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[]快適な交通社会を実現するつながる技術・サービス化

デジタル技術が切り拓く新たなモビリティサービス

ハイライト

モビリティ分野は大きな変革期にあり,さまざまな新サービスが生まれつつある。本稿では,デジタル技術の活用で生まれる新たなモビリティサービスについて,日立の取り組みとともに紹介する。具体的には,スマートフォンアプリを使って公共交通利用者の行動変容を促すことで実現される安全・快適な移動ソリューション,公共交通や観光スポットのシームレスな利用を可能とするデジタルチケッティング,日立の欧州研究拠点における持続可能な社会づくりのためのモビリティソリューションへの取り組みについて述べる。

目次

執筆者紹介

宮崎 邦彦Miyazaki Kunihiko

宮崎 邦彦

  • 日立製作所 研究開発グループ 社会システムイノベーションセンタ DXエンジニアリング研究部 所属
  • 現在,ソフトウェア工学に関する研究開発に従事
  • 博士(情報理工学)
  • 情報処理学会会員
  • 電子情報通信学会会員

廣井 和重Hiroi Kazushige

廣井 和重

  • 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ 価値創出プロジェクト 所属
  • 現在,次世代モビリティソリューションの開発に従事
  • 博士(工学)
  • 情報処理学会会員
  • 映像情報メディア学会会員

小林 悠一Kobayashi Yuichi

小林 悠一

  • 日立製作所 研究開発グループ 社会システムイノベーションセンタ デジタルエコノミー研究部 所属
  • 現在,鉄道チケッティング関連システムの研究開発に従事

Giulio Moffa

Giulio Moffa

  • Hitachi Europe R&D Design Lab 所属
  • 現在,欧州における分野横断型のモビリティプロジェクトにて,生活者視点による洞察を可能とするデザイン手法を用いて新たな事業機会の探索に従事

Eduardo Fernandez-Moral

Eduardo Fernandez-Moral

  • Hitachi Europe R&D 所属
  • 現在,二次元・三次元のコンピュータビジョン,センサー融合,移動式ロボットや自動運転のためのシーン理解の研究に従事

Wisinee Wisetjindawat

Wisinee Wisetjindawat

  • Hitachi Europe R&D 所属
  • 現在,MaaSやスマートモビリティ領域におけるマルチエージェント・シミュレーション,行動分析のための研究に従事

1. はじめに

モビリティ分野は,現在,大きな変革期を迎えている。自動車分野においては,2016年にダイムラー社が中長期戦略のキーワードとして発表した「CASE」,すなわちConnected(つながる),Autonomous(自動運転),Shared & Services(シェアリングサービス),Electric(電動化)と呼ばれる動きが着実に進行している。また,モビリティ全体としては,MaaS(Mobility as a Service)の取り組みが世界中で進んでいる。MaaSとは,移動をサービスとして提供するという考え方で,2015年のITS世界会議で設立されたMaaS Alliance では「さまざまな輸送サービスを,需要に応じて利用できる単一のモビリティサービスとして統合すること」と定義している1)

これらのモビリティの変化は,以下の二つの要因で,今後さらに加速すると予想される。一つは,2019年に初めて確認され,2020年に世界中で感染が拡大した新型コロナウイルスである。新型コロナウイルスは,人々の移動需要に質と量の両面で大きな影響を与え,安全・快適な移動へのニーズを高めることになった。もう一つは,環境問題である。2020年は,日本を含む世界各国の政府が,2050年または2060年までのカーボンニュートラル達成を宣言した年となった。運輸部門はCO2排出量が多い分野であり,例えば日本では全産業の排出量合計のうち,18.6%(2019年度)を占めている2)。そのため,よりCO2排出量の少ない移動へのモーダルシフトなどが迫られている。

これらの変化はいずれも,デジタル技術の進展と相まって初めて実現される。例えば,コネクテッド化により収集・蓄積できるようになったデータを分析することで,どのような移動の需要や供給があるのかを捉えることが可能となり,さらには,このような需給のデータを,多数の交通サービス事業者や利用者間で随時共有することで,MaaSのような統合的なサービスが実現可能となる。今後はさらに,都市の商業サービスや,観光サービスなど,モビリティ周辺事業者ともデジタルでつながり,単に移動需要を満たすだけでなく,安全性や快適性,移動自体の魅力,環境負荷への配慮など,さまざまな観点を満たす移動体験を実現するモビリティサービスが生まれると期待されている。

