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水道分野では,人口減少に伴う水の需要の減少,水道施設の老朽化,人財不足などの課題に対応するため,2018年に水道法が改正された。改正水道法では水道事業者の努力義務として,長期的な観点から水道施設の計画的な更新が記述されており,施設の統廃合や再配置の重要性が明確化されている。

本稿では,これらの課題に対する日立グループの最新の取り組みとして,運転員の五感・経験をIoTおよびAIで代替するデジタル技術や,設備や機器の運転支援技術の現状と展望を述べる。

目次

執筆者紹介

三宮 豊Sangu Yutaka

三宮 豊

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,水道向け監視制御・情報システムの研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 技術士(上下水道,総合技術監理)
  • 環境システム計測制御学会会員
  • 化学工学会会員

小熊 基朗Oguma Motoaki

小熊 基朗

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会制御システム設計部 所属
  • 現在,上下水道向け監視制御システムの開発設計に従事
  • 電気学会会員

横井 浩人Yokoi Hiroto

横井 浩人

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 水事業部 ソリューション事業推進部 所属
  • 現在,水環境分野におけるデジタルソリューション技術開発に従事
  • 技術士(上下水道)

藤井 健司Fujii Kenji

藤井 健司

  • 日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ グリーンインフラシステム研究部 所属
  • 現在,水道向け監視制御・情報システムの研究開発に従事
  • 電気学会会員

渡部 亜由美Watanabe Ayumi

渡部 亜由美

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,水道向け運転支援技術の研究開発に従事
  • 環境システム計測制御学会会員
  • 化学工学会会員

1. はじめに

水道分野では,人口減少に伴う水の需要の減少,水道施設の老朽化,人財不足などの課題に対応するため,2018年に水道法が改正された。改正水道法では水道事業者の努力義務として,長期的な観点から水道施設の計画的な更新が記述されており,施設の統廃合や再配置の重要性が明確化されている。

人員配置を効率化するため施設の統廃合や再配置を進めると,統合拠点からの集中監視体制となる。このような,統合拠点からの集中監視体制に切り替える事業体は増加していくと予想されるが,人員再配置の結果,運転員一人当たりの業務量の増加,また,経験の少ない運転員の管理による判断力の低下が懸念される。また,熟練運転員が減少するため,経験の少ない運転員へのノウハウや技術の継承がさらに困難になりつつある。

本稿では,これらの課題に対する日立グループの最新の取り組みとして,運転員の五感・経験をIoT(Internet of Things)およびAI(Artificial Intelligence)で代替するデジタル技術や,設備や機器の運転支援技術の現状と展望を述べる。

2. AI・IoTを活用した薬注運転支援技術

浄水場の凝集沈澱処理は属人性の高いプロセスであり,水質変動時には,熟練運転員の経験知を基に薬品の注入量を変更するなどして処理されている。しかし,近年,熟練運転員の減少に伴いノウハウや技術の継承が困難となりつつある。そこで日立は,薬品注入技術の継承に向け,熟練運転員の運転実績をAIが学習し,自動的に凝集剤注入率を算出する運転支援技術や,運転員の五感をセンサーで代替し,凝集良否を判断する技術を開発中である。

2.1 ニューラルネットワークによる凝集剤注入支援

AI技術の一つであるニューラルネットワーク(NN:Neural Network)は,データを基に自動的に熟練運転員の運転操作の傾向を高精度に抽出し,モデル化が可能である。一方で,原水水質が学習期間のデータ範囲を超える外挿条件となる場合,誤差が大きくなる懸念がある。さらに,計算過程の可読性が低く,説明性が得られない点が課題である。そこで,主要な影響因子である原水濁度と凝集剤注入率との関係を示す近似式をNNと組み合わせた近似式導入NNを構築した(図1参照)1)。これにより,外挿条件が発生したときにも原水濁度と凝集剤注入率の値間の関係が維持され,大幅な値のずれを防げると期待した。

加えて,原水水質(濁度,pH,水温およびアルカリ度など)と原水濁度の経時変化量を入力として,凝集剤注入率を算出する予測モデルを構築した。監視制御データは,学習用と評価用に分割して使用した。主要な影響因子である原水濁度と近似式導入NNで算出した凝集剤注入率の予測値との比較を図2に示す。全結合型NNの予測値は学習データの濁度最大値(55度)を超過するとなだらかな減少傾向に転じたのに対し,近似式導入NNでは増加傾向を維持している。このことから,学習データ範囲外であっても,近似式により原水濁度と凝集剤注入率の相関が保たれることが確認できた。

