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ハイライト

現代の都市生活では,昇降機は縦の交通手段として欠かせない設備であり,その運行が停止すると都市生活自体が機能しなくなるおそれがある。特に,大規模地震などの広域災害の場合は多くのエレベーターが一斉に停止するため,組織的な支援と復旧の効率化が求められる。

日立は,昇降機メーカーとして地震発生時に機器被害を最小に抑え,利用者の閉じ込めをできる限り防ぐとともに,安全で快適な昇降機の運行を確保し,万が一停止した場合は迅速に復旧するための対策を講じている。本稿では,日立のエレベーターの地震対策の機能とサービスについて紹介する。

目次

執筆者紹介

辻 太郎Tsuji Taro

  • 株式会社日立ビルシステム 日本事業統括本部 事業企画本部 事業企画部 兼 広域災害対策室 所属
  • 現在,昇降機事業の事業戦略および広域災害対策に従事

菊池 秀之Kikuchi Hideyuki

  • 株式会社日立ビルシステム 日本事業統括本部 事業企画本部 事業企画部 兼 広域災害対策室 所属
  • 現在,昇降機事業の業務改善および広域災害対策に従事

1. はじめに

BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは,大規模な災害・事故が発生した場合,企業や行政・組織が基幹事業を継続し,早期に事業を再開するために策定する行動計画である。

事前に業務の優先度を確定し,バックアップシステムの整備や復旧要員確保などの対応策を立てておくことで,被害やサービスの受け手への影響を最小限にとどめることができる。

株式会社日立ビルシステムは,大規模地震などの広域災害や広域停電など緊急事態の発生に備え,昇降機の被害を最小限に抑えるための予防対策と,被害が発生した場合の対応体制や緊急時の行動などを定め,迅速に昇降機の復旧が図れるようソフト,ハードの両面よりBCPの強化に取り組んでいる。本稿では昇降機事業における地震被害対策と復旧体制についての取り組みを述べる。その他ビル設備についても同様にBCPを強化している。

2. ハード面の取り組み

本章では耐震基準の変遷と,ハード面における日立の取り組みについて述べる。

2.1 過去の地震による耐震基準の変遷

1978年に発生した「宮城県沖地震」の後,建築物の耐震基準が強化され「震度5強程度の中規模地震では軽微な損傷,震度6強から7程度の大規模地震でも倒壊は免れる」強さとすることが義務づけられた(図1参照)。

これに併せてエレベーターにおいても,震度5弱レベルでの機能維持と地震時管制運転装置の設置など,図1中に記載した5項目などについて1981年版設計・施工指針が制定,基準化された(81耐震)。

1995年の「兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)」では,エレベーターにおいておもりブロック脱落,機器の転倒・破損,ロープ類の引っ掛かりが多数発生したことから,1998年にそれぞれ耐震強化策が追加された(98耐震)。また,2005年の「千葉県北西部地震」では,社会資本整備審議会にて地震防災対策推進がまとめられ,地震時管制運転(P波管制運転)などの設置義務や,地震後の乗客の救出と利用者の混乱を低減する方法が2009年版指針として定められた(09耐震)。さらに,2011年3月11日に発生した「東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)」は,日本周辺における観測史上最大の地震であり,昇降機設備においては,広範囲にわたってエレベーター8,921台(被害率2.43%),エスカレーター1,598台(被害率3.9%)に被害が発生したが,2009年版指針が適用された昇降機での被害率は比較的少なかった(エレベーター1.13%,エスカレーター2.0%)。しかし,重大な被害としてエレベーターの釣合おもりブロックの脱落が49件,エスカレーターの位置ずれ255件,本体の落下が4件発生し1),人命の安全に関わる事象に対し法令改正され,昇降機耐震設計・施工指針が2014年版として改定されている2)(14耐震)。

