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日本国内の水道事業体の資産の大半を占めている上下水道管路資産は,その多くが高度経済成長期に整備されていることから,老朽化が懸念されている,また,職員の高齢化や人員減少といった課題もあり,安心・安全な上下水道実現のためには,早急な対策が必要となっている。

本稿では,上下水道の管路に関して,事業体の抱える課題を解決するソリューションの開発事例として,五つの取り組みを紹介する。いずれも適切な管路維持管理業務を可能にするものとして有効であり,広く上下水道事業体が利用可能である。

目次

執筆者紹介

藤原 正和Fujiwara Masakazu

藤原 正和

  • 日立製作所 水環境ビジネスユニット 水事業部 ソリューション事業推進部 所属
  • 現在,水道事業体の管路向けデジタルソリューション事業に従事

氷上 渉Hikami Wataru

氷上 渉

  • 日立製作所 水環境ビジネスユニット 水事業部 ソリューション事業推進部 所属
  • 現在,水道事業体の管路向けデジタルソリューション事業に従事

陰山 晃治Kageyama Koji

陰山 晃治

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,下水道分野の維持管理・監視制御システムの研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 環境システム計測制御学会会員

菊池 信彦Kikuchi Nobuhiko

菊池 信彦

  • 日立製作所 研究開発グループ デジタルプラットフォームイノベーションセンタ エッジインテリジェンス研究部 所属
  • 現在,下水道向けセンシングシステム・光ファイバー通信方式の研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 電子情報通信学会会員
  • IEEE会員

長谷川 匠Hasegawa Takumi

長谷川 匠

  • 日立製作所 社会ビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 社会制御システム設計部 所属
  • 現在,下水道向け情報制御システムの開発に従事

1. はじめに

日本国内の上下水道管路資産は事業体の資産の大半を占めており,多くの管路が高度経済成長期に整備されていることから,老朽化が懸念されており,安心・安全な上下水道実現のためには,早急な対策が必要となっている。一方,職員の高齢化や人員減少が課題となっており,技術の継承や維持管理業務の効率化が強く求められている。その中で日立は独自に培ってきたデジタル技術とプロダクトを掛け合わせ,より事業体の業務に有効となるサービスの開発と事業化に日々取り組んでいる。

本稿では,その中で主に事業体の維持管理部門で幅広く共通して活用可能と考えられる五つの取り組みについて述べる。

水道管路の維持管理の効率化を目的とした漏水検知サービスと管路管理支援システムを最初に取り上げ,続いて下水道関連で,人による点検が困難だった管きょの点検でのドローン活用,確かな給電を実施するための光ファイバーマルチセンシング,さらには局所的豪雨において,管路構造を考慮した浸水防止ソリューションとして雨水ポンプ運転支援システムを紹介する。

2. 水道管路の維持管理を支援するサービス

水道における維持管理支援サービスとして,ここでは漏水検知サービスと管路管理支援システムを紹介する。

2.1 漏水検知サービス

漏水検知サービスは,独自開発の超高感度振動センサーを用いて水道管路を常設監視するもので,通信機能一体型の漏水検知センサーと,クラウド上にある監視プラットフォームで構成される1)

具体的には,水道管の制水弁に設置したセンサーが漏水点から伝搬してきた振動を計測し,計測したデータの解析結果からスコアリングをする。スコアはセンサーから監視プラットフォームに伝送し,画面上に表示することで漏水の疑いの有無を可視化する。このサービスにより,事業体では地中に敷設された管路の状態を現場に行かずに遠隔で監視することが可能となる。また,漏水の疑いがある範囲を絞り込むことができるため,漏水点を確認する調査業務の作業効率向上が期待できる。

本サービスは,株式会社日刊工業新聞社が主催する「第51回 日本産業技術大賞 文部科学大臣賞」を受賞2)しており,安心・安全かつレジリエントな社会インフラの実現に貢献できるサービスとして国内外に広く展開を予定している。

2.2 管路管理支援システム

水道普及率向上のため,過去の一定期間(1975年前後・1998年前後など)に集中して管路が敷設されたことから,今後の管路交換時期も一定期間に集中することと見込まれている。結果として,年度ごとの管路更新投資額が一定期間のみ非常に高額になることが予想され,長期的な更新計画立案を困難なものとしている。

今回紹介する管路管理支援システムは,この問題を解決するため,管路の更新基準年算出と管路更新に関わる投資額の平準化を行うことで,管路更新計画の立案を支援するものである。

具体的には,地中に敷設されているさまざまな材質・継手で構成される管路の情報のほか,前述の漏水検知サービスの監視プラットフォームなどに蓄積された漏水事故実績データを加え,独自の統計解析手法を用い管路の事故率を評価のうえ,管路の更新基準年を算出する。その算出された管路の更新基準年を基に,事業体の管路交換に対する年度ごとの投資額を可能な限り均一にすることで,管路更新投資額を平準化するものである。なお,投資額の均一化は管路のLCC(Life Cycle Cost:管路の初期敷設費用や維持管理費用などを足し合わせたコスト)が可能な限り最小となる額をベースにして実施する仕組みとなっている。