また,原水水質と原水濁度の上昇・下降が近似式導入NNの凝集剤注入率の予測結果に与える影響を把握するため,感度を評価した(表1参照)。アルカリ度,水温,原水濁度の上昇・下降による凝集剤注入率の予測値の変化は,知見と傾向が一致し,説明性を向上できる見込みを得た。今回開発した近似式導入NNは,熟練運転員の経験に基づく操作を自動的に見いだしてモデルに反映できたと言える。

図1|凝集剤注入率を算出する運転支援システムの概要図1|凝集剤注入率を算出する運転支援システムの概要原水水質から自動的に凝集剤注入率を算出する運転支援技術を提供する。凝集処理プロセスの知見を反映した近似式とNNを組み合わせることで熟練運転員の経験に基づく操作を自動的に見いだしてモデル化する

図2|原水濁度と凝集剤注入率の予測値との比較図2|原水濁度と凝集剤注入率の予測値との比較近似式導入NNでは,学習データ範囲外であっても,近似式を用いて原水濁度と凝集剤注入率の相関が保たれることを確認した。

表1|凝集処理プロセスの知見と近似式導入NNで抽出された傾向の照合結果表1|凝集処理プロセスの知見と近似式導入NNで抽出された傾向の照合結果近似式導入NNの感度解析で得られた傾向は凝集処理プロセスの知見と一致し,説明性を向上できる見込みを得た。

2.2 フロック画像を活用した凝集良否判断

畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional Neural Network)は,画像認識の手段として広く適用される機械学習であり,フロック(凝集により生じる粒子塊)画像に適用することで,従来,熟練運転員が目視で行っていたフロックの凝集状態の可否判断のモデル化が可能である。日立ではフロック画像とともに凝集沈殿処理に影響を与える原水水質・操作条件(濁度,pH,水温,凝集剤注入率および取水流量)を入力とし,沈澱水濁度を予測する回帰型CNNモデルを構築した。

夏期に水中監視カメラより撮影されたフロック画像および監視制御データを実サイトから入手し,構築した回帰型CNNモデルを評価した。結果として,原水水質が安定している期間では,原水水質・操作条件のみを入力とした全結合型NNと比較して沈澱水濁度の予測精度が向上した。このことから,原水水質・操作条件のみでは捉えられない凝集状態の変化をフロック画像から検知できたと推察される。本研究に関して,実サイトの冬期や融雪期などのフロック画像や監視制御データを入手し,年間を通じた沈澱水濁度の予測精度の評価を進める。

3. 浄水場運転のナレッジ蓄積・活用の取り組み

図3|大阪市水道局との共同研究のステップ図3|大阪市水道局との共同研究のステップ運転ノウハウを形式知化するナレッジシステムおよびAI技術を活用した運転支援,人財育成手法の確立をめざす。

浄水場の凝集沈殿処理のみならず,運転監視業務は,運転員の属人的な技術に依存する部分が大きい一方,近年の少子高齢化により熟練運転員は減少傾向にあり,ノウハウや技術の継承が困難となりつつある。こうした中,今後も少人数での運転管理体制を持続可能な環境の構築や人財育成に活用することを目的として,大阪市水道局と浄水場の運転ノウハウを形式知化したナレッジシステムを構築するとともに,AI活用による運転操作提案とノウハウ蓄積の自動化に向けた共同研究を開始した2)

本共同研究では,大阪市水道局がこれまでの浄水場の運転管理で得た豊富な知見や保有するデータを基に,日立のLumadaを活用して多種多様なデータを統計解析やAIなどで分析することで,運転ノウハウを形式知化するナレッジシステムおよびAI技術を活用した運転支援,人財育成手法の確立をめざしている。共同研究のステップを図3に示す。まず,ステップ1では,運転管理に関するノウハウの形式知化と,水質と設備異常などの対応方法のフロー化を行う。次にステップ2では,蓄積されたナレッジからAIで対処方法を自動提案し,運転支援を行う方法を検証・評価する。最後にステップ3では,異常を含む「対象」と関連する操作や運転条件などの「項目」の間の関係性をAIにより自動蓄積させ,その蓄積された結果がナレッジとして有効であることを検証する。さらに,人財育成のための研修などでの利用方法を検討する。

