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COVER STORY:ACTIVITIES 1

富谷モデルの水素サプライチェーンを全国へ

既存物流網と水素吸蔵合金の活用で安心・安全を実現

ハイライト

日本では東日本大震災を機にエネルギー政策の大幅な見直しが行われた。その結果,自然エネルギーとして太陽光や風力などの活用が進展したが,これらのエネルギーはその特性から主電源になりにくい。こうした中,新しいエネルギーとして水素が注目を集めている。現在,水素社会実現に向けて全国でさまざまな施策が推進されており,中でも重要な取り組みの一つとして水素の製造・貯蔵・利用まで一貫したサプライチェーンの構築が挙げられる。水素サプライチェーン構築に向けて積極的な取り組みを進めている宮城県富谷市の事例について,それぞれのプロジェクトに携わったキーパーソンに話を聞いた。

目次

新エネルギーとして期待される「水素」

若生 裕俊若生 裕俊
宮城県富谷市 市長
宮城県富谷市出身。家業の農業を継ぎ,仲間とブルーベリーを栽培して富谷の特産品とする。31歳で起業しCADシステムの会社を設立。その後,民間指定確認検査機関を設立。レストラン「ザ・テラス」をオープン後,スローフード運動に取り組み,初代の日本代表と国際本部の執行役員も務める。東日本大震災後には被災地支援として「復興屋台村気仙沼横丁」をオープン。電力会社を設立して大規模太陽光発電所「とみやソーラーガーデン」建設・稼働。2015年富谷町長に当選。2016年市制施行により初代富谷市長。

目まぐるしく変化する世界のエネルギー情勢などを背景に,従来の主なエネルギー源であった石油・天然ガスのサプライチェーンもまた大きく変容しており,世界各国でエネルギー問題が喫緊の課題として浮上している。

このような状況下で,新しいエネルギーとして注目を集めているのが水素である。これまで,地球温暖化への対応策として太陽光や風力といった自然エネルギーへの転換がグローバルに推進されてきたが,これらのエネルギーは季節や気象条件などによって発電量が変化するため,依然として主電源として用いるには課題がある。

一方,水素は電気を使って水から取り出すことができるほか,石油や天然ガスなどの化石燃料,メタノールやエタノールなど,さまざまな資源からつくることが可能という点で生成方法の選択肢が多く,酸素と結びつけることで発電したり,燃焼させて熱エネルギーを取り出したりもできる。また,燃焼時にCO2を排出しないという優れた特長も有していることから,バイオマスエネルギーなどの再生可能エネルギーと組み合わせることで,脱炭素化に大きく貢献するものと期待されている。

日本政府は,2017年12月に水素に関する国家戦略を世界で初めて策定した。パリ協定で示した目標を視野に入れながら,燃料電池車や水素ステーションの普及促進といったモビリティ分野における取り組みを推進しているほか,国際水素サプライチェーンの構築なども含め,水素社会実現に向けた動きを加速させている。

自然エネルギーに恵まれず水素に着目

藤本 洋一藤本 洋一
丸紅株式会社 新エネルギー開発部 シニア・アドバイザー
1985年丸紅株式会社入社後,一貫してエネルギー分野の海外営業に従事する。2012年に当時の国内最大規模のメガソーラー事業投資を行った後に,水素・燃料アンモニア・バイオジェット燃料の事業開発を行う新エネルギー開発部の創設を経て,現在同部のシニア・アドバイザーを務める。

こうした中,地産地消型の水素サプライチェーンを構築するという先進的な取り組みを推し進めてきた地方自治体がある。「住みたくなるまち日本一」をスローガンに掲げる宮城県富谷市だ。1889年の市町村制施行時点では富谷村であったが,村から町へ,町から市へと発展を続け,1960年の国勢調査以来,人口が増え続けている「成長し続ける」都市である。

なぜ同市がこのような取り組みをすることになったのか,若生裕俊市長はその理由についてこう明かす。

「市長就任以前から,民間で太陽光発電所を立ち上げるなど環境問題に取り組んできましたが,東日本大震災を機に,一層脱炭素や再生可能エネルギーを推進していく必要性を感じていました。とはいえ,富谷市は風力,水力,地熱といった自然エネルギーには恵まれていません。そこで,太陽光から水素を生み出すことができないかと考えたのです。」

