日立評論

デジタル技術で加速する鉄道システムの変革

持続可能な社会を支える鉄道の姿を模索する

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日立評論

COVER STORY:Activities

デジタル技術で加速する鉄道システムの変革

持続可能な社会を支える鉄道の姿を模索する

ハイライト

ワクチン接種の拡大によりパンデミック収束への光明が見え始める中で,アフターコロナのニューノーマルを見据え,経済・社会活動,そして人々の移動を支える鉄道システムにも変革が求められている。移動の減少や感染予防への対応,またSDGsや,2021年11月に英国で開催されるCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)を前にしたカーボンニュートラルへの貢献など,鉄道システムを取り巻く現状には多くの課題がある。

長年にわたって鉄道システムを支えてきた日立グループは,それらの課題克服にどう貢献していくべきなのか。研究開発グループおよび鉄道ビジネスユニット各部門のリーダーが鉄道分野の幅広い研究に取り組む東京大学の古関隆章教授を囲み,鉄道システムの今を考え,未来を展望する。

目次

SDGsを具体的な取り組みにつなげる

Robyn Boerstling 古関 隆章
東京大学 大学院工学系研究科
電気系工学専攻 電気工学原論講座 教授
1986年東京大学工学部電気工学科卒業後,1992年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了。その後,同情報理工学系研究科電子情報学専攻助教授などを歴任し,2013年より現職。現在の研究テーマはリニアモータ,磁気浮上など,電気鉄道・交通分野を中心とする電気電子工学・制御工学の産業応用。
電気学会会員。米国電気電子学会会員。日本機械学会会員。日本AEM学会会員。日本精密工学会会員。日本鉄道電気技術者協会会員。

Allan Immel 勝田 敬一
日立製作所 研究開発グループ 企画室 副室長
2001年日立製作所入社。日立研究所での研究開発,日立ヨーロッパ社での欧州統一規格鉄道信号システムの開発や規格認証業務を経て,現在,研究開発グループ テクノロジーイノベーション統括本部にて,研究開発の企画運営に従事。
博士(工学),IET会員。IRSEフェロー。電気学会会員。日本信頼性学会会員。

石川本日は鉄道システムの現状と課題,将来像などについて考えていきます。最初の話題は,鉄道とも関わりの深いSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)についてです。日立はグループ全体でSDGsの達成に向け率先して取り組んでいますが,研究開発グループではSDGsをどのように捉えているのでしょうか。

勝田SDGsの17項目はそれぞれが相互に関連しているため,達成のためには包括的なアプローチが必要です。また,国内ではSDGsと連動しながら未来社会をめざす取り組みとしてSociety 5.0も推進されていて,日立グループの事業は直接的・間接的にそれらの大半に関わることから,研究開発でも全般にわたって意識しています。

例えば,2016年に日立と東京大学が共同で立ち上げた日立東大ラボでは,主に「都市」と「エネルギー」という二つの側面から,SDGsとSociety 5.0の実現を支えていくためのコンセプトや技術の検討を行っています。特にエネルギー分野では,未来を見据えた持続可能なエネルギーシステムのあり方について検討し,提言書の公開や,産学協創フォーラムの開催などに取り組んでいます。最近では,菅政権が2050年までのカーボンニュートラル実現を打ち出したことを受け,新たな提言書「Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて」(第3版)をウェブサイト※)で公開しました。

提言では,再生可能エネルギーの導入に加え,モビリティなどの非電力分野における最大限の電化と,水素社会への転換が不可欠になるとしています。その実現にはインフラや基盤技術も含めた社会システムの大転換が必要になることから,日立と東大だけでなく多くの企業や大学,さらには行政も一体となって,多面的・重層的に研究開発を進めなければならないと考えています。

石川古関先生はSDGsと研究活動の関係についてどのようにお考えですか。

古関SDGsの17の目標は,一見漠然としていて何をすれば貢献できるのか分かりにくいかもしれません。大切なのはそれを自分たちの研究活動や事業,業務に落とし込んで,具体的な取り組みにつなげることですね。一つひとつの成果は小さくても連携し,積み上げることで社会全体が変わることを意識するのが大切だと思います。