図1|過去の地震と耐震基準の変遷図1|過去の地震と耐震基準の変遷大規模地震の発生や,安全性の見直しなどにより,適宜耐震基準が見直されている。

2.2 長周期地震動対応管制運転

長周期地震動とは,遠く離れた場所まで減衰することなく伝わるゆったりとした揺れであり,これまでのP波(初期微動)地震感知器やS波(主要動)地震感知器では,加速度の小さい長周期地震動を感知することができなかった。

日立ビルシステムでは,地震による被害を受けにくいエレベーターシステムを構築する,長周期センサー地震時管制運転システムを開発・導入した。このシステムは,独自の長周期地震動対応技術のノウハウと長尺物振れ発生,成長,収束のメカニズムに着目した予測機能により,長尺物の振れ量に応じて最適運行制御ができる3)図2図3参照)。

図2|長周期地震動と長尺物振れ予側図2|長周期地震動と長尺物振れ予側長周期センサーにより,ロープの挙動をリアルタイムに予側することで,管制運転を行う。

図3|長周期地震動対応管制運転の概要図3|長周期地震動対応管制運転の概要共振などによってロープが揺れた場合,エレベーターを安全な階に停止させ,走行再開時にロープが引っ掛かる故障を抑止する。

2.3 停電時管制運転

停電により,エレベーターが階と階の間に停止し,かご内に乗客が閉じ込められることがある。このような「閉じ込め」防止の目的から,2009年に建築基準法施行令の一部が改正され,エレベーターに予備電源を設置することが義務付けられた4)。本施行令の施行以降は,自家発電設備から電源の供給を受ける自家発電時管制運転,またはバッテリーによる停電時自動着床装置の設置が必要である(図4参照)。

図4|停電時管制運転の概要図4|停電時管制運転の概要自家発電設備の供給がない場合は,停電時自動着床装置により停電による閉じ込めを抑止する。

2.4 エレベーター自動診断・仮復旧システム「ヘリオスドライブ」

「ヘリオスドライブ」は,震度5弱程度の地震発生時に,エレベーターのかごを地震時管制運転により最寄り階に停止し乗客を避難させた後,一定時間経過後エレベーターが自動で診断運転を行い,異常がなければ自動で仮復旧させる機能であり5),本復旧する場合は技術員の点検が必要である(図5参照)。

図5|自動診断・復旧システム概要図5|自動診断・復旧システム概要機械室レスエレベーターにおける自動診断・復旧システムのフローを示す。

2.5 中間層免震ビル対応エレベーター

ビルの中間部に免震装置を設置することで,地震時の揺れを軽減し,損傷の防止を図る中間層免震ビルでは地震時に免震装置の上部と下部で異なった動きをするため,エレベーターには建物間の水平相対変位(免震変位)に対応する構造が求められる。日立は,中間層免震ビル対応エレベーターシステムとして,支持架構方式に対して支持架構に階床戸支持枠を取り付ける構造,および支持架構レス方式に対して出入り口支柱に階床戸支持枠を取り付ける構造をラインアップしている。

3. ソフト面の取り組み

地震に対する復旧体制については,地震が発生するたびに見直しを重ねてきた。2005年に千葉県北西部地震が発生し,首都圏を中心に最大震度5強を観測した。他社製の機器も含めエレベーター約6万4,000台が地震時管制運転で長時間にわたり休止し,閉じ込めが78件発生し6),長時間にわたる閉じ込め者も発生した。この地震は,エレベーターが縦の交通機関であり,社会インフラであるものとして認識され,クローズアップされる契機となり,日立でも復旧体制への取り組みの強化を実施した。

3.1 広域災害対策室の設置

政府は2006年に,「エレベーターの地震防災対策の推進」を答申・建議し,法制化した。一方,東京都は一般社団法人日本エレベーター協会(関東支部)を災害対策基本法の指定地方公共機関に指定した。エレベーター業界の社会的責任の高まりを受け,日立ビルシステムは組織的で継続的な取り組みが必要と判断し,2008年に従来のプロジェクト体制を廃し,広域災害対策室を設置して体制を強化した。

