ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

ハイライト

製造業において熟練者の業務ノウハウをどのように継承していくかが課題となっている。多くの製造現場では,既存システムにデータが散在しており,それを人がつないで業務判断をしている。そこで日立製作所が開発した「構造化情報一元管理技術(SIMT)」を活用し,既存システムに散在するデータを統合的に管理することでモノづくりにおける属人的な業務ノウハウをデジタル化するとともに,業務遂行に必要な一連の情報を適切なタイミングでユーザーに自動提供する情報一元管理プラットフォーム「WIGARES」を開発した。業務ノウハウをデジタル化・共有化・統合管理するWIGARESをLumadaソリューションとして製造業に幅広く提供するとともに,他のデジタルソリューションとWIGARESを連携させることで,CPSの構築によるプラント操業自動化をめざし,製造業における事業価値の向上およびレジリエンス(企業の事業継続性)の追求を通して持続可能な社会の実現に貢献していく。

目次

執筆者紹介

青山 直哉Aoyama Naoya

青山 直哉

  • 日立製作所 インダストリアルデジタルビジネスユニット ソリューション&システム事業部 産業第2ソリューション部 所属
  • 現在,PA業界を対象とした,DXの活用によるプラント操業業務の革新に向けたソリューション導入,提案活動に従事

山田 寛Yamada Hiroshi

山田 寛

  • 日立製作所 インダストリアルデジタルビジネスユニット ソリューション&システム事業部 産業第2ソリューション部 所属
  • 現在,PA業界を対象とした,DXの活用によるプラント操業業務の革新に向けたソリューション導入,提案活動に従事

天野 光司Amano Koji

天野 光司

  • 日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ DXエンジニアリング研究部 所属
  • 現在,データ活用による制御システムの高度化,ディペンダビリティの定量的評価,制御自動化の研究に従事
  • 電気学会会員
  • IEEE会員

山本 浩貴Yamamoto Hiroki

山本 浩貴

  • 日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 社会課題協創研究部 所属
  • 現在,産業向けGX,プラントDXなどのソリューション開発に従事
  • 博士(工学)
  • 化学工学会会員

1. はじめに

2050年には,カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに代表されるサステナブルなモノづくりに到達する必要がある。そのため,デジタルトランスフォーメーション(DX)の動きが勢いを増し,その重要性はますます高まっている。

このような中,日立はLumada※)をはじめとしたデジタル技術と協創で,サステナブルなモノづくりの実現,およびモノづくりで働く人々の業務の質,生活の質を引き上げることによりQoL(Quality of Life)の向上をめざしている。

※)
データから価値を創出し,デジタルイノベーションを加速するための,日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション,サービス,テクノロジーの総称。

2. 製造現場が描く将来像と課題

図1|プラント操業自動化を実現するロードマップ図1|プラント操業自動化を実現するロードマッププラント操業自動化をめざし,現状を捉え,めざすべき先を設定する。

モノづくり,特に製造業の現場(プラント)では将来的に操業自動化にかじを切っていくと考えられる。現場で発生したトラブルに対し,システムからプッシュ型で気付きを与え,人に対し働きかける支援を実施する。その後の一連の業務についても,システムが適切にサポートし,円滑な業務をアシストする。このような将来では,サイバーとフィジカルが融合し,デジタル化された業務は高度化されたシステムが担い,省人化されていくと考えられる。そして人の役割は環境・レジリエンス・安心・安全などの主要課題と向き合い,新しい価値の創生に注力していくことが主になる。

プラント操業自動化に向けたロードマップを図1に示す。エッジとなる現場システムおよびデータIT・社外を含めた外部システムとデータをつないで業務のデジタル化を進めることが重要となる。ロードマップを実現するためには,製造現場の現状をしっかりと把握したうえで課題・問題点を抽出し,めざすべき実現可能な目標を設定し,自動化レベルに沿ってステップアップしながら計画立案することが重要となる。

