日立評論

未来社会に貢献するフォトニック集積回路技術

最新の技術潮流とVLC Photonics S.L.(スペイン)の取り組み

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日立評論

GLOBAL INNOVATION REPORT

未来社会に貢献するフォトニック集積回路技術

最新の技術潮流とVLC Photonics S.L.(スペイン)の取り組み

目次

執筆者紹介

Iñigo Artundo

Iñigo Artundo

  • VLC Photonics S.L. Chief Executive Officer
  • VLC Photonics S.L. 所属
  • 複数の科学雑誌や,国家の資金提供機関のレビュワーを務め,2011年にVLC Photonics S.L. の経営陣に参加,2013よりCEOを務める。
  • Quantum Technologies Flagshipプログラム運営委員会メンバー。
  • Ph.D. (Telecommunications Engineering)

David Doménech

David Doménech

  • VLC Photonics S.L. Chief Technology Officer
  • VLC Photonics S.L. 所属
  • 欧州およびスペイン国内の複数の研究プロジェクトで,InP,SiN,SOIのフォトニック集積回路の設計に取り組み,2011年にVLC Photonics S.L.を共同設立。以来CTOを務める。2012年,Intel PhD Honor Programを受賞。
  • Ph.D. (Optics)

José Galán

José Galán

  • VLC Photonics S.L. Sales and Marketing Manager
  • VLC Photonics S.L. 所属
  • 14年以上にわたり,技術プロジェクト管理に従事。プリセールスおよびビジネスアプリケーションエンジニアリングチームの責任者として,豊富な専門的経験を有する。2021年にVLC Photonics S.L.に入社し,以来,Sales and Marketing Managerを務める。
  • Ph.D. (Silicon Photonics)

1. はじめに

図1│異なる光学素子を集積したPICの例(中央)と光導波路 (左),典型的なチップの寸法(右)図1│異なる光学素子を集積したPICの例(中央)と光導波路 (左),典型的なチップの寸法(右)

図2│フォトニック集積技術の適用分野図2│フォトニック集積技術の適用分野

トランジスタ,抵抗器,コンデンサなどの基本的なコンポーネントをシリコンウェーハ上にモノリシック集積することが可能となった1960年代以降,IC(Integrated Circuit:集積回路)という小さな部品はさまざまな市場で何百万という機器に組み込まれ,世界に革命的な変化をもたらしてきた。小さなチップはリソグラフィーを用いて非常に安価に,かつ何百万という単位で大量生産することができ,複数の機能と複雑な構造を持つ頑強で信頼性の高いマイクロエレクトロニクス部品を実現した。

それからさらに数十年を経て,光学素子を低コストかつ大量に集積し,小型化できるPIC(Photonic Integrated Circuit:フォトニック集積回路)の可能性が,新たな革命をもたらそうとしている。発光体(レーザー)や光検出器(フォトダイオード),変調器,フィルターなどの光学素子も同様に,モノリシックPICに集積できるようになった(図1参照)。これにより,長距離通信ネットワークならびに短距離データセンター接続を担う光ファイバー通信や,自動運転車両用のレーザーベースのレーダー(LIDAR:Light Detection and Ranging),量子コンピューティング,暗号化,光技術を活用した医療機器,ヘルスケア用ウェアラブル端末,診断用LoC(Lab-on-a-chip)デバイスといった機器にもメリットがもたらされることとなった(図2参照)。

PICは主としてシリコンを基盤材料とするが,InP(Indium Phosphide),SIN(Silicon Nitride),SiO2(Silicon Dioxide)など他の材料も使用可能であり,材料に応じて長所や短所がある。長い年月をかけて培われたマイクロエレクトロニクス産業分野の技術とプロセスを再活用してコストを抑え,市場投入までの時間を早めることで,一部の市場ではPICの採用が驚くべきペースで進み,こうした技術に対する投資がグローバルに活発化している。

また,ファブレス企業のために製造を担うファウンドリーサービスなど半導体分野のビジネスモデルは,フォトニクスの分野でも多く採用されている。ファウンドリーサービスにおいては,顧客はクリーンルームへの製造ライン設置に多額の投資をする必要がなく,ファウンドリー側は,複数の顧客にできるだけ多くのラインを割り当てることで,投資をより早く償却する。また,光学素子設計や回路レイアウトといったPICの設計を担うデザインハウスモデルや,電気や光の入出力ポート間の寸法がエレクトロニクスの機器の100分の1という非常に難易度の高い後工程を担う,組み立て・テストハウスといった事業モデルも存在する。