※)
「Society 5.0を支えるエネルギーシステムの実現に向けて」

鉄道分野で期待されるSDGsへの貢献

Harsha Badarinarayan, Ph.D. 稲荷田 聡
日立製作所 鉄道ビジネスユニット 主管技師長 兼 CTO
1992年日立製作所入社。日立研究所,水戸工場,日立レールヨーロッパ社での鉄道車両用電気品の研究開発,設計,認証取得,受注活動,取りまとめ業務を経て,現在,鉄道ビジネスユニットRolling Stockの電気品の開発戦略,開発および海外案件取りまとめ業務,IEC規格立案活動(エキスパート)に従事。
博士(工学)。IET会員。電気学会会員。

Robyn Boerstling 頼重 毅
日立製作所 鉄道ビジネスユニット Competence Center On Board Japan, Director
2005年日立製作所入社。水戸交通システム本部での車上信号保安制御装置の設計・開発を経て,2013年より日立レールヨーロッパ社にて,欧州統一規格鉄道信号システム(ETCS)の開発に従事。現地車両を用いた実証試験と認可取得に携わる。現在,鉄道ビジネスユニットSignalling & Turnkey, Global Signallingにて日本国内・海外向けの車上信号保安制御装置の設計・開発取りまとめに従事。

石川われわれモビリティのセクターではSDGsの17目標の中でも特に関係が深い,「4.質の高い教育をみんなに」,「7.エネルギーをみんなに そしてクリーンに」,「8.働きがいも経済成長も」,「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」,「11.住み続けられるまちづくりを」,「12.つくる責任つかう責任」の六つに注力しています(図1参照)。鉄道事業を通じた具体的な貢献についてはいかがでしょうか。

稲荷田目標4と9に関して,もともと日立は主に国内で事業を通じた人財育成や産業発展に貢献してきましたが,近年ではそれを海外にも拡大しています。例えば,英国のニュートン・エイクリフには欧州向け車両生産拠点があり,その近隣のサウス・ダラムにおけるテクニカルカレッジの設立の際には資金援助を行いました。このテクニカルカレッジでは年間600人の若者を技術者として育成し,英国における技術教育と鉄道産業の持続的な発展に貢献しています。

頼重そのような高等教育も含めた教育全般に対して,鉄道の果たす役割は大きいと思います。目標11とも関連しますが,国によっては交通インフラを整備することで学校へ通える人が増え,教育機会を拡大できる可能性があるからです。また,目標12に対してはリサイクル可能な材料を採用するといった細かな取り組みも行っていますよね。

古関先生がおっしゃったようにSDGsは具体的な取り組みにつなげることが大切で,現場レベルで社会貢献の意識をもって日々の仕事にあたることで,新しいアイデアやイノベーションを生み出す原動力になるのではないかと期待しています。

図1│モビリティのSDGs図1│モビリティのSDGs SDGsの17目標の中でもモビリティセクターと特に関係が深い六つのゴールを示す。

移動時間の有効活用やソーシャルディスタンスが重要に

Allan Immel 石川 勝美
日立製作所 鉄道ビジネスユニット COO Rolling Stock (Japan) Office 主管技師
1993年日立製作所入社。日立研究所,基礎研究所,日立パワーデバイス社においてパワー半導体の応用研究を担当。2013年より水戸事業所で鉄道用電気品の開発取りまとめ業務に従事し,現在,鉄道ビジネスユニットCOO Rolling Stock (Japan) Officeにて,車両・電気品ビジネスのグローバルな研究開発,新営投資業務などの取りまとめに従事。
博士(工学)。電気学会上級会員。日本鉄道技術協会会員。

石川鉄道業界における喫緊の課題としては,新型コロナウイルスの感染対策で人の移動が制限されたことによる事業面での影響が挙げられます。この流れが今後どうなっていくのか気になるところですが。

