近年,老朽化した水道管の破裂による漏水の発生が世界的な社会課題となっている。日立は,老朽化した水道インフラを効率的に保守し,持続可能な都市を実現するために,独自開発の無線一体型振動センサー端末を用いて水道管を遠隔監視する漏水検知サービスを開発した。
本稿では,漏水検知サービスを支える三つの計測技術である,5年間の電池寿命を実現する低電力化技術,微小な漏水を検知する超高感度振動センサー,さまざまな環境振動の中から漏水を検知する漏水検知アルゴリズムについて紹介する。
現在,気候変動に伴い世界中で水不足が深刻化しており,2050年には増え続ける世界人口約97億人の約半数が水不足に晒されると予想されている1)。これに対して国連はSDGs(Sustainable Development Goals)のGoal 6として「すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」を掲げている2)。地球の水資源のうち,人類が身近に利用できる淡水はわずか0.5%と試算されており,循環資源である淡水を効率的に利用することが,水不足だけではなく水紛争,貧困,住環境の改善など,多くの社会課題の解決に貢献すると考えられている1),2)。
現在,世界各国・各都市における漏水率は,福岡市や東京都などの漏水率3%前後から,漏水率50%を超える都市までさまざまである3)〜6)。漏水の主な原因は,水道管の腐食や加圧による配管接合部の劣化などであり,敷設年数が長い老朽配管に多い。漏水が発生すると,漏水箇所から振動音が生じ,管内の水や管壁を媒体として減衰しながら周辺に伝搬する7)。水道管の検査はこの振動音の有無を熟練者が音聴棒を用いて聞き分ける巡回点検が主流であるが,長距離にわたる水道配管を巡回するため点検頻度は数年に一度という地域が多く,漏水を未然に防ぐことは困難である8)。
こうした社会課題に応えるために,日立は,超高感度振動センサーである漏水検知センサーを水道管に常設することで,点検頻度を高め,水道管の健全性を遠隔監視する漏水検知サービスを開発した9)〜11)。
漏水検知サービスは,無線一体型漏水検知センサー端末を水道管の制水弁に設置して,漏水の検知結果をIoT(Internet of Things)通信でクラウドに通知し,監視プラットフォームで漏水の疑いをスコアとして表示する遠隔型水道管監視システムである(図1参照)9)。漏水検知センサー端末では,漏水検知や無線通信に関わる調整作業などは必要なく,水道管の制水弁に簡単に設置することができる。制水弁に設置した漏水検知センサーは漏水点から伝搬してきた微小な漏水振動を計測し,漏水の有無を検知する。検知結果はLTE-M(Long Term Evolution-Machine)通信によりセンサーからクラウドに送信されて処理され,監視プラットフォームの地図上に漏水スコアという形で漏水の可能性を表示する。
このシステムにより,これまではできなかった地中水道管の状態を可視化することが可能となった。熟練者による音聴棒での巡回点検から,常時監視を通じた漏水の発見・修繕への移行により,水道管保守をDX(デジタルトランスフォーメーション)化し,敷設年数と熟練者の経験に基づくTBM(Time Based Maintenance:時間基準保全)からデータに基づくCBM(Condition Based Maintenance:状態基準保全)へ移行し,水道管の長寿命化や修繕計画の最適化,保守コストの低減などを行うことで,水道インフラを効率的に利用し持続可能な都市を実現する。
図1|漏水検知サービスの概要漏水検知サービスは,従来,主に巡回点検で行われていた漏水調査を漏水検知センサー端末と監視プラットフォームを用いて,点検業務の効率化を図り,点検頻度を高め,水道管の健全性を常設遠隔監視するサービスである。
漏水検知サービスでは,MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)を活用したノイズ密度22 ng/√Hz,センサー電力17 mWを実現する超高感度振動センサーを用いて,微小な漏水を検知し,5年間の電池駆動を実現している(図2参照)。
本章では,漏水検知サービスを支える三つの独自計測技術である,低電力化技術,超高感度振動センサー,さまざまな環境ノイズから漏水を検知する漏水検知アルゴリズムについて紹介する12)〜15)。
図2|超高感度振動センサー資源探査などの特殊用途や車載・スマートフォン向けの高感度振動センサーと比較して,低いノイズ密度と比較的少ないセンサー電力の両立を実現した。
電源を持たない制水弁に漏水検知センサー端末を常設して遠隔監視を行うためには,センサーは電池で,かつ長期間駆動できなければならない。従来の高精度MEMS振動センサーは,振動の検出制御と振動子の動きを元に戻すサーボ制御を時分割で行っている(図3参照)。この場合,振動子に短時間で大きなサーボ電圧を印加するため,消費電力が課題となっていた。
そこで電極を複数持つ新しいMEMS構造を開発し,検出信号とサーボ信号を分離することで振動検出とサーボ制御を同時に行い,サーボ制御に必要な電力を1/3に低減した。センサーの消費電力は17 mWまで下げられ,5年間の電池駆動を実現し,長期間の水道管監視が可能となった。