多くの産業でPICが採用されるのには,以下のような理由がある。

  1. 世界的なITプラットフォーム企業などの大規模なデータセンターでは,PICベースの送受信機が各種スイッチやサーバーラックの間の光通信を確立し,データ伝送のスピードを速めるとともに,消費電力を抑えてCO2排出量削減にも貢献している。
  2. 自動車やトラック,ドローン,ロボットなど,自律運転を行う車両や機器の分野では,PICの活用により,レーザー測距システム,ジャイロスコープ,LIDARの小型化が可能となる。そのため非常に頑強で,過酷な使用環境にも適したコンパクトかつ軽量なフォームファクタを実現でき,より効率的なデータ伝送と少ないCO2排出量で安全な社会の実現に寄与する。
  3. セキュリティやインターネットバンキングにおける暗号化,化学薬品の研究,ビッグデータ分析,画像と言語の処理といった,社会に必要不可欠な処理において,量子コンピューティングやAI(Artificial Intelligence)の機械学習は従来のコンピュータやアルゴリズムを大幅に上回る新しいパラダイムである。PICはより早く効率的にアルゴリズムを実行できるため,エレクトロニクスでは実行不可能な量子プロセスを実行する手段にもなり得る。
  4. OCT(Optical Coherence Tomography)のように大型で高価な医療機器が,PICの適用によって手持ちサイズにまで小型化できるようになった。また,複数のパラメータに基づいてより正確に評価するフォトニック技術により,診断デバイスやその他のバイオマーカー,あるいは血圧やグルコースなどのモニタリングなどが強化される。さらにはDNA(Deoxyribonucleic Acid)シーケンシングにおいても,サンプルの光処理にPICを利用することでより速く手頃な価格で実施することができる。

2. 用途

本章では,前章で紹介したPICの各用途についてより詳しく解説する。

2.1 光通信

シリコンやその他の材料(SiN,InPなどのIII-V族)のPICは,高パフォーマンスな光通信を可能にする非常に複雑な集積チップの製造を行ううえで大きな関心を集めている。PICは光通信ネットワークのみならずデータセンター内の通信においても,高密度,高データレートでかつ柔軟なソリューションを実現できる可能性を秘めている。チップ内(Intra-chip)の通信からチップ間(Chip-to-chip),チップ―基盤間(Chip-to-board)の通信に至るまで,PIC技術には大きな強みがある。

また,PICはパフォーマンスを高めるだけでなく,市場で競争力を得るための信頼性とスケーラビリティを実現すると期待されている。従来のディスクリートのレーザーやフォトダイオードのような光学素子とは対照的に,PICは単一のチップの上で複数の光学機能を組み合わせる。その機能は,光信号の生成,変調,検出といった能動的な機能から,光信号のルーティングやフィルタリングといった受動的な機能まで多岐にわたる。PICの活用により,システムのサイズ,重量,電力を大幅に削減し,信頼性とシステムのパフォーマンス,機能性を高めることができる。

従来,トランシーバーのような光通信システムは個別の部品,デバイスで構築され,光ファイバーを介して相互に接続されていた。この場合,光がデバイスから光ファイバーに,または光ファイバーからデバイスに結合されるたびに信号電力が減少するという点で課題があった。一方のPICは,光導波路を使用してチップ上に集積された光学素子を接続することで,こうした課題を克服できる。したがって,独立した個々の光学部品やコンポーネントで構成されるためにシステムが複雑で,サイズや重量,電力要求の面でも課題を抱えていた分野においても,高度な変調方式と新たなシステムアーキテクチャを実現できる。

しかしその他の新興技術と同様,PICの設計にはいくつかの課題が伴う。高速制御電子機器の熱管理,フォトニックパッケージング,無線周波数インタフェース管理,回路モデリングなどの課題の解決に向けては,協調的な取り組みが必要である。今日,光導波路付き基板(コパッケージ)とオンボード光モジュール(On-board Optics)への移行の動きが見られる。これらの技術は,80 GHzを超えるシリコン変調器など,高速※1)で動作可能な光デバイスに適用可能でなければならない。これに対し,ポリマー,スロット,プラズモン,薄膜ニオブ酸リチウム,チタン酸バリウムなど,高速と低電力の両方の特性を備える他の変調器技術も開発されている。