古関東京大学ではテストも入試も教授会などもオンライン開催となり,確かに移動の機会は減っていますね。ただ,1年間の経験からオンラインの利便性の高さを実感できた反面,オンラインだけでは教育の現場は立ち行かないということも明確になりました。やはり学校は勉学とともに教員,同級生,先輩たちとのリアルな交流の中でさまざまなことを学ぶ場でもあります。また,特に理工系の分野では研究室でなければできない実験もあります。そのため,この4月からはできるだけ対面授業を増やす方向にシフトしたところ,学生のアンケートでも好意的な声が多く寄せられました。

日立のようにテレワークを率先して導入している企業も,100%テレワークでは業務が回らないため,さまざまな工夫をされていると伺っています。そうしたことを考えても,今後はオンラインと対面をうまく使い分けるようになり,鉄道の利用が減少したとしてもゼロになることはありえません。

とはいえ,環境の変化に合わせた変革は必要です。これまでの車両開発や運行管理では,効率向上のためのスピードアップや大量輸送を主眼としてきましたが,今後は移動時間の有効活用やソーシャルディスタンスなどを考慮することが求められるでしょう。利用する回数が減るからこそ,付加価値の高い,快適な移動空間としてのあり方が大切になります。そのうえで,利用者が減少する中でも利益を上げられるモデルをどうつくるかが問われるようになると思います。

デジタル技術で利用者減に対応

勝田鉄道システムは多くの沿線設備を持ち,その維持管理費用が大きいことから,利用者減の中で鉄道事業者が利益を確保する方策の一つに,固定費の削減が挙げられます。そこで,日立では5G(Fifth Generation)などのデジタル技術を利用した「ゼロインフラ鉄道」というコンセプトを検討しています。線路だけ敷いておいて,車両は自らエネルギーをつくって走り,制御や信号などの情報は無線で送るというもので,燃料電池車両や無線式列車制御システムなどの要素技術を組み合わせれば実現できる可能性はあります。インフラ設備が減ることで,固定費削減だけでなく旅客サービスの向上にもつなげることができると考えています。

古関デジタル技術を活用すれば,設備だけでなくビジネスモデルに関してもアフターコロナの時代を見据えた対応が可能になるでしょう。例えば,収益改善や混雑緩和策として,時間帯で運賃を変動させるダイナミックプライシングの検討が始まっています。実際に導入されるかどうかは未知数ですが,デジタル技術を生かした新たな料金システムを検討する余地もありますね。

稲荷田海外ではダイナミックプライシングやオフピーク運賃が導入されているところも多く,国内でも一部路線でポイント還元や時差回数券,休日回数券などが導入されていますね。テクノロジーの進化によって,今までは難しかったアイデアを実現することも可能になっていますから,日立としてもさまざまな提案ができるように検討していきたいと思います。

また,鉄道自体の価値を高めていくために,自動車や昇降機なども含めたモビリティ全体の連携や,脱炭素技術の開発など,総合的なアプローチも必要だと考えています。

カーボンニュートラルに貢献する車両・信号システム

石川これからの鉄道に求められるものとしては,SDGsの目標7とも関係するカーボンニュートラルへの貢献が挙げられます。車両と信号システムの分野ではどのような取り組みを進めていますか。

稲荷田期待されているのが燃料電池車両ですね。海外には先行しているメーカーもありますが,日立もグローバル展開を視野に入れた計画を進めています。国内では現在,東日本旅客鉄道(JR東日本),トヨタ自動車,日立が共同で開発を進めており,2022年から国内で実証実験を開始する計画です。

また,英国の高速鉄道では,ディーゼルエンジンを用いて電化・非電化両区間に対応できるバイモード車両を開発し,省エネルギー化と排出ガスCO2低減に貢献してきました。今後はそのエンジンを蓄電池に置き換えて,さらに環境負荷を低減していきたいと考えています。鉄道車両技術とともに電気に関する技術も持っているという日立の強みを生かして,鉄道の環境性能向上に貢献していきます。

