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ハイライト

安心・安全で持続可能な下水道インフラを提供し続けるにあたっては,激甚化する豪雨,公共用水域の水質保全・豊かな海の実現,気候変動対応(脱炭素・省エネルギー),熟練運転員の減少・省人化といったさまざまな課題がある。日立は,設備導入といったハード的な取り組みに加え,データ活用,モデリング,AI活用といったソフト的な取り組み,そしてソフトとハードを接続するセンシングといったさまざまな角度から,このような課題の解決をめざしている。本稿では,これらの日立の下水処理を革新する技術の現状と展望を述べる。

目次

執筆者紹介

山野井 一郎Yamanoi Ichiro

山野井 一郎

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,下水道向け監視制御・情報システムの研究開発に従事
  • 博士(エネルギー科学)
  • 技術士(上下水道部門)
  • 電気学会会員
  • 環境システム計測制御学会会員

西田 佳記Nishida Yoshinori

西田 佳記

  • 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 所属
  • 現在,下水道向け監視制御・情報システムの研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 環境システム計測制御学会会員

小泉 賢司Koizumi Kenji

小泉 賢司

  • 日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ グリーンインフラシステム研究部 所属
  • 現在,上下水道向けデジタルソリューション技術の研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 日本オペレーションズ・リサーチ学会会員

宮川 浩樹Miyakawa Hiroki

宮川 浩樹

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 経営管理本部 技術開発部 所属
  • 現在,下水処理中の汚泥処理プロセスに関する運転ガイダンスシステムおよびサービス事業の開発に従事

1. はじめに

激甚化する豪雨,公共用水域の水質保全,熟練運転員の減少,施設の老朽化,人口・収入の減少,気候変動・脱炭素化への対応というさまざまな課題が山積する中,2014年に国土交通省により策定された「新下水道ビジョン」で述べられた,持続的発展が可能な社会の構築に貢献するという下水道が果たすべき使命は,ますます重要となっている。

それを実現するための加速戦略は継続的に見直されており,2022年度の見直しで特に強調されたキーワードに,気候変動,水環境管理,脱炭素がある1)。気候変動により常態化する豪雨は内水氾濫のリスクを高めるだけでなく,十分な処理ができないまま雨水を放流すると環境リスクも高める。また,栄養塩不足や赤潮など地域や季節によって水域の課題が異なっており,きれいで豊かな海の実現に向けて,下水処理制御など実情に応じた適切な水環境管理が求められている。さらに,日本の消費電力の0.7%を占める下水処理場は,省エネルギーによる脱炭素化に加えて汚泥の再生エネルギー化としての役割が期待されており,水処理・汚泥処理の効果的な運用が重要となっている。このような状況の中,先の加速戦略では,実現手法に下水道デジタルトランスフォーメーション(DX)が挙げられている。

ますます重要な役割が求められる下水道事業に対して,その運営を支援する日立グループでは,ソフトとハードの連携,AI(Artificial Intelligence),センシングと,デジタルを基盤としてさまざまな角度から課題解決に取り組んでいる。本稿ではこれらの革新的な最新技術と今後の展望について述べる。

2. 雨天時放流負荷を低減する下水処理技術

2.1 雨水対策にかかわる日立のソリューション

気候変動や管路老朽化が進む中,国土交通省から「雨天時浸入水対策ガイドライン(案)」2が発刊されるなど,近年では,合流式下水道に加え,分流式下水道でも雨水対策が進められている。日立では,管路・ポンプ場での対策技術に加えて,下水処理場での雨水対策ソリューションとして,軽微な改造で対応可能なハード対策とともに,経済性に優れたソフト対策である「運転管理の工夫」に着目し,モデル式やAIなどを活用した運転支援技術を開発中である(図1参照)。本章では,浄化機能を担う下水処理場を対象とした雨水対策ソリューションについて紹介する。

図1|日立の下水道向け雨水対策ソリューション群(開発・実証中含む)図1|日立の下水道向け雨水対策ソリューション群(開発・実証中含む)日立は,下水道における雨水リスク低減に向けた広範な雨水対策ソリューションを提供する。

2.2 雨天時処理の課題および開発技術の概要

雨天時処理では,最終沈殿池からの活性汚泥流出などを抑制しつつ,生物処理を最大限行い,簡易処理放流に伴う放流負荷を低減することが求められる。そこで日立では,軽微な改造にて最終沈殿池での固液分離性能を向上する傾斜板ユニット3)や,汚泥流出推定モデル4)などのモデル式を用いて,制約範囲内での最大処理水量を導出する運転支援システム4)を開発・検証してきた。汚泥流出推定モデルは,最終沈殿池での活性汚泥の沈降や移流を再現し,最終沈殿池から越流する懸濁物質(SS:Suspended Solids)濃度を予測する。