3.2 広域災害復旧対応訓練

図6|広域災害復旧対応訓練の様子図6|広域災害復旧対応訓練の様子実際の災害を想定し,各自の役割分担を明確にしたベストを着用して訓練に臨んでいる。

各地域で,広域災害が発生した場合の昇降機・冷凍機・ビル設備に対する迅速な復旧対応体制の検証を目的とした訓練を毎年,定期的に実施している(図6参照)。

主な訓練内容は以下のとおりである。

  1. 事業拠点への出動と対策本部設置などの初動体制確立
  2. 被害状況把握
  3. 閉じ込め救出や停止した昇降機の復旧
  4. 被災地外からの復旧支援要員派遣

3.3 広域災害復旧支援システム

災害発生から復旧完了までの間の出動指示や復旧状況などを,社内情報ネットワークを介して一元管理できるシステムを構築し7),対応強化を図っている(図7参照)。本システムの主な機能は以下のとおりである。

  1. 被害状況の把握
    広域災害復旧支援システムでは,エレベーターから管制センターへ送信される情報などを通じ,建物単位でエレベーターの稼働状況や閉じ込めの有無などを把握できる。災害発生直後から10分間に約5,000台の状況把握を自動で行い,停止したエレベーターをいち早く特定し,病院や公共施設などから優先的に復旧する。
  2. 被害規模の予側
    地震発生直後のエレベーター停止データを基に,独自の解析手法により当該エリアごとの被害規模を自動で予測する。この予側情報を広域災害対策本部要員にメール配信することにより,初動対応の段階で専門技術者を適切に配置するなど,対応体制を早期に構築することが可能となった。
  3. 復旧活動
    2017年,復旧活動の効率化を目的としてスマートフォンのフィールドサービスエンジニア専用アプリを導入した。
    このアプリを使用することで,他の営業所などからの支援者は,復旧対象のエレベーターの最新の稼働状況やビルの所在地,入館方法,他の技術員の位置情報にアクセスすることができる。これにより,土地勘のない支援者でも巡回効率が上がり,復旧対象ビルにおける技術員の鉢合わせなどの効率低下を防止している。
    このフィールドサービスエンジニア専用アプリから収集された情報は広域災害復旧支援システムとも連動し,営業所や管轄支社,本社の広域災害対策本部と共有される。現場対応者がアップデートした復旧情報をリアルタイムに把握することで,効率的な人員配置や復旧計画の策定に注力することができる(図8参照)。

図7|広域災害復旧支援システム概要図7|広域災害復旧支援システム概要管制センター,本社対策本部,管轄支社対策本部・営業所対策本部で被害・復旧情報を共有する。

図8|フィールドサービスエンジニア専用アプリの概要図8|フィールドサービスエンジニア専用アプリの概要フィールドサービスエンジニアが所有するスマートフォンアプリで,復旧対象のエレベーターの最新の稼働状況やビルの所在地,入館方法,他の技術員の位置情報を共有する。

3.4 サービス拠点および対策本部の体制整備

日立は,災害時における従業員の安全確保と昇降機の機器復旧体制のスムーズな構築を目的として,以下の対策を行っている。

  1. 通信手段の拡充
    災害時の通信規制を受けないMCA(Multi-channel Access)無線機※)や災害時優先電話,衛星携帯電話の導入など,通信手段の拡充に努めている。
  2. 全従業員の安否確認テスト
    従業員に対し安否確認システムから年3回以上訓練メールを配信し,返信状況を確認している。
  3. 災害対応アクションカード
    災害発生時の行動指針・各人の役割を明記した災害対応アクションカードを,全従業員が携帯している。
  4. その他の施策
    その他の施策として,東京都心部や大阪市中心部など休日・夜間・通勤時間帯の人員空白域帯解消のための緊急寮・社宅を拡充している。また,耐震化ビルへの入居移転および事務所内什器転倒防止,非常用電源設備の整備,交通遮断対応パンクレス自転車の導入を行っているほか,緊急時には本社・支社の間接部門,関連会社を含めて1,400名を動員できる体制を整えている。
※)
複数の利用者が複数の無線チャンネルを共同利用することで,周波数帯域を有効利用する無線通信技術を活用した無線機。