車体に関しては,全体の軽量化や,先頭形状などによる空気抵抗の低減を進めているほか,資源循環の取り組みとしてリサイクル性の高いアルミニウムをメイン素材に採用しています。さらに,電気品の省エネルギー化に向け,SiCパワーデバイスと永久磁石同期電動機を搭載した駆動システムなどもリリースしています。

頼重信号システムに関わる省エネルギー技術では,例えば,英国高速鉄道向けの車両に搭載している省エネルギー・定時運転の支援機能DAS(Driver Advisory System)があります。

運行管理のあり方も,これまでは過密なダイヤを守ることが大前提で,その中でいかに無駄を減らすかを追求してきましたが,省エネルギーを前提とするようになると,路線全体でエネルギー効率の最適化をめざすオペレーションが求められるでしょう。具体的には,デンマークのコペンハーゲンメトロで実証実験を行ったダイナミックヘッドウェイのような仕組みがあります。これは駅の人流から需要を把握し,自動的に運行本数の最適化を行うことで,快適な移動と運行効率の向上を両立させるソリューションですが,需要変動にリアルタイムに対応することで路線全体での消費電力を抑えることが,日本の鉄道でも今後必要になるかもしれません。

省エネルギーにも寄与する自動運転

石川古関先生は,省エネルギー運転を支援するブレーキ制御,最適ランカーブのご研究をされていますね。

古関私が省エネルギー運転支援の研究を始めた頃は,鉄道は環境性能が高いのだから,そんな乾いた雑巾を絞るような研究は無駄だと言われたものです。ところが,そもそも運転において省エネルギー性はあまり考慮されていなかったので,改善の余地があったのです。さらに,東日本大震災を機にエネルギーの問題が真剣に考えられるようになったことで,研究への注目度も高まりました。

省エネルギーな運転方法とは,簡単に言うと,定時運行を確保しつつ機械ブレーキより回生ブレーキの使用率を高くするような運転です。これは従来の運転方法と異なるため操作が難しくなります。最初の実験では,簡易な車上装置を使って運転士にブレーキのタイミングを指示する方法をとりましたが,どうしても人間の反応遅れによる無駄が生じてしまうという課題がありました。そこでATO(Automatic Train Operation)への応用に取り組み,日立の皆さんに協力いただいた実証実験では,省エネルギー運転パターンを組み込んだ自動運転によって,条件の良い路線では従来比16〜17%の省電力を実現できました。この技術を広めていけば,全体ではかなりの効果が期待できます。

稲荷田運転パターンによる省エネルギー化技術で言えば,先ほどのDASを大きな効果が期待できるモノレールへ応用しようとお客さまと一緒に取り組んでいます。今後は自動運転の実現に向けて,通信技術を使って信号装置と連携し,ダイナミックに運転パターンを変えられるようなシステムをめざしていきます。

古関アドバイザリーシステムは導入しやすいのが利点ですが,やはり機械に任せる自動運転が,最適化という面では一番です。省人化だけでなく省エネルギーにも大きく寄与できるという付加価値を示すことが,自動運転の議論では大事だと私は思います。

稲荷田あとは安全の確保ですね。物理的な安全だけでなく,今後はサイバーセキュリティも重要になります。運行管理はもちろん,自動運転になると車両にも関係してきますので,他の分野の知見も取り入れて対策していく必要があります。

鉄道のエネルギー利用技術を多分野にも展開

勝田環境に関しては,電気鉄道のシステムで培ってきた高効率なエネルギー利用技術を他の分野でも活用できるのではないでしょうか。例えば,高速道路に架線を張ってトロリーEV(Electric Vehicle)トラックを走らせるE-highway構想がありますが,ここでも鉄道分野の変電技術などを活用できると考えます。また,1編成の省エネルギー走行だけでなく,路線全体で負荷を平準化しながら走らせる列車群運行管理のような技術も適用できるかもしれません。今後EVが増加していく中で充電の問題が大きくなると予想されますが,系統の安定性確保にも変電技術などで貢献できる可能性があります。