2.3 開発技術の検証

まず,傾斜板ユニットの検証結果の例を図2に示す。最終沈殿池での固液分離性能に課題がある下水処理場(合流式)の最終沈殿池に傾斜板ユニットを設置し,同じ運転条件の既存沈殿池と処理水質を比較した。その結果,傾斜板沈殿池では,既存沈殿池と比べて処理水質が向上し,有機物指標としてBOD(Biochemical Oxygen Demand:生物化学的酸素要求量)の放流負荷(処理水由来)を41%低減できた。

図2|傾斜板ユニットの設置による放流負荷の低減効果(実機検証結果)図2|傾斜板ユニットの設置による放流負荷の低減効果(実機検証結果)傾斜板ユニットによる固液分離性能の増大により処理水質を向上でき,既存沈殿池(対照系)と比べ,処理水にかかるBODの放流負荷を41%低減できた。

次に,運転支援システムの検証結果を図3に示す。分流式下水道だが,大雨時に簡易処理放流が発生する下水処理場において,汚泥流出推定モデルを含む各種モデルを用いて,さまざまな制約範囲内での最大処理水量(従来の1.2倍,簡易処理放流量70%減相当)を導出し,その妥当性を実施設での運転で検証した。その結果,処理水質は管理基準値以下となり,また,簡易処理放流時の時間当たり放流SS負荷(処理水と簡易処理放流水の合計)を59%低減できる試算結果を得た。これにより,モデルに基づく処理水量設定の妥当性および有効性を確認した。

今後,実施設への導入やさらなる検証・改良を通じて 開発技術の適用性を高め,雨天時下水処理における水質維持,放流汚濁負荷の低減,運転効率化に貢献していく。

図3|汚泥流出推定モデルなどに基づく最大処理水量での実機検証結果図3|汚泥流出推定モデルなどに基づく最大処理水量での実機検証結果モデル計算に基づき,従来の1.2倍(簡易処理放流量70%減相当)の処理水量を最大水量として設定し,実機検証を実施した。その結果,処理水SS濃度は管理基準値以下(有機物・窒素・リン濃度も同様)となり,また放流SS負荷も大幅に低減できる試算結果を得た。

3. 運転を効率化するAI下水処理支援技術

3.1 AI下水処理支援技術

図4|AIを活用した下水道向け運転支援システム図4|AIを活用した下水道向け運転支援システム水質データ・監視制御システムから収集した運転実績データを基に第一レイヤにて中期目標値を算出する。第二レイヤにて中期目標を達成する中で省エネルギーとなる操作量を算出する。

下水処理場では,下水の浄化処理に必要な空気を供給するブロワや,下水流入などに用いるポンプを日々操作している。従来は熟練運転員が本業務を担っているが,労働人口減少を背景とした担い手不足の課題がある。そのためAIを活用した維持管理効率化・技術継承の支援への期待が高まっている。日立ではクラウドをベースとしたO&M(Operation & Maintenance)支援デジタルソリューションを提供し,設備管理・運転管理の両面から維持管理業務を支援する技術を展開中である。本章ではAI活用の下水道向け運転支援技術を紹介する。

下水処理は,微生物群である活性汚泥を用いて下水中の有機物や窒素・リンといった栄養塩類を処理し,河川へ放流可能な水質まで浄化することを目的としている。ブロワや循環ポンプなどを適切に稼働することで良好な水質が得られるが,定性的には水質と消費エネルギーはトレードオフの関係にある。そのため,環境に影響を与えない範囲で目標水質を設定したうえで,設備の稼働を抑えた省エネルギー運転が課題となる。この課題に対応するため,人が持つ下水処理の知見とAIを組み合わせたハイブリッドな運転支援システムを開発している(図4参照)。

本システムは,まず第一レイヤ(目標水質診断AI)で,下水処理の物理的・化学的な特性と人の知見に基づいて過去の下水処理場の運転履歴を分析し,季節に応じた中期的な水質の目標値を定める。次に第二レイヤ(操作量演算AI)にて,時々刻々と得られる下水処理設備の運転データを学習し,ある運転をした際の設備の状態を推定する予測AIを保持する。この予測AIを活用し,水質に異常が発生しない(すなわち目標水質診断AIが導出した中期的な目標値から逸脱しない)範囲で省エネルギーとなる設備の操作量を探索する最適化AIを用いることで,省エネルギー運転を実現する。

3.2 埼玉県下水道公社との共同研究での実証

公益財団法人埼玉県下水道公社の管理する荒川水循環センター(埼玉県戸田市,処理能力約95万m3/日)にて,「AIを活用した下水処理の実用化に向けた共同研究」に参画し,開発技術の有効性検証に取り組んでいる。本共同研究は同センターの下水処理の一部の系列でAIを適用し,1年間試験的に運転することにより,温室効果ガスの排出量削減や維持管理費の削減,業務の効率化などが図れるかを研究する。評価期間は2022年1月〜2023年1月(提案時予定)で,実証システムを稼働して効果を確認中である。

