送需要の増大や,運行形態の変更・改善などに柔軟に対応できるようになったと考える。

長期にわたり,複雑で大規模な地下鉄の信号システム建設を進めてきた本プロジェクトにおいては,プロジェクト開始から現在に至るまで,数多くの課題や問題が発生した。また,HSTSにおける体制も,多くの国にまたがるグローバル体制であったが,目的や目標を共有することにより,チームで協調してプロジェクトを完遂することができたと考えている。

このプロジェクトを経験した人財は,世界各国で進行中のCBTCプロジェクトに参画することで,新たな挑戦を始めている。そして今後も,世界の顧客のニーズに応えるシステムの提供に貢献していくものと確信している。

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