また,製造現場における課題として業務の属人化が指摘されている。製造オペレーション,保守・保全,生産管理などの業務を,熟練者が長年の経験で培った知識・ノウハウを基に,システム・書類・他部署リソースにアクセスして行っているためである。また,熟練者の高齢化・労働人口の減少の問題もあり,属人化しているノウハウをデジタル化・共有化し,ノウハウの消失防止・業務の効率化に取り組むことが重要な課題となっている。

3. 情報一元管理プラットフォームWIGARES

3.1 WIGARESによる価値創出

WIGARES(ウィガレス,Wisdom,Gather,Refined,Spaceを組み合わせた造語)が生まれた背景について説明する。従来から,業務スキルの平準化のために,熟練者の培ったノウハウをマニュアル化する取り組みや,業務効率化のための新システムの導入,書類の電子化などによるデータ整理が進められてきた。しかし,その取り組みの効果は限定的であり,期待された効果の刈り取りができていないのが現状である。これは人がハブとなり,各業務を行っていることが主な原因であると考えられる。この状態を続けてしまうと,属人化を引き起こすだけでなく,特定の人に業務が集中して情報共有に遅延が生じ,価値創造力が低下するなど,さまざまな損失が見込まれる。

そこで,WIGARESはそれらの業務ノウハウをデジタル化することにより,さまざまな場面で業務効率化に貢献するツールとして開発された。

期待される効果の一つ目は,業務の属人的な偏りを解消し,高いレベルで技術を維持すること(高位平準化)である。ベテラン作業員と若年作業員では埋めることが難しい経験の差があるが,WIGARESを活用することで,ベテラン作業員が最短でより良いノウハウにアクセスすることが可能となり,業務レベルに磨きをかけることができる。また,若手はベテランの経験ベースの情報源を活用することで,業務レベルを大幅に向上できることから,高位平準化が図れる。

効果の二つ目は,業務情報のアクセス性向上である。WIGARESは,必要な情報を必要な人へリアルタイムで知らせることができる。これにより,必要なマニュアルや過去事例を探す手間を省くことができ,業務効率化が可能となる。

結果として,WIGARESを業務に用いることで業務ノウハウのデジタル化が図られ,残業削減や業務共有の迅速化など主要KPI(Key Performance Indicator)に沿ったさまざまな価値を生み出すことができ,ひいては企業価値の向上にもつながると考える。

3.2 WIGARESのコア技術「SIMT」

WIGARESでは3.1節にて説明した価値を,「構造化情報一元管理技術(SIMT:Structured Identifier Management Technology)」を活用することで創出する。WIGARESは,データと業務をつなぐキーである構造化ID,関係リンク,自己学習という三つの要素から構成される。構造化IDとは,取り扱うデータや情報に付される唯一無二の階層化されたID,つまりコンピュータが理解できるデータの名前である。関係リンクとは,任意の階層での構造化IDどうしの相関関係のノウハウの定義である。例えば,Aという事象が起きると,Bという事故が起こることが多いというナレッジをFrom-Toの関係にひも付けて蓄積する。自己学習とは,業界で使われる用語の定義や言葉の使い方について自動で関係リンクを構築していくことである。さらにエンジニアリングツールは,ユーザーが独自に各プラントでSIMTを育てていくためのツールであり,SIMTの環境構築のために不可欠な要素である。

構造化IDと関係リンクを用いた情報のプッシュ型通知の例を図2に示す。

図2|構造化IDおよび関係リンクを活用したSIMTデータハンドリング例図2|構造化IDおよび関係リンクを活用したSIMTデータハンドリング例制御システムからアラームが発報された際に,対処マニュアルとともにユーザーに提供するユースケースを示す。

これは,制御システムからアラームが発報された際,対処マニュアルとともにユーザーに提供する事例となる。まず,システムAのDCS(Distributed Control System)が発報した,故障を知らせるアラームを取得する。取得したアラームは構造化IDによりインプット(From)情報としての内容を認識する。次に,インプット情報にひも付くナレッジデータを特定するため関係リンクを参照する。ここでインプットのアラームにナレッジとしてひも付けられているアウトプット(To)情報,ここではマニュアルAを特定する。このアウトプット情報であるマニュアルAの保存先を再度構造化IDにて特定し,対象データとなるマニュアルをシステムBから取得する。最後に得られたマニュアルと,インプットとなるアラームを連結(From-To)して,ユーザーにプッシュ型で通知するという流れになる。