ちょうどその頃,宮城県の環境政策課を通じて,環境省が水素サプライチェーン実証事業の公募をしているという情報を得た若生市長は,すぐに丸紅株式会社 新エネルギー開発部 シニア・アドバイザーの藤本洋一氏に協力を依頼した。さらに,九州地方での発電事業を通じ同社と共同でカーボンニュートラルの取り組みを立ち上げようとしていた日立も加わり,実証事業に採択されることをめざして三者による検討がスタートした。

丸紅は,電力事業や燃料事業のビジネスを長きにわたって実施している。電力事業では,EPC(Engineering, Procurement and Construction:設計・調達・建設)やIPP(Independent Power Producer:独立系発電事業),燃料事業ではLNG(Liquefied Natural Gas:液化天然ガス),石油開発などにおいて長期の投資を通じ,さまざまなプロジェクトを成功に導いてきた成功体験がある。また日立も,電力をはじめとするエネルギー事業には長い歴史を有している。

しかし,富谷市を中心とする三者による当初の提案は,残念ながら採択に至らなかった。その理由について,プロジェクトの将来構想などを担った藤本氏は次のように振り返る。

「そもそも宮城県東京事務所に出向していた富谷市の職員などが当社に水素事業立ち上げの相談に来たのが一番初めのきっかけでした。当初,水素から製造した電気や温水は市の特産物であるブルーベリー栽培のビニールハウスや高齢者向けの施設に利用しようと考えていたのですが,あれもこれもと取り込みすぎたのがよくありませんでした。東北地方で最も水素を利用しているJAXA(Japan Aerospace Exploration Agency)の角田宇宙センターに富谷市で製造した水素を使ってもらおうと,JAXAの副理事長の承認まで取り付けに行ったりもしたのですが,総じて将来に向けての普及性の観点が十分でなかったことが,採択されなかった原因だと思います。」

既存物流網を持つみやぎ生協の参画

大原 英範大原 英範
コープ東北サンネット事業連合/みやぎ生活協同組合 環境管理室 室長補佐
1996年に入協し,2か月後にISO14001専従となり,1997年に全国の生協で初めての認証を取得し,主任内部環境監査員を取得。全国の生協のISO14001構築や内部監査等の協力を行うなどの業務を経て現職に至る。

一度目の挑戦は失敗に終わったものの,三者は再チャレンジに向けて,新たな提案の検討を開始した。そうした中で,新しいサプライチェーンの構築に向け,みやぎ生活協同組合に加わってもらうことを考えたという。プロジェクトのまとめ役を務めた日立製作所 水環境ビジネスユニット スマートユーティリティ本部の後藤田龍介本部長は語る。

「サプライチェーンを世の中に普及させるにあたって重要なのは,やはり経済性です。製造した水素を需要家のところに送るための,輸送コストを下げる必要がありました。そこで,全国に物流網を持つみやぎ生活協同組合の協力があればうまくいくのではと考えたのです。」

みやぎ生活協同組合は,1997年に全国の生活協同組合で初めてISO14001の認証を取得して以来,積極的な環境保全活動を展開しており,生協事業におけるCO2の総量削減,事業からの廃棄物の削減・再資源化,環境に配慮した地域社会の構築,商品事業における環境配慮という四つの重点課題の解決を掲げている。プロジェクトの設備運転管理や配送などを担当した,みやぎ生活協同組合 環境管理室室長補佐の大原英範氏が,プロジェクトに参画した経緯を語る。

「従来,私たちはISO14001の考え方に基づき,自らの事業の範疇において,環境に関する活動や提言を推進してきました。しかし,東日本大震災による原発事故を受けて,再生可能エネルギーを自ら普及・拡大するという方向に舵を切り,2021年度にはパリ協定が締結された2013年比でCO2の70%削減を達成しました。そして,RE100(Renewable Energy 100%)の電力調達に向けた取り組みや,バイオマス発電などの再生可能エネルギー事業に出資するなどの活動を続けていたところ,今回のプロジェクトに誘っていただきました。」

