Overview
「水」は,地球規模の重要な循環資源の一つで,人々の生命の維持に不可欠な社会インフラの一つに位置づけられる。しかしグローバルには水資源の偏在や渇水,洪水,水質汚染などさまざまな課題がある。また日本国内では上下水道の施設,管路の経年劣化や維持管理財政の逼迫,さらには近年激甚化している災害対応などの課題がある。
国連では持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)1)に「目標6:すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」を掲げ,それ以外にも水に関わる目標を設定し,2030年までの達成をめざしている。
そのような中で,日立グループは2022年4月に新たな「2024中期経営計画」を発表した。地球を守り社会を維持するプラネタリーバウンダリーと,一人ひとりが快適で活躍できる社会であるウェルビーイングを,グリーン,デジタル,イノベーションとLumada※)で支えていく。
具体的には,社会イノベーション事業を引き続き加速・発展させ,都市や産業分野を革新していく考えであり,本稿では,その一翼を担う水インフラ分野を支える製品・システムやサービス(水環境ソリューション)を紹介する。
人々が飲み水や生活に利用できる淡水は,地球上の水全体の0.01%と考えられ,地球規模では偏在しているうえに,気候変動の影響と考えられる洪水や干ばつなどが頻発している。経済産業省では,水ビジネス海外展開施策の10年の振り返りと今後の展開の方向性に関する調査を取りまとめ,2021年3月に公表している2)。水ビジネスの市場規模は2030年に110兆円を超えると予測しているが,市場は拡大・多様化しており,相手国での案件形成には,官民連携とパートナーシップ活用の必要性を述べている。
一方,日本国内では2020年度末に水道普及率は98.1%,汚水処理(下水道,農業集落排水施設など,浄化槽など)の人口普及率は92.1%に達し3),4),上下水道施設の市場は新設から更新へと移行している。しかし自治体予算の逼迫や熟練職員の減少,人口減少に伴う水需要減少など,多くの課題がある。
この現状に対し,厚生労働省は2013年に「新水道ビジョン」,国土交通省は2014年に「新下水道ビジョン」を示した。また2019年10月には改正水道法が施行され,水道事業の広域連携推進や,適切な資産管理,官民連携推進,水道施設台帳の作成義務などが盛り込まれた5)。また厚生労働省の組織見直しに伴い,2022年9月には水道整備・管理行政を国土交通省と環境省に移管する方針が発表された。65年ぶりの大規模な所管の変更であり,実施される2024年以降の動向が注目されている。
日立グループは水源保全・治水・利水,水道・工業用水,下水道・産業排水処理,水再生・造水など,水環境のさまざまな分野で課題解決に長年取り組んできた。単独の製品やサービスのみならず,それらを連携させた水環境ソリューションの提案活動により,総合的な課題解決や全体の最適化に貢献していく考えである。
近年では水環境分野でもデジタル技術の活用が進みつつあるが,日立グループでは情報制御技術の水環境分野での活用と適用拡大を進めてきた。例えば,シミュレーション技術による計画・経営の支援や,水処理施設・管路の維持管理・監視制御システムなどを提供し続けている。さまざまなソリューション提案を進めていく過程で,水分野で培ったデジタル技術の他インフラへの適用やその逆も増えつつある。
ソリューション提案を支える主な技術や製品・システム,サービスを分野別に図1に示す。
図1|水環境ソリューションを支える主な技術・製品・システム・サービス水環境の課題を解決する方法は一様ではないため,水源保全・治水・利水,水道・工業用水,下水道・産業排水,水再生・造水などの課題に対し,さまざまな技術やシステム,サービスを連携させることで解決に貢献していく。
日本の水道事業では,人口減少に伴う人財不足,水の需要の減少および料金収入の減少,水道施設の老朽化に伴う水道施設の更新需要の増大,気候変動の影響を考慮したプラント運転の見直し,カーボンニュートラルへの対応の要請などの課題に直面している。そこでソリューション提供の手段として,日立製作所では新たに水道DX(デジタルトランスフォーメーション)を開発した(図2参照)。以下に水道向けO&M(Operation and Maintenance)デジタル技術と官民連携によるソリューション,AI(Artificial Intelligence)を活用した水道の運転支援技術,水道管路の維持管理における日立グループの最新の取り組みを紹介する。
図2|水道DXのメニュー事業体が保有する各浄水場からの運転データ(水量,水位,水質など),および点検データを収集してソリューションの共有を行うことで,水道事業の広域化を実現する。
下水道事業においても水道事業と同様,収入の減少,施設・管路の老朽化,熟練運転員の減少が進むが,一方で国土交通省「新下水道ビジョン加速戦略」の2022年度の見直しでは,脱炭素化や水環境管理の推進などを新たに位置づけ,DXやアセットマネジメント,気候変動などを踏まえた防災・減災へと取り組みを拡大させる方向性が示されている。これらの課題に対処するべく,デジタル技術を生かした管路の維持管理,下水処理を革新する最新技術における日立グループの最新の取り組みを紹介する(図3参照)。
図3|日立の下水道向け雨水対策ソリューション群(開発・実証中含む)日立は,下水道における雨水リスク低減に向けた広範な雨水対策ソリューションを提供する。
日立グループは水環境の周辺事業領域においても,さまざまなソリューション提案を行っている。例えば,貿易および経済活動に影響力を持つ社会インフラであり,海上輸送と陸上輸送の結節点である国内外の港湾ターミナルではさまざまな課題を抱えており,それを解決するための機能高度化に取り組んでいる。
また,脱炭素,水資源利用,資源循環など持続可能な社会への転換は,技術,運営,認証,金融支援などの業種を超えたステークホルダーの協力・連携が必要である。日立グループでは,信頼をベースとしてこれらをつなぐプラットフォーム構想について,実現に着手している。
本稿では,水環境に関わるさまざまな動向と,日立グループの水環境ソリューションの概要および最近の協創事例を紹介した。日立グループは長年にわたり培ってきた技術・製品・システム・サービスなどに最新のデジタル技術を加え,顧客のさまざまな課題解決に一丸となって取り組んでいく。
国内外の健全な水環境やSDGsの達成に向けて,引き続き貢献していく考えである。