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ハイライト

すでにカーボンニュートラルは経済や経営に内在化されているが,さらに脱炭素から水資源利用,資源循環などへの取り組みが経済活動に求められつつある。これら持続可能な社会への転換は単独企業では成しえず,技術,運営,認証,金融支援などの業種を越えたステークホルダーの協力・連携が必要である。そこで,信頼をベースとしてこれらをつなぐプラットフォームを構想し,実現に着手した。本プラットフォームは,エコシステムやルール形成のビジョンレイヤ,情報や価値を流通させるデジタルレイヤ,物理的な装置などのフィジカルレイヤの3層から構成される。本稿では,構想の内容と,特にデジタルレイヤにおけるアプリケーションの理論と実装について述べる。

目次

執筆者紹介

堀井 洋一Horry Youichi

堀井 洋一

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 経営戦略本部 所属
  • 現在,持続可能社会への転換のためのプラットフォームの技術開発に従事
  • 博士(工学)
  • ISO TC323(Circular Economy)International Expert

森川 達也Morikawa Tatsuya

森川 達也

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 経営戦略本部 所属
  • 現在,持続可能社会への転換のためのプラットフォームの事業開発に従事

西野 瞬Nishino Shun

西野 瞬

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 経営戦略本部 所属
  • 現在,持続可能社会への転換のためのプラットフォームの事業開発に従事

福 康司Fukuzaki Koji

福 康司

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 経営戦略本部 所属
  • 現在,持続可能社会への転換のためのプラットフォームの戦略策定に従事
  • 博士(農学)

1. はじめに

日本政府が2050年までのカーボンニュートラルを宣言するなど,脱炭素の取り組みはすでに経済や経営に内在化されている1)。さらに,欧州を中心に効率的な水資源利用,生物多様性,資源循環,人権問題など,持続可能社会への転換(SX:Sustainability Transformation)を経済活動に求める動きが急激に加速している。このような複数の観点で経済活動が与える影響を総合的に捉えるために,日立は経済・社会・環境価値を定量化する手法であるe-ROICを開発した。これはプロジェクト,企業や団体,地域,国レベルで,脱炭素だけではなく,多様な価値を一つの数値で比較するもので,経済活動・施策の評価や意思決定に適用可能なツールである。

しかしながら,SXは個々の経済活動の指標化だけでは実現しない。複数のステークホルダーが協力して,指標に基づいた経済活動の変革を実行可能にするバリューネットワークの構築が必要である。すなわち,SXに貢献する経済活動が相互に連携して,製品や情報,資金が最適に流れるプラットフォームが必要である。

このとき,SXへ貢献しているかどうかといった信頼性の流通が重要となる。2019年の世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で,安倍元首相は「新しい経済活動には,DFFT(Data Free Flow with Trust)が最重要課題である」と提言し,これを受けて発行されたトラストの構築に関する白書の中でトラストガバナンスフレームワークが提唱された2)。本構想は,この考え方に基づいて設計されている。

2. 持続可能な社会への変換のためのプラットフォーム

2.1 対象と構造

図1|対象ステークホルダーと3レイヤ構造図1|対象ステークホルダーと3レイヤ構造(a)本構想の対象であるソリューションプロバイダ,事業者,金融機関の情報をセキュアに認証機関に伝え,SXへの貢献度を認証する。(b)本構想はビジョン,デジタル,フィジカルの3レイヤから構成される。

SXの実現のためには,消費者や政府・自治体,メディア,NGO/NPO(Non-governmental Organization/Non-profit Organization)なども重要なステークホルダーであるが,まずは持続可能な社会への転換に不可欠な四つのステークホルダーを対象とする[図1(a)参照]。ソリューションプロバイダは,製品やソリューションを提供し,事業者は製品やソリューションを用いて事業を実行する。これらの製品やソリューションおよび事業運営のSX貢献度を評価,認証するステークホルダーが認証機関であり,これらの認証を基に適切な事業者に金融機関が資金を提供する。

