日本の上下水道事業ではすでに,人口減少に伴う給水人口や料金収入の減少,水道施設の更新需要の増大,気候変動の影響を考慮したプラント運転の見直し,カーボンニュートラルへの対応の要請などの課題に直面している。この状況を打開するための施策には官民連携や広域化などがあり,民間企業が水道事業に参画することで,その技術力やノウハウを生かした質の高いサービスの提供やコストの削減などが期待できるため,上下水道事業の運営基盤の強化に有効と考えられている。
本稿では,特にデジタルを活用したソリューションに着目し,受託サイトなどで継続して行っている技術改善の取り組みを紹介する。
日本の総人口は,2010年にピーク(約1億2,806万人)を迎えた後減少に転じている1)。これは,水道事業においては給水人口や料金収入の減少,さらには職員の高齢化や人員不足に伴う技術継承の問題にもつながる大きな課題であり,すでに直面している事業体も少なくない。また,水道施設の老朽化に伴う大規模な更新需要は2020年代から2030年代にかけてピークを迎えると想定されており,さらなる予算の確保と計画的な施設更新が求められる。一例として,近年,老朽化などによる水道橋の不具合や水源河川の集水施設の不具合発生の事例が報告されている2)。これらに対して管理省庁では,水道ビジョンに続き,安全,強靭,持続の実現に向けた各種の検討が,施設の維持修繕3),最適配置計画4),カーボンニュートラル5)などに関連づけて行われている。
健全かつ安定的な水道事業運営を実現していく手段の一つに,官民連携すなわちPPP(Public Private Partnership)がある。これまで官(自治体)が中心であった水道事業運営に,民間企業の技術力やノウハウを生かす手法を取り入れることで,より質の高いサービスやコストの削減を実現し,水道事業の運営基盤強化に貢献するもので,改正水道法にも「官民連携の推進」がうたわれている。
本稿では,IoT(Internet of Things),AI(Artificial Intelligence)やアナリティクスなどのデジタル技術を活用し,運転管理,保全業務の可視化,省力化,効率化やノウハウの継承を支援する技術「O&M(Operation & Maintenance)支援デジタルソリューション」を紹介する。また,日立グループの官民連携事業の実施事例の中での検証の取り組みや,今後の展開について述べる。
日立製作所は,ソリューション提供の手段として新たに水道DX(デジタルトランスフォーメーション)を開発した。水道DXのメニューとして,広域データ収集,アセットマネジメント,データ活用などを整備している(図1参照)。このシステムは,セキュアかつリアルタイム性と信頼性を保ったまま,クラウド上でデータの一元管理や双方向の監視制御を行うことも特長の一つとしている。以下に各ソリューションの概要を示す。
図1|水道DXのメニュー事業体が保有する各浄水場からの運転データ(水量,水位,水質など),および点検データを収集するとともにソリューションの共有を行うことで,水道事業の広域化を実現する。
図3|プラント運転支援におけるノウハウ抽出の概要運用実績データから機械学習を用いて運用制約を抽出し,熟練者と同等の計画立案を行う。運転ガイダンスとして出力することで,技術継承の課題やオペレータ不足時の運転管理支援に寄与する。
以上のように,水道サービスソリューションでは,保全業務や運転管理業務を主な対象として支援機能を構築した。引き続き,現場のニーズを考慮したソリューションの改良や,新規機能の考案・製品化を推進する。
官民連携の事業モデルには,運転管理業務など限定された範囲を民間などに委託する部分委託,運転管理業務のみならず広い範囲で維持管理業務を行う包括委託,施設の設計・建設および建設後の長期的な施設維持管理を民間などに委ねるDBO(Design Build Operation),資金調達まで行うPFI(Private Finance Initiative),コンセッションなどのさまざまな形態がある(図4参照)。
現在日立グループでは,水環境分野における製品やシステムの提供,アフターサービス,技術開発で長年培ってきた実績を基に,持続可能な水道の実現をめざして,部分委託からDBO,PFIまで幅広く事業を手がけている。
函館市の水道事業は,日本で2番目の近代水道として1889年に創設された。それ以降,赤川高区浄水場,赤川低区浄水場および旭岡浄水場が建設され,2004年には近隣4町村との合併により九つの簡易水道事業が加わり,現在は約24万人(2022年8月時点)に給水されている。
DBOは,函館市として将来の水道事業環境の変化に対応し,長期的な水の安全・安定供給および施設運用の効率化実現のため,民間事業者をパートナーとして選定し,育成していくことも目的の一つとされている。現在,日立グループおよび地元企業の計3社で構成される特別目的会社「株式会社箱館アクアソリューション」が,2019年4月1日から2041年3月31日までの22年間の水道事業を推進中である。本事業には,浄水場の施設,機械・電気計装設備の更新整備が含まれており,2022年4月には基幹浄水場である赤川高区浄水場のろ過池更新整備を終え,運用を開始した(図5参照)。
前述した運転支援技術の検証のため,運転管理業務を受託している赤川高区浄水場および赤川低区浄水場の水運用時(夜間のみ)に,監視制御システムとは直接接続されていないPCからガイダンスを出す形式で,延べ10日間適用した7)。結果,急な設定変更や,年平均から約10%低い水需要など外乱があり,追加操作を要したが,目標とした1日2回以内の追加操作で目標水位を満たした運転ができた(図6参照)。引き続き,函館市が抱える将来の課題の解決に向け,函館市の水道事業の維持,発展に貢献していきたい。
茨城県企業局では水道の普及および工業用水の給水区域拡張を目的に現在まで11浄水場(水道用水3場,工業用水1場,水道用水・工業用水共同7場)を整備し,水道用水供給事業および工業用水道事業を管理運営している。そのうち那珂川浄水場は1966年に給水を開始した12万2,680m3/日の施設能力を有する工業用水道専用浄水場である。本浄水場は,段階的に包括的な委託へ移行する方針となったことから事業者選定公募が実施され,日立製作所とG株式会社が,日立・G特定共同企業体[以下「JV」(Joint Venture)と記す。]として2016年度の第1期,2019年度からの第2期の運転管理業務と保全業務を受託した(図7参照)。
運転管理と保全の一体化を通じて一層の効率的な浄水場の維持管理をめざすとともに,JV関連企業の拠点網を取り入れた緊急時支援体制や,クラウドを活用したデータ一元管理など,グループ企業のリソース活用を図っている。さらに,運転管理業務における省エネルギーの検討も含め,デジタルソリューションを通じた点検内容の適正化やコスト縮減へ向けた取り組みを推進中である(表1参照)。
2章で述べたアセットマネジメントの取り組みの中で,健全度と設備診断のそれぞれの長所を生かした保守管理方法を適用し,定期的な評価を継続している。健全度とARTの診断結果をプロットし,その位置から機器の状態や今後の対応を判断する指標とする(図8参照)。執筆時点では,健全度が高く警報レベルが低い良好な領域で推移している(同図中の領域A)。今後,健全度の低下と警報レベルの上昇を根拠として,日常点検の強化や保全の実施時期の調整に役立てていく考えである。
ここでは,日立グループの水道分野におけるシステムの構想と実装される支援技術に加え,官民連携ソリューションへの取り組み事例について述べた。水道事業に求められる機能はますます高度になると予想されるが,今後も日立グループは,水環境ソリューションの提供を通じて,水道事業者のベストパートナーとして,持続可能な水道事業の実現とサービス向上に貢献していく所存である。
本稿で述べた各種技術の開発において多大なご協力をいただいた函館市企業局,茨城県企業局ほかの関係各位へ深く感謝の意を表する次第である。