グローバル社会が共通して直面する課題の解決に向けて,2015年,国連でSDGsが策定された。その達成に向けては,各国政府のみならず,企業の具体的な貢献が必要不可欠である。中でも「13気候変動に具体的な対策を」で定められているとおり,世界各地で自然災害の激甚化をもたらしている気候変動への対策は急務となっており,カーボンニュートラル達成と経済成長の両立に向けて,再生可能エネルギーや水素のさらなる活用に向けた投資を各国が拡大するなど,脱炭素社会への移行が始まっている。
こうした中,持続可能な社会の実現と人々のQoL向上をめざし,さまざまな分野で社会イノベーション事業を推進する日立グループでは,環境問題の解決に向けた取り組みが加速している。ここでは,グループ全体を通じた日立の環境戦略と具体的な取り組みの事例とともに,環境負荷の少ない移動手段として近年注目を集める鉄道システム,都市の生活に欠かせないビルシステムの製造・運用・保守を担う,モビリティセクターにおける環境への取り組みについて紹介する。
アリステア・ドーマー
日立製作所 執行役副社長 兼
Chief Environmental Officer
2015年9月,国連は「持続可能な開発サミット」において,先進国を含む国際社会全体の開発目標として,SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を策定した。SDGsは現代社会を取り巻く普遍的な課題に関連する17のゴールと169のターゲットから成り,2030年までに地球上の誰一人として取り残すことなくこれらの目標を達成するべく,世界的な取り組みが続いている。
こうした中,日立は「2021中期経営計画」の中で,社会イノベーション事業を通じた「社会価値」,「環境価値」,「経済価値」の三つの価値の向上を目標に掲げ,創業以来培ってきたOT(Operational Technology)×IT×プロダクトの経験と技術に新たなデジタル技術を掛け合わせ,持続可能な社会の実現と人々のQoL(Quality of Life)の向上をめざしている。中でも力を入れているのが,気候変動をはじめとする環境課題への対策である。
2015年のIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書,それに基づく第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)パリ協定の採択とSDGsを受けて,日立は2016年9月に「環境ビジョン」および環境長期目標「日立環境イノベーション2050」を策定した。これは,脱炭素社会,高度循環社会,自然共生社会の実現に向けて具体的な目標を定めたものであり,これらの達成に向けて,短期的なアクションプランである「環境行動計画」を3年ごとに定めている。
特に喫緊の課題であるCO2排出量の削減に向けては,2020年,自社の事業所(ファクトリー・オフィス)から発生するCO2排出量を2030年度までに2010年度比で実質100%削減することをめざす「日立カーボンニュートラル2030」を表明している。現在,国内外の日立の各拠点で,さまざまな角度からCO2排出量の削減に向けた取り組みが進められている(表1参照)。
この取り組みにおいて特徴的なのが,2019年より開始した「日立インターナルカーボンプライシング制度」である(図1参照)。これは,グローバルの排出権取引や炭素税などを参考とした社内システムであり,社内炭素価格を設定し,脱炭素設備投資によるCO2削減量の効果を金額に換算し,エネルギー削減量の効果に上乗せして投資効果を評価するなどインセンティブを与えることで,CO2削減のための設備投資を拡大することをねらいとしたものである。本制度を施行したところ,従来は省エネルギー効率が高くても投資効率が低いとされて投資されなかった案件について,追加投資が行われるようになり,2019年度の省エネルギー関連投資件数は35件2億6,000万円に上った。その結果,年間1,356 tのCO2削減につながった。
こうした環境戦略は,CEOを議長とするサステナビリティ戦略会議で審議され,2021年4月よりChief Environmental Officerに就任したアリステア・ドーマー執行役副社長の指揮の下,日立全体で推進されている。
「化石燃料ベースから再生可能エネルギーへのシフトが加速し,運輸,製造などさまざまな分野で電化が進展しています。その流れを後押しし,地球規模の気候変動に対抗するためには,企業の積極的な取り組みが不可欠です。そのため近年では,CO2の排出量削減に向けてどれだけ努力をしているかといったことが,取引先や投資先を選定するうえで重要な指標にもなっています。日立は環境価値を創出する企業として,自社の経済活動と,環境負荷を軽減するソリューションの提供の両輪で,カーボンニュートラル社会の実現に取り組んでいます。」(ドーマー)
2030年度のカーボンニュートラル達成をめざす日立の高い目標は,2020年12月,企業の温室効果ガス削減目標が科学的根拠に基づいて設定されていることを認定する国際団体SBT(Science Based Targets)イニシアチブから,世界の平均気温上昇を産業革命前と比べ1.5度未満に抑える「1.5度目標」として認定を受けた。これを受けて日立は,SBTイニシアチブ,国連グローバルコンパクトなどが主導する「Business Ambition for 1.5℃※1)」に賛同し,国連が推進するRace to Zero Campaign※2)にも名前を連ねている。さらに2021年3月には,英国・グラスゴーで11月に開催される国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に協賛する「プリンシパル・パートナー」に日本企業として初めて就任した。
日立はさまざまな分野で脱炭素社会の実現に向け,CO2排出量の削減の取り組みを進めている。