図4|低ノイズ化技術(a)はMEMS機械雑音であり,おもり上面と下面に径の異なる貫通孔を形成することで,ガス分子の衝突を約半減する。(b)はMEMS高周波ノイズであり,変調器フィルタ特性により除去する。(c)はサーボ信号リークであり,サーボ信号リーク除去回路を導入することで解決する。
振動センサーが検知できる振動は,振動センサー自体が持つノイズ密度より大きな振動である。このため,より小さな振動を検知するには,振動センサー自体のノイズ密度を小さくする必要がある。開発した漏水検知センサーは100 ng/√Hzの大きさの漏水振動(一粒の砂が机に落ちたときと同程度の振動)を検知することを目標として,ノイズ密度22 ng/√Hzを実現した。図2に示すように,車載・スマートフォン用の振動センサーはノイズ密度が10 μg/√Hzをおおむね超えるため,漏水検知には用いることができない。資源探査用などの専用センサーでは低いノイズ密度が報告されているが,消費電力が大きい問題があった。今回開発したセンサーは低ノイズ密度と低電力動作を両立している。
開発した新MEMS構造を用いた超高感度振動センサーの概略図を図4に示す。センサーはMEMS,制御回路IC(Integrated Circuit),検出回路ICの三つのICで構成されている。振動が加わるとMEMSのおもりが動き電極との距離(Δd)が変化することでMEMSの容量値(ΔC)が変化する。この容量値の変化を電圧信号(ΔV)に変えることで振動を計測する。さらに,サーボ制御でMEMSを静止状態に戻す制御を行う。
また,ノイズ密度の主な要因などを図4に示す。同図(a)に示すMEMS機械雑音はMEMSのおもりが動く際におもり表面にガスが当たることで発生する機械雑音である。おもり上面と下面に径の異なる貫通孔を形成してガスを逃がすことで抵抗を約半減させた。同図(b)に示すMEMSが構造的に持つ高周波ノイズは変調器にフィルタ機能を追加し,除去した。同図(c)に示すMEMS構造に起因するサーボ制御信号が検出信号に漏洩することで発生するサーボ信号リークノイズは,新たにサーボ信号リーク除去回路を入れてサーボ制御信号からリークノイズを複製し,検出振動成分とリークノイズ成分を併せ持つアナログデジタル変換(ADC:Analog to Digital Converter)の出力信号から複製したリークノイズ成分を除去することで解決した。
センサーのノイズ密度22 ng/√Hzを達成しても,漏水を検知できるとは限らない。都市には人の往来,家庭での使用水,発電所や工場の変圧器など,社会活動によるさまざまな環境振動が存在する。環境振動と漏水振動が混じる計測振動から漏水振動の有無を判定する漏水検知アルゴリズムを開発して,都市の社会活動を止めることなく漏水を検知する技術を開発した。
環境振動は多くの場合,非連続的な振動挙動を示す(図5参照)。一方,漏水振動は振動周波数や強度が安定しており,連続的な挙動を示す。常設センサーの利点を生かして安定的な連続振動を検出し,その安定度を漏水判定スコアとして数値化した場合に,漏水判定スコアが75を超えたケースを「漏水の可能性あり」とするアルゴリズムである。
過去数年間に及ぶ実証で,使用水,下水,軌道車,人の往来などさまざまな環境振動には反応せず,これらに対しては「漏水の可能性なし」と判定できることを確認している。さらに,車の往来が多い幹線道路沿いや踏切付近など,人手巡回点検が実施しにくい場所でも,高い検知精度を実現できる。
熊本市上下水道局管轄内において,2020年6月から12月まで,漏水多発地区や幹線道路沿いなどの騒音地区において,14件の地中漏水を検知した。当時の実証風景を図6に示す。
現在,国内の複数の自治体やパートナー企業と実証実験を進めており,今後はこの漏水検知サービスの導入を進めていくとともに,実証実験で顕在化した新たなニーズに対応する計測技術の開発を進め,水道インフラ保守の効率化を推進する。
さらに,老朽配管の問題を抱える多くの先進国や高い漏水率で悩む新興国への展開を図り,漏水率の低減や保守コストの削減などの水道管運営保守の効率化に貢献していくことをめざす。特に新興国は急速な都市化,人口増加,産業構造の変化などを踏まえ,漏水検知サービスだけではなく,海水淡水化や下水処理高度化などの社会インフラ設備,料金徴収など,総合的な貢献を視野に入れ,持続可能な都市の実現に向けて計測技術による社会インフラのDX化とインフラ運営保守を支える新たなシステムで貢献していく。
本稿では,世界の水不足に対応する水資源の効率的な利用をめざした遠隔監視型の漏水検知サービスについて紹介した。
これまで可視化できなかった水道インフラを高感度振動センサーと漏水検知アルゴリズムという計測技術で可視化し,IoT通信とクラウド技術によりシステムを構築して漏水の有無を遠隔監視するサービスを立ち上げた。現在,日立製作所研究開発グループ国分寺サイトの敷地内に社会インフラ保守ショーケースを立ち上げ,技術開発を推進している。並行して,国内外の自治体,事業体,省庁,EPC(Engineering, Procurement and Construction),保守事業者など,さまざまなパートナーとの協創を重ねながら,社会インフラ運営保守を計測技術でDX化し,持続可能な都市の実現に貢献するUaaS(Utility as a Service)を推進していく。