地産地消型の水素サプライチェーンが完成

後藤田 龍介後藤田 龍介
日立製作所 水・環境ビジネスユニット 環境事業部 スマートユーティリティ本部長 兼 カーボンニュートラル推進室長
1987年日立プラント建設株式会社松戸研究所に入社し,ビル・工場・クリーンルームなどの空調設備に関わる研究開発に従事したのち,2015年から水素技術の開発業務に取り組む。2021年より水・環境ビジネスユニット環境事業部 スマートユーティリティ本部本部長として,カーボンニュートラル関連の事業企画・開発に従事。

こうして,みやぎ生協を加えた四者による提案採択に向けた活動が再始動した。新たな提案のポイントは,水素の貯め方であった。

「水素を貯蔵するのにはさまざまな方法がありますが,世の中に普及させるには何よりも安心・安全が不可欠であると考えました。私たちが採用したのは,容器内の圧力を1 MPa未満にすることを念頭に置き,水素吸蔵合金のカセットを用いて水素を貯めるという方法です。」(後藤田)

水素吸蔵合金のカセットは,高圧ガス保安法や消防法での危険物に該当しない。そのため,取り扱いの資格が不要なうえ,トラックなどに水や食料品などと混載することも可能だ。その水素吸蔵合金の原料となるレアメタルの輸入には,丸紅の商社としての力が発揮された。

「丸紅の大きなタスクの一つは,事業性の検討や将来への展開をどうするかでした。事業化のためにはコストが重要です。水素吸蔵合金については,原料のレアメタルが中国産ということから,実証事業の中で調査したところ,中国の専門商社が3〜4社も介在していることが分かり,当社の北京支店経由でサプライヤと直接価格交渉をし,大量購入の場合の安価な見積書を取得でき,将来の事業性向上が図れました。」(藤本)

また,このサプライチェーンの特長の一つに,生産する水素が化石燃料由来のグレー水素※1),ブルー水素※2)ではなく,グリーン水素※3)だということが挙げられる。日本が立ち遅れているとされるグリーン水素の実現にあたっては,みやぎ生活協同組合の厚意により,水素製造装置などの設置場所である富谷共同購入物流センター屋上の太陽光発電の電力が活用された。

新たに提案した水素サプライチェーンは,次のようなものである。まず,太陽光発電の電力を利用し,水電解装置によって高純度の水素を製造する。それをバッファタンクに貯蔵しておき,水素充填ユニット内で水素吸蔵合金カセットに水素を取り込み,そのカセットをみやぎ生活協同組合の職員が一般家庭や児童クラブに配送する。そして配送された水素吸蔵合金カセットによって発電するという仕組みである(図1参照)。本プロジェクトを環境省の平成30年度地域連携・低炭素水素技術実証事業に応募したところ,見事採択されるに至った。

なお,これら一連の実証設備は2018年8月に完成した。富谷共同購入物流センターで開催された運用開始式には,土井亨復興副大臣(当時),村井嘉浩宮城県知事をはじめ関係者が出席し,翌日に大きく報道されるなど大きな反響を呼んだ。プロジェクトのまとめ役を務めた日立には運用開始式に間に合わせるべく,苦労もあったそうだ。

「ぜひとも,仙台七夕まつりより前の8月初旬には運用開始式を開催したいというお話がありまして……(笑)。採択されてからの期間を考えると,最初はとてもできないと思ったのですが,なんとかやりきることができました。」(後藤田)

これに対し,若生市長は苦笑いをしつつ,運用開始式の意義を次のように話す。

「あの時は申し訳ありませんでした(笑)。運用開始式のタイミングは,富谷市で水素サプライチェーンがスタートしますと高らかに発信するために,非常に大事だったのです。幸いにも主要な出席者が揃い,テープカットも華々しく,水素を充填した水素吸蔵合金カセットを児童クラブへ配送する様子なども映し出したことで,広く大きく発信することができましたし,富谷市がこの実証事業を通して水素先進都市をめざしていくことを多くの人に知ってもらえたのではないかと思っています。」

※1)
石油などの化石資源から抽出される水素。
※2)
グレー水素のうち,生成の際に排出されるCO2を適切に処理し,大気中のCO2を増やさないように配慮されたものをいう。
※3)
再生可能エネルギーを使って生成された水素。例えば,太陽光発電で作られた電気を用いて水を電気分解するなどの工程で生成される。