例えば,デジタル技術を活用したアプローチの一つとして,スマートメーターとブロックチェーン技術を用いて建物や設備,さらにはサービスごとに再生可能エネルギー由来の電力で稼働していることを見える化する「Powered by Renewable Energy」システムを開発した(図2参照)。設備やサービス単位での使用電力が100%再生可能エネルギーであることを証明できるようにすることで,企業の環境意識を向上し,将来的には環境価値を訴求した付加価値の高いサービスの提供が可能になると見込んでいる。本システムは,2021年2月1日より日立製作所研究開発グループ国分寺サイト(東京都国分寺市)内のオープンイノベーション拠点「協創棟」で稼働を開始している。
CO2排出量削減の取り組みを進めるうえで,とりわけ大きな期待を寄せられているのが運輸・交通の分野である。陸上輸送や航空機,船舶などの交通手段が世界のCO2排出量に占める割合は大きく,2021年2月の時点で全体の20%以上に上るが,航空機や船舶が主に化石燃料を動力とするのに対し,主に電気によって動く鉄道車両や昇降機は,そもそも環境負荷の低い乗り物であると言える。電気で動作する機器は使用する電力に再生可能エネルギーを活用することで,カーボンフリー化することが可能なためである。一方,都市化が進む現代では,林立するオフィスビルや商業施設などの電力効率を高め,省エネルギー化を推進することも,将来に向けた都市の維持と発展に必要不可欠である。
日立はこれらの分野においても,さらなるCO2排出量の削減に向けた取り組みを進めている。
世界的に環境問題への関心が高まる中,持続可能な移動手段として,鉄道が再び注目を集めている。国土交通省によると,1人を1 km運ぶために自家用乗用車の場合で130 gのCO2が排出されるのに対し,鉄道では17 gと,輸送量あたりのCO2排出量が大幅に少なくなっている。日立の鉄道ビジネスユニットは,鉄道車両・システムの製造と運用を広範に手掛け,グローバルな鉄道の普及に貢献するとともに,鉄道のさらなる省エネルギー性を追求するべく,さまざまなソリューションの開発に挑んでいる。
都市で消費されるエネルギーは,世界のエネルギー全体の6割超に相当し,それに伴い多量のCO2が排出されている。中でも多くを占めるのが,ビルなどの建築物からのCO2排出である。現在,世界の人口の55%が都市で生活しているとされ,2050年にはその比率が68%に達すると予測されている。各国で都市化が進む中,環境負荷を低減していくうえでは,ビル内の人の移動や空調などを担うビルシステムの効率化や省エネルギー化が不可欠である。
日立のビルシステムビジネスユニットは,高層化が進むビル内の移動に欠かせないエレベーターやエスカレーターなどの昇降機に加え,オフィスビルや商業施設の省エネルギー化をサポートするソリューションを提供している。
持続可能な社会の実現に向けて,グローバルにさまざまな取り組みが進む中にあって,環境負荷の少ない移動を提供する鉄道や,都市の省エネルギー化を促進するビルシステムが担う役割は大きい。鉄道事業,ビルシステム事業の統括も担当するドーマー執行役副社長は,日立のモビリティセクターの今後について次のように述べている。
「今後,再生可能エネルギーの導入・活用が進み,カーボンフリーな輸送への移行や,バリューチェーン全体を通じたCO2排出量削減など,脱炭素社会の実現に向けた取り組みが世界中で加速していくでしょう。モビリティセクターの二つのビジネスユニットはグリーンテクノロジーとデジタル技術を掛け合わせたプロダクトとソリューションで,SDGsの実現,そしてカーボンニュートラルの達成に貢献します。モビリティ分野のシステムインテグレーターとしてお客さまやパートナー企業とも連携を深めながら,持続可能な社会の実現に向けた取り組みを続けてまいります。」
2015年のCOP21(パリ協定)以来,各国政府は世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比較して+1.5℃未満に抑えることを目標として,それぞれにCO2排出量の削減目標を掲げ,気候変動対策に取り組んできた。その流れを受けて,2021年11月にはCOP26が開催される。主なテーマは,「適応力とレジリエンス」,「自然・生態系の保全」,「クリーンエネルギー」,「交通のゼロエミッション化」,「グリーンジョブ※)を創出する金融システム」である。
CO2排出量抑制の重要性,気候変動対応のための投資の必要性は世界で浸透しつつあり,例えばCOP26のホスト国となる英国は,2050年までのネット・ゼロの目標を法制化し,「グリーン産業革命」の実現に向けて再生可能エネルギーやEV(Electric Vehicle)の増強,交通手段の脱炭素化といった計10項目に投資する「10-Point Plan」を発表した。一方で,実際に目標を達成するためにはより速く,より実効性のある取り組みが求められる。
2021年3月,日立は日本企業で初となるCOP26「プリンシパル・パートナー」に就任した。「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という企業理念の下,日立は気候変動対策のイノベーターとして,モビリティ領域をはじめとしたさまざまな分野で政府や地方自治体,民間企業のCO2排出量削減を支援し,持続可能な社会の創生というグローバルな目標の達成に貢献していく。
「COP26とのパートナーシップは大変光栄であり,気候変動に対する日立の挑戦において重要な役割を担います。私たちは,持続可能な社会の実現に向けた技術開発や事業展開を積極的に進めています。IT,スマートエネルギー,インダストリー,モビリティを中心に,多くの事業やデジタルイノベーションの力によって,政府・都市・企業の環境負荷低減や社会の脱炭素化へ貢献できると確信しています。」(ドーマー)