古関最初に仰っていたゼロインフラ鉄道とE-highway構想というのは異なるコンセプトに基づいていますよね。批判しているわけではなくて,車両に全部集めるという方向性も大事だけれど,インフラを整えておくという発想も大事だと言いたいのです。EVに関しては,私の研究室でも走行中非接触充電の研究を行っています。また鉄道も自動車も,本格的な自動運転を行うにはインフラ側の支援が重要になるはずです。そうした時代を見据えて両方の技術をしっかり持っておくことが,日立のモビリティビジネスの方向性としては大事なのではないでしょうか。

勝田おっしゃる通りです。特にモビリティを対象とした場合,その特徴や利用者からの使われ方などを踏まえて,その場所に合うシステムを柔軟に設計していくことが大切だと思います。それぞれ異なるアイデアに基づく構想のどちらも検討しながら,それにこだわらず,求められた場所で最大の価値を生み出せるシステムを追求していきたいと思います。

頼重日立の強みはFS-CPU(Fail-safe Central Processing Unit)のようなチップレベルから車上信号装置,地上信号装置,車上・地上をつなげる無線,運行管理や旅客案内と一通りの製品やシステムがそろっていることで,それをいかにインテグレーションして鉄道の価値を高めていくかが重要ですね。

特に自動運転では,ご指摘のように省人化だけでなく省エネルギーや,現場の方々の安全にも貢献でき,保守も含めた現場の熟練の知見なども取り込んでいくことで,鉄道システム全体の発展に貢献できると考えています。そのためにも,列車制御だけでなく保守や運行管理まで統合して最適な鉄道ソリューションを提供することを目標に,腰を据えて取り組んでいきます。

グローバルビジネスに欠かせない規格対応

石川日立は保守サービスやターンキービジネスを海外鉄道事業で積極的に展開していますが,それはやはり車両とインフラに関する技術を幅広く培ってきたからできることだと思います。海外事業の今後についてはいかがでしょうか。

頼重最近の欧州の鉄道業界では,事業者,メーカー,さらに政府の関係機関が一体となってインフラプラットフォームをつくっていく流れが強まっています。その背景には,インターオペラビリティの実現に向けて車両も信号もTSI(Technical Specification for Interoperability)で要件を定義し,できるだけ共通性を持たせようとするねらいがあります。

信号分野では欧州統一規格鉄道信号システムであるETCS(European Train Control System)が技術的に成熟してきており,最新バージョンをベースラインとしつつ,ATO over ETCSなどのようにATOも規格化していく方向です(図2参照)。通信ではこれまでGSM-R(Global System for Mobile Communications - Railway)を使用してきましたが,それが旧式化してきたことからFRMCS(Future Railways Mobile Communications System)という新しい通信方式を整備しています(図3参照)。さらに,自動運転の実現に向けたセンシング技術についても規格化が進んでいます。

こうした動きが加速すると,日本を含む欧州外のメーカーが参入しにくくなるという課題が出てきます。また,国内の鉄道ビジネスのあり方も,そうした全員参加型の規格策定や共通化ということを意識していかないと,技術の発展のスピードが鈍化していくのではないかと危惧しています。

古関そうした意味では,日立が欧州のメーカーのM&A(Mergers and Acquisitions)を通じてグローバル事業を拡大していることは,日本の鉄道業界にとっての希望だと私は思っています。やはり誰かが道を切り拓くことが大切で,日立の鉄道事業の長い歴史や先輩たちの思いといったものも大切にしながら,海外の強豪の間で存在感を示していくことを期待しています。

頼重ありがとうございます。今後はシステムインテグレーション能力やオペレーション,サービス,メンテナンスといった領域を強化し,規格策定の分野で活躍できる人財を日本からもっと出していきたいと考えておりますので,そうした点でも産学で連携できればと思っています。