3.5 管制センターバックアップ体制

全国の昇降機やビル設備の遠隔監視・制御,事業拠点への情報配信,保全状況の把握などを行っている東西2か所の管制センターでは,広域災害時に被災地域の管制センター機能を速やかにもう一方の管制センターに引き継げるよう,バックアップ体制を敷いている。

3.6 首都圏被災時の事業継続体制の確立

災害時の状況により,全国約300か所の事業拠点を活用した支援体制を整え,首都圏被災時には,被災していない支社から迅速な復旧支援を行う(図9参照)。

2016年9月1日「防災の日」に実施した全社一斉の広域災害復旧対応訓練においては,首都直下地震により本社(東京都千代田区)に対策本部が設置できないことを想定し,関西支社(大阪市北区)に代行対策本部を設置した場合の対応を検証した。以降,毎年確認項目を選定して訓練を実施している。

図9|首都圏被災時の応援体制図図9|首都圏被災時の応援体制図応援者の受け入れは大宮,柏,立川の3拠点とし,そこから首都圏の各営業所へ派遣する。

3.7 工場被災時の生産体制早期復旧

2011年の東日本大震災では,昇降機の生産拠点である水戸事業所(茨城県)が被災し,一時的に生産を停止せざるを得なくなった。ライフラインの損傷,建屋・生産設備の被害,輸送ルートの混乱,サプライヤの被災など,対応すべき項目は多岐にわたった。

そこで,早期生産活動の復旧を目標に,被災建屋の復旧手順を含めた初動BCPを見直し,併せて建屋の耐震強化と設備の拡充を計画的に実施している。また,サプライヤへの連絡・協力体制の整備および代替輸送ルートの検討など,一刻も早い生産活動の復旧と,保全現場の支援に向けた生産体制を構築した。

4. おわりに

2016年の熊本地震では,他社製を含む約1万5,000台のエレベーターが停止し,うち1,000台以上が損傷を受けた。日立ビルシステムは地震発生の30分後には災害対策本部を本社と九州支社(福岡県,現 西日本支社)に設置し,情報の収集と被災地への支援を開始した。復旧能力強化のため,発災翌日の早朝より約1か月間で,被災していないエリアから延べ400名を上回る要員を派遣するなど,全社一丸となって支援を行った。このような対応が行えたのは,本稿で述べた地震対策と,昼夜を問わず復旧対応に尽力する従業員一人ひとりの社会インフラを守る使命感によるものである。今後も安全・安心のさらなる向上のため技術革新,品質改善を進めるとともに,定期的な訓練を通じてプロフェッショナルとしてのスキルと意識の向上を図り,いついかなる場合においても確実に対応できるように体制を維持していく。

参考文献など

1)
一般社団法人日本エレベーター協会:東北地方太平洋沖地震などの昇降機被害調査報告,エレベータ界,No. 185,pp. 4〜8(2012.1)
2)
一般財団法人日本建築設備・昇降機センター,外:昇降機技術基準の解説 建築基準法及び同法関連法令 2014年版,日本建築設備・昇降機センター(2014.3)
3)
山本恭平,外:昇降機の災害タフネス機能とその取り組み,日立評論,94,3,267〜271(2012.3)
4)
建築基準法施行令,第百二十九条の十第3項,平成20年9月19日政令第290号,施行2009年9月28日
5)
中村元美,外:昇降機の安全・安心を提供する遠隔監視システム,日立評論,90,9,742〜745(2008.9)
6)
内閣府,防災情報のページ
7)
馬渕浩三,外:都市防災に向けた地震時のエレベーター復旧時間迅速化,日立評論,88,12,952〜955(2006.12)
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