図1│富谷市水素サプライチェーン設備概要 図1│富谷市水素サプライチェーン設備概要

カーボンニュートラルの可能性を広げて

2017年度から2019年度の3年間にわたる実証では,実際に水素サプライチェーンの運用を行うとともに,商用化に向けたさまざまな実証データを取得した。本来なら3年間で終了し関連設備も撤去されるはずであったが,プロジェクトは新たな展開を見せ始める。

実証を行っていくうちに,安定的に水素サプライチェーンを運用し,水素エネルギーを届けるようにしたいという強い思いが生まれてきた。そこで,水素混焼発電機を組み合わせた強靭化案を提案し,実証事業自体を2021年まで延長することになった。

「富谷モデルの水素サプライチェーンを構築したとはいえ,強靭性という観点では,例えば電力系統が停電した場合は,そのサプライチェーンは止まってしまいます。そこで,バックアップするために貯めておいた水素,もしくは廃棄物から出てくるようなバイオ燃料を基に発電する水素混焼発電機をアドオンし,停電時でも電力系統に頼ることなくサプライチェーンを回せるようにしたのです。」(後藤田)

BCP(Business Continuity Plan)対応で,使用済み天ぷら油を燃料としてドッキングさせるというアイデアを受け,大原氏は,将来のカーボンニュートラルのあり方について思いを馳せる。

「天ぷら油の提案が出てきた時はすごいと感じましたし,スーパーマーケットなどで取り組んでいる資源化にも合致していると思いました。私たちも電力だけではなく,フロンを含めた車両燃料を2040年までにゼロカーボンとすることを目標にしていますが,水素プラスアルファのアイデアが出ることで,さまざまな可能性が広がると思っています。脱炭素,資源循環を実現するため,従来はそれぞれが個別に動いていたのが実情です。しかし,今後はパラレルというかマルチにいろんな形で組み合わせていくことになるのだろうと思います。」

富谷市では,シンポジウムやフォーラムの開催,FC(Fuel Cell)バス体験試乗会など水素の普及啓発活動を展開してきたほか,水素サプライチェーンの視察を積極的に受け入れている。2021度までに83の企業から総勢500名弱が視察に訪れたという。同時に,市ではカーボンニュートラルを一層推し進める施策を打ち出した。

「富谷市は2021年にゼロカーボンシティ宣言を行い,2050年までにCO2の排出量を実質ゼロにすることを目標に必要な施策などを盛り込んだ戦略を策定して,2022年からはこの戦略の実現に向けたアクションをスタートさせているところです。また,一連の実証事業をはじめとした取り組みは,プラチナネットワークのプラチナ大賞や,環境省の脱炭素チャレンジカップの優秀賞などにもつながりました。」(若生)

他方,丸紅は商社としての立場から,現時点での成果をこう総括する。

「私たちの取り組みは,大きなインパクトを国内外に与えたと思います。また,目からうろこが落ちるような形でサプライチェーンを回して,事業化に向けた課題を抽出し,実データを持っているという強みもあります。さらには,現時点では安価とは言えない水素のコストを埋め合わせるような環境価値を創出しようと,国も動き始めていると聞いています。富谷モデルから地域に即した発展型バージョンが全国に生まれてくると思いますが,私たちも引き続き設備を運営して,また何か新しい試みをしていきたいですね。」(藤本)

その将来像の一つを後藤田はこう描いている。

「富谷市のサプライチェーンモデルは,循環型ではなく,太陽光で水素を製造して,燃料電池で消費するというワンパスです。ですから,カーボンニュートラルという観点では優れているけれども,世の中の資源循環という意味ではまだまだ足りません。今後のポイントは,廃棄物からいかにエネルギーを取り出すか,別の用途に戻すかです。富谷モデルに対してサーキュラーエコノミー的な機能を先進的に入れることで,初めてグリーンできちんと回る代表的な事例になると思っています。」

さらに,プロジェクトを牽引するとともに,2022年に世界気候エネルギー首長誓約に署名するなど,カーボンニュートラルを推進してきた若生市長が付け加える。

「今回の実証事業をしっかり生かして,次につなげなくてはなりません。そこは,私たちだけではできないので,市民一人ひとりや企業の方たちはもちろん,大きく言えば国民や人類すべてが思いを一つにしていかないと実現できないでしょう。できれば富谷市がその大事な先陣を切っていきたいと思っています。」