このシステムの導入効果としては,システム上で自動的に管路の更新投資額が年度ごとに算出されることで,担当者の管路更新計画作成業務の効率化に貢献するが,それ以外に,事業体運営のトランスペアレンシーとアカウンタビリティーに貢献できることも強調したい点である。公共性の高い事業体にとって,予算策定・承認プロセスにおいて,内部のみならず,議会や市民への説明がより明確で説得力のあるものとしてこのシステムの情報を活用できるという点も期待できると考える。

今後,日立としては,この管路管理支援システムを一つのデータレイクとして位置づけ,管路に関わるすべてのデータを集約・利活用することで,事業体の水道管路維持管理の最適化・高度化実現の支援をしていく(図1参照)。

図1|上水道管路の維持管理を支援するサービス図1|上水道管路の維持管理を支援するサービスデータの流れとその活用事例を示す。

3. 下水道管路の維持管理を支援するサービス

次に,下水道管路の維持管理支援ソリューションとして,ドローンを用いた下水道管きょ調査,光ファイバーによるマルチセンシング,雨水時のポンプ運転支援について紹介する。

3.1 ドローンを用いた下水道管きょ調査ソリューション

図2|ドローン,模擬クラック,飛行状況図2|ドローン,模擬クラック,飛行状況左上にドローン,右上に模擬クラック,下に下水道管きょでの撮影飛行状況を示す。

下水道管きょの維持管理は,これまで主として人による目視調査やテレビカメラ機で調査されてきた。しかし,一部の下水道管きょは高水位・高流速であることや硫化水素濃度が高いなど,人が入るにはリスクが高く,調査が困難な環境である。この課題に対し,日立はドローンを用いた下水道管きょ調査ソリューションの開発を,東京都下水道局・東京都下水道サービス株式会社との共同研究で進めている。具体的には,(1)下水道管きょ内の飛行および管内面の撮影に特化したドローン,(2)ドローンを地上から出し入れする導入装置で構成している。人は下水道管きょへ入らず,地上でドローン前方の映像をモニタで見ながら操縦し,安全に下水道管きょ内の映像を撮影できる。

それぞれの主な機能は以下のとおりである。

  1. ドローン
    ・飛行機能:直径500 mm,全体重量約2.5 kg。回転翼を6基搭載
    ・制御機能:壁面方向と天井面方向の離隔を計測する距離センサーおよび離隔を一定に維持する2点測位制御
    ・撮影機能:2,100万画素の汎用カメラ
  2. 導入装置
    ・目視外操縦支援機能:ドローン前方の映像を地上に表示するモニタ
    ・通信機能:ドローン前方の映像を電波で地上まで伝送できる送受信機
    ・回収機能:ドローンにつながる機体回収用紐の繰り出しや巻き取りが可能な巻き取り装置

このドローンと導入装置を用いて供用中の合流幹線(断面の幅5.0 m,高さ4.5 m,水深25〜30 cm)にて最大224 m先までの撮影飛行を実施し,壁面や天井,水面に接触せず安定して往復飛行でき,東京都下水道局の損傷判定Aランク相当の模擬クラック(白紙に描いた幅5 mmの黒線)を目視確認可能な映像で撮影できることを確認した。管内は地上に比べ高湿度にもかかわらず,事前加温などの対応により調査用カメラへの結露はなく,良質な映像を撮影できた。

このソリューションを用いることで,人による調査が困難な環境の下水道管きょであっても,安全に内部の調査が可能となる。そのような環境の下水道管きょほど老朽化が進行している可能性もあるため,より的確な補修や再構築工事の計画策定に貢献できると考えている。今後は各種寸法・形状の下水道管きょで撮影飛行を実施して課題をさらに明確化し,実運用に反映する計画である。さらに,撮影した映像から劣化箇所の候補を自動抽出する画像処理技術を組み合わせることで,調査業務の効率化を支援していく予定である(図2参照)。

3.2 光ファイバーマルチセンシングシステム

3.2.1 下水道光ファイバーを活用した管路の可視化

下水道管路の維持管理には,水位,水質,さらには管路内の環境をガスセンサーにより把握し,それらの情報を管理するために可視化が求められる。しかし,可視化のため管路内にセンサーと変換器を常設する場合,継続的に利用可能な電源がなく,また通信手段も必要である。そこで日立は,下水道管きょ内に敷設された光ファイバーの活用に着目した。光ファイバーを一般的な通信路としてだけでなく,光給電技術によってセンシング電源の供給路として利用することで,本課題を解決した。