本稿では,デジタル技術の活用によって生まれる,このような新たなモビリティサービスについて,日立グループの取り組みとともに紹介する。

2. 行動変容がもたらすニューノーマル時代の安全・快適な移動

新型コロナウイルス感染症に起因するニューノーマル時代においては,移動者が安全・快適に移動し,交通事業者や沿線の商業サービスの持続可能な経営を支援する仕組みが重要である。そのため,日立は,西日本鉄道株式会社(以下,「西鉄」と記す。)とともにニューノーマルな社会に即した安全・快適な移動と街の経済活性化を両立するための取り組みを推進している。特に,公共交通機関の利用者に対して行動変容を促し,これらを両立する取り組みを推進している。本章では,この取り組みを通じて開発している日立独自の「ナッジ応用技術」の活用による公共交通機関利用者の行動変容を促すソリューションについて述べる。

2.1 ナッジ応用技術

ナッジは「ひじで軽く突く」ということを意味し,人々が強制によってではなく自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法を示す用語であり,近年世界各国でナッジの研究が加速している3)。しかし,ある1場面のナッジだけでは,行動変容の効果が小さい可能性がある。そこで,日立は独自のコンセプトとして,関連するナッジをつなげることで大きな行動変容に導く技術を開発した。また,本技術を活用して以下の二つのユースケースに対応したソリューションを開発し,公共交通の利用者が自身のスマートフォンで利用できるWebアプリのプロトタイプを開発した。

  1. 目的地の創出および移動の活性化に向けて,おすすめの目的地や出発のタイミング,ルートを提案する。特に,利用者がWebアプリを起動すると,事前に入力した利用者の好みに基づいて,行き先の候補を提案する。例えば,利用者が行くところを思いつかない場合に,バスの混雑や個人の好みおよび施設情報に基づいて利用者にぴったりの行き先を提案する。さらに,その先もナッジをつなげることで,次に行きやすい目的地を提案する(図1参照)。
  2. 利用者の快適な移動の実現に向けて,移動経路上のバスの混雑や待ち時間などを避けた,快適なルートや過ごし方を提案する。特に,利用者が本Webアプリで経路検索を行うと,個人の好みや天候を加味した交通混雑予報および商業施設のリアルタイム混雑情報,目的地への経路情報を組み合わせて,混雑を回避するルートや時間の過ごし方などの移動パターンを提案する。例えば,バスの混雑時には,利用者の好みに応じて,近隣の空いているカフェで利用できるクーポンを提供し,混雑ピークを避けてカフェを利用するよう提案する(図2参照)。

これらにより,公共交通の利用者と交通事業者,周辺の商業サービスの三方にメリットをもたらすことが期待できる(図3参照)。

図1|ユースケース(1)目的地の創出 図1|ユースケース(1)目的地の創出 バスの混雑,利用者の好み,施設混雑などの複数のパラメータを組み合わせて,おすすめの目的地や出発のタイミング,ルートを提案する。

図2|ユースケース(2)快適な移動 図2|ユースケース(2)快適な移動 経路上のバスの混雑や待ち時間などを避けて,快適なルートや過ごし方を,バスの混雑,利用者の好み,施設混雑などの複数のパラメータを組み合わせて提案する。

図3|本ソリューションの提供価値 図3|本ソリューションの提供価値 公共交通の利用者と交通事業者,周辺の商業サービスの三方にメリットをもたらすことが期待できる。

2.2 今後の計画

日立と西鉄は,本ソリューションを通じて,ストレスフリーな移動による交通機関利用者のQoL(Quality of Life)向上と同時に,移動の平準化や分散,商業サービスへの誘客やピークマネジメントを実現し,ニューノーマルな社会における持続可能な公共交通モデルの構築と,地域経済の活性化に貢献していく。

3. デジタルチケッティングが実現する魅力的な移動体験

鉄道やバスなどのモビリティ分野において,従来のIC(Integrated Circuit)チケットや紙チケットといった事業者ごとに発行した専用媒体ベースのチケッティングから,スマートフォンアプリや生体認証などを利用したデジタルチケッティングへの変革が起きつつある。デジタルチケッティングの一つの特徴として,従来のIC券や磁気券に格納されていたチケット情報を媒体とは切り離し,利用者IDとひも付けて上位側のシステムで管理することが挙げられる。このような情報管理形態とすることで,専用媒体に縛られない柔軟なサービス提供が可能となる。

3.1 多業種協調型チケッティングサービスの要件

前述のようなデジタルチケッティングでは,各事業者の専用媒体に縛られないため多業種連携・協調で開発するチケッティングサービスを容易化できる可能性がある。しかし,現状のチケッティングシステムは事業者個別に構築されており,既存システムとは別途に業種連携のための新規システムを開発するのは多大なコストがかかる。そこで,(1)既存システムを活用可能であることを多業種協調のシステム要件とした。加えて,デジタルチケットの特長を生かし,(2)多種媒体が利用可能であること,(3)迅速にサービス変更・拡張可能であることも要件とした。

