ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

目次

執筆者紹介

後藤 正広Goto Masahiro

後藤 正広

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 経営管理本部 技術開発部 所属
  • 現在,下水道分野の維持管理・監視制御システム,サービス事業の開発に従事

松井 隆Matsui Takashi

松井 隆

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 水事業部 ソリューション事業推進部 所属
  • 現在,上下水道分野他における総合的な社会・環境課題解決のためのデジタルソリューション開発に従事

松井 祥峰Matsui Yoshitaka

松井 祥峰

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会・インダストリ制御システム本部 社会制御システム設計部 所属
  • 現在,上下水道向け情報・監視制御システムの設計・開発に従事
  • 電気学会会員

山野井 一郎Yamanoi Ichiro

山野井 一郎

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,下水道向け監視制御・情報システムの研究開発に従事
  • 博士(エネルギー科学)
  • 技術士(上下水道部門)
  • 電気学会会員
  • 環境システム計測制御学会会員

1. はじめに

「水」は,地球規模の重要な循環資源の一つで,人々の生命の維持に不可欠な社会インフラの一つに位置づけられる。しかしグローバルには水資源の偏在や渇水,洪水,水質汚染などさまざまな課題がある。また日本国内では上下水道の施設,管路の経年劣化や維持管理財政の逼迫,さらには近年激甚化している災害対応などの課題がある。

国連では持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)1)に「目標6:すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」を掲げ,それ以外にも水に関わる目標を設定し,2030年までの達成をめざしている。

そのような中で,日立グループは2022年4月に新たな「2024中期経営計画」を発表した。地球を守り社会を維持するプラネタリーバウンダリーと,一人ひとりが快適で活躍できる社会であるウェルビーイングを,グリーン,デジタル,イノベーションとLumada※)で支えていく。

具体的には,社会イノベーション事業を引き続き加速・発展させ,都市や産業分野を革新していく考えであり,本稿では,その一翼を担う水インフラ分野を支える製品・システムやサービス(水環境ソリューション)を紹介する。

※)
顧客のデータから価値を創出し,デジタルイノベーションを加速するための,日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション,サービス,テクノロジーの総称。

2. 国内外の水環境市場の動向

人々が飲み水や生活に利用できる淡水は,地球上の水全体の0.01%と考えられ,地球規模では偏在しているうえに,気候変動の影響と考えられる洪水や干ばつなどが頻発している。経済産業省では,水ビジネス海外展開施策の10年の振り返りと今後の展開の方向性に関する調査を取りまとめ,2021年3月に公表している2)。水ビジネスの市場規模は2030年に110兆円を超えると予測しているが,市場は拡大・多様化しており,相手国での案件形成には,官民連携とパートナーシップ活用の必要性を述べている。

一方,日本国内では2020年度末に水道普及率は98.1%,汚水処理(下水道,農業集落排水施設など,浄化槽など)の人口普及率は92.1%に達し3),4),上下水道施設の市場は新設から更新へと移行している。しかし自治体予算の逼迫や熟練職員の減少,人口減少に伴う水需要減少など,多くの課題がある。

この現状に対し,厚生労働省は2013年に「新水道ビジョン」,国土交通省は2014年に「新下水道ビジョン」を示した。また2019年10月には改正水道法が施行され,水道事業の広域連携推進や,適切な資産管理,官民連携推進,水道施設台帳の作成義務などが盛り込まれた5)。また厚生労働省の組織見直しに伴い,2022年9月には水道整備・管理行政を国土交通省と環境省に移管する方針が発表された。65年ぶりの大規模な所管の変更であり,実施される2024年以降の動向が注目されている。

3. 水環境ソリューションの概要とめざす方向

日立グループは水源保全・治水・利水,水道・工業用水,下水道・産業排水処理,水再生・造水など,水環境のさまざまな分野で課題解決に長年取り組んできた。単独の製品やサービスのみならず,それらを連携させた水環境ソリューションの提案活動により,総合的な課題解決や全体の最適化に貢献していく考えである。

近年では水環境分野でもデジタル技術の活用が進みつつあるが,日立グループでは情報制御技術の水環境分野での活用と適用拡大を進めてきた。例えば,シミュレーション技術による計画・経営の支援や,水処理施設・管路の維持管理・監視制御システムなどを提供し続けている。さまざまなソリューション提案を進めていく過程で,水分野で培ったデジタル技術の他インフラへの適用やその逆も増えつつある。

ソリューション提案を支える主な技術や製品・システム,サービスを分野別に図1に示す。

図1|水環境ソリューションを支える主な技術・製品・システム・サービス図1|水環境ソリューションを支える主な技術・製品・システム・サービス水環境の課題を解決する方法は一様ではないため,水源保全・治水・利水,水道・工業用水,下水道・産業排水,水再生・造水などの課題に対し,さまざまな技術やシステム,サービスを連携させることで解決に貢献していく。

4. 日立グループ水環境ソリューションの最新事例

4.1 水道分野における最新の取り組み

日本の水道事業では,人口減少に伴う人財不足,水の需要の減少および料金収入の減少,水道施設の老朽化に伴う水道施設の更新需要の増大,気候変動の影響を考慮したプラント運転の見直し,カーボンニュートラルへの対応の要請などの課題に直面している。そこでソリューション提供の手段として,日立製作所では新たに水道DX(デジタルトランスフォーメーション)を開発した(図2参照)。以下に水道向けO&M(Operation and Maintenance)デジタル技術と官民連携によるソリューション,AI(Artificial Intelligence)を活用した水道の運転支援技術,水道管路の維持管理における日立グループの最新の取り組みを紹介する。