データセンターにおいては,より速く,より高度に統合された光学機器が求められる。これらの機器はまた,高い信頼性と少ない電力消費,1 Gbps当たり数ドルという単位で伝送可能なスケーラブルな経済性,そして省スペース性を兼ね備えている必要がある。エレクトロニクスとフォトニクス,パッケージングという異なるテクノロジーをハイブリッドに統合するソリューションは今日の業界にとって重要なニーズであり,次の10年も探求が続けられるだろう。

2.2 自動運転向けLIDAR

LIDARは,走査型レーザービームで物体を照らし,反射を測定することにより,高解像度かつ高精度で距離を測定するために使用され,通常,レーザー光源,レーザービームスキャナ,検出光学系で構成される。これらの要素を機能的に組み合わせるにあたっては,フラッシュLIDARなど,さまざまな技術が使用されている。また,対象物の距離だけでなく速度も検出できるPICベースのFMCW(Frequency-modulated Continuous-wave)LIDARの市場投入に多くの企業が取り組んでいる。

LIDARの活用機会は数多い。レーダーよりも優れた解像度でのセンシングが可能なため,特にADAS(Advanced Driver-assistance Systems)や自動運転など,自動車産業で広く使用され,関連市場に後押しされる形で,LIDARシステムの価格は過去10年間で1桁以上下がっている。

PICは光学素子をチップ上に高密度に集積でき,大量生産可能なため,コスト効率の高い新たなLIDARを提供可能である。また,LIDARのレーザー光源としても使用でき,通信技術で使用されるコンポーネントと組み合わせると,パルスレーザーおよび波長可変レーザーとしても使用できる。さらに,PICは通常,眼球保護の観点から最適な1,310 nmおよび1,550 nmのテレコム波長で動作するように設計されており,センシング可能範囲を200 m以上まで大幅に拡張できる。

また,PICを使用して,LIDARのビームステアリング部分を光学フェーズドアレイに置き換えることもできる。こうした光学フェーズドアレイはレーザービームを成形し,ビデオレートの三次元イメージングのために高速でステアリングすることができる。研究段階では既に実現可能性が示されており,この技術は現在,市場に出回りつつある。光源と検出器はビームステアリングPICにも統合可能であり,完全に統合されたシングルチップLIDARによるこれまでにない大ボリューム・低コストを実現できる可能性がある。さらにはこの技術により,電子機器との緊密な統合が可能になる。

例として,チップスケールのFMCW LIDARには,波長調整とフェーズドアレイ操作が組み込まれており,2Dの非機械的ビームステアリングが可能である。

2.3 コンピューティング

チップベースのフォトニック量子回路の開発は,量子情報処理においても大きな影響を与えている。最も有望な用途の一つが量子コンピューティングである2)。量子コンピュータは,今日の最も高性能なスーパーコンピュータでも解決できない複雑な問題を解決できる。量子コンピュータは,ビットを使用して情報を格納するのではなく,量子ビットまたはキュービットを使用して,情報を0と1で同時にエンコードする。これにより,量子コンピュータは膨大な状態の組み合わせを一度に操作できる。

量子コンピュータのエンジニアリング,構築,プログラミングは非常に困難であるため,ノイズや障害,動作に不可欠な量子コヒーレンスの喪失(デコヒーレンス)といったエラーによって機能が低下する。振動,温度変動,電磁波によって引き起こされるデコヒーレンスは,最終的にコンピュータの量子特性を破壊してしまう。

PICは,次世代量子コンピュータのコア機能を実装することにより,これらの制限の多くを克服できる。半導体業界の製造プロセスと互換性のある窒化ケイ素チップ上のPICで,従来のコンピュータを超える速度でデータのランダムサンプルを取得するサンプリングアルゴリズムも実装されている3)

2.4 セキュリティ

第四次産業革命をきっかけとしてグローバルにデータが収集され,転送され,ネットワークに保管される中で,最も重要なのがサイバーセキュリティと暗号化である。IoT(Internet of Things),AI,ブロックチェーンといった技術は,データの発生した場所からクラウドベースのデータリポジトリまでの間のネットワークを介したデータトラフィックを増加させる。企業や行政機関,個人に至るまで,日常のさまざまな場面において,機密性の高いデータの送信が求められる。