4. AIを活用した効率的な汚泥処理運転支援技術

4.1 汚泥処理運転を支援する日立のソリューション

国内の下水処理事業においては,人口減少に伴い下水道料金収入が減少するため5),下水処理を効率化し維持管理費を削減するなど収益性の改善が喫緊の課題である。その中で汚泥処分費は維持管理費全体に占める内訳が比較的高く,直近の動向から今後は包括的民間委託を活用した汚泥処分費削減の取り組みが加速すると推察される6)

本検討では,汚泥処理工程において標準的に組み込まれている脱水工程および脱水機運転に着目し,IoT(Internet of Things)およびAI技術を用いた本工程の最適化によるサービス事業および技術を開発している。

スクリュープレスなどの濾過式の脱水機は,凝集などの前処理による汚泥の脱水性の適切な調質,および圧搾圧力・圧搾時間の向上によって脱水量が増加する特性を持つ7)。一方,実状として,(1)立ち上げ時設定以降は成り行きで運転しており,汚泥の脱水性変化に追従した調質・運転が困難であり,(2)脱水機の詳細を理解して運転できるのは限られた人財しかおらず,熟練者の勤務時間帯しか運転ができない,といった課題がある。そこで,汚泥の脱水性変化に対応する検知の早期化,および非熟練者でもガイドを参考にした運転が可能になることを目標に,AIを用いた画像解析による凝集監視,脱水良否の指標となる含水率(脱水後汚泥に含まれる水分量の割合)のオンライン連続測定が可能なセンサー,ならびに蓄積データの解析による脱水機運転ガイダンスを開発している(図5参照)。

図5|脱水機運転ガイダンスの構成と位置づけ図5|脱水機運転ガイダンスの構成と位置づけ汚泥の脱水性変化に対する検知の早期化,および非熟練者でもガイドを参考に運転が可能になることを目標に,AIを用いた画像解析による凝集監視,含水率のオンライン連続測定が可能なセンサー,ならびに蓄積データの解析による脱水機運転ガイダンスを開発中である。

4.2 ガイダンスシステムを構成する個別要素の課題と開発技術の概要

凝集による脱水性の調質において,汚泥の脱水性はフロック(凝集により生じる粒子塊)の沈降試験などから推定可能であるが,試験に時間がかかることから,現場での調質良否はフロックの目視判定を行っており,熟練者のノウハウに依存しているという課題があった。そこで,カメラで取得した画像データから汚泥の脱水性と相関の高い特徴量が抽出できないか,フロックの画像解析を検討している。

また,含水率は実験室で測定し結果を得るまでに時間がかかることから,現場での脱水良否は脱水後汚泥の触感や見た目から判断しており,熟練者のノウハウに依存しているという課題があった。そこで,含水率のオンライン連続測定について,近赤外分光法を軸にしたセンサーを開発している。本開発では分光器で計測したスペクトルに対する解析手法の工夫によって,比較的安価な分光器でも実用化可能な測定精度の確保を検討している。

さらに,フロックの画像解析結果と含水率センサーデータに既存の計器データを組み合わせて蓄積したデータを基に,AIによって脱水機の運転ガイダンスが構築できないか検討している。特にこれまで1日当たり数点しか取得できなかった汚泥の脱水性および含水率が連続的に測定されることで,データの質および量が向上し,AIの解析精度が向上することが期待される。

本技術は汚泥を削減するサービス事業として,2023年度のリリースをめざして開発を進めている。

5. おわりに

本稿では,安心・安全で持続可能な下水道インフラを提供し続けるために必要な技術として,デジタルを基盤とする革新的な技術について概観した。日立グループは水環境分野での長年にわたる製品・システム・サービスなどの実績を踏まえ,持続的発展が可能な社会の構築に貢献するという下水道が果たすべき使命達成に,引き続き貢献していく考えである。

参考文献など

1)
国土交通省,新下水道ビジョン加速戦略フォローアップ会合(令和4年度)
2)
国土交通省 水管理・国土保全局 下水道部,雨天時浸入水対策ガイドライン(案)(2020.1)(PDF形式、1.7Mバイト)
3)
佐々木暁,外:雨天時活性汚泥処理法における傾斜板ユニットを用いた最終沈殿池の長期実証,第58回下水道研究発表会講演集,pp. 299〜301(2021.7)
4)
西田佳記,外:放流負荷低減に向けた雨天時処理制御の検証,第59回下水道研究発表会講演集,pp. 316〜318(2022.7)
5)
国土交通省,第5回 下水道政策研究委員会 会議資料,資料3-1 下水道事業の事業管理に関する現状分析と課題(2014.2)(PDF形式、3.4Mバイト)
6)
公益社団法人日本下水道協会,処理場等包括的民間委託導入ガイドライン(2020.6)
7)
白戸紋平,外:圧搾過程の数値解析,化学工学,34巻,9号,pp. 936〜940(1970.9)
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