日立は,富谷市や丸紅,みやぎ生協といった関係者の意見や,社会のニーズを積極的に吸い上げながら,実用的な水素サプライチェーンの実現を通じて,カーボンニュートラルへの取り組みを加速させていく。

Topics:浪江発,水素エネルギー革命を
ゼロカーボンシティ実現に向けての挑戦

福島県浪江町は,2011年3月11日に発生した東日本大震災により甚大な被害を受けた地域の一つである。福島第一原子力発電所の事故の影響で町内には未だ帰宅困難地域が残るものの,復興に向けた取り組みは着実に続いている。

こうした中,浪江町は2020年3月にゼロカーボンシティを宣言した。2050年までにCO2排出量実質ゼロをめざし,水素エネルギーを活用したまちづくりに向けて動き出している。

日立は,宮城県富谷市の水素サプライチェーン構築の実証事業を通して得た知見を生かして,浪江町での水素サプライチェーン実証事業にも参画している。

世界最大級の水素製造拠点が稼働

清水 中 清水 中
福島県浪江町役場 産業振興課 課長
都内私立大学卒業後,1986年浪江町役場就職。最初の24年間は,何の変哲もない田舎の役場で,登場人物はいつも同じ。震災後12年間は一変。その数,数十倍。故馬場町長の秘書係長として,町長の側で,全国(最初は震災支援,その後は復興事業)からの多様な人物と出会い仕事をともにし,時には全国を行脚し(支援御礼,避難者激励,企業誘致)さまざまな風土を体験した。馬場町長が亡くなる3か月前,浪江の産業振興を託され,産業振興課長に(2018年)。町長が震災直後から目標とした,「水素の町・新エネルギーの町」,「研究都市」という悲願に向かって,退職まで全力疾走で駆け抜ける。

浪江町が推進するゼロカーボンシティ実現の中核となるのが,福島水素エネルギー研究フィールド(Fukushima Hydrogen Energy Research Field:FH2R)だ。FH2Rは,20 MWの太陽光発電の電力を用いて,10 MWの水素製造装置で水の電気分解を行い,毎時1,200 Nm3の水素を製造し,貯蔵・供給することができる世界最大級の水素製造拠点である(図1参照)。

2050年までのCO2排出量実質ゼロに向けて,水素エネルギーを活用したまちづくりを推進する「なみえ水素タウン構想※)」を立ち上げた浪江町は,2020年3月のFH2R開所以来,「つくる」,「はこぶ」,「つかう」の各フェーズにおける課題の整理・解決をめざし,町を水素活用の実証フィールドとしてさまざまな取り組みを展開している。浪江町におけるゼロカーボンシティと水素利活用の取り組みを推進する浪江町役場産業振興課課長の清水中氏は,現状を次のように説明する。

「例えば,燃料電池車の普及拡大に向けては,水素の急速充填が必要になります。そのため,FH2Rの北側に大型FC車両充填実証施設を整備しており,間もなく完成する見通しです。また,水素を製造する際に使用する電力をどうするかについても検討や実証を進めていきたいです。」

FH2Rは20 MWの太陽光発電施設を有しているが,曇りの日や夜間は水素を製造し続けることができない。そのため,太陽光発電が使えない時間帯は高価な系統の電力を購入しているのが現状だ。とはいえ,幸い浪江町は自然エネルギーに恵まれている。

「コストはもちろん,浪江町はグリーン水素にもこだわっています。そこで,メガソーラー発電や風力発電,町内の大柿ダムによる水力発電といった再生可能エネルギーの導入拡大に取り組んでいます。また,この地域の海は波が荒いので,波力発電の社会実装をめざした調査・検討も始めているところです。」(清水)

※)
水素社会実現およびゼロカーボンシティ達成に向けて,浪江町内でさまざまな分野において水素利活用に関するプロジェクトを進める構想。

図1│福島水素エネルギー研究フィールド 図1│福島水素エネルギー研究フィールド

実証事業を通じて実践的な水素活用へ

後藤田 龍介 後藤田 龍介
日立製作所 水・環境ビジネスユニット 環境事業部 スマートユーティリティ本部長 兼 カーボンニュートラル推進室長

図2│本実証の概念図 図2│本実証の概念図

こうした中,2021年7月に浪江町と丸紅株式会社,日立,パナソニック株式会社,みやぎ生活協同組合の五者は,「浪江町の復興まちづくり及び水素利活用を含めた脱炭素化に向けた連携協力に関する協定」を締結した。同協定は,復興まちづくり構想及びRE100産業団地建設への貢献や地域産業活性化,デジタルトランスフォーメーション(DX)など,浪江町の総合的な復旧・復興を推進することをめざすものである。そして同協定に基づき,日立は「水素民生・産業利用サプライチェーン構築及び需給調整実証事業」をスタートさせ,2022年度内に実証設備を構築するところである(図2参照)。