暗号化は,デジタルセキュリティを支える基礎的なツールである。40年前に発明され,公開鍵暗号はインターネットのようなオープンなネットワークにおけるセキュアな通信を可能にするが,一方でコンピュータによる暗号化は課題にも直面している。公開鍵技術は,量子コンピュータの出現に対して脆弱なのである。従来の手法に依存する暗号化プロトコルは,検出されない情報の窃取や「store now-attack later※2)」型の攻撃に対して弱い。これに対し,量子暗号はフィジカルレイヤー技術と量子情報を組み合わせた独自のツールにより,これらの課題に対処する。

最も有名な量子暗号化プロトコルはQKD(Quantum Key Distribution)である4)。これはITS(Information Theoretic Security)を備えた暗号化キーを,二つのリモートネットワークノードで生成できるものである。QKDの研究は過去20年間で驚異的に進歩し,光ファイバー通信ネットワークを介したQKDの展開にまで至った。今後は標準的なコヒーレント光通信システムとの共存と,費用効率とスケーラビリティの実現のための小型化に向けて,技術的に進化する必要がある。Quantum Random Number Generators5)やQKDエミッタ/レシーバのようなPICコンポーネントによりチップ上でQKDを実現できれば,価格は100分の1に,システムサイズは10分の1〜50分の1になると予想される。

※1)
100 Gbps NRZ ないし200 Gbaud PAM-4。
※2)
現時点では解読できないデータを窃取・保存しておき,将来,高度な計算機で過去に遡って全データを解読するという攻撃手段。

3. 日立ハイテクグループのサービス

2020年11月より株式会社日立ハイテクのグループの一員に加わったVLC Photonics S.L.は,過去20年以上にわたり光通信システムとPICの研究を行ってきた研究者によって,2011年にバレンシア工科大学の電気通信・マルチメディア応用研究所から独立し,誕生した。以来,同大学のクリーンルームやパイロットラインを活用し,微細加工の研究開発に携わっている(図3参照)。当初はPICのデザイン会社としてのスタートであったが,市場のニーズに応えるため進化を重ね,PIC製品の実用化が急速に進む現在,光通信,自動運転,センシング,信号処理,バイオメディカル,量子技術などのさまざまな市場で,コンサルティングから設計,製造,キャラクタリゼーション・試験,パッケージング,組み立てまで一貫したPIC開発サービスを提供している(図4参照)6)。また,Fortune 500に入る企業をはじめとする新興企業や,世界的な研究者などとのコラボレーションも行っている。

VLC Photonicsを一員に迎え,日立ハイテクグループは今後さらにエンジニアリングサービス力を強化し,顧客の課題解決に貢献していく。

図3│VLC PhotonicsのPIC試験サービスを支えるクリーンルーム技師(左)とPIC試験ツール調整の様子(右)図3│VLC PhotonicsのPIC試験サービスを支えるクリーンルーム技師(左)とPIC試験ツール調整の様子(右)

図4│VLC Photonicsが提供するサービスの流れ図4│VLC Photonicsが提供するサービスの流れ

4. おわりに

フォトニック集積技術は,光通信トランシーバから自動運転車両向けのLIDARやジャイロスコープセンサー,バンキングやセキュアな商業・コミュニケーションのための暗号化,医療機器やヘルスケア用ウェアラブル端末まで,次代のさまざまなハイテク技術を実現するためのカギと位置づけられている。技術を成熟させ,エレクトロニクスが数十年かけて到達したレベルに追いつくまでにはまだ多くの課題があるが,フォトニクスの成長の可能性は驚異的であり,将来的にはさまざまな分野に大きな進歩をもたらすであろう。

参考文献など

1)
Suni, Paul J. M. et al.: Photonic Integrated Circuit FMCW Lidar On A Chip (2018).
2)
IBM:What is quantum computing?
3)
Arrazola, J. M. et al.: many photons on a programmable nanophotonic chip, Nature 591, 54-60 (2021).
4)
I. Khan et al.: Towards continuous-variable quantum key distribution at GHz rates, 5th International Conference on Quantum Cryptography Tokyo (2015)
5)
C. Abellan et al.: Quantum entropy source on an InP photonic integrated circuit, Optica (3), 9 (2016)
6)
VLC Photonics
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