3.2 権利流通基盤によるデジタルチケッティングの実現

多事業・多業種協調のデジタルチケッティングを実現する基盤として,権利流通基盤を開発した(図4参照)。本基盤では,複数事業者の既存システムを活用する[要件(1)]ために,各事業者管理のブロックチェーンノードを設置し,事業者間での利用者ID連携・統合化を実現する。この統合IDは事業者横断で参照可能なものになるため,複数事業者連携・協調で作成したチケットの管理・利用が可能となる。また,統合IDは媒体とのひも付けを自由に変えられるため多種媒体も利用可能となる[要件(2)]。さらに,柔軟なサービス拡張が可能な仕組みとして[要件(3)],リアルタイムな状況に応じてチケットの内容を変更可能なダイナミックチケットを実現するためのエンジンを備える。

図4|権利流通基盤 図4|権利流通基盤 多事業・多業種協調のデジタルチケッティングを実現する。

3.3 魅力的な移動体験の創出

権利流通基盤は,上述の仕組みを備えることで,魅力的な移動体験の創出に寄与していく。例えば,モビリティ・観光(滞在)スポット・飲食/小売り・宿泊といった旅のパーツを組み合わせたチケッティングの迅速な実現に寄与する。また,チケットのリアルタイムな利用状況によって追加クーポンが得られる,現地の混雑状況やその場で出てきた興味によってチケットの内容を追加・変更できるといった,旅行・移動の楽しみをより大きくする施策の実現を推進する。

4. 欧州におけるモビリティソリューションの研究開発

欧州R&Dセンター(ERD:European Research and Development Centre)は,鉄道やバスなどの輸送オペレーションの最適化や多様なユーザーが快適に移動できるサービスの提供を通じて,コロナ禍により落ち込む公共交通の需要を回復させ,CO2排出量の少ない持続可能なモビリティサービスの実現に注力している。

4.1 MaaSシミュレータ

図5|MaaSシミュレータ 図5|MaaSシミュレータ バスおよび鉄道の位置・混雑状況・時刻表のシミュレーション結果を可視化する。

ERDでは,オープンソースソフトウェアをベースにしたMaaSシミュレータの開発を進めており,個人の移動の有無,場所,時間,手段を予測する(図5参照)。

これらの予測を基に交通ネットワークへの負荷や各車両の速度,公共交通機関の運行状況(到着時刻/出発時刻など)をシミュレーションすることが可能となる。また,スマートチケッティングソリューションの開発も進めており,券売機や改札などの従来のインフラを必要としないシームレスな乗車体験を実現するとともに,得られる行動データを同シミュレータに取り込むことでリアルタイムに運行を変更し,旅客体験の質を向上させることをねらっている。将来的には,交通事業者や自治体が自ら運営する交通サービスをより環境負荷が少ない持続可能なものとする取り組みの影響を,CO2排出量や交通渋滞などの観点から事前に評価することもできると考えている。

4.2 自動運転支援トラム

図6|自動運転支援トラム 図6|自動運転支援トラム トラムやライトレールに対して,高度な危険検知とリアルタイムな警告を行う。

欧州では公共交通の利便性の向上と環境負荷の低減のため,ライトレールやトラムなどの開発が進んでおり,ERDでは,先進運転支援システムADAS(Advanced Driver Assistance Systems)に関する豊富な経験を生かし,高度に自動化されたトラムの開発に貢献している。2020年にはHitachi Rail STS S.p.A.,サレルノ大学,イタリア・ナポリ市との共同研究にて自動トラムを実現するための第一弾として運転者支援を始めた(図6参照)。2021年10月より実際のトラム路線にて実証実験を開始する予定となっている。

4.3 モビリティサービスの社会実装

これら多角的に進める,持続可能な社会に向けたモビリティサービスの研究開発を社会に実装するため,ERDはHitachi Rail STSをはじめとする欧州のビジネスユニットとの協創スキーム(S4M:Services for Mobility)を推進している。同スキームでは日立グループにある各種技術やソリューションを組み合わせ,One Hitachiによる持続可能なモビリティソリューションの提案を拡大および強化していく。

5. おわりに

本稿では,大きな変革期にあるモビリティ分野でのデジタル技術の活用による新たなサービスについて,日立の取り組みとともに紹介した。日立は,デジタル技術を活用し,協創パートナーとともに,安全性や快適性,移動自体の魅力,環境負荷への配慮など,さまざまなニーズを満たす移動体験の実現に貢献していく。

関連情報

参考文献など

1)
MaaS Alliance
2)
国土交通省,運輸部門における二酸化炭素排出量
3)
リチャード・セイラー,外:実践 行動経済学,日経BP(2009.7)
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