この機能を活用することにより,これまで人がシステムとのハブとなっていた属人的な業務を,システムに委ねることができる。例えば,従来はDCSより発報されたアラームをオペレータが検知すると保守員や上司などに連絡したり,判断に必要な情報を書棚やファイルから探したりすることでアラームに対応していた。SIMTにより,このアラームが発報した瞬間に他部署にも同時に通知され,必要なマニュアルや過去データが提示されると,対処方法が瞬時に判断可能である。このため,オペレータが経験の少ない若手であってもベテランと同等の業務が遂行でき,高位平準化が図れるといった価値が期待される。

3.3 WIGARESの特長およびユースケース

WIGARESの特長・強みを図3に示す。代表的なものとして,既存システムとの融合がある。WIGARESは,現在ユーザーが使用しているシステムを大規模に変更することなく,それらのシステムと融合できる。また,ノウハウの組み合わせをベースとしている技術のため,情報を足したり引いたりすることが容易である。このノウハウは,ユーザー属性にひも付けて管理できるため,ユーザーごとに必要な情報を必要なタイミングで取得することが可能となる。

次に導入後のユースケースを示す。一つ目として高度保守の実現について図4に示す。予兆診断システムだけでは,今後生じる異常を検知した後の対処法については人のノウハウが必要であった。WIGARESは,予兆を検知した後の対処に必要な運転や保守などの関連情報をまとめて提示することができる。このため,予兆を検知した際に同時に処方箋を発行し,それを参考にすることで,誰もが迅速な対応が可能となる。

図3|WIGARESの特長・強み図3|WIGARESの特長・強み既存システムとの融合をはじめとした,WIGARESの代表的な特長,強みを示す。

図4|予兆診断システムとの連携による高度保守の実現図4|予兆診断システムとの連携による高度保守の実現予兆診断システムの予兆検知情報をWIGARESで取得し,必要な保守情報をまとめて提示する。

図5|多システム連携による業務最適化図5|多システム連携による業務最適化MES,4Mデータベース,欠品予測システムなど各種システム内の情報を連携し,複数システムをまたいだ複雑な業務の遂行を支援し,従来は別々のシステムで行っていた一連の業務の統合を実現する。

二つ目として,多システムとの連携による業務の最適化について図5に示す。従来は個別のシステムとして行っていた業務を統合し,一連の業務として遂行できるようになる。具体的にはMES(Manufacturing Execution System)から生産スケジュール,出荷情報,在庫情報を定期的に欠品予測システムに送信する。次に欠品が起こりそうな品目を欠品予測システムから自動で影響範囲を特定するよう4M(Human,Machine,Material,Method)データベースに依頼する。その後,4Mデータベースにて欠品発生状況を予防し,MESにフィードバックすることで在庫の適正化を自動で支援することが可能になる。

WIGARESは,2020年度より大手化学メーカーのプラントに安定稼働と働き方改革を目的として試験導入された。プラント内の特定の設備を中心とした業務ノウハウのデジタル化について検証を進めている。

4. おわりに

WIGARESは使用し続けることで価値を向上させるソリューションである。そのため導入がゴールではなく,継続的に使用し業務ノウハウを学習することで成長し,最終的にはあらゆる事象がデジタル化されてWIGARESを中心としたプラント操業自動化を実現できる。これによって,業務効率化・知の伝承はもとより,業務ノウハウのデジタル化によるプラント操業自動化につながるものと考える。

参考文献など

1)
日立製作所:年次報告書「日立 サステナビリティレポート2022」,日立製作所IR資料(2022.9)
2)
山本浩貴:カーボンニュートラル社会に貢献する化学プラントのDX,化学工学会プラントオペレーション分科会 第158回研究会(2021.10)
3)
澤登勇:社外セミナー報告,Hitachi Social Innovation Forum 2021 JAPAN(2021.10)
Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。