ソリューションプロバイダにとって,自社製品やソリューションがSXに貢献することが簡易に認証されれば,製品の価値が向上し,SXを志向する顧客(事業者)にアピールできるといったメリットがある。事業者にとっては,消費者などの最終顧客へ訴求できるとともに,SXに特化した融資を受けることができる。また,認証機関は認証対象を拡大し,認証手続きの一部を自動化できる。金融機関はスチュワードシップコードなどに沿った融資の提供先を獲得できる,といったメリットがある。本構想はこのように,SXへの貢献といったトラスト情報を流通させる基盤であり,さらに四つのステークホルダーが取り引きを行うマーケットプレイスでもある。

本構想は,三つのレイヤの活動から構成される[同図(b)参照]。フィジカルレイヤは,装置などのハードウェアを含む現実世界のソリューションや事業運営であり,各種の具体的なユースケースを推進中である。デジタルレイヤはさらに3層から構成される。現実世界をセンサーなどを通じて情報空間に写し取るサイバーフィジカルレイヤ,デジタルデータを価値に変えるバリューレイヤ,そしてデータの信頼性・透明性・秘匿性を担保するトラストレイヤである。ビジョンレイヤは同じ価値観を共有する仲間づくりの場であり,具体的にはコンソーシアム,標準化,ルール形成や法規制などのエコシステムである。SXを実現するためには,フィジカル・デジタルレイヤにおけるIT・OT(Operational Technology)・プロダクトだけでは不十分であり,ビジョンレイヤからのガバナンスが重要となる。本構想は認証に担保されたトラストを流通させるサービス,すなわちCertification as a Serviceと言える。

2.2 トラスト流通のフレームワーク

各ステークホルダーが経済活動を通じてSXに貢献していたとしても,特に収益に直接関係するような場合は,SNS(Social Networking Service)などでグリーンウォッシュ※)と見なされ炎上するおそれも排除できない。これは,信頼(=トラスト)の問題であり,SXに貢献していることを正しく伝達し,流通させる必要がある。

本構想では,世界経済フォーラム,経済産業省,日立製作所が共同で発行した白書で提案された「トラストガバナンスフレームワーク」の考え方を用いる2)。トラストは「主観」であり,客観的な「事実(トラストワージネス)」を根拠としている[図2(a)参照]。また「ガバナンス」により,この事実が蓄積される。

これを本構想に適用した場合の各ステークホルダーのトラスト構造を同図(b),(c),(d)に示す。SXに貢献していることを信頼してもらうために(同図上段),事実を蓄積する必要がある(同図中段)。ここでは蓄積された事実を他のステークホルダーに伝達するために,可視化が重要な機能となる。さらに,事実の客観性・信憑性は,認証機関のデータ検証や現地・現物調査により担保される(同図下段)。

※)
環境に配慮しているように見せかけて,実態はそうではなく,環境意識の高い消費者に誤解を与えるようなこと。

図2|トラストガバナンスフレームワーク図2|トラストガバナンスフレームワーク(a)WEF(World Economic Forum)白書2)によるトラストガバナンスフレームワークと,これを本構想に適用した(b)ソリューションプロバイダ,(c)事業者,(d)金融機関のトラスト構造の例を示す。

3. 経済活動のSX認証アプリケーション

3.1 アプリケーションの概要

前章で述べた構想を基に開発したアプリケーションについて説明する。図3上段に示すように,四つのステークホルダー向けの,(1)から(8)のアプリケーションを開発した。(3)はソリューションプロバイダと事業者をつなぐマーケットプレイスであり,その他の七つはトラストを流通させるためのアプリケーションである。