この水素サプライチェーンは,民生向けには軽量の水素小型シリンダー方式による水素搬送を行い,多くの電力を消費する産業向けには,既存配電線を用いた水素エネルギー由来の電力を送電するというものである。また,需要家の消費電力量の過去データから需要を予測し,需要量に応じた発電コントロールを遠方から行ったり,配電された電力が水素エネルギー由来の電力であることをデータの計測とブロックチェーン技術を活用して証明したりする実証も計画している。

緒についたばかりだが,清水氏は今回の取り組みについて次のように捉えている。

「『はこぶ』という観点では,小型シリンダーによる搬送は,軽くてコストがあまりかからないため,社会実装に向けての可能性は少なくないと思っています。ただ,毎日の交換ではなく,1週間に1回とか2回ぐらいにできれば,さらに社会実装に近づくはずです。一方,産業向けの実証では,どのようなメリットがあるのかなかなか実感できておらず,いっそ蓄電池に電力を貯めるという方法も考えられるのではないでしょうか。」

実証事業のまとめ役である日立製作所 水・環境ビジネスユニット スマートユーティリティ本部の後藤田龍介本部長は,その言葉にこう答える。

「蓄電池の場合,必ず放電します。数時間ぐらいのエネルギー貯蔵であるならともかく,それを超える貯蔵量が必要な場合はやはり水素に分があります。さらに,蓄電池は充電率20%から80%のレンジで使用するのが一般的ですから,ゼロから100%のどのレンジでも使える点でも水素が有利です。もちろん,水素に変換する過程で効率は落ちるなどのデメリットはあるものの,水素由来のエネルギーを送電線で送るメリットはあると私たちは考えています。」

続けて,今回の実証事業のポイントを後藤田が強調する。

「二つのサプライチェーンを定量的に評価することには大きな意味があります。さらに,需要と供給をどうつなぐのかが今の課題となっていて,その課題をクリアしたら,今度は需要と供給のバランスを調整するEMS(Energy Management System)を活用することで普及につなげていきたい考えです。」

「はこぶ」という観点に加えて「つくる」という観点から,浪江町では,荒廃してしまった農地を念頭に,宮城県富谷市で実施されている水素混焼発電機の活用にも興味を示している。

「山間部の地域をはじめ汚染された農地をどのように活用したらいいのか。その中で,米作は難しい問題があることから,コストを下げながら大量にバイオ燃料となる牧草を育てていくような農業を進めていかなくてはならないという課題も出てきています。」(清水)

日立は,富谷市での実証事業を踏まえて水素混焼発電のメリットを次のように説明する。

「水素混焼発電は,軽油と水素を混焼するもので,水素も混ぜる分だけCO2 の削減につながります。また,軽油の代わりにバイオディーゼルを用いると再生可能エネルギー100%のバイオマス発電にすることも可能です。やはり,軽油と水素の混焼では中途半端なので,そこはバイオ燃料と水素を混焼するのが重要なポイントだと思います。」(後藤田)

さらに,浪江町は現在,浪江駅周辺の再整備を進める中,カーボンニュートラル・RE100を実現させるべく策定した「浪江町周辺グランドデザイン基本計画」に基づき,さまざまな取り組みを進めている。その実現に向けて,清水氏は次のように期待を寄せている。

「水素混焼発電も含め,あらゆる再生可能エネルギーをミックスさせたEMSの構築・運用を考えています。また,水素普及に際しては,家庭・産業・モビリティの3分野がとりわけ重要になるので,水素ハイブリッド電車の活用なども視野に入れて,一つ一つ実現していきたい。そのためにも,日立の幅広い技術でサポートしてもらえればと思います。」

日立は浪江町の復興まちづくりを後押ししつつ,今後も引き続き,日本における水素社会実現に向けた取り組みを推し進めていく。