  1. 水道向けO&Mデジタル技術と官民連携によるソリューション
    日本の水道事業で直面する課題に対応するための施策には,官民連携や広域化などがある。民間企業の技術力やノウハウを生かした質の高いサービスの提供やコストの削減などは,上下水道事業の運営基盤の強化に有効と考えられている。日立グループでは,デジタルを活用したソリューションに着目し,函館市(北海道)DBO(Design Build Operation)事業や那珂川浄水場(茨城県企業局)包括委託事業など,受託サイトでの技術改善に取り組んでいる。
  2. AIを活用した水道の運転支援技術
    2019年に改正された改正水道法では,水道事業者の努力義務として,長期的な観点から水道施設の計画的な更新が記述されており,施設の統廃合や再配置の重要性が明確化された。日立グループでは,運転員の五感・経験をIoT(Internet of Things)およびAIで代替するデジタル技術,設備や機器の運転支援技術に取り組み,大阪市水道局との共同研究や埼玉県企業局との共同調査を進めている。
  3. 水道管路の維持管理
    水道資産の約70%は管路が占めており,水道事業者の管理負荷が高い分野である。日立グループの管路管理支援サービスは,漏水検知および管路更新計画立案に対し提供するサービスと機能とを連携し,水道事業者の現在から将来にわたり安心・安全な水を提供するという目的の達成を支援している。

図2|水道DXのメニュー図2|水道DXのメニュー事業体が保有する各浄水場からの運転データ(水量,水位,水質など),および点検データを収集してソリューションの共有を行うことで,水道事業の広域化を実現する。

4.2 下水道分野における最新の取り組み

下水道事業においても水道事業と同様,収入の減少,施設・管路の老朽化,熟練運転員の減少が進むが,一方で国土交通省「新下水道ビジョン加速戦略」の2022年度の見直しでは,脱炭素化や水環境管理の推進などを新たに位置づけ,DXやアセットマネジメント,気候変動などを踏まえた防災・減災へと取り組みを拡大させる方向性が示されている。これらの課題に対処するべく,デジタル技術を生かした管路の維持管理,下水処理を革新する最新技術における日立グループの最新の取り組みを紹介する(図3参照)。

  1. デジタル技術を生かした管路の維持管理
    管路の維持管理業務の効率化は,幅広い事業体に共通する課題である。日立グループでは,デジタル技術とプロダクトを掛け合わせ,管路維持管理業務に有効なソリューションの開発に取り組んでいる。ドローンを用いた下水道管きょ調査ソリューションは,人が管きょ内に入らず安全かつ効率的に調査ができる手法であり,東京都下水道局・東京都下水道サービス株式会社との共同研究で開発を進めている。光ファイバーマルチセンシングシステムは,光給電技術により下水道光ファイバーを電源としても利用することで,下水管路内の継続的なセンシングを可能とする。合流式下水道のポンプ場に対しては,適切な起動・停止計画案をAIにより提示する雨水ポンプ運転支援システムを開発中である。
  2. 下水処理を革新する最新技術
    日立グループでは,ソフトとハードの連携,AI,センシングと,デジタルを基盤にさまざまな角度から下水処理技術の課題解決に取り組んでいる。下水処理場の雨水対策ソリューションでは,軽微な改造で済むハード対策に加え,運転管理の工夫をモデル式やAIでソフト化した運転支援技術を開発中で,簡易処理による放流負荷を低減する。AI下水処理支援技術は,人の知見とAIを組み合わせ,水質の異常が発生しない範囲での省エネルギー運転を実現する運転支援システムであり,公益財団法人埼玉県下水道公社との「AIを活用した下水処理の実用化に向けた共同研究」に参画し効果検証中である。汚泥処理運転支援技術では,AI画像解析と新規センサーを用いた運転ガイダンスで脱水工程を最適化し,汚泥処分費を削減するソリューションを開発中である。

図3|日立の下水道向け雨水対策ソリューション群(開発・実証中含む)図3|日立の下水道向け雨水対策ソリューション群(開発・実証中含む)日立は,下水道における雨水リスク低減に向けた広範な雨水対策ソリューションを提供する。

4.3 その他の最新の取り組み

日立グループは水環境の周辺事業領域においても,さまざまなソリューション提案を行っている。例えば,貿易および経済活動に影響力を持つ社会インフラであり,海上輸送と陸上輸送の結節点である国内外の港湾ターミナルではさまざまな課題を抱えており,それを解決するための機能高度化に取り組んでいる。

また,脱炭素,水資源利用,資源循環など持続可能な社会への転換は,技術,運営,認証,金融支援などの業種を超えたステークホルダーの協力・連携が必要である。日立グループでは,信頼をベースとしてこれらをつなぐプラットフォーム構想について,実現に着手している。

5. おわりに

本稿では,水環境に関わるさまざまな動向と,日立グループの水環境ソリューションの概要および最近の協創事例を紹介した。日立グループは長年にわたり培ってきた技術・製品・システム・サービスなどに最新のデジタル技術を加え,顧客のさまざまな課題解決に一丸となって取り組んでいく。

国内外の健全な水環境やSDGsの達成に向けて,引き続き貢献していく考えである。

Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。