鉄道車両の設計,製造を担う日立製作所 鉄道ビジネスユニットの笠戸事業所が,2021年5月,創立100周年を迎えた。1920年,久原鉱業から独立した日立製作所は,山口県下松市に位置する日本汽船笠戸造船所を譲渡され,笠戸工場として蒸気機関車をはじめとする鉄道車両の製造を開始した。当時の鉄道省では東海道線の電化計画が進められており,電気機関車はすべて国外のメーカーに発注される予定であったが,日立は大型電気機関車の自主開発に挑戦した。鉱山用小型電気機関車の製造経験しかなかった日立にとって,大型機関車の開発は苦難の連続であったが,試行錯誤を経て,1924年に試作1号機が完成した。同機は鉄道省大宮工場での試運転,本線での各種試験を経て,ED15形として東海道線を走った。以来,笠戸事業所はさまざまな鉄道車両の製造を通じて人々の移動を支えている。
100年にわたる歴史の中で,笠戸事業所は高速鉄道から在来線まで,さまざまな鉄道車両を送り出してきた。中でも,最も有名なものの一つが新幹線車両であろう。1959年,当時世界最速となる時速200 kmでの運転をめざして,東海道新幹線の建設が始まった。日立は1962年に試作車両の製作に成功し,モデル線区に投入された実績を生かして,1970年まで214両の0系新幹線車両を製作・納入している。その後,新幹線車両は姿形を変えながら進化を続け,快適でかつ環境負荷も少ない移動手段として,人々を運び続けている。
一方,昔のままの姿を現代にとどめている車両もある。明治末期,当時の鉄道院(後の日本国有鉄道)は,英国やドイツ・米国といった欧米各国から輸入された8800形などの大型蒸気機関車を参考に,日本の蒸気機関車国産化技術の確立をめざして8620形蒸気機関車を設計・導入した。当時まだ実績に乏しかった笠戸事業所は,当初は鉄道省から車両の発注を得ることができなかったが,1919年,鉄道院との交渉のうえ,借り受けた8620形の製造図面に基づいて同形機関車を製造・完成させ,その後の受注につなげている。なお,現代にいたるまで動態保存されている8620形蒸気機関車の中に,1922年日立製作所笠戸事業所製の58654号機がある。2021年で生誕99年を迎える同機は,九州旅客鉄道株式会社の下,イベントなどで活躍しており,かつての蒸気機関車の姿を今に伝えている。
モノレールもまた,笠戸事業所が誇る鉄道車両の一つである。1960年にドイツ連邦共和国のALWEG社から技術導入して以来,日立は独自に都市交通輸送用モノレールの開発を進め,2年後の1962年には犬山モノレールが,1964年には羽田空港と浜松町をつなぐ東京モノレールが開業した。犬山モノレールの車両は,日立初となるアルミ製車両であった。
その後,1985年に大量輸送都市交通システムとして開業した北九州モノレールをはじめとして,1990年大阪モノレール,1998年多摩都市モノレール,2003年沖縄モノレールが開業する。また,ATO(Automatic Train Operation)ドライバーレスシステムを開発し,アラブ首長国連邦・ドバイのパームジュメイラ・モノレール(2009年),大韓民国大邱都市交通公社3号線モノレール(2015年)など,海外のモノレールの開業も担った。現在は,他の生産本部と連携しながら,新たに受注したパナマ共和国向けモノレールの開発を進めている。
近年の世界的な気候変動など環境対策の一環として,笠戸事業所では鉄道車両の構造を一新し,省エネルギー・省資源化を推進している。代表的な例が,リサイクル性に優れた軽量のアルミニウム素材を用いた鉄道車両「A-train」である。従来よりも少ない熱量で溶接が可能なFSW(Friction Stir Welding:摩擦攪拌接合)技術を採用することにより,製造過程での電気使用量を車両1台当たり46%削減できる。
また,車両の製造工程における資源の節約と再利用にも努めている。例えば,空気抵抗を受けにくい独特の形状を持つ高速車両の先頭部には,高速切削技術を採用して加工表面を滑らかに仕上げることで,表面の凹凸を埋めるパテの使用量を89%削減し,塗料に含まれる化学物質の使用量を大幅に低減した。さらに車両の防水試験工程で使用する水は事業所内で100%循環利用しているほか,発生する廃棄物を徹底的に分別することでほぼすべての廃棄物を再利用することが可能になり,2013年には廃棄物の最終処分率0.1%未満を達成した。
日立の鉄道システム事業は,日本を拠点とした輸出という形態で,アジアをはじめ,オーストラリア,米州,アフリカなどのさまざまな国や地域に海外展開を図ってきた。近年では2015年には鉄道発祥の地である英国・ニュートンエイクリフに初となる海外の車両製造拠点を設立し,Ansaldo Breda S.p.A(現Hitachi Rail S.p.A.)と,Ansaldo STS S.p.A(現Hitachi Rail STS S.p.A)をグループの一員に迎えるなどグローバルにフットプリントを拡大しており,笠戸事業所でも,世界を走る鉄道車両の製造が日々行われている。最近では,ニュートンエイクリフ車両工場とともに英国高速鉄道用のClass 800車両を手掛けており,完成した車両を船に乗せるため事業所から港まで市街地を陸送する光景が話題を呼んだ。
日立製作所笠戸事業所は今後も,100年にわたる歴史の中で受け継がれてきた確かな技術と,積み重ねてきた豊富な経験・実績を基に,安全で快適な鉄道車両の製造を通じて世界の鉄道システムを支えていく。