稲荷田鉄道では信号分野を中心に規格や認証の取り組みを強化する体制をつくり始めていますが,規格をつくること,認証を通すこと,それらに付随した交渉力も重要になります。そこは日本人全般の課題ですが,先生のお力添えも頂きながら人財を育てていくことができれば幸いです。

図2│ETCS Level 2の概念図2│ETCS Level 2の概念ERCS Level 2では,軌道回路により列車を検知する。GSM-Rからの制御情報に従って列車保安制御を行い,車上からGSM-Rを介して自位置を報告する。これにより,地上信号機をなくすことが可能となる。

図3│FRMCSの概念図図3│FRMCSの概念図FRMCSは,既設の無線システムと5Gなどを活用した新無線システムの双方での接続を制御レイヤーで保証し,Soft Migrationを実現する。また,適材適所の無線システムをサポートし,地上−車上間通信の仕組みを標準化するとともに,マルチベアラ通信による公衆無線の活用,次世代アプリケーションのコンフィグレス化(新サービスの容易な創出)を実現する。

人財育成もニューノーマルに対応

石川人財育成の話題が出ましたが,鉄道分野の教育や技術伝承の取り組みについてはいかがですか。

頼重鉄道には長い歴史があり,新しい技術の開発においても昔からの技能や技術を踏まえることが欠かせないため,それらをきちんと継承していく方法を模索しています。最新のデジタルツールを活用する一方で,先輩方から受け継いできた手書き資料などの素晴らしいお手本から学ぶこと,いわゆる暗黙知も含めた生きた知を受け継いでいくことも重視しなければなりません。

例えば,オンラインの講義では,対面授業よりもはるかに多くの人に教育ができます。一方で,図面の書き方やアルゴリズムの考え方などの実技では対面授業を行うなど,使い分けることが今後は必要ですね。

古関大学で試行錯誤してきた中で分かったのは,オンライン講義でも録画しておいた動画を見るのとリアルタイムで配信するのでは,後者の方が学生の満足度が高いことです。やはり疑問に思ったことをその場で質問できることが大きいようですし,教師の側としても双方向のやり取りができた方がよいと思われます。また,対面で行わざるを得ない実験は,人数を絞って順番に行うといった方法で対応しています。

このような教育方法に関する課題は企業にも共通していると思いますので,われわれ教育機関において試行錯誤し,蓄積したノウハウを提供するという形での産学連携も有効ではないでしょうか。

顕在化する人財難の課題に技術で貢献

石川人財に関しては,特に保守関係の人財難という課題を耳にします。省人化のための技術も検討されていますが,このことについてはどのようにお考えですか。

古関私は鉄道の保守のあり方について検討する政府の委員を務めていたことがありますが,その中でいろいろな事業者さんにお話を伺うと,課題は共通しているけれど対応は分かれることが分かりました。

共通しているのは,かつてすべて自前で行っていた保守作業をアウトソーシング化して年数が経過したことで,ベテラン社員の退社に伴うノウハウや理念の継承不足と,新しく入ってくる人財の不足という問題が顕在化してきたことです。

一方その対応策としては,アウトソーシングを維持したままで機器とメンテナンスプロセスの標準化を進めたり,状態監視やCBM(Condition Based Maintenance)を強化したりする方向と,もう一度自前に戻すという二つの方向があるようです。ただ,このことは言うは易く行うは難いとおっしゃっていましたし,実現可能性があるかどうかは分かりません。

勝田実際,デジタル技術を活用した保守技術の伝承支援については,鉄道分野に限らずさまざまなお客さまからニーズを伺っています。研究所としても,社会から解決が期待されている課題の一つと考え,研究開発に力を入れています。

石川鉄道やパワーエレクトロニクスの分野はこれまで専門の教育科目が少なく人財が少ない傾向でしたが,最近は研究者も増えてきていると感じます。古関先生をはじめとする研究者の皆さん,鉄道事業者の皆さんとも連携しながら人財育成についてもいっそう力を入れ,鉄道全体の発展に貢献してまいります。本日はありがとうございました。