下水道光ファイバーは,下水管路内に敷設された下水道施設間を結ぶ通信用光ファイバーケーブルである。下水道施設管理の高度化,効率化を目的として敷設が進んでおり,2020年度末の時点で,東京都をはじめとした都市部を中心に全国で総延長約2,227 kmが整備されている3)。また,光ファイバーは地下に埋設されているため,災害時の安全性が高い。東日本大震災の際にも通信障害は発生せず,各施設間の連絡や設備運転状態を把握するうえで大きな役割を果たした4)

3.2.2 光ファイバーマルチセンシングシステムの特長

図3|光ファイバーマルチセンシングシステム図3|光ファイバーマルチセンシングシステム光ファイバー通信・給電を活用したセンシングで,下水管路の状況をリアルタイムに把握する。

本システムは,子局,親局,GW(Gateway)から構成され,親局から子局へ,光給電技術を活用して波長多重通信により,1心の光ファイバーで給電と通信を行う(図3参照)。

1子局当たり最大4個のセンサー(防水コネクタで着脱可能)を接続することで,管路の状況を計測することができる。センサーの種類は,水位,電気伝導度,pH,ガス(硫化水素,シアン)をそろえている。

例えば,水位計や電気伝導度計で雨水流入を,pH計で異常水質を把握することができる。また,ガスセンサーによる硫化水素の測定は,ビルピットにおける異臭の発生源特定や,下水道管きょの腐食を管理するうえで重要な情報となる。子局は防水筐体であるため,水没の可能性がある場所にも設置できる。また,1心の光ファイバーに,総延長最大10 km以内の範囲で,5台の子局を接続できるため柔軟なシステム構築が可能である。GWは計測データを蓄積し,管理センターや下水処理場のシステムなどに提供する。また,本システムではGW内に計測データの解析機能を搭載しており,不明水・異常水質・初期雨水などの検知やメール発報が可能である。

3.3 雨水ポンプ運転支援システム

3.3.1 合流式下水道の現状と課題

合流式下水道のポンプ場では,下水処理区に降った雨水を速やかに排除して当該区での浸水防止を優先しなければならないが,降雨レベルによっては下水ポンプ場の水没,未処理簡易放流による環境汚濁負荷の増大などのリスクにも同時に対応した運用が求められる5)。現在でも,局所的豪雨など自動運転が難しく熟練運転員によるポンプの手動運転を行っている場合もあるが,今後,日本国内の少子高齢化に伴う熟練運転員の大量退職により,このようなノウハウが失われる懸念がある。

上記課題に対処するため,AI(Artificial Intelligence)を活用した流入予測により,適切な雨水ポンプ起動・停止計画案を運転員に提示する雨水ポンプ運転支援システムを開発している。

3.3.2 雨水ポンプ運転支援システムの特長

雨水ポンプが稼働するレベルの降雨の発生頻度では,AIの学習データとするには十分ではない。そこで,幹線水位や降雨量の実績データ,土地利用や管路構造などの下水管路情報に基づいて構築した水理シミュレーションを用いて,さまざまな降雨パターンに対する流入量を計算し,これらを学習用データとしている(図4参照)。

計画設計時には,ポンプ場運転情報(ポンプ・発電機の運転/停止,放流/送水量,阻水扉の開度など),幹線水位(光ファイバーマルチセンシングシステムなどにより収集可能),降雨量(雨量レーダー)の実績データと,水理シミュレーションにより作成したデータを学習用データとして流入予測モデル(学習モデル)を作成する。

運用時には,学習済みのモデルを推論モデルとしてリアルタイムデータを入力することで流入量を予測し,さらに,ポンプ場モデルでポンプ井水位などの予測を行い,予測結果に応じて運転支援ガイダンスロジックからポンプの起動停止タイミングを提示する。熟練運転員のノウハウを反映した運転支援ガイダンスロジックでは,水位優先,放流水質優先など運転方針に沿ったガイダンスを選択し,提示可能である。なお,流入量予測は,運転支援システムの運用を通じて蓄積されたデータを基に継続してパラメータを調整することで,精度向上を図る。

本システムはAI予測の信頼度を可視化するとともに,運転員が適宜介入できるHMI(Human Machine Interface)を具備しており,運転員は,「AI予測値」の確からしさを念頭に,AIと運転員が協働したポンプ運転を実現可能である。

図4|雨水ポンプ運転支援システム図4|雨水ポンプ運転支援システム流入予測モデル(学習モデル)の作成には,実績データに加え,水理シミュレーション結果も学習用データとして活用する。

4. おわりに

本稿では,上下水道管路の維持管理向けデジタルソリューションの開発事例を紹介した。これらは現在,国内水道事業体向けに事業展開を行っているが,それぞれの顧客の状況に応じ,より柔軟な形でサービスを提供できる工夫をしていく。また,海外への展開も今後視野に入れ,より多くの顧客に利用されるサービスの構築はもちろんのこと,継続的なサービス品質の向上のため関係者一丸となって対応していく。

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