4. 用水供給事業における水運用最適化の取り組み

水道用水供給事業とは,一般家庭などへの給水を行っている市町等水道事業者へ水道用水を供給する事業である。埼玉県企業局は急激な人口増加に対応すべくダム開発により水源を確保し,浄水場にて処理した水道水を水道事業者の受水槽へ送水している。今後の課題として,水需要減少に伴う料金収入の減少,施設の老朽化,熟練技術者の退職など水道を取り巻く環境は厳しくなると見込まれている。日立は,水道用水供給事業と水道事業が連携して,地域全体として水道インフラの整備(統廃合含む),運用の最適化や維持管理の効率化を進めていくことが重要と考えている。

水道用水供給事業と水道事業の効率的な連携手法の一つに,用水変動供給がある。これは受水団体(市町等水道事業者)に対する現行の水道用水定量供給を変更し,受水団体の浄水場および配水場の配水池をバッファとして水道用水供給量(市町受水量)を柔軟に調整する手法である。これにより,需要に応じて自ら取水していた水量(自己水量)の変動を抑え,自己水施設の最適化(ダウンサイジング)を図ることが可能になる。水道用水変動供給を実現するための水道用水供給計画システムの概要を図4に示す。水道用水変動供給の実現は市町等水道事業者の自己水施設の更新コスト削減および水道用水供給事業者の水道用水需要の確保など水道事業の継続的維持に貢献する。本研究に関して,埼玉県企業局と共同で変動供給制度の実現可能性調査を進めている3)

図4|用水変動供給を実現するための用水供給計画システムの概要図4|用水変動供給を実現するための用水供給計画システムの概要需要予測,水運用計画技術をベースとして,事前に作成された自己水量の平準化パターンを実現するよう予測された水需要量や配水池貯水量上下限などの各種制約を満たす水運用計画案を立案する。自己水量平準化により自己水設備ダウンサイジングが可能となる。

5. 水道施設を活用したバーチャルパワープラントの適用

図5|水道施設を利用したVPP市場への導入図5|水道施設を利用したVPP市場への導入AC・RAからの電力削減要求により,配水池の水位を確保しつつ,ポンプの運転時間を調整することで電力調整を行う。

地球環境問題への意識の高まりにより,太陽光発電などの再生可能エネルギー設備や省エネルギー機器の普及,電力ひっ迫の対応として蓄電池の導入などが進んでいる。これら機器,電源の効率的な利用策としてバーチャルパワープラント(VPP:Virtual Power Plant)の構想がある。VPPとは蓄電池や電気自動車(EV:Electric Vehicle)などの蓄電設備を束ねて大きな電源とみなし,市場の消費電力に合わせて充放電することで,仮想の発電所として機能させる仕組みである。

VPPの構成を図5に示す。蓄電池などの電力調整リソースを制御するリソースアグリゲータ(RA:Resource Aggregator)と市場の電力過不足をRAに分配し調整するアグリゲーションコーディネータ(AC:Aggregation Coordinator)で構成される。ACは市場の状況により必要に応じて電力調整を要請し,RAは電力調整リソースの充放電を制御することで電力調整を行う。この電力調整リソースとして水道施設の活用が想定される。水道事業者はポンプの運転に大きな電力を使用しており,また,水を溜めるための配水池を保有している。このため,配水池の貯水量を適切に管理しつつ送水ポンプの運転時間帯を制御することで大きな調整力を生み出すことができる。

日立は水需要を予測して水道設備の条件に合わせ,ポンプ設備の安定・効率的な運転計画を立案する水運用計画システムを提供しており,この技術を応用することで,水道設備をVPPの電力調整リソースとして活用し,環境負荷低減に貢献していく。

6. おわりに

日立の水道事業は,情報・制御技術を将来的に監視制御システムおよびLumadaの上下水道事業向け総合デジタルソリューションなどに取り込み,水総合サービスプロバイダーとして,顧客が抱える課題解決とレジリエントな社会インフラの実現に貢献する。

謝辞

本稿で述べた浄水場運転のナレッジ蓄積・活用の取り組み,用水供給事業における水運用最適化の取り組みにおいては,大阪市水道局,埼玉県企業局などに協力・支援いただいた。深く感謝の意を表する次第である。

参考文献など

1)
渡部亜由美,外:運転員の経験を反映したAIによる凝集剤注入率の予測,令和3年度全国会議(水道研究発表会)講演集,2021巻,pp. 190〜191(2021.12)
2)
大阪市水道局,AI技術を活用した運転支援及び人材育成手法に関する共同研究について
3)
埼玉県企業局,埼玉県企業局水道関係技術開発共同調査について
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