まず,ソリューションプロバイダが,自社の製品・ソリューション情報,効果指標などSXへの貢献に関する情報を入力し,認証機関に申請する[(1)]。これを受けて,認証機関はソリューションプロバイダからの情報を基に,指標の再計算や現地・現物調査を行い,各項目がSXに貢献しているかどうかを審査する[(2)]。事業者は,認証された製品・ソリューション情報を検索し,導入する[(3)]。また,製品・ソリューションを導入後,自社が運営する事業のSXへの貢献に関する情報を入力し,事業全体のSXへの貢献の認証,および融資を申請する[(4)]。認証機関は,事業者からの情報を基に,指標の再計算,現地・現物調査を行い,各項目のSX貢献度を審査する[(5)]。また,金融機関は,事業者の事業計画を精査し,認証機関の審査結果を参考に,最適な金融商品,融資の可否を判断する[(6)]。ここで,金融機関が提供する金融商品自体についても認証を申請し[(7)],認証機関はこれを審査,認証する[(8)]。それぞれのアプリケーションにおいて,ソリューションや製品がSXに貢献していることを証明するDPP(Digital Product Passport)が発行される。DPPは現在,ISO(International Organization for Standardization)やIEC(International Electrotechnical Commission),ITU-T(International Telecommunication Union-Telecommunication Standardization Sector)などで標準化が進められている。

図3|本構想のアプリケーション群図3|本構想のアプリケーション群本構想のデジタルレイヤにおけるアプリケーション群(上段)と画面表示例(下段)を示す。画面表示例は,左より認証の申請[(1),(4),(6),(7)],認証の審査[(2),(5),(8)],ソリューション検索[(3)]である。

3.2 資源循環の可視化

図4|資源循環の可視化例図4|資源循環の可視化例(a)事業者が調達,出荷する資源の流れを種類別に表示するサンキーダイアグラム,(b)サプライチェーン全体の資源の流れの可視化の例である。

さらに,資源循環の可視化のために,二つの表現方法を実装した。一つは,ある事業者が調達,出荷する資源の流れを資源別に表示するサンキーダイアグラムである。これは,事業者がどのような資源を調達し,出荷しているかを示す図であり,認証機関や金融機関が審査に利用する。図4(a)の例では,左側が入力(調達)する資源であり,上半分が再利用された資源のサーキュラーインフロー,下半分がバージン材などのリニアインフローである。また,右側が出力(出荷)する資源を示し,上半分が再利用可能なサーキュラーアウトフロー,下半分が埋め立てや焼却など再利用しないリニアアウトフローを示す。

上記は一つの事業者の入出力の流れであるが,サプライチェーン(バリューネットワーク)全体の流れを示した新たな可視化方法を図4(b)に示す。円環および円内部の流れが資源ごとのサーキュラーインフローおよびサーキュラーアウトフローであり,円環の外から入り,外へ出ていく流れが,それぞれリニアインフロー,リニアアウトフローである。これにより,認証機関や金融機関は,個別の事業者だけでなく,サプライチェーン全体の資源循環を審査できる。

4. おわりに

本構想の受容性を調査するために,約30社のステークホルダーにヒアリングを実施した。その結果,ソリューションプロバイダや事業者からは,サステナブルなソリューションを提供・導入するためのマーケットプレイスとしての期待は高い一方で,ソリューションプロバイダからは自社製品・サービスに関する技術情報が競合他社に漏洩することへの警戒感が示された。したがって,サステナブルであることを審査・認証する認証機関以外への情報漏洩を防ぐブロックチェーンなどのセキュリティ技術の実装が重要である。また,ソリューションプロバイダの製品・サービス,事業者の運営する事業が第三者による客観的なサステナブル認証を取得できることに対する期待が高かった。認証機関には,認証発行のためのデータトラストを担保する機能が有効であることを理解してもらった。金融機関からは,これまでもさまざまな視点でサステナブル審査を行ってきたが,非常に手間と時間を要しており,工数低減と融資先の拡大に期待が寄せられている。

今後,本活動の目的である「次世代につなげる循環経済社会を実現するために,サステナブル証明を価値に変換し流通させる仕組みを構築し,各ステークホルダー間の連携により持続可能な商品・サービスを提供可能にするプラットフォームの実現」に向けて,水資源利用の効率化をはじめ,さまざまな産業におけるビジョン,デジタル,フィジカルの3レイヤを具体的に推進する。

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